DOG ON THE BEACH
軍服
- 2011-12-06 Tuesday
- Category - People
- Tag - politics / sociology / psychology
一昨日の夜「坂の上の雲」を観ながらつらつらと考えていた。軍服というものは機能が最優先であるはずなのに、昔のそれはどうしてああも美しく作られているのだろう。装飾も華美だ。昨夜初めてそう思った訳ではなく、以前からそれは感じていた。
そして思い付いたのは、あの美しさはプロパガンダなのではないかという事。戦地へ赴く者が美しい装束を身に纏っていれば、それを観る者は彼ら(とそれを取り巻く状況)を良きものとして認識してしまうのではないだろうか。それは、美しい俳優を使って、優秀な撮影技術に拠って撮られた映像のように、人々を戦禍へと導くのではないだろうか。
そして思い付いたのは、あの美しさはプロパガンダなのではないかという事。戦地へ赴く者が美しい装束を身に纏っていれば、それを観る者は彼ら(とそれを取り巻く状況)を良きものとして認識してしまうのではないだろうか。それは、美しい俳優を使って、優秀な撮影技術に拠って撮られた映像のように、人々を戦禍へと導くのではないだろうか。
雑記
ここ数ヶ月で改めて感じたのは、人は、僕が想像するよりもずっと自分の欲求に忠実で、その場の感情に従って発言したり行動したりする。それはもう驚くほどに。そんなにあからさまに行動して大丈夫なのだろうか。冷静に物事を判断するとか、そういう事は考えないのだろうか。と心配をしてみるものの、意外や世間は大した問題も起きずに進んでいく。
さすがにこの歳だから、人のそういう部分を知らなかった訳でもないのに、この驚きと新鮮さは何だろうか。これまで、そういう場面に遭遇する事が少なかったのかも知れない。考えてみれば、僕は他人のそういう部分を何となく避けて生きて来たような気がする。何故避けるのかと言えば、それは面倒で疲れるからである。自分のものだけでも面倒なのに、他人のそれを受け止めるなんて至難の業だ。
しかしこの頃では、波風の立たない人生などあり得ないのではないかと思い始めている。これまではどうにか穏やかに暮らせていたのかも知れないが、今後はそうもいかないのではないか。もしかすると波風あってこその人生なのではないか。そんな風に感じている。でもそれは単に、退屈しているだからなのかも知れない。よく判らない。
そしてその昔、僕は波風立てて人に迷惑をかける側の人間だった事を思い出した。
さすがにこの歳だから、人のそういう部分を知らなかった訳でもないのに、この驚きと新鮮さは何だろうか。これまで、そういう場面に遭遇する事が少なかったのかも知れない。考えてみれば、僕は他人のそういう部分を何となく避けて生きて来たような気がする。何故避けるのかと言えば、それは面倒で疲れるからである。自分のものだけでも面倒なのに、他人のそれを受け止めるなんて至難の業だ。
しかしこの頃では、波風の立たない人生などあり得ないのではないかと思い始めている。これまではどうにか穏やかに暮らせていたのかも知れないが、今後はそうもいかないのではないか。もしかすると波風あってこその人生なのではないか。そんな風に感じている。でもそれは単に、退屈しているだからなのかも知れない。よく判らない。
そしてその昔、僕は波風立てて人に迷惑をかける側の人間だった事を思い出した。
- 最終更新日時 : 2011-12-05 00:01:24
中野駅で見かけた女
8月くらいに、JR中央線に乗って吉祥寺から新宿へと向かっている途中、中野駅で停車した電車の窓から見覚えのある女を見かけた。線路脇の敷地を区切る擁壁の向こう側は緩やかな坂道で、その坂の途中で女は幼子を抱きかかえて立っていた。大きな布にくるんだ幼子の顔を覗き込み、あやすかのように顔をしかめてみたり、笑ったりしていた。僕はそれと気づいてからは、まじまじとその女の顔を見ていた。確かに見覚えはあるのだが、それが誰なのか全く思い出せなかった。
少しすると、3歳くらいの男の子を連れた男が何処からか現れ、女に近づいて何やら話し始めた。恐らく、というか確実に夫なのだろう。同世代のように見えた。二人ともごく近所のコンビニにでも行くかのような気安い服装をしていて、買い物を済ませる為に駅の側まで歩いてきたという感じだった。
間もなく電車は動き出してしまったので、僕が見たのはたったそれだけの光景だったのだが、もしかしたら僕が知ってるかも知れない人の、僕が全く知らない部分を偶然にも覗いてしまったという経験が、何やら行き場の無い、もやもやした感覚だけを僕に残す事となった。彼女は、かつて僕が電車でよく隣り合わせていたのかも知れないし、仕事で一時期同じ場所に居たのかも知れない。今をもって思い出せないところをみると、たぶんそんな感じですれ違っただけの人なのだろう。
それでも、そんな彼女の姿を見て、僅かながらも嬉しく思う気持ちが沸いたのは一体どういう訳があるのか。関係を訪ねられればそれはもう全く関係なく、知っているかも知れないという恐ろしく曖昧な記憶しか存在しないのに。
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と、此処まで書いて思い出した。似たような話をDVDで観た事がある。「週刊真木よう子」という番組の第4話、しかも話が出来すぎているがその回のタイトルは「中野の友人」である。内容を説明するのが面倒なので Wikipedia から引用すると。
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そっくりである。エントリを此処まで書いて思い出すとは不覚。しかしせっかくなので載せておく。
少しすると、3歳くらいの男の子を連れた男が何処からか現れ、女に近づいて何やら話し始めた。恐らく、というか確実に夫なのだろう。同世代のように見えた。二人ともごく近所のコンビニにでも行くかのような気安い服装をしていて、買い物を済ませる為に駅の側まで歩いてきたという感じだった。
間もなく電車は動き出してしまったので、僕が見たのはたったそれだけの光景だったのだが、もしかしたら僕が知ってるかも知れない人の、僕が全く知らない部分を偶然にも覗いてしまったという経験が、何やら行き場の無い、もやもやした感覚だけを僕に残す事となった。彼女は、かつて僕が電車でよく隣り合わせていたのかも知れないし、仕事で一時期同じ場所に居たのかも知れない。今をもって思い出せないところをみると、たぶんそんな感じですれ違っただけの人なのだろう。
それでも、そんな彼女の姿を見て、僅かながらも嬉しく思う気持ちが沸いたのは一体どういう訳があるのか。関係を訪ねられればそれはもう全く関係なく、知っているかも知れないという恐ろしく曖昧な記憶しか存在しないのに。
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と、此処まで書いて思い出した。似たような話をDVDで観た事がある。「週刊真木よう子」という番組の第4話、しかも話が出来すぎているがその回のタイトルは「中野の友人」である。内容を説明するのが面倒なので Wikipedia から引用すると。
2度目の公務員試験に落ち、再びバイト生活に戻った岡田。バイト先ではつり銭泥棒に決め付けられ、役立たず扱いされる日々。そんな岡田は毎日バイト後に中野にあるゲームセンターのピンボールゲームでハイスコアを出すことに熱中していた。人気のないこのゲームだが、ある日一人の女がハイスコアを更新する。一方的にライバル心を燃やす岡田は、この女の忘れ物を拾い、親近感を覚えていく。こんな感じで進んでいく話だが、女はある日姿を消してしまう。そしてラストの場面で、その女がそれまでの姿からは想像し難い姿で主人公の前に現れ、そしてすれ違う。
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そっくりである。エントリを此処まで書いて思い出すとは不覚。しかしせっかくなので載せておく。
- 最終更新日時 : 2011-10-29 22:00:49
中央線沿線を歩く(西荻窪〜吉祥寺)



駅を通り過ぎて左側の商店街というか呑み屋街を抜ける。抜けるといきなり裏通り。


なだらかな下り坂の後に上り坂。延々と高架上線路の脇を歩く。

「生産緑地地区」なる立て札が掲げられているエリアが在った。


微妙に古い造りの建物が在ったりする。

敷地境界を物ともしない植物ども。

武蔵野市との境界。

シャッター降りてるけど、店舗面積広くて良さそうなパン屋。


少し線路から離れる。木々が増え、閑静な雰囲気になってくる。吉祥寺女子高校とか。高校生のカップルが校門の近くで逢瀬を楽しんでいた。人家も多く、二階の窓からピアノの練習する音が聞こえてきたりする。


道筋ではなかったけど、取りあえず鉄塔は撮る。昼間でも灯りの点く高架下の街灯。

夜を待つ屋台車。

十二分に整備された住宅地。


この建物は何だっけな。個人的にはやり過ぎだと思う。再び線路に近づき、高架下のスーパーを眺める。

その脇でうなだれる向日葵。


線路を挟んで右を歩いたり左を歩いたり。

そろそろ吉祥寺の街だ。

到着。この日まで、この街を訪れたのは三回くらいしかなかったんだけど、これを書いてる今ではしょっちゅう来てる気がする、というか実際来てる。なので感慨深さなど微塵もない。
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はてさて、中断時期も挟んで長々と続けた中央線沿線の旅は、取りあえずこれで終わり。偏見混じりだけど、これ以上は物質的に密度が薄くなりそうだし、先々の事を考えると止めるタイミングが掴み難いし、自宅から離れ過ぎてるし、色々とキリが無い。個人的にも整理する時期であるようなので、ここまで。
この散歩は2011年7月31日に歩いたものです。
- 最終更新日時 : 2011-10-17 22:13:00
中央線沿線を歩く(荻窪〜西荻窪)



線路沿いの歩道が続く。足を踏み入れてはいないが商店街の入り口のアーチ。

測量設計会社の古いビル。昭和の香りが色濃い。

これは何だっけな。骨董品屋かな。


右側の塀に囲まれた敷地、地図にも載ってないからよく判らないのだけれど、JRの敷地なのかな。


そのまま進んでもつまらなさそうなので、実は後戻りして線路の右側に出た。荻寺光明院の入り口。中に入れるようなので門を潜るとたくさんの地蔵像が。


境内と線路の間は近隣の人々の通行路になっているようだ。何人かとすれ違った。石像や小ぶりの石塔の半ばうち捨てられた感じが侘びしい。


境内を抜けて一般道に出る。そして紆余曲折していると、殺伐としていたり閑静だったり、色々な表情がある。

再び線路を越える。この辺りから樹木が巨大化してくる。


と思っていたら、駅が近いのだろう、人家ではなくビルが増えてきた。


西荻窪駅に到着。
この散歩は2011年7月31日に歩いたものです。
- 最終更新日時 : 2011-10-17 01:08:04
中央線沿線を歩く(阿佐ヶ谷〜荻窪)後編




今度は北へ進んで線路を越える。こちら側も大凡は住宅地で、良い感じに草臥れた人家が在ったり、ギンガムチェックの前掛けをした地蔵像が在ったり、不思議な体色をした象が居る公園が在ったりした。

線路に近づいて行く道。並んだ自販機の横にビール箱が重ねてあるのが良い風情。



一度近づいた道は再び線路から離れていく。線路から離れないように意識しつつ歩いていると、何だかクネクネしてしまって、気がつけば都道四号線に辿り着いた。


複雑なクランクを回り、都道を渡る。


今度は都道の裏道的な道を歩いた。すると左方に面白そうな建物が見えたので、軌道から逸れてそちらへ進んでみると、どうやらレトロなデザインを売りにしたホテル、というか旅館のようだ。


元の道に戻り、線路沿いの道を歩き、ようやく荻窪駅の到着。
この散歩は2010年8月14日に歩いたものです。
- 最終更新日時 : 2011-10-13 22:19:53
中央線沿線を歩く(阿佐ヶ谷〜荻窪)前編



駅を通り過ぎると、何となしに商店街が始まる。


T字路に突き当たったので、セオリー通りに線路側へ進もうかと迷ったが、右側の方が面白そうな雰囲気が在るので少しだけ進んでみる事にした。ら、一風変わった外観の建物が出現。後から調べると、これはザムザ阿佐ヶ谷という劇場であるらしい。何となく納得。


元の道へ戻って線路を越える(正確には線路の下を潜った)。少しすると再び緩やかな商店街が始まる。同じ「スターロード」という看板が在るので、一続きの商店街という解釈なのだろう。右の写真は、喫茶店のように見える店に貼ってあった。何故なのかは判らないけど、劇場も在る事からすると演劇好きな人が多く集まるのかも知れない。


更に続く緩くスターロード。垣根を覆い尽くすが如くモッサリと繁る雑草。


ま、まだまだ続くスターロード。ひっそりとしたオープンカフェ。一応ここでスターロードは終わりのようだ。


線路方向へと向かう。高架下には線路に沿って通路が設けられている。

線路を越えたところに在る人家。樹木が良い感じに威張っている。

のんびりとした道が続く。


住宅地に入った様子。えーと、稲荷神社だったかなこれ・・・。

古めの人家とマンションの間のを通り抜けると、何やら校門のような建物が見える。

果たして文化女子大付属の中・高等学校だった。
この散歩は2010年8月14日に歩いたものです。
- 最終更新日時 : 2011-10-13 22:16:26






