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DOG ON THE BEACH

首都脱出

 2月の終わりに見た夢の話。

 ★

 夜半過ぎ、地響きのような轟音に目を覚ました。僕は何故かその時、本郷台地の上に建つ古い旅館に泊まっており、畳敷きの部屋で布団に寝ていた。木枠の窓をビリビリと鳴らす音に驚き、飛び上がるように起き上がった僕は、窓外の燃えさかる火の海に慄然とした。高台の麓に川が流れていて、それに阻まれ火の手がこちらまで伸びる事はなさそうだったが、現実では有り得ない視力で、僕は燃えさかる火の中に何が燃えているのか見つめていた。そこには、燃えるのではなく、溶けていく人間の姿が見えた。ムンクの絵の中の人のように、人間が叫びながら溶けていた。
 一体何が起きたのだろう。僕は暫し考えた。何処ぞの国の飛行機が爆撃したとは思えない。それならばもっと長く爆発音が続いたはずだ。地震も違う。大地の揺れがそれとは違った。大火のようでもない。これほどまでの火が広がるまでには何かしらの騒ぎがあって然るべきだ。地響きと共に大地が燃え始めたとしか思えない。それも地上の全てが溶けるような高温で。

 考えるのに飽きて、僕は部屋から出でて廊下に出た。さすがにこの状況では旅館の中も騒然としており、他の泊まり客達が慌てふためいた様子で走り回っていた。僕はそれらの人々を避けながら廊下を当てもなく歩いた。すると、向こう側から若き日の忌野清志郎が浴衣に丹前を羽織って歩いて来た。懐に手を差し込んでてれてれと歩いている。夢の中でも彼のファンであるらしい僕は、ついつい声をかけてしまった。

「キヨシローさん、どうしたんですか」

「いや、ちょっと部屋に」

「部屋に?」

「そう、ギター持ってこようかと思って」

 既に彼の部屋の前だったようで、引き戸を開けて部屋に入っていった。そして直ぐさま彼はギブソンのハミングバードを抱えて出て来た。そのままふらふらと歩いて行く彼に僕も追従した。
 僕らが泊まっていたのは旅館の二階で、長い廊下の突き当たりに出窓がある。彼は両開きの窓を開け放ち、そこに腰掛けた。窓の外では相変わらず大地が燃えている。彼は暫くの間言葉もなくその光景を見つめていたが、ふいに弦を爪弾き歌い始めた。僕の聴いた事のないバラードだった。それに、この状況にまったくそぐわない。彼は一頻り歌った後、窓を閉め少しばつの悪そうな顔で微笑んだ。

「もう寝ようぜ」

「危なくないですかね」

「うん、こっちまで火は来ないだろうしさ、逃げるにしたって周りは全部火事だよ」

「逃げようないですよね」

「そうそう、だから寝るんだ」

「そうですね」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 僕は部屋に戻り、窓硝子とカーテンの向こうの、赤く揺れる光を感じながら布団に潜り込んだ。

 -

 翌朝目を覚ますと、部屋の中に薄く煙が漂っていた。僕は取りあえず部屋を出て、階段を降り、待合室を覗いて見た。廊下を誰も歩いては居ないし、待合室にも誰も居なかった。ただ、テーブルの上の灰皿が端に寄っていたり、塵くずのようなものが散らばっているところみると、誰かが慌ててこの場所から立ち去った事が伺える。
 僕は待合室を出て廊下を歩いた。帳場、浴場、食堂、それから二階の客間。隈無く歩いてみたが誰も居なかった。僕が寝ている間に皆逃げてしまったようだ。これ以上この旅館に留まっていても仕方がないので、僕は自室へ戻り荷物を纏め持った。

 開け放たれた玄関を出ると、そこにキヨシローさんが佇んでいた。

「眠れた?」

「はい、少し暑かったんですけどね」

「見てみなよ。そこら中が焼け野原だよ」

「ホントですね」

 高台から見下ろせる、かつては町であった大地は見渡す限り真っ黒に燻っていた。しかしずっと先の方、新宿や池袋の高層ビル群は崩れ落ちる事なく、銀色に輝いている。

「これじゃ地下鉄なんか動いてないでしょうね」

「うん」

「どうするんですか」

「家族が心配だから三鷹に帰るよ」

「歩いてですか」

「しょーがないよね」

「そうですよね」

「キミはどーすんの?」

「うーん、都心に残っているのは危なそうだから、取りあえず上野まで行ってみます。もしかしたら列車が動いてるかも知れないし」

「そーか、オレも池袋か新宿の駅に寄ってみようかな」

「その方が良いですよ。キヨシローさんギターあるし」

「そうだね」

「じゃあ、行きましょうか」

「うん、元気でね」

「はい、お元気で」

 春日通りを、キヨシローさんは手を振りながら右へ。僕は左へと曲がった。

 -

 上野駅まではそう遠くはない。真っ黒に焦げた街を横目に春日通りを東へと歩く。崩壊した建物と、道路を塞ぐように放置された自動車、そして炭と化した人間の遺体。この辺りになると生きている人間の姿がちらほら見受けられた。何処かへ向かって歩いている人。瓦礫の中から何かを掘り起こそうとしている人。ただ泣き叫んでいる人。いろいろだ。

 程なくして上野駅に着いた。駅舎は部分的に崩れ落ちてはいたが、機能しているようだ。外壁の時計は動いていた。構内には人がごった返している。皆一様に大きな荷物を背負い、先を急いでいるようだ。しかし怒号が聞こえる事もなかったし、泣き叫んでいる人も居ない。皆押し黙って、整然と改札へと吸い込まれていく。
 僕は取りあえず日本海側へ抜けるまでの切符を買った。当てなど何もなかったが、出来るだけこの場所から離れたいと思ったからだ。改札を抜けて、僕はホームへ降りた。驚いた事にディーゼル機関車が停車している。僕はホームをずんずん進み、牽引車のすぐ後ろの車両へ乗り込んだ。既に満席に近く、僕は空いていた席に身体を押し込んで、バッグを抱えた。暫くして列車は動きだし、僕は他の乗客や車窓からの景色を眺めていたのだが、その内に寝てしまった。

 -

 乗客が席を立つ物音で目を覚ました。皆それぞれに荷物を抱え出口に向かっている。この列車はどうやら此処で終点のようだ。僕は他の乗客に習って列車から降りた。
 ホームなどは無く、そのままコンクリートを打った地面へと降り立った。見渡すと其処は検車区であるかのように、敷地に何本もの列車が停車していて、周囲を山に囲まれた盆地だった。そもそも駅なんかではないようで、駅舎は見当たらず、離れた場所に事務棟のような二階建ての古い建築物が建っていた。此処が一体何処なのか見当もつかなかった。長野か、それともまだ埼玉なのか。列車を下ろされてもどうする事も出来ないじゃないか。

 仕方なく、前を歩く人々の後について歩いていると、突然横から現れた女に呼び止められた。アジア人の顔つきで、肌が白くアタマは金髪。赤と白に縫い分けられたジャンプスーツを着ていた。

「あなたはこちらの列車に乗り換えてください」

「僕・・・ですか?」

「そうです」

「ええと、あなたは僕の事を知ってる?」

「勿論です」

 それ以上尋ねる事も思い浮かばないし、行く当てもないので、僕はその女について行く事にした。最後尾の車両を見せて停まっている列車が数本在り、僕らはその中の一本に近付いて行った。

 -

 そこかしこに大昔の憲兵のような詰め襟の制服を着た男達が立っている。デザインはクラシカルだが、素材が現代の物であるようだ。薄い灰色に白い刺繍が施されている。大体は脛にゲートルを巻いた若い青年達だが、中には長靴を履いた上官らしき男が混じっている。彼らは乗客の持ち物を調べたり、帯剣や肩に担いだライフル銃に軽く手を当てたまま周囲に注意を向けている。

 僕らは比較的新しい車両に乗り込み、予め決まっていたであろう座席に座った。

 -

 僕と女は、ボックス席に向かい合わせに座って支給された弁当を食べている。鮭と煮物と白米だけの簡素な物だった。それを食べ終え、缶入りの緑茶を飲みながら、僕はぼんやりと車窓の外の風景を眺めていた。内陸部の退屈な、田畑や森林の多い風景。散在する人家や電信柱が目の前を飛び去って行く。

 広大な平野を走り抜け、列車はトンネルへ入った。窓硝子に映る自分の姿を見て驚いた。僕は詰め襟の制服を着ていた。さっきの駅に居た憲兵達と同じ軍だ。一体いつ着替えたのだろう。全く記憶にない。

「あなたはこれから、その服で過ごして貰います」

「ずっと?」

「はい、役目を終えるまではずっとです」

「その役目って何でしょうか?」

「・・・それは目的地に着いたら解ります」

「それまでは教えられないって事ですか?」

「まあ、そういう事になりますね。とにかくそれまではゆっくりしていて下さい」

 考えても無駄な気がしたので、僕は少し眠る事にした。

 -

 目を覚ますと車窓には、透明度の高い青々とした雲一つ無い空と、太陽光を反射する緑色の山々が遠くで大地を取り囲んでいた。そして上体をかがめて上空を見上げると、そこには驚くべき事に巨大な建造物が浮かんでいた。空を覆うようなその建造物は、銀色に輝く金属で造られた十二角形の立体に放射状に金色で装飾が施されている。そしてそれが、何本もの丸太のようなケーブルで地上に繋がれており、見廻せば、他にも同じような建造物が何基も空に浮かんでいた。音も無く、光を遮るのではなく反射しながら、今まで見た事もないような威圧感を持って浮かんでいた。

「あ・・・あれは?」

「あなたがこれから生きていく場所です」

「場所?」

「施設・・・のようなものでしょうか」

「よく解らない」

「あなたはあそこに住んで、働くのです」

「何の為に?」

「行けば解ります」

「またそれ」

「ええ、まあ」

 僕は驚きと共に、これから僕の身に起こるであろう事を考えてみようと試みたが、全く想像が出来なかった。何故僕が選ばれたのかもよく解らないし、一体何の為の施設なのかが判らない。この国のものなんだろうけれど、非常に軍事的なものであるように思える。とは言え自衛隊とは全く趣きが異なるので、もしかすると国民の殆どがその存在すら知らない国家機能が、今僕の目の前に在るという事なのかも知れない。

 一体何なのだろうか。昨晩の、一夜にして東京の街が燃えてしまった事と関係があるのだろうか。そして、何故僕なのだろうか。その後暫くの間、呆然としたまま、空に浮かぶ建造物を眺めていた僕は、列車の汽笛に呼び起こされた。

 ★

 という夢を、震災の半月前に見ていたのですよ。何の因果か知らないけれど。

深更

 冷んやりとして乾いた夜。隣人か、それとも別の人家であるか、テレビの音が聞こえてくる。垣根の下で猫の鳴く声がする。自転車に乗った女達の話し声が通り過ぎる。中国の言葉で誰かが携帯電話に話しかけている。近くの線路からはレールの軋む音。遠くに自動車の走る音。夜はこうして深まっていき、やがては全ての音が消え去る。私の今日はこうして死に絶え、明日への渇望を眠らせる。

人との間

 血縁で、そりの合わない相手とは、出来るだけ傷つけたり傷つけられたりしないように、ある程度の距離を保ったまま付き合っていくしかないのだろうな。いずれどちらかがこの世を去るまで。

日常的感覚の喪失

 仕事が多忙を極め、その後の震災の余波により一月も何も書かないでいた。なーんにもする気になれなかったのね。そして、まだ震災後の影響は消え去ることなく続いているし、今後もどういった形で新たな影響が出てくるのか予断を許さない状況ではあるが、気持ちとしては落ち着いてきた。それはそれで良い事ではあるが、僕個人としては良くない面も現れてきた。再び、である。

 緊急を迫られた状況では生き抜く事に集中せざるをえないので、厳しいなりにも何ら問題無く毎日を過ごしていられたのだが、一旦ではあるが押し迫った危険を回避する事が出来、心の裡に余裕を持てるようになると、それまでの緊張が突如として緩んでしまうせいか、こんな言い草も酷いとは思うが、何だか放り出されたような気分になってしまう。そして。

 はて、僕はなんで生きているのだろうか。

 漠然とそうした事を思い出してしまうのだ。霧がかった頭を振って考えてみても、そこには何も無い。理由も、目的も、何かしらの事情もない。勿論誰かに強いられている訳でもない。なーんにもない。確実に言えるのは、「未だ死んでいないから、生きている」そういう状態にある、というだけの話だ。良くもないし悪くもない。ただただ現実が目の前に広がっている。非常に残酷で、クリアな世界だ。

日常的疾患

 いつもではないけれど、新しいものや刺激のあるものを受けつけなくなる時期がある。

 例えば、週末に映画のDVDでも観ようとレンタル屋に行くとする。しかし、棚に並んだ様々なタイトルを眺めてみても、どれも観ようという気になれない。自分で映画を観たいと思って行ったのにである。そもそも、ホラーやスプラッタは好きではないし、そんなものをわざわざ時間を割いて観る気はないので予め除外しているが、この場合はそういうもの以外でも食指が動かない。観ても良いと思えるのは既に観た事のある映画。内容を既に知っているものに限れらる。要は、想定外の物語を観る気になれないのだ。

 また別な例を挙げると、散歩をしたいと門を出ても、今日はこっちの道を歩いてみようと、余り通らない道を選んだりはしない。いつも通る道をいつものように選んでしまう。その道がどこからどのように曲がって、どこに何が在るのか熟知している道だ。
 考えてみればその感覚が生じる分野は多岐に渡る。新しい本、新しい音楽、新しい食べ物、新しい人、その他色々、とにかく自分の知らないものに関して、それを受け入れる余裕が持てないのだ。

 こういう事は自分の生来の性格的な傾向なのだと思っていた。もしくは少し疲れているか。しかし今日今更ながらに気付いた。これは軽い鬱状態なんじゃないだろうか。僕の最も酷い状態の時にはNHKの教育テレビしか観れなかった。嘲笑や怒りや悪意など、精神的に圧迫する要素を含んだ番組を観る事が出来なかった。明るく、予定調和に収まる物語以外は受けつける事が出来なかった。
 今はそれほどの事はないにしても、その入口に立っているような気がする。何かひとつ踏み外せば、闇の中へ真っ逆さまだ。これは注意深く過ごさねばならない。そうなってしまったのは、風邪ひいたり事故に遭ったりするようなもので仕方ないが、このままで良いはずはない。

 -

 そしてこの度気付いたのはそれだけではなく、そういう状態に、頻繁とは言わないまでも、気付けばなってしまっている己の精神的強度の脆弱さ。これは少なからずショックだった。全然平気で暮らしているものだとばかり思っていた。子供の頃から身体が若干弱く、何を考えたのか父親に赤蝮ドリンクとかキヨレオピンを飲まされていた。それが功を奏したとは思えないくらい今でも身体は弱いと思っているが、精神的な面に関してもそうだったとは思わなかった。己を過信するのは良くない。可能域で暮らすのが賢明だ。

 対策を考えなければ。そういった時期を出来るだけ少ないしたい。
  • Last Modified : 2012-01-12

デトロイトのパン屋

 毎週末によく利用するパン屋が一軒在る。以前はもう二軒ほど近所に在ったのだけれど、そのどちらも建て替えの為なのか、それとも単に店を閉じただけなのか判らないが、三年ほど前に無くなってしまった。なので近所にはもうここしかないのである。一応イトーヨーカドーにパン屋は入っているが、どうもなあ、独立した店舗でないと「パン屋に行く」という行為に伴うウキウキした感じが出ない。だから行かない。

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 そのパン屋に特別なところはない。個人経営の小さなガラス張りの店舗で、レジの横から工房の中が覗ける。何か特化した種類のパンに拘っている訳でもなく、まんべんなく揃っている。半年に一度くらいのペースで新作のパンが売りに出されるような、絵に描いたようなパン屋である。

 しかし、目に見えないところで少々変わったところがある。昔、僕が通い始めた頃は、店内には有線放送で適当な、ほぼアメリカの歌謡曲と化したR&Bが流れていたように思うが、数年前のある日、その有線放送が撤廃され、代わりに古いラジカセが棚の上に鎮座していた。聞こえてくるのは Michael Jackson 。懐かしい音質でマイケルが Billie Jean を歌っていた。

 それから数ヶ月間、僕がそのパン屋を訪れる度にマイケルが歌っていたのだけれど、そのうちに今度は Stevie Wonder が歌い始めた。僕の店での滞在時間はものの数分であるので、どのアルバムであるかまでは判らなかったけど、Ribbon in the sky が流れていたのを覚えている。

 そして、それから更に数ヶ月経ってラジカセが姿を消した。代わりに無印良品で売ってそうな、インテリア化した白いCDプレイヤーが置いてあった。流れているのは相変わらずマイケルとスティービーだったので、CDで買い直したのだろう。しかしこれは一体誰の趣味なんだろうな。フツーに考えてオーナーの趣味なんだろうけど、工房やレジに居る人のうち、誰がこの店のオーナーなのか見当が付かない。
 そんな事を思いながら、引き続き毎週末に通っていると、数ヶ月にに一度くらいのペースでレパートリーが増えて行った。The Isley BrothersThe SupremesMarvin GayeThe Temptations 。この辺りまできて僕はようやく思い付いた。これって・・・全部、デトロイト発祥のモータウン・レコードの連中じゃないの? すると、ここのオーナーはモータウン・サウンドのファンなんだな! 面白れえ!じゃあ!なんなら店の名前も「モータウン・ベーカリー」とかにすれば良いんじゃない? そうしようそうしよう!

 とか言って一人で盛り上がっていたのだけれど、それから暫くしてその妄想が崩れた。ある日店に入ると、Ray Charles が歌っていた。何となく違和感を覚えて部屋に戻ってから調べると、アトランティック・レコードだった。よくよく考えれば Billie Jean はモータウンから出してないし。ううむ、でも、まあ一つのレコード会社に拘る理由もパン屋にはないし、古いR&Bが好きって括りで良いんじゃないかな。などと余計なお世話過ぎる妥協点を見いだした僕は、安心してパン屋に通い続けた。

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 で、そして今日、その括りさえも崩れた。

 自動扉が開いて僕の耳に聞こえてきたのは Big Punisher の Still not a player 。まさかのヒップ・ホップ・チューンである。どうした? 何があったんだオーナー? これからこの店は一体どうなってしまうんだ!

 僕は心配である。その内にこの店は看板を艶めかしく光るネオンに取り替え、入口横にはビッグバードの等身大フィギアが立って客を出迎え、店員は全員日サロで身体を焼いて、ブカブカのヒップホップ・スタイルか、身体に張り付く感じの花柄の開襟シャツやストライプのパンタロインパンツを穿いてアフロな感じで、陽気に接客してくれたら楽しいな。などと今では妄想している。

冬の歩道

 昼休み。小諸蕎麦でうどんでも啜ろうかと、寒風吹きすさぶ中マフラーを首にぐるぐるに巻いて道を歩いていると、向こうから三輪自転車に乗った年輩の女性がやってきた。自転車の前部に固定されたカゴには、色とりどりの毛布やらタオルケットやらが無造作に詰め込まれており、運転している女性自身もこれまたいろんな色柄の服を重ねて着込んでいるので、まるで布の行商のようである。
 そんな姿をぼんやりと眺めながら歩き続け、二メートル先まで近付いてようやく、カゴに詰め込まれた毛布の中から小犬が顔を覗かせている事に気がついた。チワワだろうか。体毛が短く顔が若い。彼(若しくは彼女)は、僕の傍らを通り過ぎる頃には毛布からすっかり頭を突き出し、この季節にはめずしい柔らかな陽光を心地良さそうにに受け止め、冷たい風に眼を細めていた。
 やがて走り過ぎる彼らの後ろ姿を見送りながら僕は考えた。あの役がやりたい。つまり、あの小犬に成り代わりたい。何というか、あの毛布に埋もれたカゴの中がとても居心地の良さそうな場所だったのだ。もし将来、僕が年老いて足腰が弱りきって歩けなくなったら、誰かに介護を受けながら、車椅子に乗せられて穏やかな冬の光の中を散歩するのも悪くないな、と思った。
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