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September 2004
'Round About Midnight / Miles Davis
このアルバムが僕が初めて手に入れた Miles Davis のアルバムである。実はつい最近になって Jazz を色々と聴くようになった。昔、それは10年くらい前だろうか、試しに Bud Powell あたりのピアノ曲を買って聴いてはみたが、全然自分の中に入って来なかった。ピアノを選んだのは、クラシックだとピアノ曲を聴く事が多かったので入り安いかと思ったのだ。しかし音楽として全く別物であったし、自分が聴く音楽ではないのだろうと、直ぐに離れてしまった。それから数年の後。何かのきっかけで Cuban Music を聴くようになり、それまで気にして聴いた事のなかったブラスの音に魅力を感じるようになった。それからまた数年が経ち、また試してみようかと思っているところへ、FM で 'Round midnight という曲を耳にした。それまで感じた事のないカタルシスを自分の中に見つけ、僕は次の週末には CD 屋でこのアルバムを探し当て、その日からは暫くは毎晩聴いていたように思う。今思えば、僕の Jazz への入口はこの曲であった。かと言ってそれから Jazz にハマったかというとそういう事はなく、それから暫くはこのアルバムと Kind of blue ばかり聴いていた。Miles Davis の他のアルバムを聴いたり、他のミュージシャンのアルバムを聴いたりするようになったのは、ほんのつい最近の事である。
'Round midnight を真夜中に聴くのが好きだ。闇に溶け込るようなトランペットの音色を聴いていると、夜と一つになるような気分になれる。
珈琲時光 / 候 孝賢
23日にも観たんですが、今日も観て来ました。どうしても気になる事があって、それは映像でないと確認出来ないので再び映画館へ足を運んだ訳です。
前回観た時にも、主人公を演じる一青窈の父親役の小林稔侍が僕の父に似てるなあと思い、それから何だか気になって仕方がないのです。別に小林稔侍と僕の父の顔が似てる訳ではなく、肩幅が広く、老いても尚浅黒い顔をして、口数が少ないところや、一つ一つの仕草や表情の作り方がコピーかと思えるほどそっくりなんです。例えばビールを呑む時のコップの口へ持って行き方とか、座ったり立ったりする時の声の漏らし方とか、何か言おうとして止める時の目を移ろい方とか、何だか知らないけどいつも何かを迷っているような表情とか。観ていて非常に切なくなりました。
それと、古本屋の主人で鉄ヲタの一青窈の友人役を浅野忠信が演じていますが、この人も僕の真ん中の弟の性格と小学校以来の友人の容姿を足すとこうなるだろうなと思ってしまう。こちらも口数が少なく、妙にお人好し。何か言いたいのを躊躇している時の仕草が似てる。結果として、今日は小林稔侍と浅野忠信を観に行ったようなものです。もっと言えば、スクリーン上に映る僕の家族を観に行ったようなものです。
ひとつ強く思った事があります。小林稔侍(僕の父の投影としての)を観ていて、僕も、僕の父のような父親になりたいと初めて思いました。子供に疎まれ、酷い目に遭わされても、彼のような父親になりたい。劇中の父親からは切ないほどの愛情が感じられます。そう考えると、僕も父から確かに愛されていたのでしょう。何年か前に実家で撮った両親の写真を、今度スキャンし直してみようかと思っています。
珈琲時光の Official Site
前回観た時にも、主人公を演じる一青窈の父親役の小林稔侍が僕の父に似てるなあと思い、それから何だか気になって仕方がないのです。別に小林稔侍と僕の父の顔が似てる訳ではなく、肩幅が広く、老いても尚浅黒い顔をして、口数が少ないところや、一つ一つの仕草や表情の作り方がコピーかと思えるほどそっくりなんです。例えばビールを呑む時のコップの口へ持って行き方とか、座ったり立ったりする時の声の漏らし方とか、何か言おうとして止める時の目を移ろい方とか、何だか知らないけどいつも何かを迷っているような表情とか。観ていて非常に切なくなりました。
それと、古本屋の主人で鉄ヲタの一青窈の友人役を浅野忠信が演じていますが、この人も僕の真ん中の弟の性格と小学校以来の友人の容姿を足すとこうなるだろうなと思ってしまう。こちらも口数が少なく、妙にお人好し。何か言いたいのを躊躇している時の仕草が似てる。結果として、今日は小林稔侍と浅野忠信を観に行ったようなものです。もっと言えば、スクリーン上に映る僕の家族を観に行ったようなものです。
ひとつ強く思った事があります。小林稔侍(僕の父の投影としての)を観ていて、僕も、僕の父のような父親になりたいと初めて思いました。子供に疎まれ、酷い目に遭わされても、彼のような父親になりたい。劇中の父親からは切ないほどの愛情が感じられます。そう考えると、僕も父から確かに愛されていたのでしょう。何年か前に実家で撮った両親の写真を、今度スキャンし直してみようかと思っています。
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手のひらの気配
いささか朦朧とした気分で帰宅。郵便受けに少し北の方に住む友人から封筒が届いていた。いつもならば表裏の表記は印字だが、今回は珍しく直筆だ。しかも彼の場合、同封されてくるのは言葉ではなく銀色のディスクであるのが殆どなのに、今回は何やらムックリと膨れている。訝しく思いながらも開封してみると、そこには別な友人の膨れた封筒が、メモと共にしっかりと折りたたまれて入れてあった。メモは僕に封筒を贈ってくれた友人の直筆(初めて目にする)で必要最小限の文章。内包されていた別な友人の封筒を開封して出てきたのは画像の阪神煙草。どういうつもりなのか、さっぱりと判らないが何となく笑えた。封筒の中を更に覗いてみると、ひん曲がった葉書と便箋が入っていた。便箋と書いたが実は病院のアンケート用紙だ。彼が入院していた事は知っている。そうか、その時に書いた手紙なんだな。そう考えるととても楽しい。その変わり種の便箋二枚に、見た事があるハズはないが何処か見覚えのあるような筆跡で言葉が綴られている。便箋の最後にはその友人の名が署名されていた。本名の読みは知っていたが、文字を見るのは初めてだ。良い名前だ。同じく同封されていた葉書は暑中見舞いであるらしい。そう手紙に書いてあった。クレヨン画だ。
僕は今、阪神煙草を前に腕組みしている。吸おうかどうしようか迷っているのだ。吸ってしまうのは勿体ない気もするが、僕はそれがどんな高価な物であっても、使わない物を置いておく事に苦痛を感じるタチだ。困った。取り敢えず保留にしておこう。その打ちに良い考えも浮かぶだろう。
便りの礼を伝えようと思っている。メールを書けば済む問題だが、でも止めた。電子メールはつまらない。タイピングされた言葉は文面以上の何かを伝える事は出来ない。言葉にならぬ何かを伝えたいと思っている場合、その選択はハッキリと役不足である。僕も手紙を書く事にしよう。若しくはそれに代わる何か、確かに気配を織り込める方法で。
Drumline / Charles Stone III
この映画について書く事は余りない。というか殆ど無い。ありがちなアメリカン・サクセス・ストーリーであるし、時々目にするカレッジ・ストーリーである。かと言ってそれに別に文句がある訳ではない。各俳優の演技は楽しめるし、違和感を感じる事もない。じゃあ何故エントリに書くのかというと、ドラミングが堪らないからである。もうそれだけ延々と5時間くらいやってくれないかな、というくらいシビレます。クライマックスの、シンバル10人。バス・ドラム10人。スネア・ドラム10人の編成に拠るドラムラインの一騎打ち。交互に打ち合い、相手校を挑発するかのような振り付け。こういう嗜好(?)がアメリカに在るというのが(実際のところは未だ調べていません)不思議な感じがしますが、とにかく気持ち良いです。そしてダンス。こういう部分はアメリカ映画は裏切りません。素晴らしいです。スピードと正確さ。そしてセクシャリティ。音楽とは決して文学ではない。そんな事を考えてしまいます。余りにも良かったので、この感覚を続けて味わいたいと、似たような映画があるか思い出そうとしましたが、思い当たりません。ダンス映画としては「 All that jazz 」とか「 Flash dance 」とか「 White nights 」とか「 Little dancer 」とか思い浮かべてみましたが、今一つ違う気がします。音楽映画ではなくダンス映画とも云い難いですが「 Sister Act 」が近い気がします。

男達の別れ / Fishmans
5年ほど前、それまでバンド名は聞いた事があったにしても、さして興味を持っていなかった Fishmans をハッキリと認識したのは、公式HP上の佐藤伸治の死亡告知だった。会社の後輩が魚男達が好きで、昼休みにたまたま開いたHPのトップページにその後輩は思わず声を上げ、それに驚いた僕がモニタを覗き込んだのがきっかけだった。それから更に2年後。同じく魚男達好きの友人の薦めで、ポリドール時代のベスト盤の " Aloha Polidor " 聴いてみた。それまで耳にした事のない種類の音に最初は戸惑ったが、すぐに毎晩聴くようにまでなった。誰かが書いていた。「地面にぽっかりと開いた穴を気紛れに除いてみたら、そこには宇宙が在った。」このアルバムは1998年の12月28日に赤坂 BLITZ で行われた、Fishmans 最後のライヴ音源である。佐藤伸治が亡くなったのは翌年の3月。勿論僕は行っていないが、前述の友人に依れば、絶叫と共に幕を開けたこのライヴは、爆音に空間が捩れ、異様なテンションの高さのまま進行して行ったそうだ。観客達はただ呆然と身を揺らしているのみで、さながら陽炎のようだったとも。途中で休憩を入れ、再度登場した魚男達はそれから50分間 " Long Season " 一曲を演奏し続けた。一切のアンコールも無しに終了したライヴの後、友人はグッタリと疲れ果て家路に着いたそうだ。その圧倒的な音の洪水を全身に浴びた彼等が一体其処で何を体験したのか、僕には知る術がない。
嗚呼、勘違い人生。
「死刑台のエレベーター」か「未来世紀ブラジル」を借りようと思って近所のレンタル屋に行った訳です。んで、無い。どっちも無い。「O嬢の物語」は在るのに「死刑台のエレベーター」は無い。「えびボクサー」は在るのに「未来世紀ブラジル」は無い。隣町の TSUTAYA に行くのも面倒なので、僕はそれらを諦めて別な何かを探し始めた。
そいう訳で店内をうろうろしていると、5歳くらいの女の子が踏み台に上ってアニメーション映画あたりを物色していた。何となく危なっかしいので、近くに親がいるのか見回す。母親が居た。娘に声をかけながら歩いて来る。よし。僕は本来の目的を果たそうと踵を返し・・・そうになったその瞬間、その母親は私を横目でぢっと見ているではないか。待ってくれ。色落ちしたカーゴパンツにくたびれたTシャツで、サンダル履きに無精髭とか伸ばしているが、子供には興味は無いぞ。私はいたたまれなくなり、逃げるようにその場を立ち去った。
それからは決して子供が近づかないであろうアクション系とかヨーロッパ系の棚にへばり付いていた。しかしである。先ほどの母親が僕の周りをうろうろするのである。挙げ句の果てには僕の横でヴィデオを物色し始めるのである。邪魔。邪魔だよ。居心地悪いだろ。僕は SF の棚へ移動する。また来やがる。娘の側についていなくて良いのだろうか。というか、そんなに僕をチラチラ見ないで欲しい。年の頃は、えーと・・・そうだな、僕と同い年かちょい下くらい。色落ちした細身のジーンズにシースルー気味の白いシャツを着ている。さほど美人だとは思えないが、わりかし整っているのではないだろうか。とか考えていると段々気になってきた。
それからも、僕が棚を移動する度にその母親は姿を現す。娘が家に帰ろうと言い出しても帰らない。僕の横に居る。えー、もしかして・・・。
僕が無駄に胸をときめかせていると、母娘はレジへ向かい、勘定を済ませて外へ出て行った。乗り切った。それから、結局私は以前にロードショウで観ようと思っていて結局見逃していた「ドラムライン」を借りて部屋に戻ったという訳です。
最近こんなのばかりである。もうちょっとこう・・・何というか、素直に突っ走れる状況にはならないのだろうか。贅沢は言わないから、彼氏付きとか子供付きとかではないヤツを希望したい。もしかして僕はそういうの向きだとでも言うのだろうか。世の中には女房向きの女性が居たり、愛人向きの女性が居たりするらしい(飽くまで憶測)が、もしや・・・。ああ、嫌だ嫌だ。段々嫌になってきた。出来る事なら京都の町屋の二階に、半年くらい隠遁したい。そいでもって毎日昼頃に布団から起きだして、狭くて暗くて急な階段を降りると、町屋の女将に「あら? おそようさん。何処まで行かはるの?」とか声をかけられて、そして僕は「ええ、外で飯食うついでに友禅でも眺めて来ようかと思いまして。」とか言いながら茶を呼ばれるのだ。そしてそして茶を飲み干すとにわかに立ち上がり「晩飯までには戻りますから。」と女将に言い残し下駄を履き鳴らして町屋を出る。「お早う、お帰りやす。」そんな女将の声を背中で聞き流し、僕は空を見上げる。「もう、秋だなあ。」
嗚呼、そんな暮らしがしてみたい。
そいう訳で店内をうろうろしていると、5歳くらいの女の子が踏み台に上ってアニメーション映画あたりを物色していた。何となく危なっかしいので、近くに親がいるのか見回す。母親が居た。娘に声をかけながら歩いて来る。よし。僕は本来の目的を果たそうと踵を返し・・・そうになったその瞬間、その母親は私を横目でぢっと見ているではないか。待ってくれ。色落ちしたカーゴパンツにくたびれたTシャツで、サンダル履きに無精髭とか伸ばしているが、子供には興味は無いぞ。私はいたたまれなくなり、逃げるようにその場を立ち去った。
それからは決して子供が近づかないであろうアクション系とかヨーロッパ系の棚にへばり付いていた。しかしである。先ほどの母親が僕の周りをうろうろするのである。挙げ句の果てには僕の横でヴィデオを物色し始めるのである。邪魔。邪魔だよ。居心地悪いだろ。僕は SF の棚へ移動する。また来やがる。娘の側についていなくて良いのだろうか。というか、そんなに僕をチラチラ見ないで欲しい。年の頃は、えーと・・・そうだな、僕と同い年かちょい下くらい。色落ちした細身のジーンズにシースルー気味の白いシャツを着ている。さほど美人だとは思えないが、わりかし整っているのではないだろうか。とか考えていると段々気になってきた。
それからも、僕が棚を移動する度にその母親は姿を現す。娘が家に帰ろうと言い出しても帰らない。僕の横に居る。えー、もしかして・・・。
僕が無駄に胸をときめかせていると、母娘はレジへ向かい、勘定を済ませて外へ出て行った。乗り切った。それから、結局私は以前にロードショウで観ようと思っていて結局見逃していた「ドラムライン」を借りて部屋に戻ったという訳です。
最近こんなのばかりである。もうちょっとこう・・・何というか、素直に突っ走れる状況にはならないのだろうか。贅沢は言わないから、彼氏付きとか子供付きとかではないヤツを希望したい。もしかして僕はそういうの向きだとでも言うのだろうか。世の中には女房向きの女性が居たり、愛人向きの女性が居たりするらしい(飽くまで憶測)が、もしや・・・。ああ、嫌だ嫌だ。段々嫌になってきた。出来る事なら京都の町屋の二階に、半年くらい隠遁したい。そいでもって毎日昼頃に布団から起きだして、狭くて暗くて急な階段を降りると、町屋の女将に「あら? おそようさん。何処まで行かはるの?」とか声をかけられて、そして僕は「ええ、外で飯食うついでに友禅でも眺めて来ようかと思いまして。」とか言いながら茶を呼ばれるのだ。そしてそして茶を飲み干すとにわかに立ち上がり「晩飯までには戻りますから。」と女将に言い残し下駄を履き鳴らして町屋を出る。「お早う、お帰りやす。」そんな女将の声を背中で聞き流し、僕は空を見上げる。「もう、秋だなあ。」
嗚呼、そんな暮らしがしてみたい。
ハイビスカス
今朝、いつものように植物どもに挨拶をしようかとカーテンを開けると、こんな具合にハイビスカスが花を咲かせていた。(実際には窓の外へ向かっていたのだが)僕は感極まって、もう部屋を出なければならないのにも関わらず、携帯のカメラにその姿を収めた。今年は一度しか花を咲かせていなかったので、もう今年は見れないのであろうと諦めきっていた矢先の出来事である。しかもこんな大輪を・・・。小憎らしいヤツである。蕾が外側を向いていた為に気が付かなかったのだ。さて、どうして急に花を咲かせる気になったのだろう。僕が心を入れ替えたからだろうか。それとも昨日の陽気のせいだろうか。いずれにせよ、この花とは縁がなかったのだもう諦めようと心密かに思い詰め、さり気なく目を伏せていたのに。忘れてしまおうとしたその瞬間に、またその麗しげな姿を見せるとは・・・。悔しい。僕は植物如きにさえ翻弄されてしまう性分なのか。久しぶりに花を咲かせた彼女に嬉々として水を与えてしまう自分が情けない。咲くなら咲く。咲かないなら咲かない。もっとハッキリとした態度を取って貰いたいものである。ポトスとカランコリエ
我が家に新しい家族が増えました。ポトス君です。どんなに放ったらかしにしてもスクスクと育ってくれるという噂を聞きつけまして、そのバイタリティを見込んで近所の花屋で買ってきました。元々は添え木がしてあって、茎をホッチキスで固定してありました。しかし、それを見ているとどうにも痛々しいのでハズしてしまいました。ゆくゆくはだらしなく伸びてきそうな気がしますが、それはそれ。彼のやりたいようにやらせようと思っています。
そしてこちらはカランコリエさんです。葉っぱばかりが部屋に在っても鬱陶しいので華やかな彼女も買ってきました。小さな花びらが拠り固まって、とても可愛い感じです。葉は肉厚で、何となく丈夫そうなので安心です。あ、今ひとつだけ気に入らない部分を見つけてしまいした。いえいえ、彼女自身には問題ありません。問題なのは鉢です。何処となくガーデニングっぽいです。あの斜めの格子柄が無知な欧州崇拝を彷彿させます。そう言えばオンビジウムの鉢も同じモノです。買い直さねば。まだ紹介していませんが、ベンジャミンとかハイビスカスとかブーゲンビリアの鉢は、わざわざ東急ハンズで買い求めたモダンな形状をした素焼きの鉢です。鉢を渋谷から手に提げて持ち帰るのはかなり面倒ですが、仕方がありません。私のダンディズムが許しません。しかしこの薄気味の悪い鉢は誰が買って来たのでしょう。私でしょうか。いやいやそんなハズは・・・。オンシジウム若しくはカトレア
8日のエントリの、何の植物だから判らない(忘れたとも言う)我が家のプラントは画像の通りに弱り切っている。ついこの間まで青い葉をしていたものが、一部を除いて黄色く枯れかけている。最近の二度に渡る大型台風の影響だと思われる。今日はたっぷりと水を与え、ベランダの縁に置いて陽を当ててやった。これでもう大丈夫。と思いたい。先ほど実家に電話をした。父は既に就寝後であったので、母親と話した。「何年か前に水苔と一緒に貰った植物があったやんね?あれ名前なんていうと?」僕は植物の名前が知りたくて電話をかけたのである。しかし母の口からは「・・・何やったかいな・・・覚えとらん。」と力が抜けそうな答えが返ってくる。此処でくじけてはいけない。名前が判らないと育て方の見当がつかない。「あの、ほら・・・えーと、正月に帰った時にお父さんがくれたやんね?アレたい、アレ。」食い下がる息子。「あー・・・そげな事があったね。」軽く流されてしまいそうな雰囲気である。滅多に電話しない癖に、かければかけたで面倒な事を尋ねてくる息子というのは迷惑極まりない事は重々解っているつもりだが、諦められない。「いや、今枯れそうになっとってさ、どげんすれば良かやかち思うて。」「あー、蘭やろ?」いや・・・蘭では・・・。「蘭やったらオンシジュームかカトレアたい。」・・・聞き覚えがあるような気がする。コレは蘭なのか・・・。「そう言えばあん時、お父さんがカトレアとかオンシジュームば近所に配りよったもん。」かなり信憑性が高い話だ。やはり蘭なのか。「蘭やったら陽に当てんで、水やりよったら大丈夫たい。」・・・え・・・今、何と?「風に当たるくらいじゃどうもならんよ。」いきなりの失策である。母との電話を終えた後、僕はオンシジューム(若しくはカトレア)に深く頭を下げつつ、恭しくベランダの縁から床へと下ろして差し上げたのであった。
電話での母はいつもと比べて元気がないようだった。気になったので尋ねてみると、今日は仕事で少し無理をしたので疲れているとの事。「時々で良かけん、電話で声ば聞かせてくれんね?」息子としては非常にキツい一言だ。今年の暮れには帰らねばなるまい。
追記2004.09.12 : 調べてみるとカトレアでない。私の薄い記憶を辿れば黄色い花だったような気がするので、オンシジウムなのだろう。陽の当て方については、遮光50%という事らしい。
BOTANICAL LIFE / いとう せいこう
- 2004-09-08 Wednesday
- Category - Hobby
- Tag - plant / environment
金子氏のブログで結構前に紹介されていた、いとうせいこう氏のボタニカルライフ。1996年から1999年までの、氏の植物生活を記した日記である。本業でもないのに、氏の日々の植物に対する雑雑とした思いと、それに伴う行動。大変楽しませて貰っている。
さて、僕の部屋にも幾つかの植物様がいらっしゃる。ベンジャミンとハイビスカスとブーゲンビリアと名前を知らない何か。名前を知らない何かは、数年前に帰省した折りに、父親から無理矢理持たされた鉢物である。飛行機で東京へ帰るのを知っている癖に、帰り際にいそいそとビニール袋に詰められた。未だにこの人の事が理解できない。話を戻すと、僕の場合、植物を育てるというより植物の「世話をしてみる」「放置する」「世話をする」「放置する」の繰り返しのように思える。今一つ集中出来ない。そのせいか、我が家の植物達は貧弱である。貧相とも言える。ベンジャミンは枝に対しての葉っぱの占有率が30%ほどだし、ハイビスカスは今年の夏は一輪しか花を咲かせなかった。ブーゲンビリアに関しては、ツルはやたらと伸びたが花(赤いのは葉っぱらしいけど)をつける事はとうとう無かった。名前を知らない植物は、何となく葉を茂らせるだけである。花を開いたのは一昨年見たきりである。植物生活者としては、完全に僕の敗北である。
元来、非常にせっかちである僕は、すぐに結果を求めてしまうのが悪い癖である。僕のような人間は切り花でも愛でている方が性に合っているのかも知れない。いや、多分そうだろう。しかし自分の事を、植物の世話も出来ない愛情薄い人間だと認めるのが嫌なのだ。単に技術的な問題なのかも知れないが、何となくそう思ってしまうのである。そこで僕は考えた。それぞれの植物に名前をつけてあげれば、もっと愛情を注ぐ事が出来るのではないか、と。名前。名前ねえ・・・。なかなか思いつかない。ベンジャミンは・・・ベンジャミンと来れば「伊東さん」だろうか。
さて、僕の部屋にも幾つかの植物様がいらっしゃる。ベンジャミンとハイビスカスとブーゲンビリアと名前を知らない何か。名前を知らない何かは、数年前に帰省した折りに、父親から無理矢理持たされた鉢物である。飛行機で東京へ帰るのを知っている癖に、帰り際にいそいそとビニール袋に詰められた。未だにこの人の事が理解できない。話を戻すと、僕の場合、植物を育てるというより植物の「世話をしてみる」「放置する」「世話をする」「放置する」の繰り返しのように思える。今一つ集中出来ない。そのせいか、我が家の植物達は貧弱である。貧相とも言える。ベンジャミンは枝に対しての葉っぱの占有率が30%ほどだし、ハイビスカスは今年の夏は一輪しか花を咲かせなかった。ブーゲンビリアに関しては、ツルはやたらと伸びたが花(赤いのは葉っぱらしいけど)をつける事はとうとう無かった。名前を知らない植物は、何となく葉を茂らせるだけである。花を開いたのは一昨年見たきりである。植物生活者としては、完全に僕の敗北である。
元来、非常にせっかちである僕は、すぐに結果を求めてしまうのが悪い癖である。僕のような人間は切り花でも愛でている方が性に合っているのかも知れない。いや、多分そうだろう。しかし自分の事を、植物の世話も出来ない愛情薄い人間だと認めるのが嫌なのだ。単に技術的な問題なのかも知れないが、何となくそう思ってしまうのである。そこで僕は考えた。それぞれの植物に名前をつけてあげれば、もっと愛情を注ぐ事が出来るのではないか、と。名前。名前ねえ・・・。なかなか思いつかない。ベンジャミンは・・・ベンジャミンと来れば「伊東さん」だろうか。
家族という名の幻想
誰も知らない、を観ていて或る人の事を思い出しました。映画(当の事件)と同じく、兄弟姉妹が全員父親が違う人でした。彼女は僕と出会って二週間後にはこの事を、冗談交じりに自分から話始めました。彼女にとってはネタとして話したのでしょうが、僕はその話をネタとして受け止める事が出来ませんでした。悪い事をしたな、と今でも思っています。母親とは手紙だけのやりとり。妹達から「お姉ちゃんに会いたい。」と言って来ているようでしたが「母の彼氏の子供というだけで、何の感情も沸かない。」という理由で一切連絡していないようでした。僕はその言葉を信じていませんでした。父親に関しては、就職の際に戸籍抄本を見ると、今は大阪に住んでいる事が分かったようです。しかし彼女は「今更父親に会いたいとは思わない。」と言っていました。僕はその言葉も信じていませんでした。でもそれは僕の勝手な解釈に過ぎません。彼女が本当はどう感じていたのか、それは彼女以外は誰にも解りません。
彼女が或る時こんな事を言いました。「将来、二人の子供(出来れば双子)を産んで、両手に抱き抱えてみたい。」と。その時僕は、本当にそうなれば良いな、と思いました。その時彼女は、本当に嬉しそうに話していたからです。でも、一年後にその話を僕が持ち出しても、彼女はその話を自分がした事さえ忘れていました。「そんな時もあったかな。」と請け合ってくれませんでした。彼女の考えている事は、僕には全く解りませんでした。それでも、僕と彼女が出会った当日から、何の違和感も無く数時間を共にする事が出来たのは、僕と彼女が同じ表情をしていたからでしょう。甘んずれば、怖いものは何も無い。そんな顔して生きていました。
今現在、彼女が何処で何をしているのか、僕は知りません。
彼女が或る時こんな事を言いました。「将来、二人の子供(出来れば双子)を産んで、両手に抱き抱えてみたい。」と。その時僕は、本当にそうなれば良いな、と思いました。その時彼女は、本当に嬉しそうに話していたからです。でも、一年後にその話を僕が持ち出しても、彼女はその話を自分がした事さえ忘れていました。「そんな時もあったかな。」と請け合ってくれませんでした。彼女の考えている事は、僕には全く解りませんでした。それでも、僕と彼女が出会った当日から、何の違和感も無く数時間を共にする事が出来たのは、僕と彼女が同じ表情をしていたからでしょう。甘んずれば、怖いものは何も無い。そんな顔して生きていました。
今現在、彼女が何処で何をしているのか、僕は知りません。
誰も知らない / 是枝 裕和
もの凄く久しぶりに休日に外出。通常ならば余り行きたくない渋谷へ。取り敢えずロゴス・ギャラリーで Cocco の絵本原画展を観る。狭いギャラリーには大勢の人々。プリマグラフィは最初に10万5千円の値段が見えてしまい、急速に興味を失う。原画自体は良かった。夜を描いたモノより、暖色で塗り固められた昼間の絵が良かった。昔、弟がクレパスで描いていた絵を思い出す。絵本を買おうかと思ったが、レジには長蛇の列が。面倒なので買わない事にした。それから「誰も知らない」を観ようと Chine Amuse へ。チケットを買い求めたが、上映は1時間30分後なので暫く街を彷徨く事にする。相変わらずこの街には変なのが多い。青い猫とオレンジの熊の着ぐるみを着た女の子二人と擦れ違う。黒く陽に灼け、銀髪だ。目尻には星とハートの涙が描かれている。身体のデカい黒人の客引き5人。道行く B ボーイの肩に腕を回しながら勧誘。中学生くらいの白人同士のカップル。この世に不幸など無いかのように見える。20歳前後の白人の女性と50がらみの東洋人の男性のカップルが腕を組んで歩いている。思わず土下座してしまいそうな程の美形の中国人女性。何故か判子屋に入って行った。7人が7人、全員丸坊主の日本人中学生の男の子達。結構可愛いヤツラである。脚が滅茶苦茶キレイな、オレンジ色のユニフォームを着た au のキャンギャル達。目が虚ろなのが怖い。街頭のモニタヴィジョンで奥田民生の「何と言う」の PV を観る。民生かっけー。外の世界って、なんてエキサイティングなんだ!
話が本題とは全然違うので戻す。僕は30分前には映画館の戻ったが、15分くらい前になると、ロビーが満員になるほどの盛況ぶり。内容を書くのは控えるが、感想と言っても・・・何も書けない。今もなお、非常に複雑な気分にさせられるからだ。このモヤモヤっとして消えてくれない感覚を一体どうしたら良いのか分からないでいる。書ける事と言えば、主人公役の柳楽優弥が非常に美しい。特に目が。こいつは男にも女にもモテるだろうな、という感じで美しい。子供達が生活し、遊んでいる光景ばかりの映像なのに、何故こうも惹きつけられるのか。なんだか色々と考えてしまいます。憂さ晴らしにタワレコで CD をバカ買いしましたが、全然気分は晴れてくれません。どうしたものか。うーん・・・。
一つ気になったのが、この映画のモチーフとなった事件。調べてみるとサイトが在った。1988年に起きた、巣鴨での子供置き去り事件である。大凡のネタバレでもあるし、結構悲惨な事件内容であるので、今そういうの読んでも平気だと思われる方のみ読んでください。他の事件についての記述も在ります。
そうそう、オレ days のオレさんがロケ地へ行ってみたそうです。んで、その行き方。
- 誰も知らない Nobody Knows の Official Site
- 是枝裕和監督についてのサイト
- スティール担当の川内倫子のサイト

妻をめとらば韓国人!? / 篠原 令
韓国繋がりでひとつ。著者は韓国人の女性と結婚し、現在もアジアを拠点とし日本企業のコンサルティングを生業としている男性である。タイトルからすると、韓国女性とのあれやこれやを書いてあるように思える(そういう部分も勿論あるが)が、中心は韓国と日本との文化(価値観)の違いについて書かれている。韓国の人々が、子供の頃からどういう風に教えられて生きているのか、どういう価値観の社会に属して生活しているのか。そういう事を具体的な例を挙げ、日本人との比較を交えながら書いてあります。凄く判りやすい。どう判り易いかというと、物事に対する考え方がそもそも違うので、それは歳を重ねる毎に確固たるものとしてその人の中で確立されてしまう。大人になった韓国人と日本人が全く違う思考をしてしまうのは仕方がない。と、そう思えるのである。僕は海外で生活した経験が無いので、このような文書から得た情報に拠る想像でしかないのだが、各国・各地域でのそれぞれの価値観の違いというのは、余りにも(そして途方もなく)歴然としているのだろう。自分の生まれ育った環境の外で生活し続ける人は凄い。微妙にコンプレックスを持ってしまう。










