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DOG ON THE BEACH
荷物のダイエット
- 2007-08-26 Sunday
- Category - Days
- Tag - diary / philosophy
暫く前から、既にこの部屋にはCDや本を収納するスペースが無くなっている事に気付いてはいたのだけれど、床に直置きするなどして誤魔化してきた。しかしもう限界である。いやまあ、床に隙間は在るのだけれど、そうすると掃除が出来なくなる。今は未だ一部分にしか置いていないので、掃除する際にはそれを移動させて掃いたり拭いたりしているのだが、床の大部分に物が置かれてしまうと、もう移動させるスペースすら無くなってしまうのだ。
とまあ、そんな感じで、そろそろCDや本を手放すか貸し倉庫などに放り込むかしなければならない。
僕は、何か気に入ったものを見つけると、その前後のものも含めて取り敢えず揃えてしまう性分である。但し、それを後生大事に保管し続けていく事には興味が持てない。つまり、独占欲は在るが維持能力に欠けるのである。
そういう自分の性格を思えば、倉庫を借りてそこに保管する事は有り得ない。そうすると手放すしかないのだが、その選定が難しいのだ。数年前にも同じような状況に陥った事があり、その時は本は1/3か1/4くらいは捨てる事が出来たのだけれど、CDは4・5枚しか捨てる事が出来なかった。捨てようと思ってCDを手にとって眺めてしまうと「またいつか聴きたくなるかも知れない。」と考えてしまい、捨てる事が出来なくなってしまうのだ。そうして、たいして数を減らす事が出来ないまま今日まで来た。この意地汚さは執着心なのだろうか。
この状況を打破するには新たな判断基準が必要である。例えば「今現在の自分に必要なもの以外は全て捨てる。」感じの。先日、ロバート・ハリスの「ワイルド・アット・ハート」を読んでいたら、後書きに氏の住むマンションをリフォームする際に、持っていた膨大な音源を気に入りの30枚に絞ったと書いてあった。そんな選定はとても無理だ。結婚するとか子供が生まれるとか、そんな現在の生活がひっくり返るような契機があれば出来るのかも知れないが。
とまあ、そんな感じで、そろそろCDや本を手放すか貸し倉庫などに放り込むかしなければならない。
僕は、何か気に入ったものを見つけると、その前後のものも含めて取り敢えず揃えてしまう性分である。但し、それを後生大事に保管し続けていく事には興味が持てない。つまり、独占欲は在るが維持能力に欠けるのである。
そういう自分の性格を思えば、倉庫を借りてそこに保管する事は有り得ない。そうすると手放すしかないのだが、その選定が難しいのだ。数年前にも同じような状況に陥った事があり、その時は本は1/3か1/4くらいは捨てる事が出来たのだけれど、CDは4・5枚しか捨てる事が出来なかった。捨てようと思ってCDを手にとって眺めてしまうと「またいつか聴きたくなるかも知れない。」と考えてしまい、捨てる事が出来なくなってしまうのだ。そうして、たいして数を減らす事が出来ないまま今日まで来た。この意地汚さは執着心なのだろうか。
この状況を打破するには新たな判断基準が必要である。例えば「今現在の自分に必要なもの以外は全て捨てる。」感じの。先日、ロバート・ハリスの「ワイルド・アット・ハート」を読んでいたら、後書きに氏の住むマンションをリフォームする際に、持っていた膨大な音源を気に入りの30枚に絞ったと書いてあった。そんな選定はとても無理だ。結婚するとか子供が生まれるとか、そんな現在の生活がひっくり返るような契機があれば出来るのかも知れないが。
空蝉
今朝の事。駅へと向かう往来はいつもより少し静かで、雲ひとつ無い薄い青空は昨日よりも高く感じられ、傍らを走る電車の車輪が軋む音も何処か空々しく、路地を吹き抜ける風がこの季節には適さぬほどに乾いていた。何かが終わってしまうような、それでいて何かが始まってしまうような、そんな匂いがしていた。
とは言え、数時間も経てば、僕は日常に流され、埋没し、朝に感じた自身の生活に対するよそよそしさの事など忘れてしまっていて、ひたすらに汗をかき喋っていた。何かを終えるにしても始めるにしてもうってつけの日に、僕はただ生活していた。
そしてこうやって、夜になり再び独りになって思うのは、置き所の無い己の心を一体何に乗せれば良いのか。乗せるのでなければどう踏み外せば良いのか。微かな酔いの波に揺られながらずっと考え続けている。
とは言え、数時間も経てば、僕は日常に流され、埋没し、朝に感じた自身の生活に対するよそよそしさの事など忘れてしまっていて、ひたすらに汗をかき喋っていた。何かを終えるにしても始めるにしてもうってつけの日に、僕はただ生活していた。
そしてこうやって、夜になり再び独りになって思うのは、置き所の無い己の心を一体何に乗せれば良いのか。乗せるのでなければどう踏み外せば良いのか。微かな酔いの波に揺られながらずっと考え続けている。
アカバナー
先々週の或る夜、我が家の出窓において、パッと見は気付かないがその実非常に不可思議な変化に気付いた。その出窓にはベンジャミンとハイビスカスとブーゲンビリアの鉢植えを置いているのだが、別にそれらの花が咲いていた訳ではない。出窓のカウンターの部分、ハイビスカスの周りがうっすらと濡れているように見えるので指で触れてみたら、何かネバネバしているのである。ハイビスカスの葉に触れると、そこもネバネバしていた。困惑した僕は腕組みをしながら唸っていたのだが、何も思い当たらない。匂いを嗅いでみても無臭だし、そのネバネバが一体何なのか判らない。しかし不気味だ。
色々と考えてみた。疑わしい事がひとつ。アイロン用のニューキーピングのスプレーを自分で吹き付けたのだかも知れない。僕は夢遊病のような習癖はないのだけれど、昔に一度だけある。或る朝目覚めたら枕元に机の一番上の引き出しの中身が丁寧に並べられていた事があったのだ。そして後から自分が引き出しを開けて中に入っていた物を取りだし、並べている事をうっすらと思い出してしまって我ながら怖くなり、その事については出来るだけ思い出さないようにしていたのだ。
しかしだ。ニューキーピングは糊の匂いがするので、違うだろう。じゃあ何か。全然判らない。かと言ってこのまま放っておくのも気味が悪いので、とうとう先週末に恐る恐るネバネバを拭き取った。
そして今週。月曜の朝見てみたら、拭き取ったはずのネバネバがまたまた散布している。どういう事だろうか。葉に触れればねっとりとしている。もしかしたらハイビスカス自体がネバネバを散布しているのだろうか。調べてみるとこんな記事を見つけた。
色々と考えてみた。疑わしい事がひとつ。アイロン用のニューキーピングのスプレーを自分で吹き付けたのだかも知れない。僕は夢遊病のような習癖はないのだけれど、昔に一度だけある。或る朝目覚めたら枕元に机の一番上の引き出しの中身が丁寧に並べられていた事があったのだ。そして後から自分が引き出しを開けて中に入っていた物を取りだし、並べている事をうっすらと思い出してしまって我ながら怖くなり、その事については出来るだけ思い出さないようにしていたのだ。
しかしだ。ニューキーピングは糊の匂いがするので、違うだろう。じゃあ何か。全然判らない。かと言ってこのまま放っておくのも気味が悪いので、とうとう先週末に恐る恐るネバネバを拭き取った。
そして今週。月曜の朝見てみたら、拭き取ったはずのネバネバがまたまた散布している。どういう事だろうか。葉に触れればねっとりとしている。もしかしたらハイビスカス自体がネバネバを散布しているのだろうか。調べてみるとこんな記事を見つけた。
その昔、沖縄のおばあさんは、とても黒髪を大切にしていて、黒髪を守るためにアカバナーの粘液と良質粘土で洗髪していました。粘土の吸着効果で汚れを落とし、ハイビスカスの優れた保湿力でツヤのあるしっとりとした髪が得られました。
ハワイではハイビスカスの粘液と良質粘土で洗髪する風習があり、優れた保湿力でツヤのあるしっとりした髪を維持していました。また、またこのハイビスカスの粘液を顔に塗り、肌の乾燥を防ぎ、張りとツヤを与え、皮膚を保護しています。ハイビスカスって粘液を出すんだ・・・。我が家にハイビスカスの鉢植えを置いて長いけど、そんなの今まで見た事がないのだけどなあ。今此処で話題にしているネバネバがその粘液であるかどうかは判らない。樹液というと幹に切り込みを入れると其処から滴ってくるものだが、今回の場合は散布しているからなあ。粘液が散布されるって聞いた事ないよなあ。
ゴーヤーチャンプルー
LSTY 氏が料理する際の機微についてあれやこれや書いているので、僕も真似て書いてみる。とは言え、ここ半年、いや一年以上まともに料理する事のなかった僕が、先日本当に久しぶりにゴーヤーチャンプルーを作ったので、その事について箇条書きしておこうと思う。
沖縄に赴いて彼方此方の店でこの料理を食べたが、本当に店に拠って全部違う。基本的な調理法は同じだが、使っている材料から違うので食べた印象もまちまちなのだ。何かを目指そうとする場合、対象が明確でないのは困るので、取り敢えず一つの店に決める事にする。勿論参考にするのであれば、ちょくちょく味わう事の出来る近場の店だ。結局のところ、僕は新宿に在る「やんばる」という居酒屋の店の味を目指した。以下はそのメモ。
沖縄に赴いて彼方此方の店でこの料理を食べたが、本当に店に拠って全部違う。基本的な調理法は同じだが、使っている材料から違うので食べた印象もまちまちなのだ。何かを目指そうとする場合、対象が明確でないのは困るので、取り敢えず一つの店に決める事にする。勿論参考にするのであれば、ちょくちょく味わう事の出来る近場の店だ。結局のところ、僕は新宿に在る「やんばる」という居酒屋の店の味を目指した。以下はそのメモ。
- 値段が一本200円を超える時は買わない。恐らく安い時のゴーヤーの方が旨い。
- 濃い色のゴーヤーは苦みが強い。
- 苦みを避けるのなら薄切りにする。また逆に苦みが欲しければ厚切りにする。
- ゴーヤーの中身の綿は丁寧に取り除く。
- 基本的に塩揉みするが、塩の量と放置する時間を短めににしないと塩っ辛くて不味くなる。
- 使用する油は基本的にサラダ油。出来るだけ軽いものを選ぶ。
- 出汁は「かつお」。「こんぶ」でも「いりこ」でも「あご」でもない。
- 東京で「島豆腐」はなかなか手に入らないので「木綿豆腐」で代用する。
- ただし、その場合は十分に水を切る。
- スパムミートはカットした後に水に浸け、油分を抜く。
- 卵は恐らく二個使った方が良い。
盛り蕎麦とざる蕎麦
十数年前に上京して以来、関東の食べ物に親しんでいる。がしかし、どうにも納得出来ない事がままある。西日本で生まれ育った人間にとって蕎麦・饂飩(うどん)のつゆが醤油でやたらと黒いというのがその代表的なものであったりするのだが、今回はそれではなく「盛り蕎麦」と「ざる蕎麦」との価格差である。
実は、僕が未だ福岡に住んでいる頃には「年越し蕎麦」以外に蕎麦を食べる習慣がなかった。とすると当然蕎麦を外食する事もなかったので「盛り蕎麦・ざる蕎麦」の類は食べた事がなかった。つまり上京して始めて蕎麦をつゆに浸けて食べるという事を経験したのだが、それが一体どのタイミングで口にしたのかは覚えていない。素麺を食べるのと違いはないので抵抗があった訳ではない。それでも習慣とは恐ろしいもので、恐らく上京後数年経ってからようやく口にしたのではないかと思う。
話が逸れた。今では、この季節から秋口までは蕎麦を食べる事を毎年楽しみにしている僕であるが、やはり「盛り蕎麦」と「ざる蕎麦」の価格差が腑に落ちない。どう見ても、一掴みの刻んだ焼き海苔が蕎麦の上に乗っかっているかそうでないかの違いしかない。それでいて50円から店に拠っては100円の価格差が有る。一消費者である僕が考えるに、焼き海苔のトッピングは20円か30円程度にしか思えない。「海苔がなんでそげん高かとか!」何度そう叫びそうになった事か。しかしながら他の客はその事実を普通に受け容れ蕎麦を啜っている光景を目にすると、なかなかそう騒ぎ立てる事も出来ず、かと言って納得は出来ないので店員に訊くのである。「あのう、盛り蕎麦とざる蕎麦ってどう違うんですか?」返ってくる答えは何処で訊いても同じ。「海苔が付いてるか、付いてないかです。」
以来僕は煮え切らぬ腹を抱えたまま、海苔も食べたきゃ「ざる蕎麦」を注文し、そんなの要らんと思えば「盛り蕎麦」を注文していた。外出した際にたまたま立ち寄った蕎麦屋で、答えは分かっている癖に、懲りもせずに同じ質問をした事も一度ではないのだが、やっぱり同じ答えしか返って来ず、この不可解さを一体誰と共有すべきかを考えたりしていたのだ。
しかしである。つい数日前になんとなーく Wikipedia で蕎麦を調べてみたところ、驚くべき事実を知る事になった。以下はその引用。
それはそうとして、この現代に於いて「焼き海苔の有無」と「砂糖と味醂の価格差」であの価格差はやはり納得出来ないように思える。海苔のトッピングやつゆのチョイスはサービスという事でも十分やっていけると思うのだけれど、わざわざメニューまで分け続けているというのは、伝統の形骸化と言えなくもないように思う。
2007.05.28 : コメントを戴き、実は諸説在る事が判った。
実は、僕が未だ福岡に住んでいる頃には「年越し蕎麦」以外に蕎麦を食べる習慣がなかった。とすると当然蕎麦を外食する事もなかったので「盛り蕎麦・ざる蕎麦」の類は食べた事がなかった。つまり上京して始めて蕎麦をつゆに浸けて食べるという事を経験したのだが、それが一体どのタイミングで口にしたのかは覚えていない。素麺を食べるのと違いはないので抵抗があった訳ではない。それでも習慣とは恐ろしいもので、恐らく上京後数年経ってからようやく口にしたのではないかと思う。
話が逸れた。今では、この季節から秋口までは蕎麦を食べる事を毎年楽しみにしている僕であるが、やはり「盛り蕎麦」と「ざる蕎麦」の価格差が腑に落ちない。どう見ても、一掴みの刻んだ焼き海苔が蕎麦の上に乗っかっているかそうでないかの違いしかない。それでいて50円から店に拠っては100円の価格差が有る。一消費者である僕が考えるに、焼き海苔のトッピングは20円か30円程度にしか思えない。「海苔がなんでそげん高かとか!」何度そう叫びそうになった事か。しかしながら他の客はその事実を普通に受け容れ蕎麦を啜っている光景を目にすると、なかなかそう騒ぎ立てる事も出来ず、かと言って納得は出来ないので店員に訊くのである。「あのう、盛り蕎麦とざる蕎麦ってどう違うんですか?」返ってくる答えは何処で訊いても同じ。「海苔が付いてるか、付いてないかです。」
以来僕は煮え切らぬ腹を抱えたまま、海苔も食べたきゃ「ざる蕎麦」を注文し、そんなの要らんと思えば「盛り蕎麦」を注文していた。外出した際にたまたま立ち寄った蕎麦屋で、答えは分かっている癖に、懲りもせずに同じ質問をした事も一度ではないのだが、やっぱり同じ答えしか返って来ず、この不可解さを一体誰と共有すべきかを考えたりしていたのだ。
しかしである。つい数日前になんとなーく Wikipedia で蕎麦を調べてみたところ、驚くべき事実を知る事になった。以下はその引用。
盛り蕎麦とざる蕎麦の違いは、その蕎麦つゆにある。ざる蕎麦は砂糖を用いた蕎麦つゆで、盛り蕎麦は味醂等で味付けした蕎麦つゆで食べる。江戸時代、当時はまだ砂糖は貴重品であり、区別を明確にするために蕎麦を盛る器に違いをつけたり、高級品であった海苔を散らしたとされる。砂糖が誰にでも手に入るようになった現在では、そういう区別をする蕎麦屋は少ないかも知れない。なお、冷たい蕎麦に刻んだ海苔を散らすようになったのは明治以降である。気付かなかった・・・。当時海苔が高級品だったのだろうなくらいは想像していたのだけれど、砂糖と味醂の差であったとは・・・。同じ店で「盛り蕎麦」と「ざる蕎麦」をそれぞれ食べた事はあるが、それは全然別な日にたまたま別なメニューを注文したのであって、同時に二種類注文して食べ比べた訳ではなかったのだ。自分の味覚が鈍磨されているとは思っていないし、砂糖と味醂の味の差は何となくでも判るつもりでいたのだが、これはどうした事か。この事実を確認するにはやはり、誰か付き添って貰って「盛り蕎麦」と「ざる蕎麦」をそれぞれ注文して食べ比べてみるしかないのだろうか。
それはそうとして、この現代に於いて「焼き海苔の有無」と「砂糖と味醂の価格差」であの価格差はやはり納得出来ないように思える。海苔のトッピングやつゆのチョイスはサービスという事でも十分やっていけると思うのだけれど、わざわざメニューまで分け続けているというのは、伝統の形骸化と言えなくもないように思う。
2007.05.28 : コメントを戴き、実は諸説在る事が判った。
田原坂
およそ20年前の、確か夏。僕は福岡から民営化されたばかりのJR九州の列車に乗って、当時好きだった1歳年上の女の子に会う為に熊本へ行った。とこう書くと、当然僕は一人で列車の座席にぽつねんと座っている姿を想像するであろうが、実際には連れが居たのである。しかも女の子。彼女達は仕事場の同僚であり、僕の好きな女の子は社員で、連れの女の子はバイト。店が福岡から撤退し熊本に移ったので「半年ぶりに会いに行こうよ。」という誘いに迂闊に乗ってしまった訳である。
そう。今思えば何と間の抜けた事をしたものだと思う。その二人連れで会いに行けばどう思われるか判りそうなものだが、当時の僕はそれが判らなかったのだ。童貞とは実に愚かな生き物である。いやまあ、そんな事はどうでも・・・良くはないが今回の話には余り関係がない。
好きな女の子の顔を久しぶりに見て、その後熊本新市街で散々遊んだ挙げ句、終電ぎりぎりの福岡行きの列車に乗る。その復路での事。密度の高い肥後の夜を、線路を軋ませながら走る列車はやがて田原坂駅に停車した。無人駅のホームを照らす照明以外は全くの闇で、轟音にも近い虫の声が僕の鼓膜にまとわりついた。そこが西南戦争時の古戦場である事を僕は知っていたと記憶するのだが、歴史に疎い僕がそんな事に興味を持っていたとは思えないので、その場での連れの女の子が教えてくれたのだろうと思う。
圧倒的な闇と虫の声に取り囲まれた無人駅。列車内の明かりの中とホームを照らす明かりの下は、どうにか許された人間のせめてもの居場所である。その光景は今でもたまに思い出す。都市部に住んでいると、人間以外のものに圧倒される事は殆ど無い。その時の状況が僕にとって「快」をもたらしていた訳ではない。連れの女の子の事は別に好きでも何でもなかったので、早く家に帰りたいなあと煩わしく思っていただけだし、一刻も早くその場所を去ってしまいたいとさえ思っていたはずである。しかしながらあの無数の虫の声の塊は、漠然とした恐れと共に僕の頭の中の一角を占めて消えてくれないのである。
そう。今思えば何と間の抜けた事をしたものだと思う。その二人連れで会いに行けばどう思われるか判りそうなものだが、当時の僕はそれが判らなかったのだ。童貞とは実に愚かな生き物である。いやまあ、そんな事はどうでも・・・良くはないが今回の話には余り関係がない。
好きな女の子の顔を久しぶりに見て、その後熊本新市街で散々遊んだ挙げ句、終電ぎりぎりの福岡行きの列車に乗る。その復路での事。密度の高い肥後の夜を、線路を軋ませながら走る列車はやがて田原坂駅に停車した。無人駅のホームを照らす照明以外は全くの闇で、轟音にも近い虫の声が僕の鼓膜にまとわりついた。そこが西南戦争時の古戦場である事を僕は知っていたと記憶するのだが、歴史に疎い僕がそんな事に興味を持っていたとは思えないので、その場での連れの女の子が教えてくれたのだろうと思う。
圧倒的な闇と虫の声に取り囲まれた無人駅。列車内の明かりの中とホームを照らす明かりの下は、どうにか許された人間のせめてもの居場所である。その光景は今でもたまに思い出す。都市部に住んでいると、人間以外のものに圧倒される事は殆ど無い。その時の状況が僕にとって「快」をもたらしていた訳ではない。連れの女の子の事は別に好きでも何でもなかったので、早く家に帰りたいなあと煩わしく思っていただけだし、一刻も早くその場所を去ってしまいたいとさえ思っていたはずである。しかしながらあの無数の虫の声の塊は、漠然とした恐れと共に僕の頭の中の一角を占めて消えてくれないのである。
サイレン
一昨日の夜の事。部屋で寝転がって漫画を読んでいると、近所から男の子の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。どうやら駅の方角から近づいてきているようだ。暫く耳を澄ませていると、男の子の泣き声に混じって母親らしき女性の声と、姉らしき女の子の声が聞こえてくる。声を嗄らし、裏返った声で絶叫する男の子を二人で窘めているようだ。
男の子の叫び声は尋常ではない。夜を切り裂くように絞り出される。母や姉が何か不条理な事を彼にしたのか、それとも彼自身が不条理たりえた結果なのか、それは判らない。理由は何にせよ、彼は彼自身の世界の崩壊を訴えているように思えた。実際のところ、その男の子が何を訴えていようと僕には関係のない事だし、そもそも理解の範疇を越えていると思うので不快ならば耳を塞いでいれば良いだけの話なのだが、響き渡るサイレンは僕にも少なくない影響を与えるのであった。
男の子の叫び声は、100Mばかり先の四つ角辺りで建物に遮られて消えた。夜は再び静けさを取り戻した。
男の子の叫び声は尋常ではない。夜を切り裂くように絞り出される。母や姉が何か不条理な事を彼にしたのか、それとも彼自身が不条理たりえた結果なのか、それは判らない。理由は何にせよ、彼は彼自身の世界の崩壊を訴えているように思えた。実際のところ、その男の子が何を訴えていようと僕には関係のない事だし、そもそも理解の範疇を越えていると思うので不快ならば耳を塞いでいれば良いだけの話なのだが、響き渡るサイレンは僕にも少なくない影響を与えるのであった。
男の子の叫び声は、100Mばかり先の四つ角辺りで建物に遮られて消えた。夜は再び静けさを取り戻した。
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