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DOG ON THE BEACH

死んだ食物

 ここ半年くらいの僕の平日の食生活。朝起きて直ぐには何も食べられないので、仕事場の近くのコンビニでおにぎりを二個買って食べている。昼は幾つかの事情に因り、またしてもコンビニで何か買って食べるのが週の半分くらい。半分固形化した油が僕は駄目なので、出来るだけ油を使ってなさそうな物を選んでいるが、あまり食欲はないので少量に留める。そして夜は帰りも遅いし何もしたくないのでスーパーで安売りされている総菜を肴に酒を呑んでいる。
 こう書くと酷い食生活を送っているように読めるが、独身者の慣習としては割合一般的な気もする。一応栄養のバランスを考えてはいるし。僕は毎日違う物を食べたいという欲求は余りないので、毎日同じものを食べる事も苦痛ではない。そういった感じでこんな食生活も何の不都合もなく送れてしまうのだけれど、時々ふと考える事がある。何だか死んだ食物ばかり食べているような気がする、と。何というか、僕が毎日食べている食物には勢いというか豊潤さが全く無いのである。味がどうのこうの言う前の話である。単に調理してから時間が経っているという理由ではなく、何かがすっかり抜け落ちている状態の物しか口にしていないように思える。
 僕の体調の程度に因るものではないかとも考えてみるのだが、そんなのは毎日変わるし、継続して感じるという事は食物側に何かしらの問題があるのではないかと考え始めた訳である。簡単に言うなら、腹が減ったから食べているのに、身体が喜んでいない気がするのだ。そうすると食べ続ける気は直ぐさま失せるし、その後はただ流し込むだけである。

 一体何が原因なのだろうか。食べる事を楽しめないというのは非常に由由しき問題であると思う。加工品ばかり食べているから防腐剤のせいかとも思うし、吸ってる空気や水の問題であるようにも思える。
 例えば、5年か6年くらい前に箱根に旅行した時の事。泊まった旅館の夕食に出された山菜尽くしの数々の料理。味付けもシンプルというか地味であったのだが、僕は御飯を四膳もお代わりしながらそれらの料理を食べ続けた。普段の僕の食の細さを知っていた同行した人も、それに僕自身も驚くほどの食欲で出された物以上の料理を平らげた。美味しかったというのも勿論だが、それ以上に兎に角嬉しかったのだ。身体がとても喜んでいた。
 僕が普段食べている食物には、箱根で食べた物のようなエネルギーのようなものが全くない。

 ここ数日僕が考えている事は、其処で生産若しくは採れた食材を、其処で調理し、其処で食べさせる食物を食べたいという事。売る為ではなく、生きる為に用意された物を食べたい。

一汁三菜

 日本に於ける食事の基本と謳われるこの形式。厳密にこれを守っている家庭人など殆どいないのではないかと思うが、思い返してみれば、僕の実家での食事は基本としては大体に於いて守られていたように記憶する。飽くまで基本だけどね。しかも昔の話で。
 揃いも揃って身勝手で好い加減な性格の持ち主である我が家族は、年月を経る毎に基本が崩れていく。放っておけば勝手に自分が食べたいものを勝手に作り始める男共に対して、母だけが最終的な基本形を守り続けていた。毎日の生活に於ける中心はどう考えても母であったし、またそうあるべきである。しかしながら唯一人、人の話の腰を折るのもまたこの人である。誰かが喋っていても余り聞いていない。自分が喋りたければ周囲の意志や状況はお構いなしである。・・・いやまあ、そんな話は関係ないか。

 僕の食生活の起点となっているのは晩酌時である。夜ともなればずっと呑み続けているので、必然的にまともな食事をする事がない。肴にちょっと毛が生えたくらいのものである。それでも一応は栄養のバランスはうっすらと考えてはいて、野菜とタンパク質を交互に摂ったりしている。炭水化物を摂る事は少ない。夜中に余程腹が減った場合か、休日の夜くらいなものだ。そして足りない炭水化物は朝や昼に摂る。朝は何か食べないと目が覚めないので、何かしら食べる。平日はコンビニでおにぎりを少なくとも一個は食べている。そして昼も炭水化物が中心の食事を摂る。
 朝や昼は時間をかけて食事をする暇はないので、取り敢えずエネルギー源を掻き込み、夜は酒を呑みながら炭水化物を摂る気には余りなれないのでそれ以外の栄養素を摂る。一日を平均すれば実に理に適った栄養摂取であるように思うのだが、どうなんだろうか。

 そんな生活を続けている僕も、最近は一汁三菜の食事というものが、やはり日本人の食生活に於ける理想型であるのではないかと思い始めている。昔から口の中が乾く感覚が嫌いなので、食事時に汁物は欠かせないし、タンパク質中心の食事は気が滅入る。そして歳をとったせいか日本食以外の食べ物には違和感を感じるようになってきた。三食とは言わないまでも二食でも一汁三菜の食事を摂っていればもっと健康なのだろうなあ、と考えるよりも先に身体で感じている。とは言え単身者にその食生活は異次元の話のようにも思える。しかしながら食生活の追求というか充実は、似非とは言え文化人の基本であるよなあと思う冬の夜。

 余談だが、神楽坂に日本酒と一汁三菜しか出さない呑み屋があるらしく、二度ほど足を運んだのだが何れも店が閉まっていた。今ではその店の名前をも忘れてしまったのだが、やはり行ってみたいなあ。

 追記 2008.01.22: その神楽坂の店の名前は伊勢藤であった。それと、一汁三菜はお通しだけの話で、その他にも色々と用意してあるとの事。リンク先に更にリンクされたサイトに店構えの写真が在る。この季節、粉雪が似合いそうな素晴らしき風情。

雑炊の作り方について

 昨夜から胃腸の調子が優れず、久しぶりに水菜と釜揚げ白子の雑炊を作る。しかし長い間作っていなかったので何となく手順が朧気である。そこで以前に友人から教えて貰った時のテキストを探して読み直して作った。結果、なかなか旨い雑炊が出来た。少々煮すぎた感もあるが。
 せっかくなので再び載せておこう。以下原文より。

「 」は大事なとこ。 ☆は多分そうだと思われるとこ。
  • まず、「土鍋で作る」こと。普通の手鍋じゃ駄目です。熱の通りが違うので鍋じゃ全然美味しくないはず。
  • 出汁と米の割合は「2:1、もしくは3:2」(米を炊くときと同じくらい)

入れる順番ではなく、調理手順を書いときます。
  • まず、水菜を洗って切る。
  • 出汁と白子を土鍋に入れ、強火にかける。
  • 沸かしてる間に炊いておいた「米をざるに入れ、流水で洗ってほぐす(手早く)」
  • 出汁が沸騰しかけたら(周りがシュワシュワしだしたらですかね)、洗っておいた米と水菜を入れる。
  • ☆ しゃきしゃきの水菜が好きなら米の上にのせるのが良いと思う。
  • そのまま(もちろん強火のまま)蓋をする。
  • 「何もしない」
  • その間何もしない。
  • してはいけない。
  • 沸騰したら「すぐ」火を止める。
  • 胡麻やらネギやら海苔やら入れる。
  • 卵を入れる場合は最後に「細く回すように」入れて、「入れた瞬間すぐ火を止める」
  • 卵をバラしたいなら菜箸で「2・3回」混ぜる。
  • 黄身が65度、白身が70度で固まる(つまり余熱で十分。火にかけてたら煮すぎでまずい)
  • 3分煮ると言ってたが、多分3分じゃ長い。
  • さらさらな雑炊は「御飯の量と煮る時間」で決まる。
  • あと、かつおのみもいいけど、かつおとこんぶだともっと味が出る(バランスは好み)
  • で、胡麻は挽いたら香るので、挽いたものを食べる直前に入れるだけで時間は短縮されるかと。

 この記事は2004年5月19日にアップしたものに加筆し、再掲載したものである。文面を整理しようかとも考えたのだが、そうすると調理の際のリズムが損なわれるような気がしたのでやめておいた。

 追記 2008.01.08: 本人からの助言に拠り一部修正。

炬燵ライフに於けるその装具、供物及び着衣についての考察

 休日に一日部屋に籠もってぼけーっとしていると、いろいろと下らない事を考えてしまうものだ。昨日なども柔らかい陽射しが差し込む部屋の中で、オイルヒーターと加湿器で暖められた空気に微睡んでいたのだが、ふいに炬燵が欲しいなと思いついた。思いつくのは勝手だが我が家は狭い。ベッドかテーブルを始末しない限りは炬燵を置くスペースは無い。その歴然とした事実は如何ともしがたいので、炬燵を購入する件はすっぱり諦め、僕にとっての理想的な炬燵ライフについて考え始めたという訳である。以下にその諸条件を記す。
  • 炬燵布団には暖色を用いる。江戸前の藍と灰色と黒の縦縞も考えたが、何処となく寒々しいので止める。因みに僕の実家では、母の好みが大きく反映されていて、色は赤から橙までの色で、格子柄が多かったように思う。それでなければゴブラン織りのような重圧な文様柄。
  • 天板は木目を用いる。まあ、それ以外の物って見た事ないけど。
  • その天板の上に配置されるのは、急須・湯飲み・竹編みの容器に収まった蜜柑若しくは林檎・サラダ一番・アルファベットチョコレート、そして新聞広告を折って作った屑入れ・花瓶が一つ。
  • 部屋の隅には画面の大きなテレビ。自分の周りに放置されているのは漫画と小説。
  • どうせその内に横になるので座椅子は要らない。その代わりに枕代わりにする座布団。
  • そんな空間での自分の衣服はというと、丹前。これは外せない。その下には着古したスウェットシャツ若しくはセーター。で下半身にはやはりジャージだろうか。出来ればバッタもんである事が望ましい。「 adidos 」とか「 Pama 」とか「 Mike 」が適当だろう。
  • ここまで揃えればかなり充実した炬燵ライフを送る事が出来る。しかし欲を言えば、言わせて頂くならば、外を眺めるのに雪見障子が欲しいところである。そして勿論眺めるべき庭も。
 とまあ、こんな事を考えていたのだが、かなり個人的な経験に基づくものになってしまったので、僕以外の誰の役にも立たないだろうという気はする。世の中には炬燵と共に冬を過ごさない人はたくさん居るのだろうし、最早炬燵に愛着を感じる人の方が少ないかも知れない。炬燵を用いると掃除が大変だし、それを怠ると不衛生であるし、考えてみればちっとも合理的ではない。しかし、あの暖かさはいつまでも冬の記憶として忘れられないのである。

たぬき丼

  • 2007-10-18 Thursday
  • Category - Days
  • Tag -
 確か先々月の事。未だ夏であった。銀座での仕事が昼を跨ぐので、昼食を摂ろうと入った老舗風の蕎麦屋。当初は盛り蕎麦を食べようと考えていたのに、お品書きに見慣れない「たぬき丼」という品目を見つけた。その文字を見た傍からどういう料理だか想像ついてしまうほどの判りやすさ。しかしながらこれまでの人生ではお目に掛かった事のない食べ物であったので、ついつい注文してしまう。
 結果。旨くない。注文する前から判り切っていたはずだし、実際に目の前にしてみて、何処をどう見ても想像通りの食べ物でしかない。でも旨くない。たぬき饂飩やたぬき蕎麦はあんなに旨いのに、たぬき丼は旨くない。それに何だか騙されたというか手を抜かれた気持ちになる。饂飩や蕎麦に乗せた場合には、それは立派なトッピングとして存在を主張しえる物が、丼物に乗せてしまうと突如として残りカスになる。不思議だ。
 此処まで書いておいて何だが「たぬき」に乗っているのは「揚げ玉」若しくは「天かす」の事である。

高菜

  • 2007-10-13 Saturday
  • Category - Days
  • Tag -
 スーパーでの事。「小松菜のお浸し」という商品が旨くてよく利用していたのだが、今日見たら同じ商品の名前が「江戸菜のお浸し」に変わっていた。見た目は全く同じ物なので、さては「小松菜」の別称が「江戸菜」なのだろうと僕は推測した。
 さて、部屋に戻って早速つまんでみると、味もまったく同じである。やはり。良い機会ではあるので詳しく事情を知っておこうと調べてみたところ、現在の東京都江戸川区の小松川付近で栽培されていた「小松菜」の改良種が「江戸菜」であるらしい。がしかし、食べてみても何処がどう改良されたのか判らない。たぶん同じものなのだろう。

 ところで、いろいろ調べていると「小松菜」と「高菜」は同類の種であるらしい。そう言えば歯ごたえや味が似ている。とはいえ、僕はこれまで「高菜」と言えば漬けた物か、更にそれを唐辛子と共に炒めた物しか知らなかったので、今日改めて気付いた次第である。
 因みに、僕の実家ではよく高菜が食卓に上る。漬けた物・炒めた物両方。これは地域的(隣の熊本県阿蘇が産地であるらしい)なもので、一般的な傾向であるのだが、そう言えば通っていた大学の学食にも「高菜チャーハン」が「チャーハン」と同じ値段で並んでメニューに在った。そうなると、同じ値段であるなら僕は「高菜チャーハン」ばかりを食べてしまう訳で、考えてみればこの頃から僕の食べ物に対する冒険心の無さが伺える。(余談だが、僕が生まれ育った町には中華料理店は無く、「炒飯/チャーハン」という名称を大学に上がるまで知らなかった。同じ調理法に拠る料理は「焼き飯」と呼ばれていた。)

 東京へ移り住んで十数年。ラーメン屋で豚骨ラーメンのトッピングとしてか、若しくはコンビニの弁当以外に此処で高菜を食べた記憶が無い。関東地方には高菜を食べる食習慣がないのだろうからそれは仕方がないし、そもそも住んでいる場所に適した食べ物食べているのが一番良いと思うので別段問題はないのだが、かつて食べ慣れていた食物を見て「珍しい」という気持ちになる事が、たまに不思議に思う事がある。

秋の歩き方

 先日の休みに母から電話があり、梨を送るから届くのは日曜で良いかと打診があった。何も問題はないのでその旨を伝え、その後数日過ごした本日、箱入りの梨が届いた。どう考えても多すぎる量で。
 礼でも言おうと母へ電話をかけ改めて今回の贈り物の訳を尋ねてみれば、なんと先日迎えた僕の誕生祝いであるとか。・・・誕生祝いに?・・・梨を? 母曰く「なんば贈ろうかねーち思いよったとばってんやん、なーんも思いつかんけん梨にしたとたい。」との事であった。母の実家の近所は茶と梨と葡萄の産地で、そこで買ったのだと言う。新茶の季節ではないし、旬で言えば梨か葡萄で、僕は葡萄が好きではないので、そう考えると必然と梨に決定するのは道理である。スーパーなどで見てみれば梨はやたらと高いし、そんな時期に梨をたらふく食えるというのは贅沢に違いない。

 ★

 ついでに我が家族の情報塔である母に各々の近況を尋ねる。実家に居る父や弟の事は普段から聞いているのでよいとして、今年になってようやく帰国した弟の事や東京に住む叔母の事など。叔母の事は少し前から気になっていたのだが、この秋にとうとう店を畳むという。今月中には一度顔を出そうと思う。
 その後どういう話の流れであったのか、母がこんな事を言い始めた。「いろんな事に興味ば持って、やりたいち思うた事は全部やらんといかんよ。」40を目前に控えた息子に言う言葉ではないように思うのだが、続いた母の言葉に合点がいった。「これはね、自分の経験から言うとたい。」母は早くに嫁いだ訳ではない。母も父も、その当時の社会的背景を考えれば晩婚である。それでもやり残した事がたくさん在るという。とすれば、結婚して家庭に入るという事はこの際関係無いのかも知れない。とにかく、彼女の人生に対する無念さのようなものを知らされた僕は、息子としてどう受け答えして良いか判らずに、ただ相づちを打ったのみであった。

 そう言えば、冷静に考えてみると、こんな言葉は本来ならば父親が息子に言う言葉ではないのだろうか。確かに母は気丈で、我が家では一番強い人ではあるが、他の家庭ではどうなのだろうか。それはともかく、彼女は僕に一生懸命何かを伝えようとしているのは痛いほどに解る。
 毎年年末に帰省する度に年老いて行く母を、僕は焦りを伴う気持ちで眺めている。そしてその都度、母に優しくする事を自分に強いるが、余り巧くいっていない。母が晩婚な上に僕の年齢を考えれば、当然彼女は高齢者である。つまり、彼女に残された時間はほんの少しだ。僕は母に対して、後どれほどの事をしてあげられるのだろうか。子供の頃、確か保育園か小学校の低学年辺りに、学校で習った技術を駆使して、弟達と一緒に母の誕生日に紙粘土で作った不細工なペンダントを贈った事がある。それでも母は喜んでくれた。あんな風に喜ぶ母の顔がもう一度見たいと思う。母との電話を終えた後、僕はその事についてずっと考えていた。

 ★

 今年はラニーニョ現象と温暖化の影響で、秋らしい秋を感じぬまま、残暑からいきなり厳冬へ突入する可能性があるという。嫌な流れだ。僕は何処かへ、一瞬だけ香る秋を探しに行こうかと考えている。
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