<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>

<feed xml:lang="ja" xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>DOG ON THE BEACH</title>
    <subtitle>A season passes. A castle can be seen. Where is a soul without a wound ?</subtitle>
    <id>http://www.doggylife.org/dob:1</id>

    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.doggylife.org/dobatom.php" />
    <generator uri="http://nucleuscms.org/">Nucleus CMS v3.64</generator>
    <updated>2012-05-12T12:23:00Z</updated>

    <entry>
 <title type="html"><![CDATA[逢魔が時]]></title>
 <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob?itemid=723" />
 <author>
  <name>doggylife</name>
 </author>
 <updated>2012-05-12T12:23:00Z</updated>
 <published>2012-05-12T21:23:00+09:00</published>
 <content type="html"><![CDATA[　昼間暖かった日に、陽が傾くにつれて気温も下がり、少しく肌寒い心持ちにて部屋の中でぼうっとしていると、何やら寂しいような心許ないような気分に陥る事がある。これが精神的に安定している時であれば大した事はないけれども、少々でも不安定だったりすると、前述の感情に加えて焦燥感のようなものまで混ざってくる。そうなると不安定さが増して大変宜しくないので、何か他の事に目を向けて、意識を逸らす必要がある。勿論楽しい事が好ましい。<br />
　そんな時はテレビ放送や気に入っている DVD を観るのが良い。その他にも漫画を読むとか、落語やラジオを聴くとか。共に暮らす人があれば話すのも良いし、飼い猫に自分からじゃれついて行くのも良いだろう。調理をして暖かいものを口にするも良いかも知れない。ともかく、独りでぽつねんとしない事である。<br />
<br />
　今日の夕刻まさに、久しぶりにそんな気分になったので、録画していたテレビ番組を観ていたのだけれど、その番組が「峰不二子という女」であったので薄暗い気分は拭えなかった。仕方が無いのでこの文章を書き始めた訳（途中でスパゲティ作って食べたが）だが、ついでに「逢魔が時」を WEB 検索していてこんな<a href="http://homepage3.nifty.com/motokiyama/kotoba/kotoba36.html">ページ</a>を見つけた。表現がなかなに的確だったので引用しておく。<blockquote>　一日が終わろうとする夕暮れ時。お豆腐屋さんのラッパが薄暗くなりかけた夕焼け空を流れていく。我を忘れて遊びに全身を打ち込んでいた幼い頃、夕暮れ時はいつも理由もなく物悲しい気分にさせられた。<br />
　仲間との別れ。遊びの終焉。明日になれば、また、会えるのだし、遊べるのだけれど、私は心の底で、でもそれは絶対ではない……と感じていたように思う。<br />
　毎日巡ってくる、一日のあの時間帯。昼から、夜へ、その橋のような時間。明るくも暗くもないそのぼんやりした感じ。このぼんやりした橋を渡るとき、私はいつもとぼとぼと一人だったように思う。人攫いが出てくるのなら、こういう時だろうなと想像もしたっけ。</blockquote>　そう、逢魔が時には何か終焉が迫っているような気がしてくるのだ。その辺りが焦燥感を生むのだろう。<br />
<br />
　そう言えば子供の頃、父が時代劇が好きでテレビでよく観ていた。その中で確か「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A0%B4%E3%82%8C%E5%A5%89%E8%A1%8C">破れ傘奉行</a>」だったと思うが、エンデイングの映像が画面一杯に映された夕陽で、太陽が徐々に地平線へ沈んでいく様を毎週眺めていた。しかし僕はその映像が好きだった訳ではなく、怖くて目を逸らせなかったのだ。沈みゆく太陽がこの世の終わり、というか自分の命の終わりを連想させて、自分が死んだ後は一体どうなるのだろう。僕が死んだ後も他の人達は生きていて、僕だけが真っ暗な宇宙のような何処か別な場所に放り出されて、その時僕はどんな気持ちになるのだろう。言葉でこう認識していたのかは怪しいが、感覚的にそう思っていた。それがとても辛くて、そしてやがてそうなるのであろう事実が怖かった。逢魔が時に感じるのと少し似ている。<br />
<br />
　何の小説だったか忘れたが「人が死ぬ時に一番怖れるのは、自分という存在とお別れしなければならない事だ」というような事が書かれていた。確かにそれはとても怖い。想像するのも嫌である。霊や輪廻の考えは、もしかするとその恐怖から逃れる為に生まれたのかも知れない、と僕は思っている。]]></content>
 <id>http://www.doggylife.org/dob:1:723</id>
</entry><entry>
 <title type="html"><![CDATA[寺と雨]]></title>
 <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob?itemid=722" />
 <author>
  <name>doggylife</name>
 </author>
 <updated>2012-05-10T13:21:45Z</updated>
 <published>2012-05-10T22:21:45+09:00</published>
 <content type="html"><![CDATA[　僕が通っていた小学校の隣には寺が在り、小学校の裏門と、寺の裏口は道を挟んで向かい合っていた。この寺の境内を抜けた方が近道になるので、僕は通学路としてよく足を踏み入れていた。それに加えて、境内は僕らの放課後の遊び場にもなっていたので、僕はこの境内で色々な経験をしたと思う。その中で、今でも梅雨の入口で静かな雨に降られていると思い出す事がある。<br />
 <br />
　さすがに小学生の頃の事なので、記憶もかなり薄れてハッキリしない事が多いが、明るい雨降りの中、僕は一人で境内の中に佇んでいた。何をしていたのかと言えば、それだけは明瞭に覚えているが、僕は雨と木々の匂いを嗅ぎたくて其処にいたのである。境内の中には大小様々な樹木が植えられており、雨水を吸い上げたそれらは豊潤な香りで境内を満たしていたのだ。僕はそれまでの短い人生の其処此処に於いて、その匂いが自分に心地良さを与える事を知り、それを思い切り満喫出来る機会を待っていたのだろう。今ではこうやって説明出来るが、その頃の僕にはその力はなく、自分の中に在る何やらモヤモヤした気持ちとして仕舞い込んでいた。なので、誰にも説明する必要が発生しない機会を心密かに待っていたのだ。恐らく、その日は友達と連れだって帰るという事はせず、こっそり自分だけ境内に潜り込んだに違いない。雨の日に誰かが遊びに来る事もないだろうし、僕は安心しきって、山門の敷居に腰掛け、膝を抱えるようにして目をつぶり、雨が葉々を打つ音を聴きながら、樹木の匂いを心ゆくまで吸い込んでいた。<br />
<br />
　今でもそのような匂いを嗅いだりすると、当時の光景を思い出すし、現在も尚あの場所に自分が居るように錯覚する。]]></content>
 <id>http://www.doggylife.org/dob:1:722</id>
</entry><entry>
 <title type="html"><![CDATA[近況]]></title>
 <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob?itemid=721" />
 <author>
  <name>doggylife</name>
 </author>
 <updated>2012-04-29T12:41:25Z</updated>
 <published>2012-04-29T21:41:25+09:00</published>
 <content type="html"><![CDATA[　先々週末に熱を出して寝込み、翌日には熱は引いたが今度は喉を痛め、かつてないほどの痛みと、地獄からの咆哮が如き声の変調を経験し、そしてそれも治まったかと思いきや、今度は咳嗽が止まらず、いつまでも完治せずに低調な毎日を送っていた。しかしようやく、本日をもって回復の兆しが見え一安心しているところである。<br />
<br />
　そんな中思っていたのは、喉を痛めると、噛み砕いたものですら飲み込むのがなかなか困難で、毎日の食事が愉しみでるあるどころか苦行に近いものがあり、そうなると毎日の暮らしに張り合いが無くなる。つまり「あと一時間もすれば旨い昼飯が待っているのでそれまで頑張ろう」だとかそういう自己暗示が出来なくなるので、どうにもやってられないのである。更には刺激の強いアルコールを摂取するのも、出来ない事はないが、いささか憚られるものがあり、夜に向けての張り合いも無くなる。こうなるともう、一日中どんよりとしている。僕はどちらかと言えば小食で、美食家でもない。そこそこの物をそれなりに食べていれば、一応は満足してしまう結構安上がりな人間である。毎日同じ献立であってもさほど問題は無い。そんな僕がこんなにも参ってしまうのだから、これが大食漢であり美食家でもある人物が喉を痛めたりしたら、とんでもない大打撃なのだろうなと考えたりしていた。<br />
<br />
　そして更に厄介なのは咳嗽。咳が続くとなーんにも出来ない。観るのも読むのも何かしら手を動かすのも考えるのも、何一つ集中出来ないのですぐに放り出したくなる。夜になると、炎症止めも咳止めも薬の効力が無くなってくるせいか、喉の痛みや咳嗽がこの時間帯に集中する。もはや身体はぐったりしているし、何もする気になれないので、兎に角横になりたい。横になったからといって症状が軽くなる訳でもないのだが、そうしているのが一番楽な気がしてくるのだ。しかし眠くもないのに横になっていて、余計な考え事なんかしたくはないので、ぼんやりテレビを眺めている。大概は語学番組だ。咳が治まっている時は発音練習をしたりもする。意外にこれが心地良く過ごせるので、ここ数日は毎晩やっている。おかげで何時の間にか、英語フランス語韓国語中国語を並行して学ぶ事になってしまった。ロシア語ドイツ語イタリア語アラビア語はさすがに多すぎるので避けた。いや、既に許容範囲は超えてそうだが、始めてしまったものは仕方がない。因みにテレビ番組のプログラムは半年間行われるが、これがいつまで続くのかは判らない。成り行き次第である。]]></content>
 <id>http://www.doggylife.org/dob:1:721</id>
</entry><entry>
 <title type="html"><![CDATA[Spring of life / Perfume]]></title>
 <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob?itemid=720" />
 <author>
  <name>doggylife</name>
 </author>
 <updated>2012-04-07T12:20:35Z</updated>
 <published>2012-04-07T21:20:35+09:00</published>
 <content type="html"><![CDATA[<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/5kWFGTH8K5g" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
　暫くパフュームには興味を失っていたのだけれど、ラジオから流れてきたこの曲を聴いて、これはちょっと久しぶりに良いかも知れないなどと思いながら Youtube で PV を観た。電源プラグコードに繋がれたまま、身に纏った高輝度 LED から光を放ちながら踊る姿がとても良い。この人達は、こんな風にロボトミーの悲哀を感じさせるような曲や映像がとても似合うと思うし、そこが大変な魅力になっていると思う。<br />
　一時期は、声に過剰なエフェクトをかけられたりする事に耐えられないとかで、制作側と揉めてたようだけど、今でもそうなのだろうか。彼女達の個人を語られる事が殆どなくてよく判らないのだが、至ってフツーの人達のように見える。これだったら自分たちでなくても良いのじゃないか、というような反感を持っていたようだけれど、恐らく彼女達でなければこうはならないような気もする。例えば、彼女達よりもっと美形のメンバーを集めて同じ事をやったとしても、何処か空々しさを感じしてしまいそうだし、モーニング娘。とか AKB48 ような均質化した印象の人達が大勢でやっても、このような悲哀を醸し出す事はないような気がする。個性が際立ってもいけないが、かといってのっぺりとした能面のような印象を与えてもいけない。人数が少ない事が功を奏して、明確に見分けがついて、それがあたかもアンドロイド制作者が頑張って個性を創造した、というような印象を持てるところが良いのかも知れない。僕の妄想でしかないけれど、そういった絶妙なバランスの上に成り立っているような気もする。<br />
<br />
　★<br />
<br />
　話は変わるが、少し前に、パフュームはもしかしたらキャンディーズの流れであるのかも知れないと考えた。単純な発想だけれど、キャンディ−ズの初期のマネージャーをやっていた<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8C%E6%B4%8B%E5%90%89">大里洋吉</a>が、Perfume が所属する芸能事務所<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BA">アミューズ</a>の現会長であるから、というだけの話なんだけど、年老いた芸能事務所経営者が「キャンディーズの夢をもう一度」と考える事もありそうな話であるなあ、と。フツーの女の子に戻ってしまったキャンディーズを、20数年後にパフュームとして再生させるのは、なかなか面白い発想である。しかしそんな話は聞いた事がないし、これもまた僕の勝手な妄想でしかない。<br />
　この人達は至ってフツーの人達のように見える、と前述したが、それも含めてキャンディーズに重ねてしまう。アイドルを目指し、その座を手に入れ、その立場に耐えられずにそこから降りてしまった人達と、同じような経緯で、今その絶頂に在る人達。彼女達も、いずれそこから降りる日が来るのだろうか。]]></content>
 <id>http://www.doggylife.org/dob:1:720</id>
</entry><entry>
 <title type="html"><![CDATA[白拍子の舞]]></title>
 <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob?itemid=719" />
 <author>
  <name>doggylife</name>
 </author>
 <updated>2012-03-25T13:16:55Z</updated>
 <published>2012-03-25T22:16:55+09:00</published>
 <content type="html"><![CDATA[　NHK大河ドラマの「平清盛」のオープニング映像に出てくる、白拍子の舞がやたらと格好良いので調べてみたところ、踊っているのはフラメンコ・ダンサーの<a href="http://www.arte-y-solera.com/news/index.html">鍵田真由美</a>とその他であるらしい。どうしてそういう起用になったのか経緯が不明だが、経緯や意図はどうであれ、とても良い。日本古来の舞踊はこんなにも心躍るものであるのかと感心してしまうくらいに。しかしまあ、恐らく本来の舞よりもずっと動的な踊りになっていると予想される。<br />
　で。そう言えば、白拍子という存在については暫く前から（遊女の起こりとして）知ってはいるけれども、その舞については、当たり前だが観た事はない。伝統芸能として伝えられているものでもなさそうだし、取りあえず検索して出てきたものの中で、気になったものを貼っていく。<br />
<br />
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/wh2HbJPtDqQ" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
　これは鎌倉まつりで演じられる鶴岡八幡宮「静の舞」。しかしこれは当時の白拍子の舞を演じているのではなく、たぶん江戸時代辺りに静御前を主人公として作られた長唄の類いのように見える。なんと言っても使ってる楽器が違うので。<br />
<br />
<br />
<iframe width="560" height="410" src="http://www.youtube.com/embed/Gnfr4WrIf-I" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
　この動画のクレジットに、The 1st music video from a Japanese electronica-club-jazz artist SIENNA (www.sienna-web.com) who is based in Norway. とある。ノルウェイのシエナさんという方の作品のようだが、何故白拍子に興味が在るのだろうと思ったら、ノルウェイ在住の日本人のようだ。（ <a href="http://www.sienna-web.com/SIENNA-webJapanese/index.html">CLICK</a> ）White rhythms というのが直訳っぽいので気になったけど、訳し難いと言えばそうか。（ <a href="http://www.weblio.jp/content/%E7%99%BD%E6%8B%8D%E5%AD%90">CLICK</a> ）<br />
<br />
<br />
<iframe width="560" height="410" src="http://www.youtube.com/embed/ikCQFcA-bUQ" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
　<a href="http://zipangu.com/sakurai/">桜井真樹子</a>（アクセス出来なかったらこちらを <a href="http://shirabyoshi.cocolog-nifty.com/">CLICK</a> ）という、白拍子の芸能を研究し演じている方が、イスラムの曲を白拍子でカバーしているものらしい。恐らくこれが本来の姿に一番近いのではないだろうか。当然と言えば当然だけど。]]></content>
 <id>http://www.doggylife.org/dob:1:719</id>
</entry><entry>
 <title type="html"><![CDATA[晩年]]></title>
 <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob?itemid=718" />
 <author>
  <name>doggylife</name>
 </author>
 <updated>2012-03-17T10:54:58Z</updated>
 <published>2012-03-17T19:54:58+09:00</published>
 <content type="html"><![CDATA[　先週から NHK 連続テレビ小説「カーネーション」では、糸子が70を超えた晩年を迎えている。その中で、かつて親しかった人達の遺影を眺め、子供達が皆遠くへ行ってしまって独りになった事に思いを馳せる場面があった。何故こんな風になってしまったのだろう、と。さらりと流して描かれていたし、その後も繰り返す事はなかった。その辺りを余り強調したくなかったのだろう。僕はその場面を観て、リリー・フランキーの「東京タワー」の中で、主人公の二人の祖母の晩年に関する記述を思い出した。<blockquote>　筑豊のばあちゃんは相変わらずひとりで、黄色くなったジャーの中の御飯を食べていた。家の中には線香とサロンパスの匂いは充満していて、その匂いを嗅ぐたびに、なにか淋しい気分になっていた。膝を悪くして、和式トイレの便器の上には、簡易様式トイレの便座が置かれてあった。<br />
　家財道具、自分の身体はどんどん古くなり、くたびれてゆく中で、毎日、日めくりのカレンダーだけが新しくめくられている。<br />
　誰も居なくなった家で、黄色くなった御飯を食べながら、心臓病の薬を飲み、映りの悪くなったテレビを観ている。ばあちゃんにとって、一日のどんな時が楽しいのだろう？ 人生の何が楽しみなのだろう？  どうあれば幸福を感じ、なにが起きれば悲しむのだろうか？<br />
<br />
　（中略）<br />
<br />
　小倉のばあちゃんも同じように、誰も居なくなった我が家にひとりで住んでいる。子供たち、孫たちは、それぞれに新しいことが連続する毎日の中で、息つく暇もないほどに動き回っている。ばあちゃんたちはそれとは逆に、毎日同じ風景と残像の中で、ただ息をつき、日めくりだけが新しくめくれてゆく。<br />
<br />
　（中略）<br />
<br />
　結局、廃れてしまう、寂れてしまう、離れてしまう、誰もいなくなってしまう。</blockquote>　出版当時に、氏が出演していたラジオ番組の中でも、何かのイベント時に収録したのだであろう、読者の声がインタビューされていた。「感動しました」「泣けました」「母親を大事にしようと思いました」等々、宣伝目的なので当たり前だが、そのような陳腐極まりない言葉が繰り返し流れた。久世光彦はこの小説を指して「ひらかなで書かれた聖書だ」と宣われたらしい。その言葉からしても、この小説は単なる母の子へ対する愛情の物語ではないと思っているのだが、それ以外の感想を目耳にした事がない。この本は人生に対する諦念と、人の愚かしさと、その中で生きて行かねばならぬ覚悟を描いているのだと僕は思っている。<br />
　若くして死んでしまうのでもなければ、我々は老境を過ごさなくてはならない。肉体と精神の老い、そして社会的に朽ちていく事に耐えねばならない。それでも、そんな苦痛を背負いながらも生きようとしてしまう。40を超えると初老と呼ばれるが、衰えなどはとっくの昔に始まっている。先は長いのか短いのか判らないが、楽な事はなさそうだ。どえらい所に立たされたものだ、と思う。<br />
<br />
　原作を読んでないし実際の経歴も知らないのだが、ドラマの中では、糸子は晩年になって過酷なプレタポルテ業を始める決意をする。それはもしかすると、老境での孤独に立ち向かおうとしているのかも知れないと僕は思っている。]]></content>
 <id>http://www.doggylife.org/dob:1:718</id>
</entry><entry>
 <title type="html"><![CDATA[最近気に入ったバンドミュージック]]></title>
 <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob?itemid=717" />
 <author>
  <name>doggylife</name>
 </author>
 <updated>2012-03-10T12:13:05Z</updated>
 <published>2012-03-10T21:13:05+09:00</published>
 <content type="html"><![CDATA[<strong>Na Na Na / <a href="http://www.mychemicalromance.com/news/">My Chemical Romance</a></strong><br />
<br />
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/egG7fiE89IU" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
<br />
<strong>Denise / <a href="http://fountainsofwayne.com/home/">Fountains of Wayne</a></strong><br />
<br />
<iframe width="560" height="410" src="http://www.youtube.com/embed/2y36usNVGhI" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
<br />
<strong>Tongue Tied / <a href="http://www.grouplovemusic.com/">Group Love</a></strong><br />
<br />
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/1x1wjGKHjBI" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
<br />
<strong>Show Me / <a href="http://teamme.no/">Team Me</a></strong><br />
<br />
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/kxyWT-FY9vE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
<br />
<strong>D.E.N.W.A / <a href="http://thetelephones.net/top/">The Telephones</a></strong><br />
<br />
<iframe width="560" height="410" src="http://www.youtube.com/embed/QKF1Z0uEdfU" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
　日中、ラジオをずっと点けっ放しにしていると、否応も無く色々な音楽を耳にする事になる。仕事場で聴いているのは J-WAVE なので、どちらかと言えば洋楽寄りの音楽を耳にするのだが、上に挙げたのは「これは今まで聴いたものとは、少し趣が違うなぁ」と僕が感じたものの中で、何処となく似ている気がする曲を列挙してみた。上から三つがアメリカのバンドで、四番目がノルウェイ、最後が日本。<br />
　Wikipedia に在る記事を読むと、Alternative Rock だとか、Power Pop だとか、New Wave Rock だとか書いてあるが、そんなジャンル分けはよく解らないし、どうも共通した雰囲気を感じる。世の中の白人音楽にはこういう流れが在るのだろうか。僕が疎いだけで、ちゃんとした系譜があるのだろうか。その辺りの音楽にとうに興味を無くしていた僕の拙い認識では、白人音楽はオルタナティヴと呼ばれる人達が出て来たところで止まっている。上に挙げた曲にしたって、そんなに新しい事をしているとは思えないのだけれど、一昨年か去年辺りからか、なかなか良いなと思う曲が出てきた感じだ。一応メインのヴォーカルは居るが、コーラスのパートが目立つ。その共通項は単なる流行なのか、それとも何かしらの意味を示しているのか、よく解らないが僕は気に入っている。<br />
<br />
　★<br />
<br />
　歳を拾ってくると、やはり体力も気力も落ちてくるもので、昔のように派手な音楽はあまり聴く気になれない。というか聴けない。例えば、何を思ったかラジオが朝っぱらから「この曲聴いて元気だそうぜ！」的なノリで騒々しい曲を流す事がまま在る。そういうのは聴く立場の僕の気分がローな場合は、ラジオを叩き壊したくなるくらいには迷惑に感じる。<br />
　まあ、それはそれとして、上に挙げた曲は意外にも乗れた。乗れたから気に入ったのだろう。音楽はシンクロ出来なければただの騒音である。楽曲がどうこうの前に、僕自身の状態の変化もあるのかも知れないが、シンクロ出来る音楽を見つけられた事を僕は嬉しく思う。<br />
<br />
　ところで、他に思い付かないので仕方なくそう書いたけど、バンドミュージックって表現は非常にダサいですね。]]></content>
 <id>http://www.doggylife.org/dob:1:717</id>
</entry><entry>
 <title type="html"><![CDATA[盪在空中]]></title>
 <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob?itemid=716" />
 <author>
  <name>doggylife</name>
 </author>
 <updated>2012-02-23T12:51:32Z</updated>
 <published>2012-02-23T21:51:32+09:00</published>
 <content type="html"><![CDATA[<strong>大膽走一步＠未知物種音樂祭</strong><br />
<br />
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/WvVi4twYk8Y" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
　少し前に<a href="http://www.aokiyuka.com/">青木由香</a>がラジオで紹介していた台湾のインディーズバンド。タイトル（バンド名）からも窺えるように、台湾語で歌っているそうだ。紡ぎ出す音が好みなので Youtube で色々聴いてみたのだが、時折ハッとするような流麗なアンサンブルを奏でたりして、アレンジのセンスに感心させられる。ただ、ヴォーカルがもの凄く下手なのだ。聴いているこちらが心配になるくらいに音を外す。音程を保てないより以前に声量も全然足りていない。<br />
<br />
<br />
<strong>點菸 @我的草本羅曼史3</strong><br />
<br />
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/s9514KDQ5fw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
　色々観ていると、既に2006年からこのバンド形態で活動しているようなので、彼は少なくとも6年間は下手な歌を歌い続けている事になる。青木由香も同じような評価であったし、恐らく周囲の誰もがそう思っているだろう。そして僕が思うに、彼はどうしても歌いたい訳ではなさそうに見える。ギターを弾いている時の方が気持ちよさそうだし伸び伸びしている。<br />
　歌が下手なバンドと言えば Number Girl で、そのヴォーカルを勤めるのは向井秀徳だが、彼の場合は「絶叫眼鏡」の異名から解るように、叫びたいだけである。歌詞の世界観もあるのだろうけど、彼の絶叫はバンドの音の一部として成立している。それと同じようなものかも知れない。僕には未だ認識出来ていない何かをもって、このバンドが成立しているのだろう。もっと歌の上手い誰かをヴォーカルに据えて、このバンドが演奏するところを思い浮かべてみるが、なかなか巧く想像出来ない。つまり、そういう事なのかも知れない。<br />
<br />
<br />
<strong>直直去@Roxy Roots</strong><br />
<br />
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/CHU82tGWxrI" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
　僕は台湾語を読めないし、検索して調べてみてもメンバーの名前や略歴すら解らないのだけれど、ずっと聴いていると、ところどころに Fishmans の影響が窺える。偶然というにはアレンジの端々に聞き覚えが在る。Fishmans の廉価版みたいなフォロワーのバンドは日本にも存在するけど、こちらの方が、離れている分丁度良い取り入れ方をしていると感じられる。同じ土壌でのフォローは気味が悪い。亡霊に縋っているような感じがして嫌なのだ。<br />
<br />
<br />
<strong>fullset@落日飛車發片演出</strong><br />
<br />
<iframe width="560" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/53bBFbTVwok" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
　彼らの歌っている内容が、少しでも解ればなぁ。]]></content>
 <id>http://www.doggylife.org/dob:1:716</id>
</entry><entry>
 <title type="html"><![CDATA[炉心融解 / 鏡音リン]]></title>
 <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob?itemid=715" />
 <author>
  <name>doggylife</name>
 </author>
 <updated>2012-02-11T13:30:35Z</updated>
 <published>2012-02-11T22:30:35+09:00</published>
 <content type="html"><![CDATA[<iframe width="560" height="410" src="http://www.youtube.com/embed/CqVscC6VyMg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
<br />
　今更な事を書くけど、久しぶりに観たので。2008年末に発表され、恐らくニコニコ動画で二度のミリオン再生を稼いだ動画。<a href="http://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/3438.html">まとめてるサイト</a>も在るし面倒なので詳細は書かないけど、これを観てると、今後の音楽制作がどういう方向に進んでいくのか色々と（余計なお世話だが）考えてしまう。これは楽曲も、歌詞も、動画も出来が良いので人気を博すのはよく解る。でもそれ以上に僕が感心するのは、ヴォーカロイドだと歌い手の持つ音域や息継ぎなどを全く考慮せずに作曲出来るという事実である。特にこの曲だと、淀みなく何処までも伸びていくヴォーカルは最大の魅力だ。当たり前だけど、まさに超人的。作曲の自由度が人類史上希に見るほど高いのだ。<br />
　どの楽曲か忘れたけど、モーツァルトが贔屓のソプラノ歌手に依頼され、そのソプラノ歌手の喉が追いつけないほどの複雑さと音域で（意地悪く）作曲して渡したら、見事歌いきられてしまったというエピソードが在ったように思うが、そんな遣り取りが発生する事も今後は無いのかも知れない。<br />
<br />
　一方、生音を好み、歌い手の声質や抑揚など、生身の人間にしか出せないような要素を音楽の重要なものとして捉えているなら、幾ら音が自由でもフェイクにしか思えないかも知れない。ただ、現在ではエフェクトのかかったヴォーカルを好む流れもあり（ex. Perfume）、当座の流れとしては二分するのかも知れない。どちらがより優れているか、というのは既に土俵違いで、音楽の何を好むのかという事になりそうな気がする。それはたぶん生活のスタイルというか、より自分の好む質感であるのかどうかという事になりそうだ。<br />
<br />
　-<br />
<br />
　因みに上記のリンク先にこの動画のクレジットが記載されていて、各担当の自サイトへ繋がってるんだけど、誰も彼も凄そうだ。もしかすると、この国の才能はこの界隈に集約されつつあるのかも知れない。<br />
<br />
　この曲もそうだけど、今を持って終末感漂う昨今の歌詞の世界観については、また別の機会に。この歌詞なんて、人を絞め殺す事を夢想（動画では、絞め殺す相手は幼い頃の自分にようだ）しておいて、挙げ句の果てには「自分が居ない世界の方が正しい」みたいな事言ってるし。一般に流通する J-POP ではまずお目にかかれない歌である。]]></content>
 <id>http://www.doggylife.org/dob:1:715</id>
</entry><entry>
 <title type="html"><![CDATA[待合室]]></title>
 <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.doggylife.org/dob?itemid=714" />
 <author>
  <name>doggylife</name>
 </author>
 <updated>2012-02-04T12:14:43Z</updated>
 <published>2012-02-04T21:14:43+09:00</published>
 <content type="html"><![CDATA[　例年よりも随分と早く花粉の飛散を身体で確認したので、行きつけの耳鼻咽喉科に本日登院してきた。この近隣で耳鼻咽喉科はその医院しかなく、評判も良いので毎年この季節にはかなり混雑している。そして今日もその覚悟で参じてみれば、待合室の患者の数がやけに少ない。お、これはラッキー。まだ時期が早いから症状が出てる人も少ないんだろうな、と思いながら受付に診察券と保険証を差し出すと、カウンターの上に何やらモニタが鎮座している。画面を見ると「現在の呼び出し番号」「現在の待ち人数」「現在の待ち時間」等の項目が表示されている。それをじっと見ていると受付の女性がチラシを差し出した。どうやらインターネット経由で、モニタに映し出されたのと同じ情報をパソコンや携帯電話で閲覧する事が出来るらしい。<br />
　これは便利である。これまでは一度受け付けを済ませて、一二時間後に、そろそろ順番かなーという時間に再び登院する。丁度良い時もあれば、更に数十分待つ事になる事もある。そんな具合に非常にアバウトな事をやっていたのだが、このサービスを使えばほぼジャストな時間に行く事が出来て、時間の無駄が省けるというものである。世の中便利になったものだ。<br />
<br />
　しかしながら少し残念な部分も在る。このサービスのおかげで待ち時間はほぼ無い。待合室に居るのは一人二人くらいで閑散としている。なのですぐに順番が回ってくるのであるが、そこが問題なのだ。いや、問題というほどの事でもないのだけれど、僕はお年寄りや子供やその母親や中学生や高校生の雑多な人々に混じって、明るい陽差しの中で順番を待ちながら本を読むのが好きなのである。待ち時間がほぼ無いので、その楽しみも無くなった。いやまあ、それで別に困る事はないんだだけど、少し残念である。<br />
<br />
　-<br />
<br />
　よくよく思い出してみれば、これまで通った様々な診療科目の医院の待合室は、程度の差こそあれ、どれも採光を施した部屋が多かった気がする。そして隅に誂えられた小さな本棚には、医院長の趣味であろう雑誌や、古い絵本や、時代遅れの漫画が詰め込まれていたり、金魚や小さな熱帯魚が水槽に飼われていたり、鳥籠の中でメジロが可愛らしく鳴いていたりする事がよくあった。そんな穏やかで、明るく、静かな空間は読書をするのにうってつけだったのだ。此処なら住める、とよく思ったものだ。<br />
<br />
　仕方の無い事とは言え、そういう機会を一つ失ってしまった。うっすらと寂しい土曜日である。]]></content>
 <id>http://www.doggylife.org/dob:1:714</id>
</entry>
</feed>
