DOG ON THE BEACH

A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?

ぐるりのこと。/ 橋口亮輔

art_20080622 私見だけれど、鬱病というのは上手くいかない自分の生活や人生に対して著しい自責の念を持ち、それが行き詰まった時点で静かに発症するのではないだろうか。何かしら不都合が起きれば、何でもかんでも他人のせいにしてしまう人は鬱病にならない気がする。しかしそんな事をし続けていれば何れは周囲の鼻つまみ者になって、あらゆる人達から敬遠されてしまうだろうから、そこで行き詰まれば病気になるのかも知れない。そうなっても尚自分の置かれた状況を認める事が出来ない場合、事ある毎に理屈の通らぬ理由で他人を傷つけようとするのではないか。
 話が逸れた。自責の念、と書いたが少しニュアンスが違うような気がしてきた。どちらかと言えば「恥」という言葉の持つニュアンスに近い。「誰からも許して貰えない」と思っているが、実は自分を許さないのは他人ではなく自分自身であり、しかもそれは現在の事柄だけではなく過去の出来事からも苛まれる。他人からの評価を自己を越えた最終評価として捉えてはいけない。例え誰からも許して貰えなくとも、自分自身がそれを許す事が出来なければ生きていけない。どんな事が起きようともそれは仕方がないのである。

 さて、先にも書いたようにこれは私見であるので、万人に当てはまる事だとは考えていない。そういう領域まで辿り着けない人だっている。しかもこれは最深部での話であるので、次の上層では他者に拠る許容を渇望するようになる。そういった場合、傍に居る信頼する人から許される事は、鬱屈した状態から浮上する助けとなるだろう。少なくともその人の前では自分が存在する事を許されるのだから。他者は自分を救う事は出来ないけれど、自分自身を救うきっかけにはなる。そこに淡い希望を持つ事が出来れば生きていけると思う。

 感想と呼ぶには程遠いが、だいたいそういう内容の映画だったと思う。今現在落ちている人にとっては刺激が強いと思うので、余り薦めはしないけどね。

 ★

 この映画を観ている最中、主に終盤辺りには劇場内の方々から鼻を啜る音が聞こえてきた。皆、日々大変な思いをしながら生きているんだなあ。その人達にとってこの映画が何かしらの手助けになれば良いなあ。と勝手な事を思っていたが、実際にその人達がどう思っているかは解らない。ただ、少なくとも僕はこの映画が在って良かったと思う。

 余談だが、今夜セックスするしないで揉めるリリー・フランキーと木村多江の長回しの場面がとても楽しい。

2 Comments

  1. 一度コメントしたと思ったのですが、できていなかったようです。
    私も『ぐるりのこと。』観ました。
    今夜セックスするしないでもめるシーン、実は撮影の最後の方に撮ったそうですね。
    あと、10年前、夫が妻を口説くという場面を映画とは関係なく演技させたりとか、
    この映画の逸話を読んでいるとおもしろいです。
    『ハッシュ!』もまた観たくなりました。

  2.  そうでしたか、変ですね。
     僕も色々と読み漁りましたが最後に撮ったとは知りませんでした。リリー・フランキーがラジオで喋っていたりもしましたが、あの場面はエチュード(この言葉は別な場所で監督が使っていたのですが)を繰り返して固まったものをちゃんと台本に書いて、それを忠実に再現したとの事でした。それにしちゃあ全くの日常会話に聞こえましたけどね。:-D
     僕は橋口亮輔の映画は「ハッシュ!」しか観た事がないので、今度は「渚のシンドバッド」を観てみようかと思っています。

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