およそ20年前の、確か夏。僕は福岡から民営化されたばかりのJR九州の列車に乗って、当時好きだった1歳年上の女の子に会う為に熊本へ行った。とこう書くと、当然僕は一人で列車の座席にぽつねんと座っている姿を想像するであろうが、実際には連れが居たのである。しかも女の子。彼女達は仕事場の同僚であり、僕の好きな女の子は社員で、連れの女の子はバイト。店が福岡から撤退し熊本に移ったので「半年ぶりに会いに行こうよ。」という誘いに迂闊に乗ってしまった訳である。
 そう。今思えば何と間の抜けた事をしたものだと思う。その二人連れで会いに行けばどう思われるか判りそうなものだが、当時の僕はそれが判らなかったのだ。童貞とは実に愚かな生き物である。いやまあ、そんな事はどうでも・・・良くはないが今回の話には余り関係がない。

 好きな女の子の顔を久しぶりに見て、その後熊本新市街で散々遊んだ挙げ句、終電ぎりぎりの福岡行きの列車に乗る。その復路での事。密度の高い肥後の夜を、線路を軋ませながら走る列車はやがて田原坂駅に停車した。無人駅のホームを照らす照明以外は全くの闇で、轟音にも近い虫の声が僕の鼓膜にまとわりついた。そこが西南戦争時の古戦場である事を僕は知っていたと記憶するのだが、歴史に疎い僕がそんな事に興味を持っていたとは思えないので、その場での連れの女の子が教えてくれたのだろうと思う。
 圧倒的な闇と虫の声に取り囲まれた無人駅。列車内の明かりの中とホームを照らす明かりの下は、どうにか許された人間のせめてもの居場所である。その光景は今でもたまに思い出す。都市部に住んでいると、人間以外のものに圧倒される事は殆ど無い。その時の状況が僕にとって「快」をもたらしていた訳ではない。連れの女の子の事は別に好きでも何でもなかったので、早く家に帰りたいなあと煩わしく思っていただけだし、一刻も早くその場所を去ってしまいたいとさえ思っていたはずである。しかしながらあの無数の虫の声の塊は、漠然とした恐れと共に僕の頭の中の一角を占めて消えてくれないのである。