今朝見た夢。

 其処は、廃業した古いホテルを改装して造られたギャラリーだった。ホテル自体はとても小さな建物で、5フロアしかない。でもギャラリーにしては大き過ぎる程であろう。壁には真っ白な漆喰が塗り込められ、玄関のガラスを格子柄にはめ込まれた扉からは、暖かそうな光が洩れている。僕は招待状を手に玄関に足を踏み入れた。

 エントランスロビーには多くの人々で溢れていた。老若男女、様々な様相の人達が居た。タキシードやナイトドレスで正装している老いた男女。学校帰りにでも立ち寄った感じの全く普段着の少年や少女。そしてそれらを両極としたグラデーションのような格好の人々。それらの人々は、これから展示作品を観るのか、それとも見終わったところなのか、グラスで酒を飲んでいたり、煙草を吸ったりしていた。
 右側にフロントの受付。正面には二階へと続く階段。その階段を上ると展示室に行けるようだ。階段の右側の凝った彫刻を施した手摺りの前に、一人の女性が立って客達に挨拶をしていた。赤いドレスを来て、白いハーフコートを羽織っていた。誰に訊かずともその人が作家である事が判った。それより何より、その人が先日海辺で、波間に消えた人である事を唐突に思い出した。良かった。生きてたんだ。以前の髪型とは違い、前髪を額の中程で切り揃えていた。そのせいか、表情がとても明るく見える。以前は、少し離れて見ると、顔に差す影が実際以上に濃く見えて、僕はそれがずっと気になっていたのだった。

 そしてその人は、僕が以前から見慣れているように、客が近付いて来る度に、ぎこちない態度で微笑みかけたり、お辞儀をしたりしていた。運営のスタッフから独り離れて、あたかもそれが自分に課せられた使命であるかのように、誰にでも平等に、精一杯の気持ちを込めて。僕は暫くその姿を眺めていた。出来ればそのままそうしていたかったのだが、そんな訳にも行かず、意を決して僕はその人に向かって歩いた。その人は、他の客と変わりない笑顔を浮かべて僕にお辞儀をした。その人は僕が僕であると気付いてはいないようだ。見えていないのか。忘れているのか。そう考えた瞬間ある事を思いついた。この人はきっと、生まれ変わりたかったのだ。どういう理由なのかは解らないが、きっとそうなのだ。だからあの時、僕の目の前から居なくなったのだ。そうであるのなら、それを受け容れる以外に僕に出来る事などあるまい。
 僕は声もかけぬまま、その人の前を通り過ぎ、階段を登った。

 部屋に入ると、10号のキャンバス・サイズの絵が並べてあった。どの絵も地色は赤で、それに青や黄色や黒や金色で、どうにか具象として認識できる何かが描かれている。下塗りは油であるようだが、それ以外は何を使って描いているのか全然判らない。エナメルや金属を塗り込めているようにも見える。形態としてはホアン・ミロに似てる気もしたが、色彩が全然違う。
 次の部屋は、サイズと色彩が違うが、描かれている物は同じであるようだ。
 その次の部屋に行くまでの間、渡り廊下があって、其処は照明が落とされモニターにヴィデオ作品が展示されていた。モニターへ近付こうと三方枠を抜けた途端に自分の身体に像が浮かぶ。廊下の両側から投写してホログラフィーを投影しているようだ。自分の身体に浮かんだ像とは、人間の筋肉である。その筋肉が過剰な輝きと形態を持って自分の身体を覆い尽くす。それに自分が動く毎に、真っ赤な筋肉は蠢き変容する。目の前のモニターには、仄かに明るく浮かぶ人間の頭部が映し出されている。その頭部は夜の街で、排水溝のステンレスの蓋を食べている。口元を緑色に光らせ、ガリガリと金属を食べ尽くそうとしている。

 そこで目が覚めた。朝の6時頃の話。続きを見たくて二度寝したが、見る事は出来なかった。