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DOG ON THE BEACH
人生なんて所詮死ぬまでの暇潰し
- 2007-06-08 Friday
- Category - People
- Tag - philosophy
随分前に、こんな台詞を友人だか知人だか誰だかにほざいた記憶がある。どう考えても誰かの受け売りなのだが、それが誰の言葉だったのかが思い出せない。しかしそんな事は日常に流され一瞬のうちに忘れ去ってしまい、ごく稀に思い出してはやはり思い出せないのでまた忘れてしまう。そういう風にして年月は経って行くのだけれど、ここの所、彼方此方で読み漁っている中にこの台詞が度々登場するので久しぶりに思い出した。
まずは実相寺昭雄。吉原特集の「東京人」で氏の追悼記事が載っていて、その中にはこうあった。
タイトルの言葉で検索すれば幾らかは出てくる。わりかし使われる言葉であるようだ。これだけ出てくるのならば、ずっと昔から伝わっている言葉ではあるような気がする。その元となるような記述を見つける事は出来なかったが、誰しもとは言わないけれど、結構人の口をついて出る言葉なのではないだろうか。
★
それはさておき、上記の実相寺昭雄の追悼記事の中で、寺田農の書いた記事にこうあった。
まずは実相寺昭雄。吉原特集の「東京人」で氏の追悼記事が載っていて、その中にはこうあった。
「生きてるなんてことは、所詮死ぬまでのヒマつぶし」が、実相寺さんの生活信条であった。当時の僕が実相寺昭雄に興味を抱いていたとは思えないのだけどなあ、と思っていると、また別な記述に突き当たった。Wikipedia で「みうらじゅん」について読んでいたいたらこんな記述があった。
グレート余生:「人生とは死ぬまでの暇つぶし」はみうらじゅんの言葉である。人は生れ落ちた時、余生が始まると説いており、その余生を有意義にするのがマイブームである。数々の造語を世に広めた人ではあるが、1937年生まれの実相寺昭雄が生活信条にしていた言葉を、1958年生まれのみうらじゅんが造るかなあ、と僕はかなり疑っている。ついでに書くとリリー・フランキーの書いた短編の中にも出てくるのだが、これはみうらじゅん繋がりで出てきた言葉ではないだろうか。
タイトルの言葉で検索すれば幾らかは出てくる。わりかし使われる言葉であるようだ。これだけ出てくるのならば、ずっと昔から伝わっている言葉ではあるような気がする。その元となるような記述を見つける事は出来なかったが、誰しもとは言わないけれど、結構人の口をついて出る言葉なのではないだろうか。
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それはさておき、上記の実相寺昭雄の追悼記事の中で、寺田農の書いた記事にこうあった。
そしてそのことが、若い頃から好んで口にしていた「生きてるなんて事は、所詮死ぬまでのヒマつぶし」につながっていくのだろうし〜中略〜ましてやそれを口にする時には、自虐めいた嘯きでもなかったしかといって虚無的な思索にみちたものでもなく、ジッソー独特の、あのイッヒッヒという笑いのなかでの言葉だった。確かに僕がその言葉を口にした時も多分に自虐めいていたし、検索でヒットした記事にしても大体はそんなニュアンスを含んでいるものばかりだた。そんなものはやはり人生に対する愚痴でしかない。その言葉を己の生活信条とした実相寺昭雄の軽やかさには到底及ばない。例えるならば、真っ白な画用紙に、十二分に水を含んだ絵筆から色彩を落としていくように、そして落とした色が画用紙に滲んで色彩を広げていくのを楽しむように生きる事。それを目指す事こそ、この言葉の本意なのではないだろうか。
岩松 了
- 2007-06-05 火曜日
- Category - People
- Tag - environment / sociology / movie
「帰ってきた時効警察〜第八話」は、三日月120%という感じで大変気に入っているのだけれど、早いもので残すは今週末の最終回を残すのみ。一抹の寂しさを感じる。
そんな時に、兼ねてより予定されていた岩松了が監督を務める、仮題「たみおのしあわせ」が「そして夏がきた」というタイトルに変更され、6月1日からクランクインしたという知らせを見つけた。主演はオダギリジョーと麻生久美子。二人の結婚へと至る騒動を描いたものであるらしい。最終回がどうなるのかは判らないのだけれど、時効警察での二人を見ていて、結婚というイベントに巻き込んでみたくなったのだろうか。
Wikipedia の頁にも在るように、岩松了は俳優より以前に劇作家・演出家であるのだが、いかんせん僕は戯曲は読まないし演劇には疎い。彼がどのような舞台を作り上げている人なのか全然知らない。知っているのは、色々な映画やテレビドラマに端役として出ているのを見かけるのと、幾つかの作品に脚本家として参加している事くらいだ。
岩松了脚本で観た事があるのは、荒木経惟とその妻陽子を描いた「東京日和」と、「私立探偵濱マイク〜第七話」と、「時効警察〜第三話」くらいだが、どの話も夫婦の話だ。しかもどの夫婦も漠然とした疑念を抱えながら暮らしている。そんな話ばかりを書いていた岩松了が結婚へと至る話を撮ると聞いて僕は「へえ。」と思った。その「へえ。」とは下世話な興味でしかないのだが、何だか楽しみである。何より「そして夏がきた」というタイトルが気に入った。静岡県島田市の風景と共に、僕は勝手にラストシーンを思い浮かべてしまう。そこにはとても幸せな光景が広がっているのだ。撮り終えるのが今年一杯だという事だから、公開されるのは来年になるのだろうが、そういう物語を観たいと思っている自分を、実のところ持て余している。僕が未だに未婚だからかも知れないのだけれど。
6月も既に5日は過ぎ、その内に雨が多くなってくるのだろう。昔ほどは梅雨が嫌いではなくなってきた。雨が降っている方が気持ちが落ち着く。しかしながらそうした季節もやがては過ぎ去り、気がつけば、強烈な光に溢れた夏が手を広げて待っている。
そんな時に、兼ねてより予定されていた岩松了が監督を務める、仮題「たみおのしあわせ」が「そして夏がきた」というタイトルに変更され、6月1日からクランクインしたという知らせを見つけた。主演はオダギリジョーと麻生久美子。二人の結婚へと至る騒動を描いたものであるらしい。最終回がどうなるのかは判らないのだけれど、時効警察での二人を見ていて、結婚というイベントに巻き込んでみたくなったのだろうか。
Wikipedia の頁にも在るように、岩松了は俳優より以前に劇作家・演出家であるのだが、いかんせん僕は戯曲は読まないし演劇には疎い。彼がどのような舞台を作り上げている人なのか全然知らない。知っているのは、色々な映画やテレビドラマに端役として出ているのを見かけるのと、幾つかの作品に脚本家として参加している事くらいだ。
岩松了脚本で観た事があるのは、荒木経惟とその妻陽子を描いた「東京日和」と、「私立探偵濱マイク〜第七話」と、「時効警察〜第三話」くらいだが、どの話も夫婦の話だ。しかもどの夫婦も漠然とした疑念を抱えながら暮らしている。そんな話ばかりを書いていた岩松了が結婚へと至る話を撮ると聞いて僕は「へえ。」と思った。その「へえ。」とは下世話な興味でしかないのだが、何だか楽しみである。何より「そして夏がきた」というタイトルが気に入った。静岡県島田市の風景と共に、僕は勝手にラストシーンを思い浮かべてしまう。そこにはとても幸せな光景が広がっているのだ。撮り終えるのが今年一杯だという事だから、公開されるのは来年になるのだろうが、そういう物語を観たいと思っている自分を、実のところ持て余している。僕が未だに未婚だからかも知れないのだけれど。
6月も既に5日は過ぎ、その内に雨が多くなってくるのだろう。昔ほどは梅雨が嫌いではなくなってきた。雨が降っている方が気持ちが落ち着く。しかしながらそうした季節もやがては過ぎ去り、気がつけば、強烈な光に溢れた夏が手を広げて待っている。
視るという信念
一昨日の事だ。東京地方は夏日とも思える陽気で、街行く女性達の中には二の腕を露わにした人も幾らか見受けられた。そんな日の夜の事。仕事帰りの僕はいつものように晩酌の為の酒を手に入れようと帰り道沿いに在るカクヤスに立ち寄った。そして自動扉を意気揚々とかいくぐった僕の目に飛び込んできたのは、カットオフジーンズの下に長く伸びた白く艶やかな女性の脚であった。僕は突然の事に声も表情も失いその場所に立ちすくんでしまったのだが、哀れむような、それでいて威圧的な店員の視線に気付き目を覚ました。
そしてその後、その女性はあろう事か陳列棚の低い位置に置いてある酒のラベルを見ようとしてか、お辞儀をするように上体を前へ屈したのである。そうするってーとどうなるかというと、わざわざ書く事でもないが、脚のずっと上の方、つまり尻の際までもが僕の面前に押し出される形になるのである。とすれば普通に考えて「こりゃあ堪らねえ。こいつを見逃す手はねえ。」って場面なのだが、ここで僕の悪い癖が出る。ここまで挑戦的に見せられるとついムカっときてしまい「絶対に視てやらねえ。」みたいな事を思ってしまって、そそくさと他の陳列棚へ逃げてしまうのである。
勿論そうしてしまった場合、視なかった事に対して後悔するのである。その時はその後悔は直ぐさま襲ってきて、別な酒を探すフリをして当の女性の背後に戻ろうと思いはした。したのだけれど、店員(男二人女一人)の視線がその女性に集まっていたのでどうにも戻り難い。男の店員の視線は同じ穴のむじななのでこの際どうでも良い。しかし一人の女の店員の視線が僕を躊躇させるのである。三日に一度はこの店に立ち寄っているので、今後どんな目で見られるか判ったものではない。悪くすれば、もう二度と僕に酒を売ってくれなくなってしまうかも知れない。くわばらくわばら。
結果、その女性の脚を二度視する事は出来なかった。惜しい事をしたものである。あそこまでの美しい脚は滅多にお目にかかれないだろう。どうせなら、対象となる女性に至近距離まで近付き、それはもう舐めるように凝視出来るくらいの男になりたいものである。
そしてその後、その女性はあろう事か陳列棚の低い位置に置いてある酒のラベルを見ようとしてか、お辞儀をするように上体を前へ屈したのである。そうするってーとどうなるかというと、わざわざ書く事でもないが、脚のずっと上の方、つまり尻の際までもが僕の面前に押し出される形になるのである。とすれば普通に考えて「こりゃあ堪らねえ。こいつを見逃す手はねえ。」って場面なのだが、ここで僕の悪い癖が出る。ここまで挑戦的に見せられるとついムカっときてしまい「絶対に視てやらねえ。」みたいな事を思ってしまって、そそくさと他の陳列棚へ逃げてしまうのである。
勿論そうしてしまった場合、視なかった事に対して後悔するのである。その時はその後悔は直ぐさま襲ってきて、別な酒を探すフリをして当の女性の背後に戻ろうと思いはした。したのだけれど、店員(男二人女一人)の視線がその女性に集まっていたのでどうにも戻り難い。男の店員の視線は同じ穴のむじななのでこの際どうでも良い。しかし一人の女の店員の視線が僕を躊躇させるのである。三日に一度はこの店に立ち寄っているので、今後どんな目で見られるか判ったものではない。悪くすれば、もう二度と僕に酒を売ってくれなくなってしまうかも知れない。くわばらくわばら。
結果、その女性の脚を二度視する事は出来なかった。惜しい事をしたものである。あそこまでの美しい脚は滅多にお目にかかれないだろう。どうせなら、対象となる女性に至近距離まで近付き、それはもう舐めるように凝視出来るくらいの男になりたいものである。
腐点
- 2007-05-09 水曜日
- Category - People
- Tag - environment / health
本日の東京は最高気温28.8℃を越え、真夏日とまではいかなくとも既に夏である。今この瞬間にも、エアコンの温度表示を観てみれば25℃である。Fishmans の「 Wether Report 」という曲中で「5月なのに25℃を越える日もあるさ」などと歌っているが、今日はそれ以上だ。
こんな日の終わりに部屋に戻ってみれば、いつもとは少々違う事に気付く。朝見た時にはあんなにも元気そうにしていた向日葵の切り花は、花瓶の水を半分以上も減らしてうな垂れているし、台所からは妙な匂いが漂ってくる。腐敗の兆候である。
この自然界には沸点や融点もあるのだから、腐点というのも在りそうな気がするのだが、どうなのだろう。一昨年だったであろうか、日中の最高気温が39℃を越えた日、町中を歩いているとこれまでに嗅いだ事のない腐敗臭が漂っていた。いや、何かが腐敗した匂いなのかどうかも判らない。兎に角得体の知れない匂いを僕の鼻腔を擽ったのである。その時に僕は思った。この世に存在する有機物には、それぞれ腐敗し始める腐点のようなものが在るのではないかと。
話は変わって、これは比喩でしかないのだが、人間にも腐点は在りそうだ。人それぞれが持つ己の欲求。似たような欲求でも人に拠って臨界点が違う。ここで言う臨界点とは、その値を超えると周囲の人間の存在が無に帰す事、社会性を無くす事である。時折、その臨界点が極端に低い人と出会う。傍目には面白いと思えなくもないが、実際に関わっていると迷惑なだけである。ただ、その人が全ての領域に於いてそうであるのではなく、部分的に(僕の主観では)腐っているだけなので、それ以後も相変わらず付き合っていく羽目になる。でもまあ、その領域が広ければ広い程疎ましく感じるのは事実なので、場合に拠っては離れざるをえないと判断する事も出てくるのである。
とまあ、偉そうに書いてみたが、そういう事に基準を作るのは難しいねえ。
こんな日の終わりに部屋に戻ってみれば、いつもとは少々違う事に気付く。朝見た時にはあんなにも元気そうにしていた向日葵の切り花は、花瓶の水を半分以上も減らしてうな垂れているし、台所からは妙な匂いが漂ってくる。腐敗の兆候である。
この自然界には沸点や融点もあるのだから、腐点というのも在りそうな気がするのだが、どうなのだろう。一昨年だったであろうか、日中の最高気温が39℃を越えた日、町中を歩いているとこれまでに嗅いだ事のない腐敗臭が漂っていた。いや、何かが腐敗した匂いなのかどうかも判らない。兎に角得体の知れない匂いを僕の鼻腔を擽ったのである。その時に僕は思った。この世に存在する有機物には、それぞれ腐敗し始める腐点のようなものが在るのではないかと。
話は変わって、これは比喩でしかないのだが、人間にも腐点は在りそうだ。人それぞれが持つ己の欲求。似たような欲求でも人に拠って臨界点が違う。ここで言う臨界点とは、その値を超えると周囲の人間の存在が無に帰す事、社会性を無くす事である。時折、その臨界点が極端に低い人と出会う。傍目には面白いと思えなくもないが、実際に関わっていると迷惑なだけである。ただ、その人が全ての領域に於いてそうであるのではなく、部分的に(僕の主観では)腐っているだけなので、それ以後も相変わらず付き合っていく羽目になる。でもまあ、その領域が広ければ広い程疎ましく感じるのは事実なので、場合に拠っては離れざるをえないと判断する事も出てくるのである。
とまあ、偉そうに書いてみたが、そういう事に基準を作るのは難しいねえ。
消えていく町の綻び
- 2007-03-25 日曜日
- Category - People
- Tag - environment
左に掲げた写真、その光景はもう見る事は出来ない。去年に紫陽花に溢れた庭を持つ家が取り壊された記事(前のドメインで書いていたのでもう無いが)を書いたが、その向かいに在る家の一角である。或る休日の朝、朝食用のパンを買いに出た際にこの一角の前を通ったら、それまで在った室外機や消化器や石や紫陽花が撤去され、敷地境界線らしき白線が引かれていた。そしてそれから二月もしないうちにその古い家は取り壊されたのである。僕はこういった、自分の気に入った一角や道や庭を自分の住む町に幾つも持っている。しかし、今年になってそれらが古いものから順に取り壊されていっているのだ。さすがに道までは無くならないが、寂しいものである。
何故こんなにも残念に思うのか、前々から考えているのだよく解らない。自分が生まれ育った頃に見た家屋の造形に似ていると言えばそうなのだが、例えば玄関や軒先に鉢植えが並んでいるというのは見た事はない気がする。田舎なので家と家の間は離れており、東京の下町のように密集してはいないのだ。何もかもがもっと間延びした感じの空間である。だからそういう空間造形に対する感傷ではないような気がするのだが、もしかしたらもっと比喩的な、凝縮された感傷であるのかも知れない。
幸福という創造物
- 2007-03-01 木曜日
- Category - People
- Tag - philosophy / psychology / photograph
つい先ほど、イトーヨーカドーで慎ましい夕食を買い求めて部屋へ戻るべく踏切を渡ろうとしていた時、擦れ違った男子中学生が携帯電話で誰か向かってこう話しているのが聞こえた。「ご飯ある?」相手は母親であろうか、学習塾の帰りなのかよく判らないけれども、これから帰る家に何かしら期待が持てるというのは幸せな事だなあ、と思う。
そう言えば、ずっと以前に青山のワタリウム美術館で売られているポストカードを眺めている時に見つけた一葉の写真を思い出す。何処か外国のビーチで撮った写真で、高い位置から幼い男の子が父親の胸へ向かってダイヴする瞬間を写していた。男の子は父親が自分を受け止めてくれる事を一瞬たりとも疑う事なく満面の笑顔で飛び降りている。父親は少しだけ困ったような表情を浮かべながらも、逞しい上半身を輝かせながらしっかりと腰を据えて息子を受け止めようとしている。僕はカードを棚に戻す事も忘れてずっと眺めていた。
このような写真を撮りたいなあ、などと時折思う。しかし実際にはこれとは凡そ反対の要素を持つ写真ばかりを撮ってしまう。それはそれで仕方ないと思ってはいるのだけれども、いつの日にかそんな写真を撮る事が出来たならば、己の死が間近に迫る日々を、その写真を眺めながら過ごしたいと思う。自分はそんな幸福な世界を生きて来たのだと、自分を欺いてでも、そう思いながら死にたい。
そう言えば、ずっと以前に青山のワタリウム美術館で売られているポストカードを眺めている時に見つけた一葉の写真を思い出す。何処か外国のビーチで撮った写真で、高い位置から幼い男の子が父親の胸へ向かってダイヴする瞬間を写していた。男の子は父親が自分を受け止めてくれる事を一瞬たりとも疑う事なく満面の笑顔で飛び降りている。父親は少しだけ困ったような表情を浮かべながらも、逞しい上半身を輝かせながらしっかりと腰を据えて息子を受け止めようとしている。僕はカードを棚に戻す事も忘れてずっと眺めていた。
このような写真を撮りたいなあ、などと時折思う。しかし実際にはこれとは凡そ反対の要素を持つ写真ばかりを撮ってしまう。それはそれで仕方ないと思ってはいるのだけれども、いつの日にかそんな写真を撮る事が出来たならば、己の死が間近に迫る日々を、その写真を眺めながら過ごしたいと思う。自分はそんな幸福な世界を生きて来たのだと、自分を欺いてでも、そう思いながら死にたい。
境涯
- 2007-02-10 土曜日
- Category - People
- Tag - sociology / psychology
久しぶりに古い友人と電話で長話をしていると意外な話が出てきた。一月ほど前に宗教家である友人の元に、かつての共通の友人が相談に訪ねて来たとの事であった。僕は別な高校に通う事になったので、中学を卒業した後のその友人の事を僕は全く知らなかった。伝え聞くところに拠れば、高校ではさほど問題のない生活を送っていたのだが、社会に出る少し前から精神のバランスを崩し始め、そしてそのまま働いては辞め働いては辞め、を繰り返して来たとの事だった。
それで彼はどうにもならなくなり、手当たり次第に周囲に助けを求めるも何の救いも得られず、回り廻って友人の所へ頼ってきたのだった。宗教家の友人は話を聞きながら、訪ねて来た友人の変わりように衝撃を受けたようだ。僕が覚えているのは、いつもニコニコと白い歯を見せて笑っていた彼である。あれからもう20年以上経つ。そんなにも長い間、バランスを欠いた己の精神を抱えて生きてきたのだ。少し想像しただけでも目眩がする。
そう言えば中学の頃、その宗教家の友人の兄がこう言ったそうだ。「おまえらの学年は他の学年に比べて何処か違う。」何を持ってそう言ったのかは不明だが、そうかも知れないとは思った。とにかく面白い奴が多かったのだ。それだけに楽しい学校生活を送る事が出来たので、僕は密かに自慢に思っていた。しかし後年になって、ちらほらと耳に入ってくる同級生達は何だか大変な事になっている奴が多い。社会が大きく変動した訳でもないので、たかだか一二年の差に何かが在るとは思えない。なので僕の年代だけがそうである訳ではなく、どの世代でも同じように皆大変な事になったりするのだろう。
かつて、僕だけがおかしいのではないかと未だ悩んでいた頃。或る時期、或るきっかけで、誰もがそれぞれ少しずつおかしいという事に気付いた。そしてそのせいで誰もが日々酷い目に遭っている。その事実に対して僕は生まれて初めて絶望した。己が生まれ出たこの世界に言いようのない嫌悪感と無力感を味わったのだ。しかしそのままでは死ぬしかないので、僕は無理矢理にでもそれを認めるしかなかった。飲んで喰らって消化するしかなかったのだ。
それから長い年月を経て、今では随分と慣れた。世界の成り立ちとしてその事実を認める事が出来る。しかし、それでも、かつての時間や空間を共有した懐かしい人達には、幸せでいて欲しいのである。
それで彼はどうにもならなくなり、手当たり次第に周囲に助けを求めるも何の救いも得られず、回り廻って友人の所へ頼ってきたのだった。宗教家の友人は話を聞きながら、訪ねて来た友人の変わりように衝撃を受けたようだ。僕が覚えているのは、いつもニコニコと白い歯を見せて笑っていた彼である。あれからもう20年以上経つ。そんなにも長い間、バランスを欠いた己の精神を抱えて生きてきたのだ。少し想像しただけでも目眩がする。
そう言えば中学の頃、その宗教家の友人の兄がこう言ったそうだ。「おまえらの学年は他の学年に比べて何処か違う。」何を持ってそう言ったのかは不明だが、そうかも知れないとは思った。とにかく面白い奴が多かったのだ。それだけに楽しい学校生活を送る事が出来たので、僕は密かに自慢に思っていた。しかし後年になって、ちらほらと耳に入ってくる同級生達は何だか大変な事になっている奴が多い。社会が大きく変動した訳でもないので、たかだか一二年の差に何かが在るとは思えない。なので僕の年代だけがそうである訳ではなく、どの世代でも同じように皆大変な事になったりするのだろう。
かつて、僕だけがおかしいのではないかと未だ悩んでいた頃。或る時期、或るきっかけで、誰もがそれぞれ少しずつおかしいという事に気付いた。そしてそのせいで誰もが日々酷い目に遭っている。その事実に対して僕は生まれて初めて絶望した。己が生まれ出たこの世界に言いようのない嫌悪感と無力感を味わったのだ。しかしそのままでは死ぬしかないので、僕は無理矢理にでもそれを認めるしかなかった。飲んで喰らって消化するしかなかったのだ。
それから長い年月を経て、今では随分と慣れた。世界の成り立ちとしてその事実を認める事が出来る。しかし、それでも、かつての時間や空間を共有した懐かしい人達には、幸せでいて欲しいのである。
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