DOG ON THE BEACH
色は匂えど散りぬるを
僕の保育園からの知人(とは言っても10年くらい顔見てないけど)に S というのが居て、そこは姉・弟・弟の三人兄弟なのですが、三人が揃いも揃って美形なのです。知人は長男で、次男は私の弟と同級生。んで、長女は僕より二つ上で、もう信じられないくらいに美しい人でした。私達友人連中は「Sの姉ちゃん」と呼んで親しんでおりました。中には自分の姉でもないのに「姉ちゃん」と呼んで憚らないヤツもいました。僕を含めて。自分の弟達に対してはどうだったのか知りませんが、僕達には何時も笑顔で話しかけてくれて、大変優しい人でもあったのです。高校3年の頃、彼女は市内の画材屋で働いていまして、その当時デッサンを習いに街の中心へと、毎日放課後に通っていたのですが、まあ、その画材屋にも度々通っておりました。そんな時にも「あら♪いらっしゃい。」と暖かく迎えてくれ、たまに安くして貰った記憶があります。
今思えば、僕達に接する時以外の、いわば実際の彼女を知らないので幻想に他ならないのでしょうが、当時は手放しで憧れていた訳です。その内に僕達が成長するに連れて彼女が話題に上る事もなくなり、今何処でどうしているのかさっぱり判らない。そんな彼女の事を久しぶりに思い出しました。
今思えば、僕達に接する時以外の、いわば実際の彼女を知らないので幻想に他ならないのでしょうが、当時は手放しで憧れていた訳です。その内に僕達が成長するに連れて彼女が話題に上る事もなくなり、今何処でどうしているのかさっぱり判らない。そんな彼女の事を久しぶりに思い出しました。
風前末尾
既に習慣化している屋上での喫煙。日に2度3度。午後8時頃、煙草を片手に通りを見下ろしていると、近所で働く20代の若者達が家路へ着くのが見える。同じ職場なのかどうかは判らないが、3人ずつくらいグループ単位で歩いている。暫く眺めていると、だいたい半分くらいの人が携帯電話を手にしていて、隣を歩く同僚に目もくれずに画面を見つめている。液晶の画面が意外に明るい。屋上から見ていると、小さく不自然に明るい灯りが川に流されていくようだ。蛍みてえだな。蛍にしろ携帯の液晶にしろ、其処には何かしらの意志が存在する。ような気がする。
麦酒と焼豚
今夜はキリンのクラシック・ラガーを呑みながら、焼豚のスライスにネギを刻んだヤツを乗っけて食べています。父が大のキリン党で、子供の頃はキリン・ビール以外は私は口にした事がなく、やはり味覚というものは刷り込まれてしまうもので、大人になってからも僕はキリン・ビールを好んでいます。何かが間違っているような気がするかも知れませんが、それは気のせいであると思われます。読み流しましょう。
そんな事を書いてはいても、キリン・ビールしか呑まない訳ではありません。貰えるのであれば何でも呑みますし、外国製のビールを好きこのんで呑んだりもします。ハイネケンとかシンハとか青島とかグロルーシュとかですかね、好んで呑むのは。あと外国製ではありませんが、オリオン・ビールも好きです。去年、那覇市のスナックで「オリオン・ビールが好きだ。」と言ったら、隣に座っていた真っ黒に日焼けした船乗りのオジサンに「うちの娘と結婚するか?」と言われました。「どんな娘?」と尋ねたのですが、笑って答えてくれませんでした。きっと冗談だったのでしょう。
そんな事を書いてはいても、キリン・ビールしか呑まない訳ではありません。貰えるのであれば何でも呑みますし、外国製のビールを好きこのんで呑んだりもします。ハイネケンとかシンハとか青島とかグロルーシュとかですかね、好んで呑むのは。あと外国製ではありませんが、オリオン・ビールも好きです。去年、那覇市のスナックで「オリオン・ビールが好きだ。」と言ったら、隣に座っていた真っ黒に日焼けした船乗りのオジサンに「うちの娘と結婚するか?」と言われました。「どんな娘?」と尋ねたのですが、笑って答えてくれませんでした。きっと冗談だったのでしょう。
冷酒と団子
或る時私にしては珍しくテレビを点けていたら、浅草辺りの団子屋の若旦那が取材者に対してこんな事言ってました。「余り知られてないと思うんですけど、日本酒と団子って意外に合うんですよ。」そう言いながらみたらし団子をモシャモシャと頬張り、グラスに注いだ冷酒をグビッと呑んでました。一瞬うえっとか思ったのですが、その若旦那が余りにも旨そうに呑み食いするので次第に試してみたくなりました。んで、早速その日の内に試してみた訳です。・・・いける!結構旨いじゃないか!アンコ付きだとアレそうなので若旦那を真似てみたらし団子にしたのです。いやあ、旨い。良い事を教えて貰いました。ありがとう若旦那!
て、半年くらい前の話です。今その事をふと思い出したので何となく書いてみました。今は黒糖焼酎を呑んでます。
て、半年くらい前の話です。今その事をふと思い出したので何となく書いてみました。今は黒糖焼酎を呑んでます。
赤い波打ち際
いつものように、屋上の欄干に寄りかかって煙草を吸う。風があるせいか、煙草は瞬く間に灰と化し短くなっていく。見上げれば、中央右寄りから分厚く幾重にも折り重なった雲が左へと広がっている。オレンジとピンクを奇跡的な配分で混ぜ合わせた色に染め抜かれたそれらは、僕の顔にも色落とす。絶景とはこういうモノを言うのだろうか。見慣れた眼下の市井は元より空中庭園を遙かに超え、人間の枠をも越えた雄々しき世界。赤く透明な光が洪水となって僕に押し寄せて来る。いつの間にか根元まで燃えてしまった煙草を僕は欄干に押し当てて潰し、アルミの空き缶に放り込む。ふと見下ろせば、そこには見事な高低差を保った谷間が遠くに見える。揺れているように感じるのは僕の不安定さがそうさせるのだろうか、それとも谷間そのものがが道を歩いているからなのだろうか。うへへ。
Hapa / Hapa
前回に引き続きハワイアン・ミュージック。ハワイ出身の Keli`i Kaneali`i とニュージャージー出身の Barry Flanagan が組んだギター・デュオ。それがこの Hapa( Half の意)です。Flanagan のスラック・ギター(弦を緩めて弾く奏法)と Kaneali`i の柔らかく透き通った歌声が絶妙に重なり合って、本当に美しい。4曲目の " Lei Pikake " なんて涙が零れてしまいそうです。Flanagan は伝統的なハワイアン音楽に、Kaneali`i はアメリカ本土のポピュラー音楽にそれぞれ強い興味を持っていたそうですが、彼等についてはとても印象的な話を何処かしらで読んだ事があります。Flanagan はいつもギターケースを抱え、何処へ行くにも独りでシャカシャカ歩いて行くそうです。代わって Kaneali`i は家族と過ごす時間が多く、街を歩くにも家族を連れ立って、お互いに声を掛け合い笑いながら歩いているそうです。こんなにも対照的な二人が1983年に出会い、バンドを組むというのが面白い。私がその記事を読んで興味を持ったは良いが結局聴かず仕舞いで、ようやくその音源を手にしたのは今週の事です。その間に一体何年の月日が経ってしまったのでしょうか。全然思い出せません。僕がもたもたしている間に、このバンドは解散してしまったようです。悔しいです。でも一つだけ、その間に僕がどれだけ変わってしまおうとも、このバンドの名前を忘れていなかった事が嬉しかったりします。
Alone in Iz World / Israel Kamakawiwo'ole
最近 J-WAVE で二日に一度は流れている " Over the rainbow " が気になって仕方がなかったのですが、遂に CD を手にれました。Israel Kamakawiwo'ole 。ジャケットを見て貰えば判ると思いますが、ビッグファット・ハワイアンです。彼は1997年に享年38歳で他界しました。このアルバムは再編集され、追加された追悼(?)企画みたいですね。前述の曲、微かに憂いを帯びた歌声が素晴らしいです。確かに同じ曲なのですが、もう原曲とは全く別モノになってます。憧れ続けた虹の向こう側へ連れて行って欲しいです。この曲を聴いていると、何とかこの夏も乗り切る事が出来そうな気がして来ました。余談ですが、これまでに二度ハワイに行って、観光ルートを外れれば日本人観光客なんて結構冷遇されるもんだな、とかツマラナイ事は知っていましたが、ハワイ主権復興運動なるものが存在する事を、恥ずかしながら初めて知りました。









