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December 2009
悲しい歌 / Pizzicato Five
シングルで持っていたのだが最近アルバムで買い直した。最初は確かラジオから流れてきたのを聴いて、一発で気に入って買ったのだと思う。全編に渡ってベースがぶりぶりと走っているが、その他の音は割と単調である。タイトルも、アレンジも、ともすれば陳腐に聞こえる歌詞も、野宮真貴の声も、どれをとってもフラットでニュートラルな印象を受ける。それだからこそ聴く人が気持ちを乗せやすいのかも知れない。少し間延びして聞こえるホーンは、本当にある晴れた日の朝にぼんやりと、そしてふいに口ずさんだかのように印象づける。
で、音楽的な事から少し話がずれる。この事が全てに当てはまる訳ではないのだけれど、誰かとの終わりを決めるのは本当にこんな瞬間だなあ、と思う。決断と呼べる程の確固とした意志は持っていないし、何かしら事件が起きた訳でもない。でもある時そう感じてしまったらそれはもう動かし難い現実なのだ。勿論それまでの様々な蓄積あってこその話だけど、飽和し溢れてしまった思いはどうする事も出来ない。やがて自分の中で風化していくその人をいつまで見届けるのか。それとも早々に別れを告げ別な道を歩むか。未来はとてつもなく限られている。
そんな唐突な終演を演じなければならない悲しさと、その後も淡々とした日常が当たり前のように続いてしまう乾いた悲しさ。だからこその「悲しい歌」(アルバム収録時には Triste と改名されている)なのだろうな、と思う。「ごめんね。いつの日かみんな忘れるはず」とはお互いにとっての最上の救いである。それ以外にこの悲しみから逃れる道はない。この歌の中で意志が感じられるとしたらこの部分のみである。いい加減な責任放棄のように聞こえるかも知れないが、他の一体何処に救いが在るだろうか。
Over the rainbow / Israel Kamakawiwo'ole
既に故人である巨漢のハワイアンの美しい歌声。Over the rainbow のカヴァーだと言えばそうなのだが、全く別の曲として聴いている。天上へ届けとばかりに滑らかに歌い上げるこの歌唱法はハワイアン独特のものなのだろうか。Hapaもそんな感じであったが。巨体から奏でられる歌声は南国にあっても乾いていて、その情感が得も言われぬ慈しみを感じさせる。
因みに原曲の、1939年に公開されたオズの魔法使いの劇中でのJudy Garland の歌はこちら。
最早別な楽曲だ。個人的な事を書くならば、イズラエルの歌の方がずっとずっと好きである。
口ロロ " everyday is a symphony " 御披露目会 at 代官山UNIT on 05 DEC. 2009
先日、東京は代官山UNITで行われた口ロロの新しいアルバムのお披露目ライヴをUSTREAMで完全中継したもの。僕が観ていたのは上記とは別の特設サイトで、Twitter と完全に同期していた。バックスクリーンにそのサイトが投影され、Twitter に書き込まれた呟きが Time LIne として映し出される。言ってみればニコニコ動画のような感じ。
上記の動画を観る際には、音がもの凄くデカくて割れているので、限りなく mute に近いボリュームで聴かれたし。そして、この動画はセッティングから客入りまでも収録しているのでなかなか始まらない。演奏は45分過ぎから始まる。それに Youtube のように最初に読み込んではくれないので、途中から観るという事が出来ない。最初から順当にしか再生されないので、時間が有るときに視聴した方が良いでしょう。
感想は別に書かない。ただ、格好良くて堪らないと思ったのだ。
出てきた男 / 月亭可朝
殊更に騒がず、マイナーコードを爪弾きながら、しらっと嘆いて笑わせる。実に素晴らしい。テレビの中で、無闇やたらと騒いでいるだけの芸人を観ていても、疲れるのである。ああいうのは元気が在り余った人達が観たら良いのだ。
よくよく観てると眉毛の動きなんかも面白い。「そらあぶないで」が口癖になりそうだ。
- 最終更新日時 : 2009-12-12 23:35:20






