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January 2007
Dental Clinic Fun Club
数年前から通い続けている歯科医院がある。仕事場の近所に在って、虫歯が痛み始めたのをきっかけに登院したのだが、ついでに色々な箇所を治療していたら結局数ヶ月通うハメになったのである。かつてない程の時間をかけて一応全ての歯の治療が終わり、その後一ヶ月に一度、三ヶ月に一度と定期検診の期間を延ばし、去年の夏には「次回は半年後ですね。」とまで言われる程に回復した。
このような経緯を経て今年の初めにその「半年検診」を受けて来たのだが、最初は診察、そしてクリーニング、それからメンテナンス。という具合に数回を要して検診を行う予定である。
でもまあ、そんな話はどうだっていい。重要なのは、その検診を施してくれる歯科衛生士が美形だと言う事である。「可愛い」でも「美人」でもない「美形」なのである。誰に例えようもないので解り難いと思うのだが、見た瞬間「こりゃすげえ。」と思えるほどに顔の造作が美しい。以前は歯列矯正の金具をつけていた(それはそれで気に入っていた)のだが、今回見たら晴れて金具が取れたようだ。
さて、想像して頂きたい。そんな美形の女性に無理から自分の口を広げられて見るも無惨な歯や歯茎を凝視されるのである。引っ張られた皮膚につられて鼻はひしゃげて変な顔だし、涎も溢れている。何となれば鼻毛が二三本飛び出ているかも知れない。こんな恥辱を迫られる機会などそうそうないだろう。
そんな風にして短くはない時が経つ。好い加減に慣れるだろうと思うかも知れないが慣れない。毎回緊張する。加えて最近、彼女は腕を上げた(と言うべきか?)らしく、施術が一段落すると「楽にしてください。」と開け疲れた顎にそっと手を添えて閉めてくれる。
解って頂けるだろうか。優しく己の口を閉じてくれる事がこれほどまでに感動的だとは思わなかった。このまま病人か、はたまた老人になってしまいたいくらいなのだ。
未だこの後メンテ治療は続くのであるが、何となく、と言わず明らかに楽しみにしている己の性根が呪わしい。
このような経緯を経て今年の初めにその「半年検診」を受けて来たのだが、最初は診察、そしてクリーニング、それからメンテナンス。という具合に数回を要して検診を行う予定である。
でもまあ、そんな話はどうだっていい。重要なのは、その検診を施してくれる歯科衛生士が美形だと言う事である。「可愛い」でも「美人」でもない「美形」なのである。誰に例えようもないので解り難いと思うのだが、見た瞬間「こりゃすげえ。」と思えるほどに顔の造作が美しい。以前は歯列矯正の金具をつけていた(それはそれで気に入っていた)のだが、今回見たら晴れて金具が取れたようだ。
さて、想像して頂きたい。そんな美形の女性に無理から自分の口を広げられて見るも無惨な歯や歯茎を凝視されるのである。引っ張られた皮膚につられて鼻はひしゃげて変な顔だし、涎も溢れている。何となれば鼻毛が二三本飛び出ているかも知れない。こんな恥辱を迫られる機会などそうそうないだろう。
そんな風にして短くはない時が経つ。好い加減に慣れるだろうと思うかも知れないが慣れない。毎回緊張する。加えて最近、彼女は腕を上げた(と言うべきか?)らしく、施術が一段落すると「楽にしてください。」と開け疲れた顎にそっと手を添えて閉めてくれる。
解って頂けるだろうか。優しく己の口を閉じてくれる事がこれほどまでに感動的だとは思わなかった。このまま病人か、はたまた老人になってしまいたいくらいなのだ。
未だこの後メンテ治療は続くのであるが、何となく、と言わず明らかに楽しみにしている己の性根が呪わしい。
茗荷谷の坂
- 2007-01-23 火曜日
- Category - Days
- Tag - slope / environment / tokyo
坂を歩くなら文京区だろうと思い、池袋駅から東京メトロ丸の内線に乗り換えて茗荷谷へ。駅から外へ出ると、予想していたより街並みが近代化されており、それが気に入らないと言えばそうなのだが致し方ない。何も僕の好みに従って街が作られている訳ではない。
湯立坂: 地下鉄の駅から出て北西へ。なだらかな坂道と緩やかな坂道。その両側に木々が生い茂っている。坂道の途中に何処その不動産会社が計画している多層階建てマンションの建設に反対する野立て看板が立っていた。見慣れた美しい景観が失われるのを恐れる気持ちは解る。つい最近、僕が住む下町にもついに高層のマンションが建った。そのおかげでそれまで見渡せていた空の一部が遮られてしまうのである。それを見て人が感情的になるというのは今では十分に理解出来る。
網干坂: 小石川植物園の西側を通る坂道。植物園を囲むブロック塀が物々しい印象を受けるが、ブロックの創り出す垂直線に対して坂の勾配が認識しやすいので僕はなかなか好きである。写真に撮った場合も判りやすい。それと塀に沿って放置された自転車が侘びし気に見えてそれが良い感じである。
氷川坂: 先ほどの網干坂を登りきって、左に回るとこの坂が在る。最初は面白くも何ともないが坂下に近づくにつれて傾斜がきつくなり楽しくなってくる。写真は坂の途中に建つ民家。庭木の枝を建物の前面に這わせているのが面白い。思うのだが、坂の途中に建つ家に住むのはどういう気分だろう。窓から顔を出せば坂下を見下ろす事が出来て、玄関を一歩外へ出ればそこは傾斜する大地である。実際にそういう環境で育った人に出会った事がないのでよく判らないが、その事は人の物凄く基本的な部分に影響しそうな気がする。
播磨坂: こういった整備された道幅の広い坂は特に好きでも何でもないのだが、この坂は長く続くのでそれを歩いている時の体感は気に入った。観るのではなく、傾斜を身体で感じ続けるという事に坂道の美が伺えるのである。
久しぶりに坂を鑑賞した訳だが、僕の習性として一旦歩き出すと疲れても何故かそのまま歩き続けてしまう。途中で脚を止め、辺りを見回せば面白いものでも見つけられるのだとは思うが、どうしてもそれが出来ない。これを貧乏性と言うのかせっかちと言うのか、何れにせよ落ち着きがないのである。
湯立坂: 地下鉄の駅から出て北西へ。なだらかな坂道と緩やかな坂道。その両側に木々が生い茂っている。坂道の途中に何処その不動産会社が計画している多層階建てマンションの建設に反対する野立て看板が立っていた。見慣れた美しい景観が失われるのを恐れる気持ちは解る。つい最近、僕が住む下町にもついに高層のマンションが建った。そのおかげでそれまで見渡せていた空の一部が遮られてしまうのである。それを見て人が感情的になるというのは今では十分に理解出来る。
網干坂: 小石川植物園の西側を通る坂道。植物園を囲むブロック塀が物々しい印象を受けるが、ブロックの創り出す垂直線に対して坂の勾配が認識しやすいので僕はなかなか好きである。写真に撮った場合も判りやすい。それと塀に沿って放置された自転車が侘びし気に見えてそれが良い感じである。
氷川坂: 先ほどの網干坂を登りきって、左に回るとこの坂が在る。最初は面白くも何ともないが坂下に近づくにつれて傾斜がきつくなり楽しくなってくる。写真は坂の途中に建つ民家。庭木の枝を建物の前面に這わせているのが面白い。思うのだが、坂の途中に建つ家に住むのはどういう気分だろう。窓から顔を出せば坂下を見下ろす事が出来て、玄関を一歩外へ出ればそこは傾斜する大地である。実際にそういう環境で育った人に出会った事がないのでよく判らないが、その事は人の物凄く基本的な部分に影響しそうな気がする。
播磨坂: こういった整備された道幅の広い坂は特に好きでも何でもないのだが、この坂は長く続くのでそれを歩いている時の体感は気に入った。観るのではなく、傾斜を身体で感じ続けるという事に坂道の美が伺えるのである。久しぶりに坂を鑑賞した訳だが、僕の習性として一旦歩き出すと疲れても何故かそのまま歩き続けてしまう。途中で脚を止め、辺りを見回せば面白いものでも見つけられるのだとは思うが、どうしてもそれが出来ない。これを貧乏性と言うのかせっかちと言うのか、何れにせよ落ち着きがないのである。
蟄居日和
朝いつものように7時頃に目覚ましに叩き起こされる。窓の外を除くと天気は悪そうだ。さほど寒くは感じなかったが、身体が重くて気分が悪い。二度寝する。
10時頃に佐川急便に叩き起こされる。ヤフオクで落札したビデオを代引きで受け取る。予め聞いてはいたのだが、本当にレンタル屋に置いてあったままのパッケージだった。このビデオを部屋に置いていると何だか僕が何処ぞの店からギってきたかのように見える。
★
幾分すっきりしたのでもぞもぞと床を這い出る。玄関から顔を出して新聞を引っ張り、ぐちゃぐちゃになった頭をかきながら床へ戻り新聞を広げる。が、どうにも活字を追う気にはなれなかったので閉じる。再び床に横になる。
★
2時間ほどぼんやりしていたのだが、好い加減に飽きてきた。隣の部屋に移りパワーブックを立ち上げる。出窓のガラスが結露で曇っている。それを見て今日は一日部屋に籠もる事に決める。結露した部屋に居るのが好きなのだ。
今年は出窓に置いた植物の落ち葉が少ない。ブーゲンビリアでさえ未だ葉をつけている。部屋を必要以上に暖めるのはいつもの事だから、やはり今年は暖冬なのだろう。
★
台所に立ち湯を沸かす。珈琲を点てる。パンケーキを焼く。先週末からの気に入りである。毎年何故か冬になると、週末の朝はパンケーキを焼きたくなる。バターと蜂蜜とマーマーレードを塗って食べる。
★
そう言えば、二度寝した際に久しぶりに夢を見た。何故か僕はオートバイレースのチームのスタッフで、これから何処かへ遠征に行こうかという夢だった。早朝の待ち合わせにスタッフが揃わないとか道に迷うとかトラブル続きであったが、悪い夢ではなかった。悪い夢は去年散々見たので、もう見たくない。
★
JBを聴きながらメールチェックと巡回を済ませる。その裏で洗濯機を回す。
★
この季節の洗濯(特に干す時)は、どうしてこうも侘びしい気分になるのだろうか。空は低く灰色で、風は冷たく、洗濯物を掴む手はかじかんでいる。小雪でも降ってくれたら情緒に気分も弛むというものだが、今日はただしろしいだけである。
★
明日はどうしようか。何処かへ出かけたいなあ。しかし、明日も雨らしい。
10時頃に佐川急便に叩き起こされる。ヤフオクで落札したビデオを代引きで受け取る。予め聞いてはいたのだが、本当にレンタル屋に置いてあったままのパッケージだった。このビデオを部屋に置いていると何だか僕が何処ぞの店からギってきたかのように見える。
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幾分すっきりしたのでもぞもぞと床を這い出る。玄関から顔を出して新聞を引っ張り、ぐちゃぐちゃになった頭をかきながら床へ戻り新聞を広げる。が、どうにも活字を追う気にはなれなかったので閉じる。再び床に横になる。
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2時間ほどぼんやりしていたのだが、好い加減に飽きてきた。隣の部屋に移りパワーブックを立ち上げる。出窓のガラスが結露で曇っている。それを見て今日は一日部屋に籠もる事に決める。結露した部屋に居るのが好きなのだ。
今年は出窓に置いた植物の落ち葉が少ない。ブーゲンビリアでさえ未だ葉をつけている。部屋を必要以上に暖めるのはいつもの事だから、やはり今年は暖冬なのだろう。
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台所に立ち湯を沸かす。珈琲を点てる。パンケーキを焼く。先週末からの気に入りである。毎年何故か冬になると、週末の朝はパンケーキを焼きたくなる。バターと蜂蜜とマーマーレードを塗って食べる。
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そう言えば、二度寝した際に久しぶりに夢を見た。何故か僕はオートバイレースのチームのスタッフで、これから何処かへ遠征に行こうかという夢だった。早朝の待ち合わせにスタッフが揃わないとか道に迷うとかトラブル続きであったが、悪い夢ではなかった。悪い夢は去年散々見たので、もう見たくない。
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JBを聴きながらメールチェックと巡回を済ませる。その裏で洗濯機を回す。
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この季節の洗濯(特に干す時)は、どうしてこうも侘びしい気分になるのだろうか。空は低く灰色で、風は冷たく、洗濯物を掴む手はかじかんでいる。小雪でも降ってくれたら情緒に気分も弛むというものだが、今日はただしろしいだけである。
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明日はどうしようか。何処かへ出かけたいなあ。しかし、明日も雨らしい。
京都市バス 京都駅~大原
1月6日、前日に歩き過ぎて飽きていたのもあってか、バスにでも乗って少し遠出をしたくなった。目指すは三千院と宝泉院。庭園を眺める事を目的とした1時間ほどの旅である。勿論イヤフォンから流れるBGMはくるり。そして、この道程が思いの外楽しくて今となってはその映像ばかりが目に浮かぶ。座席は狭く、僕如きの脚の長さでも前の座席の背中部分に膝がつっかえてしまう。それでも車窓の外を眺めていれば心躍るのである。路線は京都駅から烏丸、四条を抜け鴨川そして白川沿いの道を上流へと上っていく。鴨川では水面を鴨がよちよちと泳ぎ、白川では浅瀬にすっくと白鷺が立っている。河の下流から上流へと巡るのは楽しそうだなと夢想した事はあったが、実際に行ってみるとこれほど楽しいものだとは思わなかった。
街を離れ、民家や人の姿が減っていく代わりに木々が増え、山が迫り川幅が細くなっていく。バス停でぽつねんと待っている人々を見ると早くバスに乗せてあげなくてはいけないような気分になる。もしかしたら今回の京都の旅で一番楽しかったのはこれかも知れない。偶然に乗り合わせた路線だが、今住んでいる関東でも、同じように河を遡る路線がないか探してみようかと思っている。
冬季編成列車
朝八時、通勤電車の車両は暖かく心地が良い。この季節では布団の中と風呂の中、そして電車の中に身を置く事をとても幸せに感じる。誰しもが黒っぽいウールの外套に身を包み、皮や毛糸の手袋をはめて、分厚く大きなマフラーで顔を半ば覆い隠すようにしている。車両の彼方此方から咳をするのが聞こえてきたり、くしゃみをしたりしている。誰かが新聞を広げているのかカサコソと音がする。耳を澄ませば、隣で吊革に捕まっている男の文庫本の頁を捲る音さえ聞こえてきそうである。幸いな事に僕の近くでイヤフォンを耳の穴に突っ込んで音楽を聴いている者は居ない。僕が電車に乗っている時間は約20分。もしこれが一時間も続くようならもっと幸せな気分になるのだろうな、と思う。電車が河を越える。水面の煌めきに目を細める。広くなった空から差し込む朝日が、僕が手にした文庫本の活字を照らす。
故郷という幻想背景
年末年始に故郷へ顔を出すのが習慣になっている。そうして自分が生まれ育った土地に帰る度にいつも、何とも言いようのない複雑な気分に苛まれるのもこれまた常である。
僕が生まれたのは如何にも取り残されたような田舎町で、帰る度に年々寂れていく街並みに淋しさを覚える事は、年老いて小さくなっていく両親の姿を見るのと同様に非常なる無力感を感じる事である。それでも両親や兄弟はその場所でしっかりと生活を続けていて、相変わらずな部分は相変わらずで、その存在に代わらぬ重みを持たせている。恐らく、彼等がもし死んでしまったとしても、後に僕の中に残るのはそういう部分なのではないだろうかと思っている。正確なところは実際にそうなってみなければ判らないが、何となくそう思うのである。
廃れ朽ちていく部分が増えるのと同時に、新しく生まれ出る部分も増えている事も確かである。それは家族の事であれ町の事であれ同じ事。家族の誰かが目新しい何かに興味を持ち始めていたり、新しい知り合いが増えていたり、新しい店が開店していたり、新しい誰かが近所に住み始めていたりとかそういう事が色々と目に付く。確実に失われてしまうのは、かつて僕が見知っていた何か。子供の頃遊んでいた用水路が地下に埋設されてしまっていたり、登って遊んでいた神社の大木が伐採されていたり、通っていた保育園が空き地に代わり果てていたり。
故郷とは、いつの時でも変わらぬ視線で自分を受け止めてくれる場所では決してない。勿論そういう部分が在る事も否めはしないが、それはある種の内なる幻想でしかない。自分にとっては故郷でも、現在は過去を塗り替え、自分自身の存在とは全く無関係に絶え間なく変化し続けているのだ。僕等は安心を得る為に故郷へと帰る。しかしそれと同時に過去と決別する為に故郷へと旅しているのかも知れない。
僕が生まれたのは如何にも取り残されたような田舎町で、帰る度に年々寂れていく街並みに淋しさを覚える事は、年老いて小さくなっていく両親の姿を見るのと同様に非常なる無力感を感じる事である。それでも両親や兄弟はその場所でしっかりと生活を続けていて、相変わらずな部分は相変わらずで、その存在に代わらぬ重みを持たせている。恐らく、彼等がもし死んでしまったとしても、後に僕の中に残るのはそういう部分なのではないだろうかと思っている。正確なところは実際にそうなってみなければ判らないが、何となくそう思うのである。
廃れ朽ちていく部分が増えるのと同時に、新しく生まれ出る部分も増えている事も確かである。それは家族の事であれ町の事であれ同じ事。家族の誰かが目新しい何かに興味を持ち始めていたり、新しい知り合いが増えていたり、新しい店が開店していたり、新しい誰かが近所に住み始めていたりとかそういう事が色々と目に付く。確実に失われてしまうのは、かつて僕が見知っていた何か。子供の頃遊んでいた用水路が地下に埋設されてしまっていたり、登って遊んでいた神社の大木が伐採されていたり、通っていた保育園が空き地に代わり果てていたり。
故郷とは、いつの時でも変わらぬ視線で自分を受け止めてくれる場所では決してない。勿論そういう部分が在る事も否めはしないが、それはある種の内なる幻想でしかない。自分にとっては故郷でも、現在は過去を塗り替え、自分自身の存在とは全く無関係に絶え間なく変化し続けているのだ。僕等は安心を得る為に故郷へと帰る。しかしそれと同時に過去と決別する為に故郷へと旅しているのかも知れない。










