アダム・スミスは「分業は市場の大きさによって制限される」と述べている。自分が生産したもののうち、自分の消費を上回る余剰部分のすべてを、自分が必要とするものと交換できるほど市場が大きくなければ、彼は一つの仕事だけに専念するわけにはいかない。人口の少ない村には食料品から日用雑貨まで何でも売っているが店、いわゆる「よろず屋」を見かけることが多い。これは売り手の店で売られている商品の一つ一つについては買ってくれる人が少ない、つまり、市場が小さいからである。「よろず屋」はさまざまな商品を揃えて、それとの交換に貨幣を手に入れなければ生計を立てることはできない。
 村には、映画館やパチンコ店などの娯楽施設がなかったり、本屋がなかったりする。そういう専門店は村では市場が小さすぎて成立し得ない。今日の日本でも。地下鉄のある都市はごくわずかしかない。地下鉄が経営として成立するためには、五〇万人程度の人口が必要であるという。
 分業の程度は市場の大きさによって制限されるので、集中がさらなる集中を呼ぶという現象が起きる。東京に何もかもが集中するという一極集中が起きるのも、東京圏という市場が群を抜いて大きいからである。東京では、あらゆる特化した商売が成立し得るかの如く、ありとあらゆる商業が存在しており、巨大都市の魅力をつくり出している。

岩田規久男著『経済学を学ぶ』ちくま新書 1994年 pp.55-56