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冬の運動会 / Nippon Television Network

 新聞での紹介を読んで興味が沸いたので観てみた。途中までは良かったのだが、最後の収束の仕方がツマラナイ。家族の確執がそんなにも急激に穏やかになる訳がないだろう。その余りに急速な健全化に呆気に取られるほどだ。まあ、それは置いといて、僕が興味を持っていた部分について少し。
 登場するのは、祖父・父・息子の3世代の男たち、祖父の北沢健吉、父・遼介、主人公で息子の菊男。3人は、どのように家族と関わったらいいのかと思い悩み、互いに確執を抱えながら、それぞれが自宅とは違う場所に擬似家族を持つようになる。30歳以上も年が離れた女との半同棲の生活を楽しむ健吉、親友の未亡人とその息子の面倒をみる遼介、子供のいない中年夫婦の家に入り浸る菊男。そして、この秘密が明らかになった時、女たちを含めた家族の形は大きく揺らぐ。果たして、男たちは、それぞれの葛藤の中で、お互いを理解し、許容し合えるようになれるのか—。
 日テレの番組のハイライトにはこうある。家族がそれぞれ他に疑似家族を持つという行に非常に興味を持った訳だが、何度も言うが最後の「お互いを理解し、許容し合えるようになれるのか」が要らないと思う。いや、それは言い過ぎか。少なくとも安易な理解の仕方は止めて欲しかった。あ、これはテレビドラマに限っての話。向田邦子の原作もこうなんだろうか。読んでみようと思ったけど、これと同じなら読みたくないなあ。
 というのも、僕は常々こう考えている訳です。既存の人間関係の中で、自分を支え切れないのであれば、他に誰かを求めても仕方ないだろうと。勿論、社会的なな道徳規範に晒されたり、個人間の所有欲や嫉妬に焼かれる事は否めないのですが、フィクションの中でまで否定して欲しくないのです。明治以前の日本の共同体は乱婚が行われており、それに拠って共同体が保たれていた、と書いていたのは宮台真司だったか。その本には家族はどう保たれていたのかについては書かれていなかったと思うが、それについては結構興味がある。

 そうそう、ハイライトにはこんな事も書いてあった。
 血の繋がっている相手と諍いが絶えないのなら、せめて少しの間だけでも別の家族を持って穏やかな時を過ごしたい—ストレスと緊張に囲まれた現代人のそんな夢を、向田は25年以上も前のドラマの中で描いているのである。
 この記述は温いと思う。「夢」ではなく「渇望」だと思う。
          

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