ひきこもり事例の治療は、なぜなされなければならないのでしょうか。社会学者のタルコット・パーソンズという人が、病者の権利について、次のようなことを述べているそうです。「病者は労働を免除され、治療を受ける権利がある。また病者の義務とは、治ろうとする意志を持ち、治療者に協力することである」。そう、健康な成人の義務が労働であるとするなら、病気にかかった成人の義務は「治療努力をすること」なのです。このように断定することで、素朴でしっかりした「臨床の視点」を定めることが可能になります。「治療主義」との批判はもとより覚悟の上です。私は一人の臨床家として、このような基本姿勢のもとで、社会的ひきこもり事例と向き合ってきました。そしてこの間、基本姿勢を変更する必要を感じたことは、ただの一度もありませんでした。

斎藤環著『社会的ひきこもり〜終わらない思春期〜』PHP新書 1998年 p.118