観始めは「あなたに取って、これまでの人生で一番大切な思い出は何ですか?」という、ハートフルナントカなどと銘打たれそうな映画なのかと思っていたのだが、さすがに「誰も知らない」を撮った是枝裕和である。そんなに甘い映画ではなかった。
 記憶とは、当人の都合に拠り、幾度と無く書き換えられるものである。しかしそれを誰が責められるだろうか。それが偽りであったとしても、幸せな記憶を懐に死ぬ事を夢見る事は悪い事ではないと僕は思う。「あなたは、自分自身がどういう人間であったと思いながら死にたいですか?」そういう映画であった。例え叶えられる事がなかったとしても、自身の望みをはっきりと持っている人間は終焉を迎える事が出来る。自分に嘘を吐く事が出来ず、尚かつ幸せに死にたいのであれば、せいぜい生前に幸せな記憶を増やす事に専念すべきである。

 余談だが、エンドロールのクレジットの中に懐かしい名前を見つけた。同姓同名の赤の他人なのかも知れないが、よくある名前ではないのできっとそうだろうと思っている。生きていてくれて、私は嬉しい。