Home > Archives > January 2006

January 2006

皆月 / 望月 六郎

 花村萬月の原作には全く無かった「肩を噛む」という行為が気になる。それは何も原作と違う事を気に病んでいる訳ではなくて、それがどういう心情を現しているかについてだが。冒頭での徳雄と沙夜子との風呂場で交わる場面と、最後の沙夜子とアキラとの抱擁の場面に出てくる。原作の中に「人間の性は、性欲を発散するためでもなく、子孫を残すためのものでもない。性の根源にあるのは、孤独だ。この世界にたった独りでいることに対する不安だ。」という行が出てくる。だとすれば、その性行為の中に自ずと孤独感を拭い去ろうとする仕草が現れてくるのではないだろうか。勿論、望月監督がどういう意図で肩を噛むという行為を映像化したのかは私には解らない。ただ、相手の身体に自分の一部を沈め、食い込ませようとする行為は、相手を支配しようとしていて、反対にそれを相手に求めるのならば、相手に支配されようとしているとか、そういう希求に繋がるような気がしてならない。詰まりは、救われようとしているのかも知れない。

追記 : 2006.02.02 「支配」という言葉は強過ぎるし、少し違うような気がしてきた。何となく陳腐だし。不安を埋める為の行為だとすれば「同一化」というのが近い気がする。それか、受け手に限って言えば、痛みを伴わないと確認出来ない大事なモノがあるとか。

B000051SVZ

武相荘

 旧白洲邸である武相荘に行って来た。新宿から小田急線の急行に乗り新百合ヶ丘へ。それから鈍行に乗り換え鶴川へ。駅を降りたら徒歩15分ほどで着く。東京の郊外の街らしく、周りは新興住宅地である。勿論都心に比べれば緑が多く、雑木林なども存在する。予め見ていたのは、白洲夫妻が戦中に移り住んだ頃の写真で、その写真では、本当に田舎の農家然とした佇まいであったのだが、周囲の家々を見ていると、とてもそんな家屋が存在しているようには見えない。駅からの道をとぼとぼと歩いて、横道に逸れるとひっそりとした感じで正門(少し大袈裟な表現だが)が見える。

 裏から見た正門。個人の邸宅でこんなにも立派な屋根のある正門など殆ど見る事はないが、それにしても門というのは、何かしら気分に影響するものである。大きければ大きい程、身を引き締めようとか、そんな気持ちを通る人に強いるものがあるように思う。日差しなり視界なりから、一瞬遮られるからだろうか。

 主な住居の外観。前述したように、戦中の写真を見ていたせいか、漆喰塗りの壁は意外であった。石の踏み石というのは、歩く事を楽しむ為に作られたのではないかと思った。

 玄関付近に置いてあった瓶の中の金魚。雪景色の中で見る金魚というのは初めてだ。さぞかし寒いだろうとは思うのだが、淡水の中を泳ぐ金魚にはそんな事は関係ないのであろうか。ゆらゆらと気持ち良さそうに泳いでいた。

 今は第一ギャラリーとなっている入口(玄関)。正子の死後、ギャラリーとなってから誂えた物だろうけど、こんな風に花に迎えられると、きちんともてなしを受けている気分になる。余談だが(ここに書くのもナンだが)普段は誰を呼ぶにしても、敬称を略して書いても一向に気にならないのであるが、正子さん、と書かなくてはいけないような気がしてならない。何故なのだろう。

 納戸を利用した第二ギャラリーの入口へ続く階段。生活の場にこんな造作が在るというだけでも素晴らしい。彼方此方に貼ってある説明書きを読んでいると、移り住んでから、長い年月をかけて、少しづつ改築・改良をして来たらしいのだが、生活の場を作るというのは、きっとそういう風に行われているのだろうなと思う。

 庭と呼ぶには大きすぎる空間へと続く踏み石。こんな季節であるので、目立った植物は見当たらなかったが、雪に埋もれながらも確かに息づく地上の蠢きを期待させるような造り。

 室内は撮影が禁止されていたので撮れなかったが、縁側にしろ、それと平行する廊下にしろ、居間にしろ、何処がどうとは言い切れないが、非常に居心地の良い空間であった。私が得に気に入ったのは白州正子が使っていた書斎。元々は隠居部屋を改造した作りらしくて、とても狭いのだが、書斎に続く全室には本が壁際にぎっしりと並べられ、その奥に執筆の為の部屋がある。薄暗いのだが、机の前に窓が在り、その窓を開けると隣の家の石垣が見える。そこには雑草が蔓延っている。恐らくそこから見える光景は、植物の四季の移ろいや、雨が降った降ったで、その静かなるスペクタルに耳を傾けるには、絶好の環境である。

 3月になれば、今度は春の展示を始める。それはたぶんギャラリーでの展示内容が変わるだけなのだろうが、四季それぞれのこの邸宅の佇まいを見てみたい。

武相荘

Silent Snow Stream / Cornelius

 雪をモチーフにした曲と言えば、僕はこの曲を思い出す。Cornelius の1st アルバム「 The First Question Award 」に収められた「 Silent Snow Stream 」。小沢健二の書く詩はかなり好きだが、小山田圭吾の書く詩は余り好きではない。しかしこの曲の詩は好きである。楽曲で言うのなら小山田圭吾の作る曲の方が好きなのだが。

昼過ぎに聞こえるヘリコプターの音を
僕は聞きながら悪い夢ばかり見てる

遠く吸い込まれるいらだちの声
きっと正しいのはこの世界だけだろう

真夜中にゆっくりと降り出した雪の中へ
僕達の声が消えてく
降りそそぐ 静かすぎる雪の中へ
 いつ頃までだろうか。昔は、全ての事を知らなければ気が済まなかった。今はもう、それはない。知ろうとすればする程、何処かで誰かの悪意らしきもの(若しくはそう思えてしまうもの)に突き当たる。とても嫌な気分になるし、暫くその事に捕らわれてしまう。つまりは、猜疑心の塊となり、何もかもから距離を置いてしまうようになるのだ。もうそんな事はしたくない。どうせ全てを知る事が出来ないのであれば、何も知らない方がマシだ。

 負の感情は、それを受けた者にも負の感情を芽生えさせ、やがては連鎖を生む。

 雪の降る日は、出来れば微かに光を残す空であって欲しい。空を見上げ、その先に見届ける物が無いにしろ、その視線を吸い込めるだけの色は蓄えていて欲しいのである。

ツキヨミの思想

 というタイトルで、白州正子が「夕顔」の中に文章を書いていた。
 日本の神さまは三人一組になって生まれる事が多く、真中の神さまは、ただ存在するだけで何もしない。たとえばアマテラスとツキヨミとスサノオは「三貴子」と呼ばれるが、アマテラスは太陽(天界)、スサノオは自然の猛威(地下の世界)を象徴するのに対して、夜を司るツキヨミだけは何もせず、そこにいるだけで両者のバランスを保っている。次のホデリ(海幸彦)、ホスセリ、ホイリ(山幸彦)の三神も同様で、真中のホスセリだけは宙に浮いていて、どちらにも片寄らない。いわば空気のような存在なのである。
 そんな神話を紹介していたが、それが何処から来る話かというと、深層心理学者の河合隼雄が「中空構造」という臨床士の立場を著す表現として用いた言葉があるが、その分かりやすい例として上げているのである。
 若いときは、自分で相手の病を直そうと思って一生懸命になった。だが、この頃は、自分の力など知れたもので、わたしは何もしないでも、自然の空気とか風とか水とか、その他もろもろの要素が直してくれることが解った。ただし、自分がそこにいなくてはダメなんだ。だまって、待つということが大事なんですよ。
 当時の河合氏の見解に拠れば、日本の若い医師や海外の医師は、自分でやっきになってクライアントを治そうと試みる人が多いそうで、自分の考えが全てであろうはずもなく、一つの考えに過ぎないと言っている。

 昔、或る女性との別れの際に「そこに居てくれるだけで良かったのに。」と言われた気がする。(別れの際だったかどうかが、どうにも曖昧だが)そんな時に今更な事を言われても、僕としてはどうしようもない。それに、どうやら僕と関係した事を後悔しているらしき言動に腹を立てもしたのだが、今考えてみると、そういう事であったのかも知れないと思う。何も彼女が病に伏していたのだとは思わないが、彼女にとって、僕が何かの支えになっていたのかも知れない。しかし、結果として僕は立ち去ってしまった。その事を後悔はしていないが、悪い事したな、とは少し思う。

 但し、家族でもないし、第三者的な治癒者でもない僕が、そのままずっと彼女の傍に居続けられたとはとても思えない。そんな事を求められても、浮き世に塗れ、人並みの情を欲する僕は困るのである。もしかしたら、遠くから眺める事くらいは出来るのかも知れないが。

線路沿い凍える雨に濡れる道

  • 2006-01-14 Saturday
  • Category - Days
  • Tag -
人の灯りに手をかざすかな

左様なら、そうであるなら、さようなら。

 此処を読んでいて思い出した。
「さようなら」「じゃまた」でなく「今度」でもない。「さようなら」は諦めの言葉なのです。相手の事情を理解して、一歩退いた上での別れの挨拶なんですね。
 昔、7年くらい前。誰かの日記サイトで同じ様な文章を読んだ記憶がある。「そういう事情であるのでしたら、私は立ち去りましょう。」そういう意味だと書いてあった気がする。当時の僕には目から鱗であった。それまでの僕が、人と会い、離れる時にどう挨拶していたのか、今一つハッキリ思い出せないが、その文章を読んで以来「さようなら」という言葉を使う事に神経質になった。二度と会いたくないとか、二度と会えないだろうとか、そんな事を思ってもいないのにその言葉は使えない。ましてや、もう一度会いたいと願う人に対しては思い浮かびもしない。

 時折、「じゃあ、また。」というニュアンスで「さようなら。」と挨拶する人と出会う。それはただの習慣の違いだと思っているので、その事について何か批難めいた事を言ったり、どういう意味なのかと尋ねたりする事はない。思い返してみれば、小学校の時は「帰りの会」が終わった後に「先生、さようなら。みなさん、さようなら。」と言うように教えられたではないか。しかしやはり、好きな人に「さようなら。」と言われると、「永遠にさようなら。」と言われているような気分になって、言いようのない不安を自分の中に見つけたりするのである。

はぐれメタル魔神斬り@日本武道館 / くるり

 くるりのライヴは、2000年の 2nd アルバム「図鑑」のツアー「世田谷線旧型車輌を残そうキャンペーン」の一環で、渋谷公会堂で観た時以来だ。当時はツアーメンバーも三人きりで、ぎりぎり目一杯の演奏であったが、今回は5人。勿論曲目も違うが、以前とは違う落ち着きを感じた。演奏スタイルはさほど変わってはいなかったのだが、より流麗になった気がする。
 アルバム「NIKKI」について書いた時、僕はくるりは岸田繁のワンマンバンドだと書いたが、ライヴを観るとその考えが覆されるような思いだ。あの5人が揃わなければ、あの演奏は実現出来なかっただろう。5人きっちり揃った上でのロックンロール・バンドだった。ロックンロール・バンドだなんて書くと、酷く時代錯誤な印象も受けるが、本当にそんな感じだったのだ。
 一応、何処からか拾ってきたセットリストを書いて置こう。まあ、誰かしら書いているものだ。
  • お祭わっしょい( 6th Album -Nikki- )
  • Ring Ring Ring !( 6th Album -Nikki- )
  • Long tall sally( 6th Album -Nikki- )
  • Superstar( 6th Album -Nikki- )
  • Bus to Finsbury( 6th Album -Nikki- )
  • Morning Paper( 5th Album -Antenna- )
  • Baby, I Love You( 6th Album -Nikki-
  • Army( 4th Album -The world is mine- )
  • Tonight is the night( 6th Album -Nikki- )
  • Birthday( 6th Album -Nikki- )
  • ハイウェイ( Soundtrack -ジョゼと虎と魚達-)
  • ばらの花( 3rd Album -Team Rock- )
  • 虹( 1st Album -さよならストレンジャー- )
  • 青い空( 2nd Album -図鑑- )
  • 水中モーター( 4th Album -The world is mine- )
  • ワンダーフォーゲル( 3rd Album -Team Rock- )
  • ( It's Only ) R'n R Workshop !( 6th Album -Nikki- )
    【 Encore 】
  • 赤い電車( 6th Album -Nikki- )
  • 尼崎の魚( 1st Single B-side )
  • 東京( 1st Album -さよならストレンジャー- )
  • 街( 2nd Album -図鑑- )
 「Superstar」はアルバムで聴いている時からライヴ向きな曲だなあ、と思っていたのだが、やはり良かった。ギター一本のイントロ医から満を持したようにバンドが動き出すのが格好良い。「Baby, I Love You」は、今のアルバムだと一番キャッチーだと思っていたので、みんなで合唱するようなベタな盛り上がりをするのかと思っていたら、バンドの演奏もあっさりしていたし、客の反応もそんな感じであった。「ハイウェイ」「ばらの花」「青い空」を聴けたのが嬉しかった。「赤い電車」はライヴでは演らないだろうと思っていたら、しっかりとバンドで演奏した。「尼崎の魚」この曲は唯一聴いた事がなかった。などなど。

 非常に個人的な事を書くと、僕は日本武道館で「東京」を聴くのを楽しみにしていたのだ。念願が叶って嬉しい。そして何より、ラストに「街」である。びっくりだ。ヴォーカルで始まる曲だが、岸田繁が歌い出した途端、不覚にも泣き出しそうになってしまった。声は裏返り、酷く掠れているにも関わらず、岸田繁は更に声を張り上げる。気が付けば僕も一緒に声を張り上げていた。何度目かのサビのフレーズで、掠れていた岸田繁の声がくぐもりを見せ、次の瞬間突き抜けた。
 すっかり落ち着いたと思ってたら、今でもこんな曲が歌いたかったんだ。何だかとても嬉しい。

縦縞の粋

 前回に続いて美意識の研究を読み解き、自分に判りやすいように再編する試み。今回は縦縞という模様が何故「粋」であるかについて。「粋」という観点からすれば「横縞」よりも「縦縞」の方が「粋」であるらしい。それは何故かというと
横縞よりも縦縞の方が平行線を平行線として容易に知覚させるから
 という事であるらしいのだが、それでは平行線として知覚しやすい事が何故「粋」なのかというと
 物の本によれば、着物の縦縞の平行線は男と女の暗示になります。男と女は、平行線である方が「いき」である。〜中略〜二つの線は限りなく近づくが決して接しない、その状態を「いき」とよびます。「決して接しない=平行線」を強調する縦縞が「いき」なのは、その所為です。
 という事であるらしい。付かず離れずの男女関係の緊張感に「美」を認めるという部分には、些かの異も唱える気はないのだが、僕が不思議に思うのは、何故この(限定された関係性における)美意識が、地域の文化としてまでに広まって行ったのかという事である。極度に発達した遊里の存在がそれであろうか。江戸の遊里の発達には参勤交代の制度が大いに拍車をかけているという事だが、そうすると、武士の間で持て囃される美意識が町人の間にまで下ったという事であろうか。

 僕の思考は、今現在この辺りで止まってしまう。情報が足りなさ過ぎて、まったく持って体系化出来ていない。そもそも、何かを体系化するという事に慣れていない私には、とんでも無い事柄に首を突っ込んでしまったような気もする。

 前回も同じ様な事書いたが、単純にパッと見で、縦縞は美しいと思う。僕は今現在着物を持ってはいないが、もし自分で着物を誂えるなら、やはり縦縞が良いと思う。しかも、物凄く細く接近した平行線の。それを単純に「美」だと思っていたのだが、それに意味が加えられると「美意識」というものになるのだろうか。「美」とは極個人的なものである。それが広がる為には「意識」が必要なのであろうか。では何故「美」を広める必要が在ったのか。それはもしかすると「生き抜く為の知恵」であるのかも知れない。

黒の粋

 遊里や遊女について情報を漁っていたところ、面白いページを見つけた。 i Gallery というサイトの中の美意識の研究という一頁。簡単に言えば「江戸文化の美意識」についての記述だが、ひとつひとつの文章が(私にとっては)色々なヒントを与えてくれ、大変勉強になる。このエントリでは、その中の一部分だけ取り上げようと思う。リンクを張っているのだから、紹介だけしておけば事足りるのだが、私の復習用メモという事で。
「いき」というのは美意識ですが、その美意識によれば、黒は「いき」ということになります。正確には、黒みを帯びた色が「いき」とされています。
 先日、関東文化圏の人々は黒を好んで着るし、関西文化圏の人々は派手な原色に近い色を好んで着る。という話を聞いたのだが、それはまさしく上記に引用した美意識が生み出したものであるのだろう。「粋」を美意識とする関東文化圏の人々が、何故「黒」という色を良しとするかについてはこう書かれている。
 黒味を帯びた色が「いき」なのは、非現実的理想主義とでもいえる色だからです。鮮やかな色が重なりあって沈静化し、冷ややかな落ち着き(無関心)が出てくるからです。華やかな過去を持つ色(色気)が、諦めによって一層の光沢を放ちます。渋味が、加わるのです。
 非常に観念的である。私個人としては、何かしらの観念や意味を発端としてモノを好むという事がないので、今一つ理解し兼ねる部分もあるのだが、文化として拡がり、継承するにはそういうものが必要なのかも知れない。「無関心」や「諦め」の意味については、他の箇所に説明がある。しかしそれは、今回は割愛する。

 僕はこれまで、映画やテレビの時代劇の中で、町人達が黒ずんだ服ばかりを着ているのは、御上から「町人は派手な色の服を着てはならぬ」というお達しでも出ているのかとずっと思っていたのだが、そういう訳ではなかったようである。

 数年前、電車の中で見かけた50代くらいの女性。しっかりと結い上げた白髪交じりの髪の毛に、黒い羽織、中には細かい市松模様の和服姿であった。見慣れない化粧をしているのもあってか、非常に艶やかで粋な印象を受けた。「黒の粋」と言われて僕が思い浮かべるのは、その女性の立ち姿である。それか、祭りで見かける法被。

浮き世に流るはぐれ雲

  • 2006-01-03 Tuesday
  • Category - Days
  • Tag -
地を這う影に気付く者なし

Home > Archives > January 2006

Search this site
Diary
Feeds
Used Regularly
  •        
Attribute
  •  
Individual Taste
  •    
Staff Only

Page Top