DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

五月の運転士

 毎年五月の或る日、利用する路線の運転士が物凄く下手くそな事に気付く。適切な減速地点を把握出来ていないのか急制動を頻繁に繰り返す。それを三度もやられたら吊革を握る手を放し、乗客を掻き分けて運転席に怒鳴り込みたい気分になる。そしてふと思い出すのである。そう言えば去年も一昨年もそのずっと前からこうであった事を。
 想像するに、五月というのは新米の運転士が初めて電車の操作を任される時期なのではないだろうか。そう考えると、あのような粗暴な運転が行われる事に合点がいく。恐らくベテランの運転士が補助で横に座って目を配っているだろうから事故が起きる事はまずないのであろう。しかしながら、僕は車両事故の事を考えるとリスクが大きいような気がして先頭車両に乗る事が滅多にないからよく知らないのだけれど、急ブレーキなんかかけちゃったら先頭車両のそれも運転席の背後辺りに乗っている乗客から物凄い形相で睨まれたりするんだろうな。中には怒鳴ったり窓を殴ったりする人も居るかも知れない。その重圧たるや、想像しただけで胃の辺りが気持ち悪くなる。

 さてそんな不安定な中、乗客同士の肩がぶつかったとか足を踏みつけられたとか無言の内にも賑やかな状況に陥るのであるが、どうせなら好ましい対象に肩をぶつけられたり足を踏まれたりした方が気分良く過ごせるというものである。僕の場合なら、乗った車両をさっと見渡して一番可愛いと思う女性の傍に出来るだけ近付こうと目論みる。ついつい足を踏んでしまった事をきっかけに五月の風のような恋など芽生えないかしら、とか夢想するからである。しかしこの場合、飽くまで自然さが重要である。あからさまにその対象に近付こうとすれば、傍から見ても当人にしてもそれはただの気色の悪いおっさんである。
 この時期、僕は毎日そんな事ばかり考えながら電車に揺られている訳だが、えてして僕の足を踏むのはおっさんばかりである。そんな時は恋の甘みとは真逆の苦々しい気分で「おい痛えじゃねーかよ!俺の足踏んでんじゃねえよ!てめえ何様のつもりなんだよ!人の足踏んでむくれてんじゃねえよ!つうか今すぐてめえの足切り落とせよ!」くらいの心持ちで、自分の年齢などまるで棚に上げて憤っているのである。

 この季節、全国の電車内では様々なドラマが生まれているに違いない。

2 Comments

  1. 僕の感覚では新米運転手デビュー時期は7月とかかなあ、と思っていたんですが、鉄道会社によっても違うんでしょうかね。

  2.  そうかも知れませんね。僕が毎日乗っているのは三つの鉄道会社の乗り入れ路線ですが、新入生や新入社員が車内を乱す四月から暫くしての頃に運転が荒くなるような気がしています。こういうのってどのタイミングで新人に運転させれば一番影響が出ないか、各社伝統的な方針があるんでしょうね。

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