朝、5時47分。夜を通して聞こえていた虫の音は次第に掠れ、入れ替わりに新聞配達のバイクの走行音や、近くに在る鉄道の操車場から列車が動き出す音が聞こえてくる。空は曇天の如き薄暗さで、街灯は未だ点いており、出窓に置いてある観葉植物の葉陰には小さくなった夜が居座っている。表の通りからは、自転車を走らせながらの会話が聞こえ、階上の部屋からは目を覚ました住人のたてる物音が聞こえてくる。
 僕は微睡みながらそれらの音を聞くともなく聞いていたのだが、喉が渇いたので湯を沸かしに起きあがった。薬罐の鈍い光沢、水蒸気の煙、茶の匂い。少しく暖まった身体を持て余し、明るく青くなってきた空を眺めながら、散歩に出ようかと思案する。しかし再び横になりたい気持ちもある。ふと、子供の頃に早朝の雑木林で見つけた、羽化したばかりの蝉の白い羽根を思い出した。動き出すには未だ早い。