タミヤ君は酔っぱらうと何でも直角に置き直した。まず机の上のタバコを真っすぐにし、マッチを一センチ位正確にタバコと平行に置き他の人がタバコにさわろうととすると、「アッ、アッ」と腹の底からしぼり出す様な無念そうな声を出し「ちゃんと、あったとこに置いてよ」と他人の手もとをじいっとにらみつけていた。そして自分はとまり木の上でゆうらりゆうらりゆれながら灰皿をにらみつけ、「ちょっと曲がっている」と何度も置き直し、よろよろと曲線を描きながらバーの外へ出るとドアの下のマットを「ヨイショ」と直角に置き直し手をはたきながら、隣のドアのマットに突進するのである。酔っぱらっていない時も、実に精緻なデザインをするグラフィックデザイナーで、一ミリの十分の一の誤差も気持ち悪がって、三センチや十センチの誤差に平然としている私には驚異であった。
 オオタケ君は、朝五時半に起き、家中の雨戸を開け放し、急いで電気がまのスイッチを入れ、それから車を洗い、それから何をするのか知らないが、オオタケ君の家は十七人家族で、お母さんも兄嫁さんもお手伝いさんも居る家で、独身のオオタケ君は別に誰に強要されているわけでもないのである。会社に誰よりも早く来て、夏ならばズボンを脱いでステテコで、冬にはズボンの上に毛糸の腹巻きを見せて掃除機をザーザーかけていた。一度に四つも五つもの図面を引き、その間に経理の仕事もし、二重帳簿さえ作っていた。
 タニヤマさんは三DKの団地の一部屋を仕事部屋にし、台所で朝ごはんを食べると半歩も歩かないで通勤できる隣の部屋に弁当を持って入り、昼は奥さんが食べている食卓から七十センチも離れないで弁当を食べ、もう六時まで二度と現れなかった。オシッコは別である。徹夜になる時は仮眠用のふとんを仕事部屋に敷き、七歩歩いて奥さんの横のふとんにもぐり込むなど決してないと奥さんが云っていたから嘘ではない。
 私の叔母はお風呂をわかすとあっという間に一分の間も風呂場を空にせず七人の家族を風呂に入れた。わかし直す必要を認めなかったのだ。時たま遊びに行く八人目の私は素っ裸になったままふろ場の前で、前の人が出て来るのをブルブルふるえて待っていた。包装紙をていねいにはがし角をそろえてきちんと折り、ひもはつないで大きな玉にし、そんな玉が三つも四つも入っている箱の横に裏は白い広告の紙が重なっていた。
 約束の時間に一秒も遅れず一秒も早まらず家のブザーを鳴らすヤマシタさんは、五分遅れる時には電話をかけて「ゴメンネ、五分遅れる」と云って来て、五分に一秒も遅れず一秒も早まらずブザーが鳴る。ヤマシタさんは何かの真っ最中にジュースをひっくり返しハンドバッグをぬらすと、何かを途中にして裸のまんま風呂場でハンドバッグを洗って、又戻って何かを続けたそうである。これはヤマシタさんと何かをしていた人が云っていたから本当である。
 トモコさんは旅行に出ると九時からスケジュールのこなしにかかり、空き時間十五分あればコインランドリーで洗濯をし、地下鉄とバスの所要時間を調べ二分の時間の無駄をせず、夜九時にホテルに戻ると荷物を作り朝九時には郵便局の窓口で発送をする。熱があってもベッドの上で熱さましの座薬をつっ込んで「大丈夫、大丈夫」とうなずいて美術館に出かけてゆく。
 サトウ君は妻が寝ているうちに洗濯をし、ブラジャーは手で洗い、かわいたパンティをくるくると丸めてきっちりとたんすに色ごとに並べ、「ネェーネェー、ブルーのカシミヤのセーターどこよゥ」と妻が云えば、「二階のタンスの三番目の右のはしの上から二枚目」と即座に答えるのである。
 そして、洗濯機がこわれると分解して部品をコチョコチョ作り、十二年も同じ洗濯機を使っているのである。
 ミヤコさんは、さらしのふきんを一度一度消毒と漂白をしアイロンをかけ、まな板は野菜用、魚用、肉用と三枚を大中小と順番に並べ、水を飲むコップとビールを飲むコップと区別し、家計簿は、十円の狂いがあっても銀行員の残業の様に机の前から離れない。

 ああ人類よ、男よ女よ、なんとまめまめしく健気なことよ、私は他人のまめまめしさと律儀さのために、ぼう然としてしまうのである。

佐野洋子著『がんばりません』新潮文庫 1996年 pp.164-166