DOG ON THE BEACH
Lali Puna



一番新しいアルバムの「 Scary World Theory 」を今年の初めくらいに、新宿のタワーレコーズの店内で流れているのを耳にした。それまで耳にした事のない種類の音で、何となく気持ちが良い。店内のモニタに Now on air なアルバムのジャケットが映し出されていたので、それで確かめ店内をぐるぐる探し回った。店員に訊けば早いのだが、何故か僕は自分で探そうとしてしまう。ようやく見つけ、買って帰った。
言ってみれば、脱力し切った女性ヴォーカルの周りでピコピコ、チリチリ、ガッシュガッシュ鳴っているような音楽である。時々ドラムが入る。肉体的な要素はヴォーカルしかない。しかし、これが気持ち良いのだ。精神的に疲れ気味で「何もしたくねーなー。」などと呟きたくなる時には最適な音である。全体的に抑えられた音色で、訴えかける要素の少ない音楽であるハズなのに、音の微粒子が脳を刺激して快感を産む。ぼけーっと横になってヘッドフォンで聴いたりするのに適している。
このバンドが僕の最近の流行りである。なのにこのバンドに関しては殆ど何も知らない。ドイツのミュンヘンのバンドだという事くらい。元々僕が、必要のない知識を掘り下げるような性格ではないのも、理由としてはあるのだが。
The most beautiful word in English
昼間に J-WAVE を聴いていたら「世界中で一番美しい英単語は Mother だ。」とか言っていた。ちゃんと聴いていなかったので WEB で検索したら二件しかヒットしなかった。その内の一つが此処。もう一つの方も見たら同じ管理者のブログだった。というか実は間接的に繋がっている人のブログだったので、少し笑えた。
英語圏以外の102の国で、4000人に施したアンケートの結果であるらしい。イギリスの政府機関が実施したとういう事もあって、多少なりとも偏りはあるのだろう。でも面白い。特に「 Father 」がリストに入っていないとう事実が可笑しいやら哀しいやら、どうやら父という存在は美の対岸に位置するものらしい。世のお父さん方、頑張ってください。僕も頑張ります。
英語圏以外の102の国で、4000人に施したアンケートの結果であるらしい。イギリスの政府機関が実施したとういう事もあって、多少なりとも偏りはあるのだろう。でも面白い。特に「 Father 」がリストに入っていないとう事実が可笑しいやら哀しいやら、どうやら父という存在は美の対岸に位置するものらしい。世のお父さん方、頑張ってください。僕も頑張ります。
About a boy / Chris Weitz & Paul Weitz
High Fidelity に続いて Nick Hornby 原作の映画。父親の残した遺産(印税)の上に乗っかって、仕事や家族にまつわる全ての責任に背を向けて生きている Hugh Grant 演じる主人公が、シングル・ペアレントやその子供と接していくうちに、自分の空虚さに気づき、それを埋めようとやっきになる、という物語。実は僕、シングル・ペアレントという言葉を初めて知りました。日本ではシングル・マザーとかはよく聞くんですが、シングル・ファザーも余り聞かないし、男女を分けずに言い表す事がないような気がします。前半部分で、Hugh Grant が演じる主人公の軽薄さが、身につまされるようで、それでいてとても笑わせてくれます。こういう役はこの人しか思い浮かびません。
この映画を観終わって思ったのは、家族でも夫婦でも恋人でも支えきれない何かというのは確実に存在し、それを抱えて生きている人達は、その時こそ別な「誰か」を必要としているのだろうな。それも本当に切実に。

セロリと玉葱と人参と鶏の挽肉をトマトとコンソメで煮込んだスープ
普通に別な名前があったような気がするが、思い出せない。たぶんこの料理は10年振りくらいに作る。レシピなど忘れているので全て適当。今回は、温野菜を食べる目的で作るので、セロリ・玉葱・人参は多めに。それらを鍋に放り込み、水を満たして火にかける。取り敢えず強火で沸騰させ、その後は中火で煮込む。人参が柔らかくなった事を確認して、鶏の挽肉を入れる。挽肉に火が通った頃に弱火に落とし、バジル・胡椒・コンソメ(固形)を適当に放り込む。最後にトマト・ピューレを一瓶混ぜ、蓋をして弱火のまま煮込む。余り火を通すとビタミンが逃げるという話を思い出し、味を確認したところで調理を終える。適当に作った割りには、なかなか旨く出来た。ホントはこれにパンとか付けると良いのだろうが、食欲が無いのでこれだけにする。でも酒は呑む。画像に映っているグラスの中身はホワイト・ラムの水割り。余談だが、画像をご覧の通り PowerBook を動かさない限り、私の部屋に食事の為のスペースは無い。
私にも妻がいたらいいのに / パク・フンシク
長いお別れ
享年95歳。死因は腸梗塞。
父の兄弟が11人居るのは知っていたが、孫(つまり僕の従兄弟)が28人も居る事を初めて知る。下は22歳から上は46歳。その内で僕が存在を知っていたのは半分くらい。何故そんな寂しい事になっているのかというと、1971年に既に他界した祖父の遺産相続の件で父の兄弟が揉めていたからである。その話は今回もあった。勿論、孫の立場で僕がその話し合いに参加する訳はないので、詳しくは知らないが、最後には談笑していたところをみると、ある程度の妥協は成立したのだろうか。そうであって欲しい。
親族の人数が多すぎて、別れの膳は3交代で食べた。その周りを曾孫が嬌声をあげながら走り回る。
祖母の安眠する棺桶に、親族が皆で花を添える。曾孫は孫に抱き上げられて花を添える。叔母や従姉妹達の泣き腫らした顔をずっと見ていた。百合の花を祖母の髪の毛へ差した。美しい顔をしていた。祖母の冷たい頬に触れた時初めて、もうこの人は目を覚ます事はないのだな、と思えた。
葬儀は浄土真宗にて行われた。本家は宗教を持っていない。元々本家の家屋が在った場所の目の前に、浄土真宗の寺が在ったからに過ぎない。祖父の時からの流れだ。
火葬場で、祖母の棺桶が窯に送られ、分厚い鉄の扉が閉まる時が一番辛かった。
採骨室で、皆が交代で祖母の遺骨を、箸で渡して骨壺へ入れて行く。長い間不義理をしていた罪悪感があって、率先してその中へ入って行く気になれずに、入口の扉で自分が最後になるまで待っていた。しかしそれを従姉妹に見つけられ、先に入るように即される。
採骨を終え、骨壺が運び出されても、父と数人の従兄弟は祖母の遺骨をじっと見つめていた。そして彼等が立ち去っても尚、僕は扉の前を離れる事が出来なかった。祖母が完全に視界から消えてしまうまで見ていたかったからである。後悔を伴わなければ、祖母を思う事が出来ないとは、その文字通りに、情けない。
通夜の後、孫数人で寝ずの番をしている時、誰が言い出したのか、暇潰しに家系図を手書きで作り始めた。孫が不確かな記憶で作っていたので曖昧な部分が多かったが、葬儀の前後で親族みんなに確認し、加筆して貰ってかなり正確な家系図が描き上がった。叔父や叔母達は非常に喜んでいた。皆は口々に「これが最後の集まり」と言っていたが、たぶん、本当はバラバラにはなりたくないのかも知れない。若い従兄弟達がどう思っているのかは判らないが、僕はこれをデータ化し、清書して配ろうと思っている。何れの日にか、何かの気休めくらいにはなるだろう。
父の兄弟が11人居るのは知っていたが、孫(つまり僕の従兄弟)が28人も居る事を初めて知る。下は22歳から上は46歳。その内で僕が存在を知っていたのは半分くらい。何故そんな寂しい事になっているのかというと、1971年に既に他界した祖父の遺産相続の件で父の兄弟が揉めていたからである。その話は今回もあった。勿論、孫の立場で僕がその話し合いに参加する訳はないので、詳しくは知らないが、最後には談笑していたところをみると、ある程度の妥協は成立したのだろうか。そうであって欲しい。
親族の人数が多すぎて、別れの膳は3交代で食べた。その周りを曾孫が嬌声をあげながら走り回る。
祖母の安眠する棺桶に、親族が皆で花を添える。曾孫は孫に抱き上げられて花を添える。叔母や従姉妹達の泣き腫らした顔をずっと見ていた。百合の花を祖母の髪の毛へ差した。美しい顔をしていた。祖母の冷たい頬に触れた時初めて、もうこの人は目を覚ます事はないのだな、と思えた。
葬儀は浄土真宗にて行われた。本家は宗教を持っていない。元々本家の家屋が在った場所の目の前に、浄土真宗の寺が在ったからに過ぎない。祖父の時からの流れだ。
火葬場で、祖母の棺桶が窯に送られ、分厚い鉄の扉が閉まる時が一番辛かった。
採骨室で、皆が交代で祖母の遺骨を、箸で渡して骨壺へ入れて行く。長い間不義理をしていた罪悪感があって、率先してその中へ入って行く気になれずに、入口の扉で自分が最後になるまで待っていた。しかしそれを従姉妹に見つけられ、先に入るように即される。
採骨を終え、骨壺が運び出されても、父と数人の従兄弟は祖母の遺骨をじっと見つめていた。そして彼等が立ち去っても尚、僕は扉の前を離れる事が出来なかった。祖母が完全に視界から消えてしまうまで見ていたかったからである。後悔を伴わなければ、祖母を思う事が出来ないとは、その文字通りに、情けない。
通夜の後、孫数人で寝ずの番をしている時、誰が言い出したのか、暇潰しに家系図を手書きで作り始めた。孫が不確かな記憶で作っていたので曖昧な部分が多かったが、葬儀の前後で親族みんなに確認し、加筆して貰ってかなり正確な家系図が描き上がった。叔父や叔母達は非常に喜んでいた。皆は口々に「これが最後の集まり」と言っていたが、たぶん、本当はバラバラにはなりたくないのかも知れない。若い従兄弟達がどう思っているのかは判らないが、僕はこれをデータ化し、清書して配ろうと思っている。何れの日にか、何かの気休めくらいにはなるだろう。
High Fidelity / John Cusack
この映画、観ると共感出来る事など山ほどあるし、それが余りにも多すぎるので、その全てに対して何か書こうという気にはなれない。なので僕はたった一つの事柄に対してだけ書こうと思う。その他の事に関してはいずれの機会にでも書くとしよう。さて、そのたった一つの事とは、自分が持っている音源のストックから或る目的を持って厳選された「マイ・フェイヴァリット・テープ」の事である。この映画の主人公を含め、舞台となる中古レコード店のスタッフは、任意のテーマに沿った自分の TOP5 を提示し合う。そして時には、気になる女性へ自ら編集したカセットテープをそっと手渡す。これは、実際にやった事のある人でないと解らないと思うが(勿論僕もその一人)、本気でそれを作ろうとすれば本当に一日仕事である。朝、選曲する事から始めて、カセットテープのAB両面を埋める頃には既に陽が暮れているという感じだ。下手すりゃ夜中になってもまだやっている。端から見れば狂気の沙汰に思えるだろうが、本人に至っては疲れさえ感じる事もなく没頭している。ダヴィングの間中、彼等は常に興奮状態にあるので、気にならないのである。何も好きな曲を並べれば良いものではない。在る一曲を限りなくドラマテイックに演出する為の捨て曲も在る。一本のカセットテープの中で一つの物語を作ったりする。それはそれは途方もない努力が必要なのである。
この映画の原作となる Nick Hornby の本は、Amazon で見る限りではペーパーバックが2000年に発売されている。原作を読んでいないので詳しくは判らないが、21世紀になってもまだカセットテープを使っている事が少し不思議に思えて、何故だろうと少し考えていた。思いついた。いや、実際にこの映画や原作がその事を考慮して描かれているのかどうかは判らないけど。MD や CD-R では出来ない事は一つある。(デジタルでも本格的な機器を揃えれば出来るとは思うけど)それは曲間の間合いを作れない事だ。僕が作っていた時には(もう何年も作ってないけど)前曲の最後の一音と後曲の最初の一音をどう繋ぐかに最大限の注意を払った。勿論、曲間の無音の部分の長さも重要だ。盛り上げたい場合には、きちんとテンポを計って繋ぐ。センチメンタルな曲の後に、それを振り払うようなアップテンポの曲を持ってくる場合には、十分に余韻が消えるまで引っ張って、それから一気に突き上げる。そんな小細工が出来るのは、一般の機器ではカセットテープだけではないかなあ、と思ったのである。素晴らしい。カセットデッキを捨てなくて本当に良かった。
またしても、紹介しているモノにはあまり関係のない話で埋めてしまう私のレビュー。それでも、最後に一つだけ付け加えるなら、自分が編集したカセットテープを渡した女の子と、その後上手いこと行った事は一度もない。取り敢えず喜んではくれる(気に入るように作っているのだから当然と言えば当然)が、いつの場合も、それだけである。







