DOG ON THE BEACH
花見、酩酊、そして記憶喪失。
先の日曜日の谷中墓地での花見。そういうのは本当に久しぶりで、若干の寒さはあったものの、昼から夕方まで十分に楽しんだ。参加者も一人を除いては初対面の方々ばかりであったが、そこはほれ、酒が入るので割と問題無く過ごせる。酒を呑み、旨い物を食べ、喋り、桜を愛でる。シンプルで静かな娯楽である。しかしこのエントリではその事を書きたいのではない。その後僕は奇異な体験をする事になり、その事を書きたいのだ。
★
会場の撤去を終え、日暮里駅で参加者の方々とお別れした後に、同じく参加していた友人と「せっかくだから軽く呑んで行こう」(ついこの前も呑んだけど)という話になり、「気軽にそして適当に」がモットーの我々は華の舞に腰を据える。陽が落ちてから少し寒い目に遭っていたものだから熱燗を注文する。それと、腹は膨れていたので摘む程度の料理を。それから何を話したのだろうか。朧気に、最近気に入ってるブログサイトの話だとかをしたような気がする。そしてどういう訳か Perfume の話になり、「一番好きな曲は?」と尋ねられ「シークレット シークレットかな」と応じれば「オレはエレクトロ・ワールード」との返答。それを聞いた途端「しまった」と思った。考えるまでもなく自分もそうだった事を思い出したのだ。そしてやおらその曲の良さを語り始める僕。一体何をそんなに頑張らねばならないのか自分でも解らないが、一生懸命喋った気がする。
そしてその時点からの記憶が無い。これが今回のメインの話だ。
一体どの時点で切り上げ、支払いを済ませ、友人と別れ、電車に乗って自宅へ辿り着いたのかほぼ覚えていない。翌日友人に尋ねれば「ふらついてはいたけど、ちゃんと割り勘で支払って、高架上の改札で別れた」という事であった。全く記憶にないが、飲み代を踏み倒したり、吐瀉物をかけたりして迷惑をかけてはいないようなので安心した。僕はこれまで前後不覚になるまで泥酔した事は何度かあれども、記憶を無くした事は殆どない。だから今回そうなってみて思うのは、記憶を無くすと本当に不安になる。自分で自分を把握出来ていないというのは恐ろしい事である。
その後再び記憶を取り戻すのは、自宅に戻った時点からである。ただ、途中うっすらとしたフラッシュバックのように思い出せる事もある。僕は地元の駅の改札を抜けた辺りを千鳥足で歩いていた。「シュコー、シュコー」とダースベイダーの真似をしながら。泥酔しながらも余裕があったのだろうか。
そしてまた記憶は途切れ、今度は浴室でコンタクトレンズを外している自分の姿。なかなか外れなくて結局諦めた。シャワー浴びるのも面倒に思えて、少し横になろうとベッドに横たわった。
そしてブラックアウト。目を覚ましたのは朝の5時だ。
部屋中の、夜用の照明が全て灯され、暖房が効いた中、僕はジーンズとジャケットを脱いだ状態でブランケットにくるまって寝ていた。不思議な目覚めであった。何せその状況に覚えがないのである。自分が横になった事しか覚えていない。取りあえず歯を磨こうと浴室に入り、そう言えばコンタクトを外さねばと思い瞼をこじ開けると、眼球に張り付いているはずのレンズがない。そしてレンズケースを見ればそこにはレンズがきちんと収納されていた。レンズは外せなかったはずである。しかし現実には収納さされている。
僕は混乱した頭を抱えつつシャワーを浴びた。少しだけすっきりした頭で改めて部屋を見廻す。まず玄関の扉が施錠されていない。不用心極まりないが、部屋に入った記憶がないからそんなもんだろうなと思った。そして作業場(個人的な認識)に入れば、アーム・ライトが灯され、パワーブックが立ち上げられており、そしてあろう事か誰かがこの部屋で煙草を吸ってる!って僕以外に居る訳ないのだが、煙草は花見の途中で切れたはずである。横を見遣るとハイライトのカートンボックスの封が切られていた。覚えはないがどうやら何処かで買って来たようである。恐らくいつものファミマだろうけど、何しろ記憶が一切無いので、その場で何をしでかしたか判ったものではない。次に行った際に何も言われない事を祈ろう。
★
明け方の弱い朝日が差し込む部屋は他人の部屋に見えた。旅行などで数日部屋を空けると時折こんな感覚に陥るが、この違和感はこれまでの人生で最強だ。レコーディング機能を停止した僕が一体どのような心持ちで過ごしていたのか。まるで他人を思うように想像する。いつものように少しだけ出窓を開け、椅子に座り煙草をふかす僕。一体何を思っていたのだろうか。それとも何も考えていなかったのか。その後ろ姿は、間が抜けているようにも思えるし、儚いようにも思える。記憶を無くしている間の僕は、それはもう僕ではなく他人だ。そんな人間を思う機会を得る事が出来て、割と楽しい。酒に呑まれて前後不覚になるというみっともない事極まりない夜ではあったが、自分が自分に対して他人を目を持つ事が出来るというのは、なかなか得難い、良い経験であったように思う。
とは言え、やはり怖いので余りやりたくはない。
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会場の撤去を終え、日暮里駅で参加者の方々とお別れした後に、同じく参加していた友人と「せっかくだから軽く呑んで行こう」(ついこの前も呑んだけど)という話になり、「気軽にそして適当に」がモットーの我々は華の舞に腰を据える。陽が落ちてから少し寒い目に遭っていたものだから熱燗を注文する。それと、腹は膨れていたので摘む程度の料理を。それから何を話したのだろうか。朧気に、最近気に入ってるブログサイトの話だとかをしたような気がする。そしてどういう訳か Perfume の話になり、「一番好きな曲は?」と尋ねられ「シークレット シークレットかな」と応じれば「オレはエレクトロ・ワールード」との返答。それを聞いた途端「しまった」と思った。考えるまでもなく自分もそうだった事を思い出したのだ。そしてやおらその曲の良さを語り始める僕。一体何をそんなに頑張らねばならないのか自分でも解らないが、一生懸命喋った気がする。
そしてその時点からの記憶が無い。これが今回のメインの話だ。
一体どの時点で切り上げ、支払いを済ませ、友人と別れ、電車に乗って自宅へ辿り着いたのかほぼ覚えていない。翌日友人に尋ねれば「ふらついてはいたけど、ちゃんと割り勘で支払って、高架上の改札で別れた」という事であった。全く記憶にないが、飲み代を踏み倒したり、吐瀉物をかけたりして迷惑をかけてはいないようなので安心した。僕はこれまで前後不覚になるまで泥酔した事は何度かあれども、記憶を無くした事は殆どない。だから今回そうなってみて思うのは、記憶を無くすと本当に不安になる。自分で自分を把握出来ていないというのは恐ろしい事である。
その後再び記憶を取り戻すのは、自宅に戻った時点からである。ただ、途中うっすらとしたフラッシュバックのように思い出せる事もある。僕は地元の駅の改札を抜けた辺りを千鳥足で歩いていた。「シュコー、シュコー」とダースベイダーの真似をしながら。泥酔しながらも余裕があったのだろうか。
そしてまた記憶は途切れ、今度は浴室でコンタクトレンズを外している自分の姿。なかなか外れなくて結局諦めた。シャワー浴びるのも面倒に思えて、少し横になろうとベッドに横たわった。
そしてブラックアウト。目を覚ましたのは朝の5時だ。
部屋中の、夜用の照明が全て灯され、暖房が効いた中、僕はジーンズとジャケットを脱いだ状態でブランケットにくるまって寝ていた。不思議な目覚めであった。何せその状況に覚えがないのである。自分が横になった事しか覚えていない。取りあえず歯を磨こうと浴室に入り、そう言えばコンタクトを外さねばと思い瞼をこじ開けると、眼球に張り付いているはずのレンズがない。そしてレンズケースを見ればそこにはレンズがきちんと収納されていた。レンズは外せなかったはずである。しかし現実には収納さされている。
僕は混乱した頭を抱えつつシャワーを浴びた。少しだけすっきりした頭で改めて部屋を見廻す。まず玄関の扉が施錠されていない。不用心極まりないが、部屋に入った記憶がないからそんなもんだろうなと思った。そして作業場(個人的な認識)に入れば、アーム・ライトが灯され、パワーブックが立ち上げられており、そしてあろう事か誰かがこの部屋で煙草を吸ってる!って僕以外に居る訳ないのだが、煙草は花見の途中で切れたはずである。横を見遣るとハイライトのカートンボックスの封が切られていた。覚えはないがどうやら何処かで買って来たようである。恐らくいつものファミマだろうけど、何しろ記憶が一切無いので、その場で何をしでかしたか判ったものではない。次に行った際に何も言われない事を祈ろう。
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明け方の弱い朝日が差し込む部屋は他人の部屋に見えた。旅行などで数日部屋を空けると時折こんな感覚に陥るが、この違和感はこれまでの人生で最強だ。レコーディング機能を停止した僕が一体どのような心持ちで過ごしていたのか。まるで他人を思うように想像する。いつものように少しだけ出窓を開け、椅子に座り煙草をふかす僕。一体何を思っていたのだろうか。それとも何も考えていなかったのか。その後ろ姿は、間が抜けているようにも思えるし、儚いようにも思える。記憶を無くしている間の僕は、それはもう僕ではなく他人だ。そんな人間を思う機会を得る事が出来て、割と楽しい。酒に呑まれて前後不覚になるというみっともない事極まりない夜ではあったが、自分が自分に対して他人を目を持つ事が出来るというのは、なかなか得難い、良い経験であったように思う。
とは言え、やはり怖いので余りやりたくはない。
傍らの花
遠くから見れば、あらゆるものは美しく見える。という様な事を書いたのは村上春樹だったか。おぞましいものも、醜いものも、悲惨なものも、遠く離れた場所に立ち眺めてみれば、美しく見えるのだろうか。
そんな気はする。
いつの日か、他人を遠ざける事なく許せるようになりたい。そうなれたら良いな、と思う。
そんな気はする。
いつの日か、他人を遠ざける事なく許せるようになりたい。そうなれたら良いな、と思う。
雨垂れの静けき夜に細濡れて
行方も知れぬ朝を求めむ
幾筋かの轍
東京は新宿西口、淀橋村の後ろ側、とあるビルの二階に在るカフェで遅い昼食を摂ろうと、スパゲティ・アラビアータを注文した。料理が運ばれてくるまでの暇潰しに、デイパックから本を取り出して読み始めた。暫くして一組の男女が僕の目の前のテーブルに案内されてきた。男は40代後半から50代辺り。女の顔を見る事は出来なかったが、服装や声からすると20代半ば辺りだろうか。彼らはどさりと椅子に腰を下ろすなり、さっきまでの口論の再開とばかりにやおら話し始めた。聞こえてきた言葉の中心は「幸福」について。それを喧嘩腰で喋っている。嫌な予感がするので聞きたくなかったのだが、何しろ声が大きいのでどうしても耳に入る。本に集中しようと試みたが果たせなかった。そしてその後、男の方は聞き役に回ったらしく、時折相づちを打つ程度に大人しくなった。
この二人は一体どういう間柄なのだろうか。女はため口で喋っているので上下があるようには見えないし、かと言って恋人同士のような甘さも見当たらない。よく判らない。女の話は家族との関係性についての事柄に移っていく。そしてそこから女は更に興奮し始め、「そんなに育てるのが嫌なら、捨てて欲しかった」という言葉から連想または派生するあらゆる呪詛を吐き始めたのである。吐き出される全ての言葉は攻撃性を帯び、時折高笑いが混じる。今現在一体誰と話しているのか。呪わしき記憶に向けてだろうか。彼女が言葉を発する度、僕が頬張るスパゲティ・アラビアータから味が失われていく。改めてそちらのテーブルを見遣る。男の顔は精気を失い、明日にでも死んでしまうのではないかと思ってしまう程に疲労の影が差していた。しかしそんな男の状態に気付かないのか、女の呪詛は続き、まるで暴風雨が吹き荒れているかのようだ。誰が悪いなんて思わないけど、嫌なものを見た。そう思った。
床が大きく揺れた。思わず店内を見廻す。周囲の客達や店員達も動きを止め、僕と同じように見廻している。「え? 地震?」女が声を上げる。男が耳打ちしたようだ。「私気付かないんだよねー!いつも『あんたが揺れてるからでしょー』て言われる!」僕もそう思う。あなたはいつも揺れているのだろう。料理を食べ終えた僕は、早々に店を出た。
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それから遡る事二時間。僕は上野公園に居た。長谷川等伯の展覧会を観に行ったのだ。混雑した館内から抜け出し、園内を歩いたところ、20代半ばくらいの息子らしき青年と、50代くらいの母親らしき女性が、妙に身体の大きいブルドッグを三匹連れているのに遭遇した。ペットとして飼っているのかそれともブリーダーをやっているのか判らないが、均質な体つきで毛並みも綺麗だった。ま、それはいいとして、面白かったのが、そのうちの一匹を台車に乗せて運んでいたのだ。別に怪我をしている訳でもなさそうだったのだけれど、何故かそうしていた。そもそも台車は一体何の為なのだろうか。
僕が気に入ったのは、その台車に乗せられたブルドッグが妙に誇らしげだった事だ。四肢を伸ばしすっくとした出で立ちは、何処かしら滑稽で、何となく勇ましかった。その眼差しは真っ直ぐに前方を見つめ、そのままの姿勢で陽が傾き始めた公園をゴロゴロと運ばれていくのだ。良いものを見たな。そう思った。
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どうせ同じ出来事に遭遇しなければならないのなら、この順番であって欲しかったなあ。と思う小春日和の日曜日。
この二人は一体どういう間柄なのだろうか。女はため口で喋っているので上下があるようには見えないし、かと言って恋人同士のような甘さも見当たらない。よく判らない。女の話は家族との関係性についての事柄に移っていく。そしてそこから女は更に興奮し始め、「そんなに育てるのが嫌なら、捨てて欲しかった」という言葉から連想または派生するあらゆる呪詛を吐き始めたのである。吐き出される全ての言葉は攻撃性を帯び、時折高笑いが混じる。今現在一体誰と話しているのか。呪わしき記憶に向けてだろうか。彼女が言葉を発する度、僕が頬張るスパゲティ・アラビアータから味が失われていく。改めてそちらのテーブルを見遣る。男の顔は精気を失い、明日にでも死んでしまうのではないかと思ってしまう程に疲労の影が差していた。しかしそんな男の状態に気付かないのか、女の呪詛は続き、まるで暴風雨が吹き荒れているかのようだ。誰が悪いなんて思わないけど、嫌なものを見た。そう思った。
床が大きく揺れた。思わず店内を見廻す。周囲の客達や店員達も動きを止め、僕と同じように見廻している。「え? 地震?」女が声を上げる。男が耳打ちしたようだ。「私気付かないんだよねー!いつも『あんたが揺れてるからでしょー』て言われる!」僕もそう思う。あなたはいつも揺れているのだろう。料理を食べ終えた僕は、早々に店を出た。
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それから遡る事二時間。僕は上野公園に居た。長谷川等伯の展覧会を観に行ったのだ。混雑した館内から抜け出し、園内を歩いたところ、20代半ばくらいの息子らしき青年と、50代くらいの母親らしき女性が、妙に身体の大きいブルドッグを三匹連れているのに遭遇した。ペットとして飼っているのかそれともブリーダーをやっているのか判らないが、均質な体つきで毛並みも綺麗だった。ま、それはいいとして、面白かったのが、そのうちの一匹を台車に乗せて運んでいたのだ。別に怪我をしている訳でもなさそうだったのだけれど、何故かそうしていた。そもそも台車は一体何の為なのだろうか。
僕が気に入ったのは、その台車に乗せられたブルドッグが妙に誇らしげだった事だ。四肢を伸ばしすっくとした出で立ちは、何処かしら滑稽で、何となく勇ましかった。その眼差しは真っ直ぐに前方を見つめ、そのままの姿勢で陽が傾き始めた公園をゴロゴロと運ばれていくのだ。良いものを見たな。そう思った。
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どうせ同じ出来事に遭遇しなければならないのなら、この順番であって欲しかったなあ。と思う小春日和の日曜日。
- Last modified : 2010-03-28 12:41
中央線沿線を歩く(代々木〜新宿)


代々木の駅前から外苑通りを北上する。右の写真中央に見える白く高い建物は小田急ホテルセンチュリーサザンタワーだろうか。

小田急小田原線の踏切の手前で右に曲がる。するとサザンテラスの入口の階段へと繋がる。

左側に小田急ホテルとJR 東日本本社ビルを見上げながらサザンテラスを歩く。右に振り向けば高島屋タイムズスクエアビルと、遠くにNTT ドコモ代々木ビルが見える。

JR 新宿駅南口。
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取り敢えず中央線沿線を歩く旅は此処で一旦終わる。新宿以西に歩くかどうかはまた考える。
これは去年の12月初旬の散歩記録です。
- Last modified : 2010-02-28 23:21
中央線沿線を歩く(千駄ヶ谷〜代々木)


左: ガードを潜り、路線と新宿御苑敷地に挟まれた坂道を登る。
右: 銀杏が黄金色に輝く新宿御苑千駄ヶ谷門。

左: 御苑の傍に建ち並ぶ住宅街の路地。落ち葉が至る所に散っている。
右: その通りから適当に左に曲がる。

明治通りへ出る。此処にも銀杏の落ち葉が散っている。

左:廃屋と化した人家が建ち並んでいた。同じ所有者なのだろうか、朽ち方が全く同じだ。そして僕と同じようにデジカメにこの人家の風情を収めている男性がいた。装備は無く、コンパクトカメラで撮っているところから、この建物を目当てに来た訳ではなく通りすがりのようだ。この画像では空の色彩が飛んでしまって見えないが、銀杏の木の向こう側に NTT ドコモ代々木ビルが見える。
右:明治通りに出て NTT ドコモ代々木ビルを仰ぐ。

明治通りを越え中央線のガードを潜る。

左:レイアウトの都合で写真が前後してしまうが、そのガードに行き着く前の路地。
右:代々木駅。
これは去年の12月初旬の散歩記録です。
- Last modified : 2010-02-20 23:13
中央線沿線を歩く(信濃町〜千駄ヶ谷)


慶應義塾大病院の横を歩く。

霞岳町の陸橋から中央線を見下ろす。

陸橋の中程で、首都高速四号新宿線を見下ろす。

水明邸の傍らを通り抜け、国立競技場千駄ヶ谷門前の通りを歩く。

首都高速の合流地点を右に眺めながら歩く。

右手に東京体育館を観ながら更に歩く。

覆い被さる首都高速架線の向う側に千駄ヶ谷駅が在る。

これは去年の12月初旬の散歩記録です。









