確か先々月の事。未だ夏であった。銀座での仕事が昼を跨ぐので、昼食を摂ろうと入った老舗風の蕎麦屋。当初は盛り蕎麦を食べようと考えていたのに、お品書きに見慣れない「たぬき丼」という品目を見つけた。その文字を見た傍からどういう料理だか想像ついてしまうほどの判りやすさ。しかしながらこれまでの人生ではお目に掛かった事のない食べ物であったので、ついつい注文してしまう。
 結果。旨くない。注文する前から判り切っていたはずだし、実際に目の前にしてみて、何処をどう見ても想像通りの食べ物でしかない。でも旨くない。たぬき饂飩やたぬき蕎麦はあんなに旨いのに、たぬき丼は旨くない。それに何だか騙されたというか手を抜かれた気持ちになる。饂飩や蕎麦に乗せた場合には、それは立派なトッピングとして存在を主張しえる物が、丼物に乗せてしまうと突如として残りカスになる。不思議だ。
 此処まで書いておいて何だが「たぬき」に乗っているのは「揚げ玉」若しくは「天かす」の事である。