August 2006
咲かぬが花
土塊に埋もれて早数年。秋には降りかかる落ち葉を余す事なく全身で受け止め、冬には凍てつく地面の下に身を横たえ、虫どもが蠢き出す春を寝て過ごし、夏には木陰に身を寄せる。咲かぬが花。土に埋もれたまま青空を夢想する。しかし、決して花びらを持たぬ訳ではない。
観覧車両
仕事でだが、小田急線の急行の車両に乗って久しぶりに西へ。平日の午前中とあらば乗客は少なく、座席に座り車窓の風景を眺める。低くなって行く建物。長くなる電線。空は急速に広がりを見せ、車両の中へ差し込む光は量を増していく。窓の外には緑がそわそわと揺れ、小高い丘陵の斜面や頂部に建つ家々は何処かの国の横穴式の洞窟の住居群を思わせる。
それらの光景は次々と入れ替わり、僕は飽きる事なくそれを眺めている。鉄道というのは、そんな風景を眺める為の移動する観覧席のような気がした。何処か目的地に辿り着く為ではなく、数十キロの長さの絵巻を鑑賞する為に移動する観覧席。光の波が漂う車両の中には、取引先に急ぐ会社員が手帖に何かを書き込んでいたり、子供連れの親子が何やらアニメーションの主人公について話していたり、老人が居眠りをしたりしている。僕だけが車窓を眺めている。何かを見い出そうとしているようにも見える。そしてそんな自分を第三者的に感じている僕は、行き先を見失ってしまいそうになっている。
それらの光景は次々と入れ替わり、僕は飽きる事なくそれを眺めている。鉄道というのは、そんな風景を眺める為の移動する観覧席のような気がした。何処か目的地に辿り着く為ではなく、数十キロの長さの絵巻を鑑賞する為に移動する観覧席。光の波が漂う車両の中には、取引先に急ぐ会社員が手帖に何かを書き込んでいたり、子供連れの親子が何やらアニメーションの主人公について話していたり、老人が居眠りをしたりしている。僕だけが車窓を眺めている。何かを見い出そうとしているようにも見える。そしてそんな自分を第三者的に感じている僕は、行き先を見失ってしまいそうになっている。
夏色の空
- 2006-08-09 水曜日
- Category - Days
- Tag - diary / environment
台風に引きちぎられたようにぽつねんと浮かぶ白い雲。周りには輝くばかりの青い空が広がり、その端っこには掃き寄せられたように陰を帯びた雲群が幾重にも重なりひしめき合っている。雲が立体的になってくると夏を感じる。そして、この青さこそが夏だと思うのだ。僕にとっての夏とはこの青さの事なのだ。この空は何処へでも連れて行ってくれるし、何処へも連れて行かない。我々が見るのは熱であり、蜃気楼なのだ。しかしながら、後年思い出すのはその光景ばかりなのはどういう事なのだろうか。幻影が記憶を浸食し水彩色の記憶ばかりが私を埋め尽くす。彼の人は光となりて現れる。
流浪
もう次の季節に移ったのかと思ってしまう程の透明な空。すり抜ける風は静けさを孕む。通り過ぎる電車や車、歩く人々の声は遠くそして鮮明な形で僕の耳に届く。8月になったばかりだと言うのに、既に秋は用意されているようだ。日毎に入れ替わる私の希求は落ち着きを見せない。どれか一つに絞ってしまえば、僕の生活はよほど楽に、そして確固としたものになるだろうに。雑多な僕の願いはやがて削り落とされ、痩せこけ、単純で切実な糧として残る事を夢見て生きているような、そんな気がしている。










