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January 2007
脳幹を巡る音楽
20年近く前の話。その年の夏、強大な台風18号・19号に襲われ当時家族と共に住んでいた古い借家が半壊してしまったので、近所に残っていたこれまた古い家を借り上げ住み替える事になった。家主が新築した家に引っ越した為に偶然空き家となっていたのだ。十分過ぎる程に古い家屋であったので、所々雨漏りがするような有様であったがとても広い家で、家族が住んで余った二階の二部屋には僕一人が居座れるような状況であった。
季節はよく覚えていない。寒い季節ではなかったはずなので恐らく秋だろう。その頃には畳敷きの部屋に布団をひいて、枕元に置いたポータブルラジオを聴きながら夜を過ごす習慣がついていた。その夜も同じ様に過ごしていた。うつらうつらとしているとラジオから小泉今日子の呟くように話す声が聞こえていて、声が途切れるとチープな感じのテクノ・ミュージックが流れてきた。
半覚醒の状態で聴くその音楽は分子レベルで僕の頭の中に入り込み、駆け巡った。これがテクノか。その時そう思った覚えがある。それまでテクノ・ミュージックに関して殆ど知識も興味もなかった僕に、その音楽は今までに味わった事のない快楽をもたらした。
その頃の僕は、個人的な精神史上最悪な日々を過ごしていた。何もしていないのに疲れ果て、心を亡くしていた。そんな僕には、情感を全て洗い流し、よろめくように転げ回る音階がとても心地良かったのだ。僕の頭の中で音が踊る。極小サイズの陶酔はやがて僕の全てに波及した。単音が連なるだけのその音楽は、何処までも登り詰めるようにうねった。この音楽がいつまでも続けば良いと思いながら、僕は眠りに落ちた。
季節はよく覚えていない。寒い季節ではなかったはずなので恐らく秋だろう。その頃には畳敷きの部屋に布団をひいて、枕元に置いたポータブルラジオを聴きながら夜を過ごす習慣がついていた。その夜も同じ様に過ごしていた。うつらうつらとしているとラジオから小泉今日子の呟くように話す声が聞こえていて、声が途切れるとチープな感じのテクノ・ミュージックが流れてきた。
半覚醒の状態で聴くその音楽は分子レベルで僕の頭の中に入り込み、駆け巡った。これがテクノか。その時そう思った覚えがある。それまでテクノ・ミュージックに関して殆ど知識も興味もなかった僕に、その音楽は今までに味わった事のない快楽をもたらした。
その頃の僕は、個人的な精神史上最悪な日々を過ごしていた。何もしていないのに疲れ果て、心を亡くしていた。そんな僕には、情感を全て洗い流し、よろめくように転げ回る音階がとても心地良かったのだ。僕の頭の中で音が踊る。極小サイズの陶酔はやがて僕の全てに波及した。単音が連なるだけのその音楽は、何処までも登り詰めるようにうねった。この音楽がいつまでも続けば良いと思いながら、僕は眠りに落ちた。
千の風になって
昨年末の事。恒例の紅白歌合戦で秋川雅史が歌う「千の風になって」を聴いた。僕は全然知らなかったのだけれど、世界中で知られる詩に新井満が曲と訳詞をつけた歌であるらしい。聴いていて、不覚にも家族の手前で涙を流しそうになった。映像の中でも紹介されているように、この詩の起源は作者不詳と認識されているようなのだが、色々と探してみると諸説あるようである。詩の内容を読んでいると、何となく神道に近いような気もする事から、個人的にはネイティヴ・アメリカンの民話から出たのではないだろうかと思っている。
「あなたがわたしを思うのならば、わたしはいつでもここにいます。」というような文を何処かで読んだ事があるような気がするのだけれど、あれは一体何の文章だったのだろうか。
「あなたがわたしを思うのならば、わたしはいつでもここにいます。」というような文を何処かで読んだ事があるような気がするのだけれど、あれは一体何の文章だったのだろうか。
- 千の風になって(新井満のHPより)












