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October 2006
秋入梅(あきついり)
やがて訪れる次の季節へと繋がる冷たい雨。静かに降り続けるそれは地上の隅々まで流れ至り、熱と光を覆ってゆく。何だか今年の冬は長くなりそうで嫌だなあと独りごち、夜のカーテンを引く。微かに冬の匂いがした。
羽根
朝、5時47分。夜を通して聞こえていた虫の音は次第に掠れ、入れ替わりに新聞配達のバイクの走行音や、近くに在る鉄道の操車場から列車が動き出す音が聞こえてくる。空は曇天の如き薄暗さで、街灯は未だ点いており、出窓に置いてある観葉植物の葉陰には小さくなった夜が居座っている。表の通りからは、自転車を走らせながらの会話が聞こえ、階上の部屋からは目を覚ました住人のたてる物音が聞こえてくる。
僕は微睡みながらそれらの音を聞くともなく聞いていたのだが、喉が渇いたので湯を沸かしに起きあがった。薬罐の鈍い光沢、水蒸気の煙、茶の匂い。少しく暖まった身体を持て余し、明るく青くなってきた空を眺めながら、散歩に出ようかと思案する。しかし再び横になりたい気持ちもある。ふと、子供の頃に早朝の雑木林で見つけた、羽化したばかりの蝉の白い羽根を思い出した。動き出すには未だ早い。
僕は微睡みながらそれらの音を聞くともなく聞いていたのだが、喉が渇いたので湯を沸かしに起きあがった。薬罐の鈍い光沢、水蒸気の煙、茶の匂い。少しく暖まった身体を持て余し、明るく青くなってきた空を眺めながら、散歩に出ようかと思案する。しかし再び横になりたい気持ちもある。ふと、子供の頃に早朝の雑木林で見つけた、羽化したばかりの蝉の白い羽根を思い出した。動き出すには未だ早い。
箸を手に
垣根とびこえ 猫笑い
秋落ちて
蜻蛉の羽根に 黄金色
恋愛寫眞 / 堤 幸彦
- 2006-10-15 Sunday
- Category - Art
- Tag - movie / philosophy
底流窟
- 2006-10-11 Wednesday
- Category - Days
- Tag - diary / environment
仕事場の近所に小さな公園が在る。周りを五階建てくらいの建物に囲まれて、100平米を少し越えるくらいの土地がぽっかりと存在する。高さの異なる高木が三本と低木が五本茂り、虎模様の縄で囲ってある。二本の街灯の下には何度も上塗りされたペンキが剥げ落ちているベンチが四脚。楕円形の公衆便所が一つと、水飲み場がひとつ。ゴミ箱が一つに円筒形の灰皿が一本と一斗缶を塗装した簡易な灰皿が一つ。公園の真ん中には街灯に無理矢理に取り付けられた時計が一台。簡素な作りの割りには十分過ぎる機能を有した少し変わった趣のある公園である。
夜、作業に疲れてコンビニまで散歩した後、飲み物片手にこの公園に足を踏み入れる事が時々ある。先客が居る事もあれば、誰も居ない事もある。大体は仕事帰りの会社員若しくは休憩を取る為に立ち寄った会社員である。皆独りで来る。稀に連れ立ってくる女性も居るには居るが、殆どは独りだ。なので誰も喋らない。黙って携帯電話を弄ったり、軽い食事をしていたり、煙草を喫んでいたり、仮眠を取っていたりする。お互いに目も合わせず、中空をぼんやり眺めていたりもする。きっと皆、独りになりたくてこの公園を訪れるのだろう。
眺め遣ってみても、見えるものは周りを囲んだ建物の古びた壁と、その壁から突き出ている吸水管その他。給湯室であるらしき窓に見える干されたタオルの水色や桃色。干涸らびた観葉植物。それか入口方向に在る通りを行き交う人々。周りを高い壁に囲まれているせいか、谷底に落ちているような気分になる。僕は夜にしか行った事はないのだが、辺りは静かで、街灯の灯りが創り出す劇空間のように見えるこの公園は、意図的に隠蔽された日常の底流窟のような印象を受ける。
夜、作業に疲れてコンビニまで散歩した後、飲み物片手にこの公園に足を踏み入れる事が時々ある。先客が居る事もあれば、誰も居ない事もある。大体は仕事帰りの会社員若しくは休憩を取る為に立ち寄った会社員である。皆独りで来る。稀に連れ立ってくる女性も居るには居るが、殆どは独りだ。なので誰も喋らない。黙って携帯電話を弄ったり、軽い食事をしていたり、煙草を喫んでいたり、仮眠を取っていたりする。お互いに目も合わせず、中空をぼんやり眺めていたりもする。きっと皆、独りになりたくてこの公園を訪れるのだろう。
眺め遣ってみても、見えるものは周りを囲んだ建物の古びた壁と、その壁から突き出ている吸水管その他。給湯室であるらしき窓に見える干されたタオルの水色や桃色。干涸らびた観葉植物。それか入口方向に在る通りを行き交う人々。周りを高い壁に囲まれているせいか、谷底に落ちているような気分になる。僕は夜にしか行った事はないのだが、辺りは静かで、街灯の灯りが創り出す劇空間のように見えるこの公園は、意図的に隠蔽された日常の底流窟のような印象を受ける。
静かなる街灯の灯りの下に
蹲る影は野良猫の微睡み。夜中の零時ともなれば人々の生活は眠りとともに打ち切られ、辺りには静寂の帳が下ろされる。僕は覚束ない灯りのもと、音を絞ったアンプで小唄を聴くともなく聴いている。疲れた身体と頭をもってして、この期に及んでリズミカルな音楽など聴けぬ。宵闇に溶けて行こうとする三弦の音色と声。低く囁かれる虫の声。遠く走り去っていく列車と自動車の走行音。硬く乾いた音を響かせて歩き去る足音。そして、やがては虫の声だけが残る。今日という一日の、終わりを見届けるエンドロール。












