フミオは学校から一直線にアルバイトに向かう。フミオが勤めているガソリンスタンドの前を通ると、フミオが白いツナギを着て白い帽子をかぶって、走り回っている。何となく人情でガソリンを入れてもらう。家に遊びに来てグデグデしているフミオとは別人のようにリリしい。この姿を学校の教師に見せてやりたいと思う。
「ガソリンは負けられないからな。車洗っていきなよ。ワックスがけでこれでいいから、内緒だよ」
 と片手をパッと広げる。立派なもんだ。三年前は頭真黄色にしてピアスをしていて、私なんか大いに驚いた。
「あとで行くよ」
 九時ごろ、「どうもどうも」と玄関入って来る。入って来ると、さっきとはまたしても別人である。
「あなたよく働くね」
「俺、正しい勤労少年よ。俺、働くのは好きなんだよな」
「勤労と勉強は別なんかね」
「それが違うんだな。俺よ、学校で寝ててさ休養してるだろ、休養が終わると一直線バイトだろ、毎日」
「それでいくらになるの」
「時間がみじかいからさ、一カ月これ位」
 と両手を使って教える。
「それ何するの」
「サチコ、サチコ。一カ月一回のサチコ」
「サチコと一回のデートでそんな使うの」
「だってよ、女に金つかわせられるかよ、飯だってよ、ちょっとオシャレなところにしたいじゃない。そうするとこれだよ」
 と、また手を使う。
「それからラブホテルだろ」
「公園だっていいじゃない」
「お前の母ちゃんすごいのな」
「冗談だよ、十七でラブホテルかね」
「常識ですよ。それで、これだけ」
 と、また手をつきたてる。
「それで全部パア」
 フミオはちょっと考えこんだ。
「俺何しているんだろ。毎日毎日すげえ勤労してさあ、それでサチコと一日でパア。俺何してるんだろう」
 昔、うちにいた猫を思い出す。シーズンになると哀しげなうなり声をあげ、夜な夜な出かけて行き、ぼろ雑巾のように毛をむしられて、また出かけてゆき、耳をくいちぎられて来る。それでもまた出かけてゆく。正しい雄の宿命なのだと感心した。
「俺なにしてるんだろな」
 帰ってから息子にきいた。
「フミオ、大学どうするの」
「あいつは大丈夫だよ。生活力あるから。あれは心配ないの」

佐野洋子著『ふつうがえらい』新潮文庫 1995年 pp.185-187