アウトサイダー・アートには、美術界に所属していない素人の作品も含まれるが、一般には「精神病患者の作品」を指すことが多い。一九二二年、ドイツの精神科医プリンツホルンが各地の精神病院を回って蒐集した患者の作品を著書『精神病者の造形(Bildnereider Geisteskranken)』で紹介して以来、アウトサイダーすなわち精神病者の絵画や造形が広く関心を集めるようになった。

 (中略)

 ダーガーの紹介者であるジョン・M・マクレガー氏は、アウトサイダー・アートを次のように定義する。「広大で百科事典的に内容が豊富で、詳細な別の世界(現実社会に適合できない人が選んだ、奇妙な遠い世界)を、アートとしてではなく、人生を営む場所として作り上げていること」。そう、彼らはみずからの狂気が作り出した世界の地図を作り、彼自身の神のイコンを描く。絵の中で自分の発見した万能治療薬を解説し、自分の見聞してきた火星の風景を描写し、あるいは迫害者が遠隔操作で自分を苦しめるために用いる装置のしくみを詳しく説明する。自分だけの王国で、貨幣を発行し、自分でつくりあげた新しい宗教を図解する。それはすでに「描かれた虚構」などではない。それは作者にとって、現実の等価物にほかならないのだ。
 アウトサイダー・アーティストたちは、作品を展示したり売ったりすることにあまり関心がない。彼らの作品は他人を楽しませる虚構ではなく、現実すら変えてしまうことの出来る道具であり手段なのだ。そんなにも大切で個人的なものを、いったい誰が他人に見せたり譲ったりできるだろうか。

斎藤環著『戦闘美少女の精神分析』ちくま文庫 2006年 pp.125-126