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DOG ON THE BEACH

絵画と気候

 歳をとってきたせいなのか、近頃興味を持つ絵画と言えば日本画ばかりである。昔、学生の頃には日本画には全く興味がなかった。僕が通っていた大学には存在しなかったが、日本画科に通う連中が居る事が不思議でならなかった。日本画を観て心地良いと思った事が一度もなかったからである。それがどうした事か、最近は日本画ばかりが気になっている。
 他人の事は解らないので自分の事に関して言えば、歳をとると生命体として弱くなるが故に、いやが上にも自身のおかれた環境に寄り添うものを好むようになるのではないだろうか。例えば特にこの時期、この高温多湿な環境のもとで油で溶いた絵の具をべったりと厚塗りした絵など観たいであろうか。僕は鬱陶しくて仕方がない。そういう絵は完全に空調管理した室内でのみ、というかそういう環境でしか観る気になれない。こうした環境下で不快をもたらさずにすんなりと入り込めるのは、やはり日本画である。美術とは博物館に閉じこめられたものを観るものではなく、もっと生活の中に散在するものを眺めるべきものであると僕は思う。

 学生の頃から日本画に興味を持ち、更にはそれを習得しようとする人達は、これと同じような事を思っているのだろうか。それとも別な入り口が在るのだろうか。今更戻れはしないが、少し興味がある。

 そう言えば何年か前に、年若い知人に同じ事を語って聞かせた覚えがある。彼女は東京を離れ、今では何処かで穏やかに暮らしているようだが、元気なのかなあ。

100万人のキャンドルナイト 2008 夏至


  • 最終更新日時 : 2008-12-19 23:29:04

西暦2008年、昭和で言えば83年。

 Yahoo ! ニュースにも出ていた記事で、シチズンホールディングスが調査した「地球環境を守るため、生活レベルをいつ頃まで戻せますか?」というのがあって、その記事に拠れば人々は全体の平均として1987年(昭和62年)までは戻せると感じているようだ。僕個人としては、懐古趣味も手伝ってか、昭和40年代まではいけるような気がする。それより以前を想定出来ないのは、要するに僕は実体験として知らないからである。
 合理性や利便性は全ての人間の幸福の為に開発されたものではない。それにそれらの効率は物だけではなく人間に対しても求められる。効率の良さを念頭に置いた生活など、最早人間の生活だとは思えないのである。この頃よく考える。生活は手間をかけた方が面白いし楽しい。自分に必要な事はちゃんと自分の手を使って行う。それ以外の事が一体何の為に存在するのだろうか。

真夜中の映画館

 先の火曜日、僕は仕事の帰りに「僕の彼女はサイボーグ」を観てきた。場所は新宿バルト9。映画館に足を運ぶ事の少ない僕は、新しく出来たこの映画館の存在を今回初めて知ったのであるが、この映画館は良い。なんたってミッドナイト上映と称して遅くて27時頃までやっている。さすが不夜城新宿である。夜中まで遊ぶ客達か、それとも店を開いてる飲食業従事者達を当て込んだのだろうか。それにしても27時終演というのが絶妙な時間設定である。朝の3時に放り出されても行く所が無い。
 今回僕が行ったのは22時終演の時間枠であったのだけれど、夜も深く、この季節特有の湿気を帯びた繁華街に放り出されるのはなかなか良い。何処かで一杯引っかけるか、腹が空いていれば蕎麦でも手繰って、家に戻ればシャワーを浴びてそのまま寝て仕舞えば良い。これまで仕事の帰りに映画を観て帰るなんて習慣のなかった僕には楽しい経験であった。暗い場所で映画を観た後に、目の眩むような陽の光に晒される事を不快に思っていた僕にはうってつけの映画館である。
 であれば、休日の遅い時間から始まる映画を観たら良いじゃないかと思うかも知れないが、これがまた微妙な問題で、夕刻になって外へ出かけるというのがどうにも好きではないのである。子供の頃からの習慣が抜けきれないのだ。

津軽三味線とフラメンコギター

 昔何かの折に「津軽三味線とフラメンコギターって似てるなー」と思った事を今日久しぶりに思い出した。度々そうは思っていたのだが、ただそう思うだけでその理由を探ったりせずにこれまで来た。しかし今日はちょいと探りを入れてみた。
 ネットで検索してみると、同じ様に感じる人は割と居るようで幾つかヒットした。例えば、津軽三味線を聴いたとあるフラメンコ好きの女性はこう書いている。
西洋音楽の平均率ではとれない 音の波 鼓舞し 節回し  フラメンコと似ている。津軽三味線に魅せられて ジャパメンコ!/ Happybirthday!より愛を込めて
 そして別なギター弾きであろう男性はこう書いている。
 「津軽じょんがら節」「津軽よされ節」「津軽あいや節」と伝統的な3つを見たんですが、中央に三味線、向かって右にお囃子(歌か)、向かって左に打楽器がありました。これ、メンコとほとんど一緒ですね。カンテや、カホンがギターのサイドにいる感じと。
視覚的にも似てるけど、三味線もギターも「歌」の伴奏から(メンコはバイレの伴奏も)始まったという歴史的発生という点においても似ているのです。
 共通点を挙げればキリがないくらい出てきます。弦楽器であることは言わずもがな、メンコの「形式」に津軽三味線の「節」が対応すると考えられるし、独特のリズムを持つという点も。
 音という意味で聴覚的にも、ファルーカなんかは演歌に近い雰囲気もあるし・・・Panorama / Wash Away
 上に書いてあるように音数の多さや叩き付けるような弦の弾き方だけでなく、歌い手の節回しも似ているのだ。蛇足を加えると、津軽に限らず日本民謡はカンテ(フラメンコに於ける歌の部分)は似ているし、コーランの詠唱にも似ていると僕は思う。これも同じように感じる人はいるようだ。

 ★

 さて、これらは何故似ているのだろうか。偶発的に似たようなものが離れた地域で発生する可能性を否定出来るものではないが、それでは話が面白くないので、飽くまで繋がっていると考えたい。歌い方に関しては、どう考えても一番歴史が古そうなコーランから伝播したと考えるのが妥当だと思う。弦楽器の伝播については諸説あるようでよく判らないのだけれど、Wikipedia での津軽三味線の記述の中にはこうある。
 弦楽器そのものの発祥は中東とされる。その後構造的に変化しながら、インドを経て中国に入り、中国南部において「三絃」が成立。この「三絃」が沖縄を経て畿内に持ち込まれ(異説あり)、江戸時代中期に日本独特の三味線となった。以降、三味線は日本各地の土着芸能と融合して様々に発達し、当時日本最北端であった津軽地方において津軽三味線となる。Wikipedia
 これもやはり出所は中東なのか。という事は弦楽器と共に歌い方も、中東から西の欧州へそして東のアジアへと伝播されたと考えるべきか。しかしそれにしては、コーラン・フラメンコ・日本民謡以外の、伝播する際の途中の地域にそういう歌い方が存在するという事実を僕は知らない。まあ僕が知らないだけという事かも知れないが、少なくとも僕は聴いた事がない。

 色々と記事を漁っていると別な考え方も出てくる。この記事では津軽三味線とフラメンコギターが似ているとしつつも、その理由に似通った社会的な状況の下に育ったものであるともしている。
 フラメンコを生んだのは、ヒターノ(ジプシー)だ。差別され、虐げられてきた歴史がフラメンコには秘められている。われわれ東北人も長いあいだ差別され、虐げられてきた。なにしろ、ほんの20年くらい前までは、「日本のチベット」などと呼ばれていたのだ。
 そんな東北で、さらに差別を受けていた人々が津軽三味線を生んだ。そういう共通点がある。
(中略)
 津軽三味線の歴史は、大條和雄氏の長年の研究によって、ほぼ明らかになっている。それによると、津軽三味線は明治期に誕生している。津軽三味線が登場する以前、日本には雅楽を除いて「器楽曲」はほとんどなかった。津軽三味線は日本音楽史において革命的なものと言っていい。同様にフラメンコ・ギターの歴史も、われわれが思っているほど古くはなく、おそらく津軽三味線と同じくらいの歴史らしい。ただし、津軽三味線にもフラメンコ・ギターにも、それぞれその源となる音楽がもちろんあった。フランメンコ・ギターと津軽三味線〜アントニオ・ガデス舞踏団への旅2
 虐げられた人間の作る音楽が、場所を変えても同じ様式を持つようになるとは思えないが、音の強さや激しさは共通するかも知れない。僕がネットで調べたくらいで証明されるような簡単な話ではないとは思うが、何だか非常に興味を持ってしまう。スペイン研究者の古屋雄一郎はこう書いている。
 フラメンコを習う人が日本には本当に多い。(中略)ユーラシア大陸の中央を発したジプシーが、西はアンダルシーアへ、東はツガルへ向かった、荒唐無稽な伝説ではあるけれど、信じたい気持ちがするし、なにより歓びを感じる。津軽とフラメンコ / フルヤな部屋
 本当に無茶な話だけれど、そうであってくれたらどれだけ楽しい気分になれる事か。遠い過去の事だとはいえ、自分が属するものと全く別な何かが繋がるというのは嬉しいものである。
Mirror to We Are Boogie

死んだ食物

 ここ半年くらいの僕の平日の食生活。朝起きて直ぐには何も食べられないので、仕事場の近くのコンビニでおにぎりを二個買って食べている。昼は幾つかの事情に因り、またしてもコンビニで何か買って食べるのが週の半分くらい。半分固形化した油が僕は駄目なので、出来るだけ油を使ってなさそうな物を選んでいるが、あまり食欲はないので少量に留める。そして夜は帰りも遅いし何もしたくないのでスーパーで安売りされている総菜を肴に酒を呑んでいる。
 こう書くと酷い食生活を送っているように読めるが、独身者の慣習としては割合一般的な気もする。一応栄養のバランスを考えてはいるし。僕は毎日違う物を食べたいという欲求は余りないので、毎日同じものを食べる事も苦痛ではない。そういった感じでこんな食生活も何の不都合もなく送れてしまうのだけれど、時々ふと考える事がある。何だか死んだ食物ばかり食べているような気がする、と。何というか、僕が毎日食べている食物には勢いというか豊潤さが全く無いのである。味がどうのこうの言う前の話である。単に調理してから時間が経っているという理由ではなく、何かがすっかり抜け落ちている状態の物しか口にしていないように思える。
 僕の体調の程度に因るものではないかとも考えてみるのだが、そんなのは毎日変わるし、継続して感じるという事は食物側に何かしらの問題があるのではないかと考え始めた訳である。簡単に言うなら、腹が減ったから食べているのに、身体が喜んでいない気がするのだ。そうすると食べ続ける気は直ぐさま失せるし、その後はただ流し込むだけである。

 一体何が原因なのだろうか。食べる事を楽しめないというのは非常に由由しき問題であると思う。加工品ばかり食べているから防腐剤のせいかとも思うし、吸ってる空気や水の問題であるようにも思える。
 例えば、5年か6年くらい前に箱根に旅行した時の事。泊まった旅館の夕食に出された山菜尽くしの数々の料理。味付けもシンプルというか地味であったのだが、僕は御飯を四膳もお代わりしながらそれらの料理を食べ続けた。普段の僕の食の細さを知っていた同行した人も、それに僕自身も驚くほどの食欲で出された物以上の料理を平らげた。美味しかったというのも勿論だが、それ以上に兎に角嬉しかったのだ。身体がとても喜んでいた。
 僕が普段食べている食物には、箱根で食べた物のようなエネルギーのようなものが全くない。

 ここ数日僕が考えている事は、其処で生産若しくは採れた食材を、其処で調理し、其処で食べさせる食物を食べたいという事。売る為ではなく、生きる為に用意された物を食べたい。

水と人の親和性

 羽海野チカの " 3月のライオン " を読んでいたらこんな場面が在った。事故で両親と妹を亡くした17歳でプロ棋士の主人公は、自宅の近所(モデルとしては月島)を流れる河を眺めながらこう考える。
 河が好きだ。好きなものなんてそんなにはないけど・・・。水がたくさんあつまった姿を見ていると、ぼうっとして頭がしんとする。
 よく解る表現である。川面をじっと眺めていると次第に周囲の音や匂いやその他の感覚が少しずつ遠のいて頭の中がとても静かになる。僕は生まれてこの方河の近くにしか住んだ事がないので、それだけ親しみも在るし懐かしさもある。しかしそれだけでは説明出来ない何とも言いようのない感覚に陥ってしまうのである。それが物質としての水そのものにその影響力が在るのか、それとも水の流れにあるのか、今を持ってよく解らない。
 ただ、頭の中がごちゃごちゃして一体全体何から手を付けて良いのか、更に進んでもう何もしたくないと思っているような時には、河の流れを眺めて過ごせば幾らかは気が楽になるような気がする。言葉を換えるならば、有効な自分の緩め方であると思う。
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