前回の記事を書いている最中についでに思い出した事。

 河井寛次郎は工事現場に赴き、土管の接続管(現在では金属や樹脂などで作られている)を眺め、それを「たいした形じゃないか」と賞賛していたそうだ。そしてその形を模した花瓶などを制作している。
 で、僕の話だが、前回の記事の頃から数年後、小学生となった僕は工事中の新築家屋や廃屋に忍び込むのが好きだったようである。特に思い出深いのは、自宅から少し離れた場所に自動車学校が新築される事になり、その工事中の現場に度々忍び込んでいた事である。広い敷地だとは言え、小学生が簡単に侵入出来るほど不用心な工事現場が存在する事に、今をもって考えれば驚きであるが、当時の田舎での管理とはそんなものだったのかも知れない。話を戻すと、僕(そう言えば他にもメンバーが居た)の目当ては、現場内の彼方此方に放置されている金属部品であった。鉄筋やボルト・ナット・ワッシャー・フラットバー等そんな物だ。そういう普段の生活の中ではお目にかかれない金属片に魅入られていたとでも言おうか、それを拾い集めていたのだった。特に気に入っていたのはナットと角ワッシャーで、ひんやりとした手触りと鈍く光る質感、ピン角のフォルムが好きであった。宝の山を見つけた僕らは、なるべくキレイな物を選び持てるだけの部品を手にした、ところまでは憶えているのだが、それらをその後どうしたのかを憶えていない。自宅に持ち帰った記憶がないのですよね。持ち帰ったところで置き場所は無いし。もしかすると工事現場内の何処かに隠したのかも知れない。二三度は忍び込んだ気がするので、それは隠した場所に宝物を見に行ったのかも知れない。
 こういった類いの事を思い出していると、自分が好きなものというのは余り変わらないのだなと思う。成長し大人になっていくに連れ、好きなものの種類や要素が段々と増えはするが、元々好きなものは今でもやはり好きである。使うアテのない金属部品(今ではもう少し複雑な形状のもの)を買ったりするのを我慢してはいるが、東急ハンズやホームセンターに行くと欲しい物だらけで非常に困るのである。