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DOG ON THE BEACH

小五郎 04

 前回小五郎は女にモテるという話をしたが、では男にはモテないのか。これについては些か判断が難しい。このマンションには僕が知っているだけで5人の男が住んでいる。少ないような気がするだろうが、小さなマンションだし空き部屋も在るようなのでこれが住人の男の全てだろう。男女の比率で言えば若干女が多いくらいだろうか。そんな中、男の住人が小五郎に対して何かしら声をかけたり頭を撫でたりしているところを僕は見た事がない。通行人にしたってそうだ。この事実だけを元とすれば小五郎は男にはモテない、という事になる。しかしながら、僕が他の住人達を顔を合わせる事は非常に少ない故、僕の窺い知らぬところで小五郎は可愛がられているのかも知れない。世の中には猫好きの男なんてたくさん居ると思うのでその可能性は否定出来ない。それにしても、一度も見た事がないのは何故なのだろうか。どうも腑に落ちない。まさか小五郎が雄猫だからという理由ではあるまい。

 そして僕の場合、小五郎を見かければ必ず声はかけるし手近に居れば頭を撫でる。日に拠って逃げられてしまうのは、僕が時々尻尾を引っ張ったりして悪戯をするせいなのだろう。声をかけたり頭を撫でたりする事も含め、どうしてもちょっかいを出さずにはいられないのだ。これはもう僕個人の癖というしかない。猫に限らず、昔実家で飼っていた犬にもそうだったし、気に入った女が居れば必ずそういう事をしてしまうのだ。そしてこういう事を続けていれば、何れは嫌われてしまうというのがオチだ。小五郎にしても、神妙な面持ちで頭を撫でさする事を許しているが何処かしら警戒している雰囲気が在る。

 気がついた事がひとつ。小五郎は僕や他の愛好者達の前では決して鳴かないのだ。大人しく可愛がられてはいるが声を発する事がない。しかし静枝夫人が一緒に居る場合だけは何故かしら如何にも猫らしい声で鳴くのだ。日が沈み、だいたい晩の七時頃になると夫人は小五郎に餌を与える為に部屋から出てくる。その音を聞きつけた時の小五郎の態度ったらないのだ。そこまでやるかと思う程に甘ったるい声で鳴いて夫人を呼び寄せ賞賛する。その間どんなに口汚く夫人から罵られようと鳴き続ける事を止めない。何というか、何処までも己の欲求に従い一番効果的だと思える行動を取る。その正直さには恐れ入るものがあり、愛でられる側の強みと言おうか実に羨ましい限りである。

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このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
  • Last modified : 2008-10-31 21:25

小五郎 03

 世の中には猫が嫌い、そもそも動物が嫌いという人は結構居るようで、このマンションの通りに面した残りの三方の内二方を猫嫌いな民家に囲まれている。小五郎に限った事ではないが、近所の野良猫どもは家々の塀の上や犬走をそれこそ走り回り、己を嫌う人間達に平気のへの字で嫌悪感を抱かせ続けている。その事に業を煮やしたその二軒が区の保健所に苦情を申し付け、或る日突然マンションの敷地内に鉄骨とコンクリートを用いた鼠返しならぬ猫返しを設置したのである。この行いを目の当たりにした静枝夫人は怒り心頭に発し、この猫返しの設置を許可した管理会社の担当者を散々に苛め続けたのであるが、結局は折れたようだ。それもそのはず、このマンションでは動物を飼ってはいけない事になっている。
 それから暫くした後に、小五郎がこの猫返しの上から地面へ飛び降りる際に着地に失敗して脚に怪我を負うという事件が起きるのだけれど、この時の事は根深い恨み節となって僕は夫人から幾度となく聞かされる事となった。

 そんな風に時には憂き目に遭う小五郎であったが、基本的には人気者である。特に女には。寒い季節でもなければ大体は、マンションの入口付近にいつも駐めてあるスクーターのシートの上に鎮座し通りを眺めている事の多い小五郎であるが、元来が美しい猫であるせいか、往来を行き交う女達の何割かは小五郎を見遣りながら通り過ぎていく。そんな時小五郎は面前を通り過ぎる人間の事など気にする様子もなく澄ました顔で通りを眺めている。やがてその内の何人かは小五郎にそっと近づき頭を撫でようとするのだが、ここからが小五郎の本領が発揮される。自分を可愛がりたいという欲求を持つ人間に対してどういう態度を取れば良いか実によく心得ている。頭に手を置かれても決して退いたりせず、ほんの少し首をすくめたまま、人間の思うがままに撫でさせる。そして人間が十分だと思う少し手前くらいに、今度は小五郎の方から頭をその置かれた手に押しつけていくのである。そんな事をされると人間の側としては嬉しくって仕方がないようで、撫でさする手の動きを早め口元に笑みを浮かべてすらいる。ここまでも人間の驕慢さを熟知した猫もそうは居まい。小五郎は決して野良ではなく、人間に飼われる事に拠ってもたらされる恩恵を最大限に活用して生き長らえてきた、言わば遣り手の放蕩猫である。

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  • Last modified : 2008-10-20 22:01

小五郎 02

 この小五郎、事実上は静枝夫人の飼い猫である事は間違いないのだが、当の夫人がその事実を認めたがらない。彼女曰く「迷い込んだ野良猫の世話しているだけ」との事だが住人の誰もがそうは思っていない。そんなものは世間体を気に病んだ上での戯れ言に過ぎない。夫人は事ある毎に、元々猫好きで小五郎以外にも何匹もの野良猫の世話をしているのでその一環である、というような内容の話を少しずつ変化させながら僕に話して聞かせるのだが、夫人が他の猫の世話をしているところなど一度も見た事はない。阿保らしいのでその類の話は全て聞き流す事にしている。その話を僕だけにしているとは到底思えないので、他の住人達も同じ様な思いで夫人を眺めているのだろう。
 更に夫人の悪いところは、立ち話の歳に話題が小五郎に移ると途端に悪口を言い始める。勿論小五郎のである。やれ世話が焼けるだの、言うこと聞かないだの、餌代やたまにかかる病院の治療費が嵩むだの、小五郎が居るおかげで旅行にもいけやしないだの、それはもうありとあらゆる理由をつけて罵る。しかしその罵り言葉の端々に小五郎に対する依存を感じさせるのが、これまた面倒臭い。誰よりもその野良猫を必要としているのはあんたじゃないか、と言いたくなるのも当然だが、でもそんな事は言わない。燈刻となり、近くのスーパーで総菜や生鮮食品が安く売り叩かれる頃になると、小五郎の為に鶏のササミを買いに出かける着飾った後ろ姿は何処か物悲しい。事実を突きつける事が全て正しいとは言い切れない、とそんな事を思う一瞬である。

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  • Last modified : 2008-10-15 22:32

小五郎 01

 野良猫もふとした機会に人間に馴染み、餌付けされ、幸か不幸かそうした生活を続けていればここまで堕落するものなのだろうか。僕は室外機の上にひっくり返って寝ている猫の小五郎を打ち眺めてそう思い遣った。

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 この小五郎、およそ三年くらい前の或る日にこのマンションの敷地内に迷い込み、外部階段の物陰に潜んでいるところを此処の住人である静枝夫人に見初められそのまま保護されたのだそうだ。この静枝夫人という呼び名は僕が勝手にそう自分の中で読んでいるだけの話で実を言えば本名は知らない。向こうから名乗る事もなければ僕から呼びかける事もない。塀無き空間に於いて個人を守らねばならない都会暮らしの中ではそれも取り立てて不思議な事ではないし、たまに顔を合わせる程度であれば何の不都合もないのである。僕が出勤する朝や帰宅時の夜に見かける時には夫人は部屋着そのままで、敷地の内で小五郎に餌をくれていたり亦は小五郎の寝床の掃除をしていたり、そうでなければ玄関前を掃いていたりしている事が多い。しかし休日の昼間、稀に何処かに出かけるか若しくは何処からか帰ってきた様子の時には大概は派手に着飾っている。その派手さというのが何処かしら常人のそれとは違い、どちらかと言えば夜に似合うような格好である事から、僕は彼女が酒と女を提供する類の仕事をしていたのだろうと踏んでいる。愛想は良いが口は悪い。いつぞやは立ち話の中で客の引き方とあしらい方について講釈を頂いた覚えもあるので、恐らく間違いないであろう。既に老婆と呼んでも差し支えないくらいの年齢に達しているが、現在は一人暮らしである。

 猫の話に戻る。小五郎というのは静枝夫人が名付けたものだ。僕は彼女がそう呼ぶからそれに習っているに過ぎない。一度訳を尋ねた事があって、その時の答えは「呼びやすいから」との事であった。小五郎はアメリカン・ショートヘアで銀色に黒の縞模様。このマンションに来た当時は既に仔猫ではなかったが、若々しく美しい雄猫であった。成長した今ではそれに精悍さも兼ね備えている。
 さてこの迷い猫、雑種の野良としてこの世に生まれ落ちたとは到底思えない容貌で、何故このマンションに迷い込んで来たのかが何とも不思議に思えるが故にマンション界隈では様々な憶測が立っていたのだが、つい半年ほど前にその理由が判った。突き止めたのは勿論静枝夫人。実は二つ向こうの通りに面する或る一家の元に生まれた四匹の仔猫の内の一匹であるらしいのだ。かつて静枝夫人はこう言っていた。「この猫は人間に飼われていた形跡がある」と。野良にしては人間に慣れ過ぎているという事らしいが、それもこれで合点がいくというものだ。しかしながら、何故小五郎は生まれ育った家を出る事になったのかは謎のままだ。夫人もその事については尋ねていないらしい。何か気になる事があれば何処までも追求する癖のある夫人にしてはやけにあっさりと引き下がったものだ。僕の与り知らぬところであるが、近所付き合いの中に余計な波風を立てたくなかったのかも知れない。

 そして小五郎と言えば、たまに近所を彷徨く事はあっても、基本的にはマンションの敷地の内に居座り続け、まるで王様のような顔をして暮らしている。

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  • Last modified : 2008-10-16 20:40

寒空の色

 新宿南口、フラッグスビルの前、壁を背にしたスモーキングエリアで、もうかれこれ一時間を過ごしていた。その場所が気に入ってそうしている訳ではないし、曇天の下、冷たさを含んだ風に晒されている事がそんなに楽しい事であるはずもない。実を言えば、もう一年近くも連絡を絶っている女にメールを送ろうかと迷っているのだった。
 今日はその女の誕生日であり、去年までは数年の間、毎年祝いの言葉を贈り続けていたのだけれど、疎遠になった今、今更そんな事をして良いのかどうか判らないでいるのだ。いや、良い悪いの問題ではない。今更そんな事をしてどうなるというのだ、と考えてしまうのだ。去年までの数年間、度々彼女と過ごしていたが結局その関係は何も生まなかった。彼女がどう思っていたのかは判らないが、何も生み出さない長い時間は僕の気持ちを疲弊させた。そしてある時、いつものように彼女からの連絡が滞っている中、僕は彼女に話しかける努力を止めた。
 もともと共通の友人や知人もいなかったので、当人同士がやりとりしなければお互いの存在の影すら認める事は出来ない。そんな希薄な関係だったが故に僕の世界から彼女はあっさりと消え去ってしまった。

 その後の僕の生活の中に、というか僕の脳裏に彼女の姿が浮かんでこなかったのかというと全くそんな事はなく、度々思い出すのだけれどその度に僕は気付かないふりをして、目の前の諸事に現を抜かす事で忘れ去っていた。しかしそうやっていても何れは、冬になれば否が応でも彼女を思い出さずにはいられないし、その事に囚われて過ごす事になる事も判っていた。何しろ忘れたくても忘れられない日に彼女は生まれ、僕は世事の祝祭と共に彼女を思い出す事になるからだ。

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 僕は携帯電話を握りしめ、さっきから一年前に彼女から送られたメールを読み返している。何の変哲もない、何の感情も沸きようもない当たり障りのない言葉が並んでいた。僕達はこんな言葉を交わす事で数年を費やしていたのだろうか。
 今思い出した。それらの言葉は僕が好んで使っていたのだった。いつしか言葉に何かしらの気持ちを乗せる事に恐れを抱き始め、頭を振り絞っては言葉を選び、素っ気なさを装っていたのだ。僕は彼女に、まるで老人同士の時候の挨拶のような退屈を押しつけていたのかも知れない。思えば、そんな関係が続くはずもない。僕は僕自信の首を切り落とす為に言葉を費やしていたのだ。

 彼女に贈る言葉が何ひとつ思い浮かばない。彼女の近況など全く知らないから、婉曲的にその辺りの話題を振る訳にもいかない。そもそも僕はどうしたいのだろうか。いくら頭を捻ってもよく解らない。ただ、彼女に話しかけたい衝動だけはある。話したい事がある訳ではない。でも話しかけたい衝動が抑えられない。恐らく、僕はたぶん、彼女に関わっていたいのだ。ほんの一瞬でもいいから彼女の人生に関わらせて欲しいのだ。何も生み出さないかも知れないが、このまま一生死ぬまで彼女に関われない事が我慢出来ないのだ。

「誕生日、おめでとうございます。」

 なりふり構わぬ勢いで書いたはずなのに、やっぱりこんな事しか書けなかった。言葉など信用出来るものか。いつの時でもまとわりついて離れない僕の意識がどうしても邪魔をする。言葉の持つ不確かさは時には便利であるけれども、肝心な時には役に立たない。しかし相手に差し出せるものが言葉しかない場合、半ば絶望的な気分で言葉を削る。結果、何も伝わらない。
 諦念。ギリギリまで考え詰めてようやく到達する感情。今以上に状況が悪くなろうとどうなろうと、それはそれでどうにか受け容れられる。そうして僕はようやく、送信ボタンを押す事が出来た。

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 それから30分くらい後、着信を確認するが何も無し。落胆と安堵が入り交じる。このまま返信が無ければ僕はこの心苦しさから解放されるのに。
 一年前まで、何度となくそう思っていた事を思い出す。そうか、僕はあの時、彼女にとって僕が「不要」である事を言い渡される事が怖くて、先回りして自分を貶め、諦める事で安心していたのだ。その場その場で、最悪の状況を予めシミュレートして自分が傷つく事を最小限に留めようとする癖は、長い間の僕の習慣である。それが良いか悪いかなどは知らない。とにかく、自分自身を守る事で手詰まりだった僕には、それが精一杯の行動だったのだ。

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「覚えていてくれるとは思いませんでした。ありがとうございます。」

 メールを送ってから約2時間後、タワーレコーズでCDを物色している時に着信に気付いた。一体何を言っているのだろうか、どうやったら忘れられるのか、知っているのなら教えて欲しいくらいだ。僕は半ば憤慨し、半ば安堵し、そして嬉しかった。この先が同じ事の繰り返しになるとしても、その結果として何も生み出さなくても、喜びや幸せというものから遠くかけ離れようとも、僕自身が望んだ事として、安らかに眺める事が出来るような気がする。
 僕は何も買わずに店を出て、ぼんやりとエスカレーターで下まで降りた。ビルと甲州街道の間に在る広場では、たくさんのサンタやトナカイが道行く人々に赤と緑のリボンが結ばれた真っ白なポケットティッシュを配っていた。愛している人にも、愛されていない人にも。彼らの立つ凍えた地面の上空には、比較しなければ認識出来ないほどに薄められた青を落とした、陰鬱な曇り空が広がっていた。

 関わらせてくれて、どうもありがとう。

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  • Last modified : 2008-10-15 22:32

坂道

 あれは確か早春の日曜日の朝。僕等は電車に乗って遠くに出かけようと、アパートから駅へと続く緩やかな坂道を歩いていた。風はまだまだ冷たくて、僕等は二人ともセーターとコートをしっかりと着込み、毛糸の帽子を目深に被っていた。けれども陽射しはとても明るくて、厳しく薄暗い季節が明けた事を僕等に教えてくれていた。
 僕等は日差しの暖かさに頬を緩め、浮き立つ気持ちを抑えきれずにいた。そしてとうとう、遠くへ行きたいのなら早い時間に電車に乗ってしまわねばならない、という大前提の予定の事などすっかり忘れてしまい、誰かの家の玄関先に花を開こうとしている白い蕾や、後数年経てば朽ち果てる予定が立っていそうな家屋を古い写真機の中に収めたり、家々の隙間から隙間へと走り抜ける猫を追いかけたりして遊んでいた。

 そんな僕等の眼球の裏側を目映く痛めるのは、坂道の真ん中に引かれた真っ白な線。暗いアスファルトの上に、まるで僕等を誘導するかのように引かれたセンターライン。駅へと続く道の上を、真っ直ぐに、時にカーブを描いて、街並みに隠れて見えなくなるまで走り抜けていた。
 真新しい朝と、今日の為に新しく引かれた白線。行き先での心地良さを頭一杯に思い浮かべ、僕等は白線の上に立ち写真を撮った。墨色の影法師は、僅かに肩を寄せて立っていた。

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  • Last modified : 2008-10-15 22:32

Gundam Shot Bar - ZION -

 以前から噂いは聞いていたが、これまでに行ったという人にお目に掛かった事がなかったし、ほぼ忘れかけていたのだが、仙台にはガンダム・ショット・バーが在るそうだ。メニューもそのサイトでご覧の通り。「ビグザム出撃後の肉団子」や「マクベのもやし炒め」など、口元を歪めずにはいられないセンス。少年期をファースト・ガンダムを観て過ごした者としては、一度は足を運ばずにはいられまい。上記のサイトにバーの住所その他が紹介されている。
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