ぼくは小さい頃から絵を描いてきました。というか、誰もが描きますけど。大学では日本画を学び、ある時から、純粋芸術の世界に足を踏み入れました。そこで判明したのは、純粋芸術の世界では、決まりのあるゲームが行われているということです。茶道や華道で作法をわきまえない行為が否定されるように、西洋の美術の世界でルールをふまえない自由は求められていません。不文律をわきまえた独創性が求められていることは明らかです。
 日本は十九世紀後半に開国しました。そのせいか、十九世紀当時の欧米の芸術をいまだに重視しているところがあります。十九世紀の芸術の最先端は「自発性」で、この時期の芸術は、「アーティストが、パトロンから決別してゆく」というのものでした。十九世紀の芸術に流通した「自発性」は長い芸術の歴史の中ではむしろ例外的なルールなのですが、日本ではいまだにこれこそが芸術だと信じられています。日本では「魂の叫び」みたいなグネグネした作品をただ一人で作ることこそが芸術だと思いこまれているのですけど、ほとんどの時代の芸術はそうではないのです。

村上隆著『芸術起業論』幻冬舎 2006年 pp.106-107