April 2008
山手線沿線を歩く(新大久保〜新宿)


職安通り近くの廃墟: 新大久保駅から線路沿いに歩いて、職安通りに出る直前にこんな廃墟が在った。一階の屋根から二階部分に至まで枯れた植物で覆われている。蔦ではないし、一体何の植物なのか判らないが春から夏に植物が再生した際には(この写真は真冬に撮ったもの)緑に覆われているのだろう。その植物の重みでいずれ屋根が押し潰されてしまうんじゃないかな。
近所に住んでいるのだろう子供達が塀の中を覗き込んでいた。ついでに僕も覗き込んでみた。よく見えない。誰も住んではいないだろうけれど、誰も中に居ないとは限らない。そう考えると結構怖い。

大ガード越しに望む西新宿のビル群: 写真の出来はかなり悪いのだが、僕はこの風景が好きである。たぶん新宿の中では一番好きだ。しかし太陽を背にしている事が多いのでまともな写真が撮れた試しがない。なのでいつもぼうっと眺めている。この風景の何が好きかって、節操の無さ加減が。この風景に限らず新宿は何処も節操の無い印象を受ける。そしてそれがとてもアジア的である。

歌舞伎町・ガード下・やきとり横町・新宿駅: 新宿という街は、人々が何らかの欲求を満たす為に訪れる場所であり、其処で働く人々はそれらの欲求の受け皿を用意し、対象物を提供する。この場所は街という概念から離れ、もはや巨大な装置である。そしてその装置内の各部位は、人々の欲求の変移に目敏く反応し、自らを流動的に造り替える。だからこの街に対する興味は果てしがない。
山手線沿線を歩く(目白〜高田馬場〜新大久保)


目白駅から高田馬場駅: 左の写真は普通のマンションの駐車場横に設置された設備器機。笠木や窓枠をきれいにマスキングして描いてあるので、恐らく許可の上でのグラフィティであるのだろう。しかし何故許可されたのだろうか。マンション自体は何の変哲もないデザインだし、脈絡もなくこういうのが出現するので少々戸惑う。
そして右の写真は、線路下の壁に描かれたグラフィティの出来損ない。というか、元はシンプルで可愛いニコニコマークだったのが、数々の悪意に晒されたが為にこのような姿に変わり果ててしまった模様。グラフィティはグラフィティ。悪戯描きは悪戯描き。全く別な種類の意志に拠って描かれる。
高田馬場駅: 主な改札口は別に在る。しかしやはり僕はこういうガード下に潜っている改札口の方が好きだ。線路脇に駅舎を建造する費用を省いたのか、それとも機能的に簡略化したかったのか実情は知らないのだけれど、成り行きと、その機能一点張りの思想で造られた構造体を目の前にすると、何だかワクワクするのである。そしてこういう改札口はどことなくひっそり感が漂う位置に設けられている事が多いので、そこがまた良いのだ。
高田馬場駅から新大久保駅: 左の写真は駅近くの手摺りの主柱に貼ってあったシール。一体何の意味を持つシールなのかさっぱり判らないのだが、陽射しや雨に晒され続けて絵柄の明るさまでをも退色していて何だか切ない。
右の写真は線路沿いに在る公園のベンチから撮ったもの。5・6人の少年達がサッカーの練習をしているだけで、その他に人影はなかった。東京中に散らばる小さな公園はおしなべて寂しい。陽も傾き始め、少し寒くなってきた事も相まってその侘びしさは一入である。
新大久保駅: この改札口前はいつ来てもごった返している。この駅に用事がある事はまず無いのでこれまで三回くらいしかこの駅で降りた事がない。その内二回は、知人から古いサックスを借りたが壊れていたのでその修理に。練習する場所ばなくて結局返してしまったけど。後の一回は別な知人とただぶらぶらしに。デニーズで珈琲を飲もうと店に入ったら、日本語を喋っているのは自分たちだけだった。そう言えばその時に280円のラーメンを食べた記憶がある。この区域は結構込み入っているので期待していたのだけれど、これは、と思う風景は少なかったなあ。










