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September 2004
手のひらの気配
いささか朦朧とした気分で帰宅。郵便受けに少し北の方に住む友人から封筒が届いていた。いつもならば表裏の表記は印字だが、今回は珍しく直筆だ。しかも彼の場合、同封されてくるのは言葉ではなく銀色のディスクであるのが殆どなのに、今回は何やらムックリと膨れている。訝しく思いながらも開封してみると、そこには別な友人の膨れた封筒が、メモと共にしっかりと折りたたまれて入れてあった。メモは僕に封筒を贈ってくれた友人の直筆(初めて目にする)で必要最小限の文章。内包されていた別な友人の封筒を開封して出てきたのは画像の阪神煙草。どういうつもりなのか、さっぱりと判らないが何となく笑えた。封筒の中を更に覗いてみると、ひん曲がった葉書と便箋が入っていた。便箋と書いたが実は病院のアンケート用紙だ。彼が入院していた事は知っている。そうか、その時に書いた手紙なんだな。そう考えるととても楽しい。その変わり種の便箋二枚に、見た事があるハズはないが何処か見覚えのあるような筆跡で言葉が綴られている。便箋の最後にはその友人の名が署名されていた。本名の読みは知っていたが、文字を見るのは初めてだ。良い名前だ。同じく同封されていた葉書は暑中見舞いであるらしい。そう手紙に書いてあった。クレヨン画だ。
僕は今、阪神煙草を前に腕組みしている。吸おうかどうしようか迷っているのだ。吸ってしまうのは勿体ない気もするが、僕はそれがどんな高価な物であっても、使わない物を置いておく事に苦痛を感じるタチだ。困った。取り敢えず保留にしておこう。その打ちに良い考えも浮かぶだろう。
便りの礼を伝えようと思っている。メールを書けば済む問題だが、でも止めた。電子メールはつまらない。タイピングされた言葉は文面以上の何かを伝える事は出来ない。言葉にならぬ何かを伝えたいと思っている場合、その選択はハッキリと役不足である。僕も手紙を書く事にしよう。若しくはそれに代わる何か、確かに気配を織り込める方法で。
嗚呼、勘違い人生。
「死刑台のエレベーター」か「未来世紀ブラジル」を借りようと思って近所のレンタル屋に行った訳です。んで、無い。どっちも無い。「O嬢の物語」は在るのに「死刑台のエレベーター」は無い。「えびボクサー」は在るのに「未来世紀ブラジル」は無い。隣町の TSUTAYA に行くのも面倒なので、僕はそれらを諦めて別な何かを探し始めた。
そいう訳で店内をうろうろしていると、5歳くらいの女の子が踏み台に上ってアニメーション映画あたりを物色していた。何となく危なっかしいので、近くに親がいるのか見回す。母親が居た。娘に声をかけながら歩いて来る。よし。僕は本来の目的を果たそうと踵を返し・・・そうになったその瞬間、その母親は私を横目でぢっと見ているではないか。待ってくれ。色落ちしたカーゴパンツにくたびれたTシャツで、サンダル履きに無精髭とか伸ばしているが、子供には興味は無いぞ。私はいたたまれなくなり、逃げるようにその場を立ち去った。
それからは決して子供が近づかないであろうアクション系とかヨーロッパ系の棚にへばり付いていた。しかしである。先ほどの母親が僕の周りをうろうろするのである。挙げ句の果てには僕の横でヴィデオを物色し始めるのである。邪魔。邪魔だよ。居心地悪いだろ。僕は SF の棚へ移動する。また来やがる。娘の側についていなくて良いのだろうか。というか、そんなに僕をチラチラ見ないで欲しい。年の頃は、えーと・・・そうだな、僕と同い年かちょい下くらい。色落ちした細身のジーンズにシースルー気味の白いシャツを着ている。さほど美人だとは思えないが、わりかし整っているのではないだろうか。とか考えていると段々気になってきた。
それからも、僕が棚を移動する度にその母親は姿を現す。娘が家に帰ろうと言い出しても帰らない。僕の横に居る。えー、もしかして・・・。
僕が無駄に胸をときめかせていると、母娘はレジへ向かい、勘定を済ませて外へ出て行った。乗り切った。それから、結局私は以前にロードショウで観ようと思っていて結局見逃していた「ドラムライン」を借りて部屋に戻ったという訳です。
最近こんなのばかりである。もうちょっとこう・・・何というか、素直に突っ走れる状況にはならないのだろうか。贅沢は言わないから、彼氏付きとか子供付きとかではないヤツを希望したい。もしかして僕はそういうの向きだとでも言うのだろうか。世の中には女房向きの女性が居たり、愛人向きの女性が居たりするらしい(飽くまで憶測)が、もしや・・・。ああ、嫌だ嫌だ。段々嫌になってきた。出来る事なら京都の町屋の二階に、半年くらい隠遁したい。そいでもって毎日昼頃に布団から起きだして、狭くて暗くて急な階段を降りると、町屋の女将に「あら? おそようさん。何処まで行かはるの?」とか声をかけられて、そして僕は「ええ、外で飯食うついでに友禅でも眺めて来ようかと思いまして。」とか言いながら茶を呼ばれるのだ。そしてそして茶を飲み干すとにわかに立ち上がり「晩飯までには戻りますから。」と女将に言い残し下駄を履き鳴らして町屋を出る。「お早う、お帰りやす。」そんな女将の声を背中で聞き流し、僕は空を見上げる。「もう、秋だなあ。」
嗚呼、そんな暮らしがしてみたい。
そいう訳で店内をうろうろしていると、5歳くらいの女の子が踏み台に上ってアニメーション映画あたりを物色していた。何となく危なっかしいので、近くに親がいるのか見回す。母親が居た。娘に声をかけながら歩いて来る。よし。僕は本来の目的を果たそうと踵を返し・・・そうになったその瞬間、その母親は私を横目でぢっと見ているではないか。待ってくれ。色落ちしたカーゴパンツにくたびれたTシャツで、サンダル履きに無精髭とか伸ばしているが、子供には興味は無いぞ。私はいたたまれなくなり、逃げるようにその場を立ち去った。
それからは決して子供が近づかないであろうアクション系とかヨーロッパ系の棚にへばり付いていた。しかしである。先ほどの母親が僕の周りをうろうろするのである。挙げ句の果てには僕の横でヴィデオを物色し始めるのである。邪魔。邪魔だよ。居心地悪いだろ。僕は SF の棚へ移動する。また来やがる。娘の側についていなくて良いのだろうか。というか、そんなに僕をチラチラ見ないで欲しい。年の頃は、えーと・・・そうだな、僕と同い年かちょい下くらい。色落ちした細身のジーンズにシースルー気味の白いシャツを着ている。さほど美人だとは思えないが、わりかし整っているのではないだろうか。とか考えていると段々気になってきた。
それからも、僕が棚を移動する度にその母親は姿を現す。娘が家に帰ろうと言い出しても帰らない。僕の横に居る。えー、もしかして・・・。
僕が無駄に胸をときめかせていると、母娘はレジへ向かい、勘定を済ませて外へ出て行った。乗り切った。それから、結局私は以前にロードショウで観ようと思っていて結局見逃していた「ドラムライン」を借りて部屋に戻ったという訳です。
最近こんなのばかりである。もうちょっとこう・・・何というか、素直に突っ走れる状況にはならないのだろうか。贅沢は言わないから、彼氏付きとか子供付きとかではないヤツを希望したい。もしかして僕はそういうの向きだとでも言うのだろうか。世の中には女房向きの女性が居たり、愛人向きの女性が居たりするらしい(飽くまで憶測)が、もしや・・・。ああ、嫌だ嫌だ。段々嫌になってきた。出来る事なら京都の町屋の二階に、半年くらい隠遁したい。そいでもって毎日昼頃に布団から起きだして、狭くて暗くて急な階段を降りると、町屋の女将に「あら? おそようさん。何処まで行かはるの?」とか声をかけられて、そして僕は「ええ、外で飯食うついでに友禅でも眺めて来ようかと思いまして。」とか言いながら茶を呼ばれるのだ。そしてそして茶を飲み干すとにわかに立ち上がり「晩飯までには戻りますから。」と女将に言い残し下駄を履き鳴らして町屋を出る。「お早う、お帰りやす。」そんな女将の声を背中で聞き流し、僕は空を見上げる。「もう、秋だなあ。」
嗚呼、そんな暮らしがしてみたい。
ハイビスカス
今朝、いつものように植物どもに挨拶をしようかとカーテンを開けると、こんな具合にハイビスカスが花を咲かせていた。(実際には窓の外へ向かっていたのだが)僕は感極まって、もう部屋を出なければならないのにも関わらず、携帯のカメラにその姿を収めた。今年は一度しか花を咲かせていなかったので、もう今年は見れないのであろうと諦めきっていた矢先の出来事である。しかもこんな大輪を・・・。小憎らしいヤツである。蕾が外側を向いていた為に気が付かなかったのだ。さて、どうして急に花を咲かせる気になったのだろう。僕が心を入れ替えたからだろうか。それとも昨日の陽気のせいだろうか。いずれにせよ、この花とは縁がなかったのだもう諦めようと心密かに思い詰め、さり気なく目を伏せていたのに。忘れてしまおうとしたその瞬間に、またその麗しげな姿を見せるとは・・・。悔しい。僕は植物如きにさえ翻弄されてしまう性分なのか。久しぶりに花を咲かせた彼女に嬉々として水を与えてしまう自分が情けない。咲くなら咲く。咲かないなら咲かない。もっとハッキリとした態度を取って貰いたいものである。ポトスとカランコリエ
我が家に新しい家族が増えました。ポトス君です。どんなに放ったらかしにしてもスクスクと育ってくれるという噂を聞きつけまして、そのバイタリティを見込んで近所の花屋で買ってきました。元々は添え木がしてあって、茎をホッチキスで固定してありました。しかし、それを見ているとどうにも痛々しいのでハズしてしまいました。ゆくゆくはだらしなく伸びてきそうな気がしますが、それはそれ。彼のやりたいようにやらせようと思っています。
そしてこちらはカランコリエさんです。葉っぱばかりが部屋に在っても鬱陶しいので華やかな彼女も買ってきました。小さな花びらが拠り固まって、とても可愛い感じです。葉は肉厚で、何となく丈夫そうなので安心です。あ、今ひとつだけ気に入らない部分を見つけてしまいした。いえいえ、彼女自身には問題ありません。問題なのは鉢です。何処となくガーデニングっぽいです。あの斜めの格子柄が無知な欧州崇拝を彷彿させます。そう言えばオンビジウムの鉢も同じモノです。買い直さねば。まだ紹介していませんが、ベンジャミンとかハイビスカスとかブーゲンビリアの鉢は、わざわざ東急ハンズで買い求めたモダンな形状をした素焼きの鉢です。鉢を渋谷から手に提げて持ち帰るのはかなり面倒ですが、仕方がありません。私のダンディズムが許しません。しかしこの薄気味の悪い鉢は誰が買って来たのでしょう。私でしょうか。いやいやそんなハズは・・・。オンシジウム若しくはカトレア
8日のエントリの、何の植物だから判らない(忘れたとも言う)我が家のプラントは画像の通りに弱り切っている。ついこの間まで青い葉をしていたものが、一部を除いて黄色く枯れかけている。最近の二度に渡る大型台風の影響だと思われる。今日はたっぷりと水を与え、ベランダの縁に置いて陽を当ててやった。これでもう大丈夫。と思いたい。先ほど実家に電話をした。父は既に就寝後であったので、母親と話した。「何年か前に水苔と一緒に貰った植物があったやんね?あれ名前なんていうと?」僕は植物の名前が知りたくて電話をかけたのである。しかし母の口からは「・・・何やったかいな・・・覚えとらん。」と力が抜けそうな答えが返ってくる。此処でくじけてはいけない。名前が判らないと育て方の見当がつかない。「あの、ほら・・・えーと、正月に帰った時にお父さんがくれたやんね?アレたい、アレ。」食い下がる息子。「あー・・・そげな事があったね。」軽く流されてしまいそうな雰囲気である。滅多に電話しない癖に、かければかけたで面倒な事を尋ねてくる息子というのは迷惑極まりない事は重々解っているつもりだが、諦められない。「いや、今枯れそうになっとってさ、どげんすれば良かやかち思うて。」「あー、蘭やろ?」いや・・・蘭では・・・。「蘭やったらオンシジュームかカトレアたい。」・・・聞き覚えがあるような気がする。コレは蘭なのか・・・。「そう言えばあん時、お父さんがカトレアとかオンシジュームば近所に配りよったもん。」かなり信憑性が高い話だ。やはり蘭なのか。「蘭やったら陽に当てんで、水やりよったら大丈夫たい。」・・・え・・・今、何と?「風に当たるくらいじゃどうもならんよ。」いきなりの失策である。母との電話を終えた後、僕はオンシジューム(若しくはカトレア)に深く頭を下げつつ、恭しくベランダの縁から床へと下ろして差し上げたのであった。
電話での母はいつもと比べて元気がないようだった。気になったので尋ねてみると、今日は仕事で少し無理をしたので疲れているとの事。「時々で良かけん、電話で声ば聞かせてくれんね?」息子としては非常にキツい一言だ。今年の暮れには帰らねばなるまい。
追記2004.09.12 : 調べてみるとカトレアでない。私の薄い記憶を辿れば黄色い花だったような気がするので、オンシジウムなのだろう。陽の当て方については、遮光50%という事らしい。
家族という名の幻想
誰も知らない、を観ていて或る人の事を思い出しました。映画(当の事件)と同じく、兄弟姉妹が全員父親が違う人でした。彼女は僕と出会って二週間後にはこの事を、冗談交じりに自分から話始めました。彼女にとってはネタとして話したのでしょうが、僕はその話をネタとして受け止める事が出来ませんでした。悪い事をしたな、と今でも思っています。母親とは手紙だけのやりとり。妹達から「お姉ちゃんに会いたい。」と言って来ているようでしたが「母の彼氏の子供というだけで、何の感情も沸かない。」という理由で一切連絡していないようでした。僕はその言葉を信じていませんでした。父親に関しては、就職の際に戸籍抄本を見ると、今は大阪に住んでいる事が分かったようです。しかし彼女は「今更父親に会いたいとは思わない。」と言っていました。僕はその言葉も信じていませんでした。でもそれは僕の勝手な解釈に過ぎません。彼女が本当はどう感じていたのか、それは彼女以外は誰にも解りません。
彼女が或る時こんな事を言いました。「将来、二人の子供(出来れば双子)を産んで、両手に抱き抱えてみたい。」と。その時僕は、本当にそうなれば良いな、と思いました。その時彼女は、本当に嬉しそうに話していたからです。でも、一年後にその話を僕が持ち出しても、彼女はその話を自分がした事さえ忘れていました。「そんな時もあったかな。」と請け合ってくれませんでした。彼女の考えている事は、僕には全く解りませんでした。それでも、僕と彼女が出会った当日から、何の違和感も無く数時間を共にする事が出来たのは、僕と彼女が同じ表情をしていたからでしょう。甘んずれば、怖いものは何も無い。そんな顔して生きていました。
今現在、彼女が何処で何をしているのか、僕は知りません。
彼女が或る時こんな事を言いました。「将来、二人の子供(出来れば双子)を産んで、両手に抱き抱えてみたい。」と。その時僕は、本当にそうなれば良いな、と思いました。その時彼女は、本当に嬉しそうに話していたからです。でも、一年後にその話を僕が持ち出しても、彼女はその話を自分がした事さえ忘れていました。「そんな時もあったかな。」と請け合ってくれませんでした。彼女の考えている事は、僕には全く解りませんでした。それでも、僕と彼女が出会った当日から、何の違和感も無く数時間を共にする事が出来たのは、僕と彼女が同じ表情をしていたからでしょう。甘んずれば、怖いものは何も無い。そんな顔して生きていました。
今現在、彼女が何処で何をしているのか、僕は知りません。










