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DOG ON THE BEACH

津軽三味線とフラメンコギター

 昔何かの折に「津軽三味線とフラメンコギターって似てるなー」と思った事を今日久しぶりに思い出した。度々そうは思っていたのだが、ただそう思うだけでその理由を探ったりせずにこれまで来た。しかし今日はちょいと探りを入れてみた。
 ネットで検索してみると、同じ様に感じる人は割と居るようで幾つかヒットした。例えば、津軽三味線を聴いたとあるフラメンコ好きの女性はこう書いている。
西洋音楽の平均率ではとれない 音の波 鼓舞し 節回し  フラメンコと似ている。津軽三味線に魅せられて ジャパメンコ!/ Happybirthday!より愛を込めて
 そして別なギター弾きであろう男性はこう書いている。
 「津軽じょんがら節」「津軽よされ節」「津軽あいや節」と伝統的な3つを見たんですが、中央に三味線、向かって右にお囃子(歌か)、向かって左に打楽器がありました。これ、メンコとほとんど一緒ですね。カンテや、カホンがギターのサイドにいる感じと。
視覚的にも似てるけど、三味線もギターも「歌」の伴奏から(メンコはバイレの伴奏も)始まったという歴史的発生という点においても似ているのです。
 共通点を挙げればキリがないくらい出てきます。弦楽器であることは言わずもがな、メンコの「形式」に津軽三味線の「節」が対応すると考えられるし、独特のリズムを持つという点も。
 音という意味で聴覚的にも、ファルーカなんかは演歌に近い雰囲気もあるし・・・Panorama / Wash Away
 上に書いてあるように音数の多さや叩き付けるような弦の弾き方だけでなく、歌い手の節回しも似ているのだ。蛇足を加えると、津軽に限らず日本民謡はカンテ(フラメンコに於ける歌の部分)は似ているし、コーランの詠唱にも似ていると僕は思う。これも同じように感じる人はいるようだ。

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 さて、これらは何故似ているのだろうか。偶発的に似たようなものが離れた地域で発生する可能性を否定出来るものではないが、それでは話が面白くないので、飽くまで繋がっていると考えたい。歌い方に関しては、どう考えても一番歴史が古そうなコーランから伝播したと考えるのが妥当だと思う。弦楽器の伝播については諸説あるようでよく判らないのだけれど、Wikipedia での津軽三味線の記述の中にはこうある。
 弦楽器そのものの発祥は中東とされる。その後構造的に変化しながら、インドを経て中国に入り、中国南部において「三絃」が成立。この「三絃」が沖縄を経て畿内に持ち込まれ(異説あり)、江戸時代中期に日本独特の三味線となった。以降、三味線は日本各地の土着芸能と融合して様々に発達し、当時日本最北端であった津軽地方において津軽三味線となる。Wikipedia
 これもやはり出所は中東なのか。という事は弦楽器と共に歌い方も、中東から西の欧州へそして東のアジアへと伝播されたと考えるべきか。しかしそれにしては、コーラン・フラメンコ・日本民謡以外の、伝播する際の途中の地域にそういう歌い方が存在するという事実を僕は知らない。まあ僕が知らないだけという事かも知れないが、少なくとも僕は聴いた事がない。

 色々と記事を漁っていると別な考え方も出てくる。この記事では津軽三味線とフラメンコギターが似ているとしつつも、その理由に似通った社会的な状況の下に育ったものであるともしている。
 フラメンコを生んだのは、ヒターノ(ジプシー)だ。差別され、虐げられてきた歴史がフラメンコには秘められている。われわれ東北人も長いあいだ差別され、虐げられてきた。なにしろ、ほんの20年くらい前までは、「日本のチベット」などと呼ばれていたのだ。
 そんな東北で、さらに差別を受けていた人々が津軽三味線を生んだ。そういう共通点がある。
(中略)
 津軽三味線の歴史は、大條和雄氏の長年の研究によって、ほぼ明らかになっている。それによると、津軽三味線は明治期に誕生している。津軽三味線が登場する以前、日本には雅楽を除いて「器楽曲」はほとんどなかった。津軽三味線は日本音楽史において革命的なものと言っていい。同様にフラメンコ・ギターの歴史も、われわれが思っているほど古くはなく、おそらく津軽三味線と同じくらいの歴史らしい。ただし、津軽三味線にもフラメンコ・ギターにも、それぞれその源となる音楽がもちろんあった。フランメンコ・ギターと津軽三味線〜アントニオ・ガデス舞踏団への旅2
 虐げられた人間の作る音楽が、場所を変えても同じ様式を持つようになるとは思えないが、音の強さや激しさは共通するかも知れない。僕がネットで調べたくらいで証明されるような簡単な話ではないとは思うが、何だか非常に興味を持ってしまう。スペイン研究者の古屋雄一郎はこう書いている。
 フラメンコを習う人が日本には本当に多い。(中略)ユーラシア大陸の中央を発したジプシーが、西はアンダルシーアへ、東はツガルへ向かった、荒唐無稽な伝説ではあるけれど、信じたい気持ちがするし、なにより歓びを感じる。津軽とフラメンコ / フルヤな部屋
 本当に無茶な話だけれど、そうであってくれたらどれだけ楽しい気分になれる事か。遠い過去の事だとはいえ、自分が属するものと全く別な何かが繋がるというのは嬉しいものである。
Mirror to We Are Boogie

夢二 / 鈴木 清順

 そう言えば鈴木清順の映画は一作も観ていないなあというのと、この映画のコマーシャルは昔観た事あったなあというのと、竹久夢二を描いたものなら観てみたいなあというので観てみた。主要人物は実在の人をモデルに、というか名前そのままなのだけれど性格等は実際とはあまり関係なく設定されているし、物語としても実際とは全く関係ない創作である。しかしそれはどうでも良いし、そもそも其処に期待はしていない。僕が DVD のジャケットを観た時に感じた、虚無感に苛まれた人間の色気。恐らくそれがこの映画全編に映し込まれているであろう予感に期待したのである。
 しかし実際に観れば、予想とは少し違い、人間の色気というよりその場の状況の色気が映されていた。湖や河川や森林の色気、舞台は金沢だがその町屋の造りの色気、手染めの着物の柄の色気、それを纏う女の色気。僕が大好きな世界がそこに映し出されていた。その他、金屏風の前に一輪だけ花が咲いた小鉢を台座に乗せて置いている様とか、赤く怪しく染み広がる揚屋のネオンのような灯りだとか、心打ち震えるような映像で満たされている。
 幾ら革命的な美であっても伝統的な美を踏襲すべきである。それを知った上で打破し利用するべきである。この映画を観ながら、そんな事を考えていた。
B000051SVZ

山手線沿線を歩く(新宿〜代々木)





docomo タワー・雑居ビル・代々木駅: 新宿から代々木に至る距離は、其処へ駅を造る必要があるのかどうか疑わしいくらいに短い。

 左上の写真。正式にはNTTドコモ代々木ビル。どうしてこんなビルを建てたのか。全く違う地域や時代の要素を、アレンジを加えつつ模倣するというのは良いと思うのだが、そのまま過ぎるし何にも考えて無さそうだもの。似たようなものだと、田舎町に突如として建てられた城風の家屋。笑いの観点から観るのであれば良いのかも知れないが。

 右上及び左下の写真。テナントが殆ど退去してしまい、後は立て替えを待つばかりの雑居ビル。写真では判りづらいけれど、その荒廃ぶりが良かったので何枚も撮った。右上の写真、一階部分にはスナックや飲み屋が入っていたのであろう、朽ちつつある看板が所在なく突き出ている。こういう光景はいろいろな街に存在しているが、そういうのを見つける度にずかずかと入り込んで写真を撮りたくなってしまう。

 右下の写真。代々木駅。駅前は縦横に走る路地と、雑然と並ぶ路面店がひしめき合う感じであるが威圧感が余り感じられない。整備されていないがために居心地が良い、という気がする。

山手線沿線を歩く(新大久保〜新宿)





職安通り近くの廃墟: 新大久保駅から線路沿いに歩いて、職安通りに出る直前にこんな廃墟が在った。一階の屋根から二階部分に至まで枯れた植物で覆われている。蔦ではないし、一体何の植物なのか判らないが春から夏に植物が再生した際には(この写真は真冬に撮ったもの)緑に覆われているのだろう。その植物の重みでいずれ屋根が押し潰されてしまうんじゃないかな。
 近所に住んでいるのだろう子供達が塀の中を覗き込んでいた。ついでに僕も覗き込んでみた。よく見えない。誰も住んではいないだろうけれど、誰も中に居ないとは限らない。そう考えると結構怖い。



大ガード越しに望む西新宿のビル群: 写真の出来はかなり悪いのだが、僕はこの風景が好きである。たぶん新宿の中では一番好きだ。しかし太陽を背にしている事が多いのでまともな写真が撮れた試しがない。なのでいつもぼうっと眺めている。この風景の何が好きかって、節操の無さ加減が。この風景に限らず新宿は何処も節操の無い印象を受ける。そしてそれがとてもアジア的である。



歌舞伎町・ガード下・やきとり横町・新宿駅: 新宿という街は、人々が何らかの欲求を満たす為に訪れる場所であり、其処で働く人々はそれらの欲求の受け皿を用意し、対象物を提供する。この場所は街という概念から離れ、もはや巨大な装置である。そしてその装置内の各部位は、人々の欲求の変移に目敏く反応し、自らを流動的に造り替える。だからこの街に対する興味は果てしがない。

山手線沿線を歩く(目白〜高田馬場〜新大久保)






目白駅から高田馬場駅: 左の写真は普通のマンションの駐車場横に設置された設備器機。笠木や窓枠をきれいにマスキングして描いてあるので、恐らく許可の上でのグラフィティであるのだろう。しかし何故許可されたのだろうか。マンション自体は何の変哲もないデザインだし、脈絡もなくこういうのが出現するので少々戸惑う。
 そして右の写真は、線路下の壁に描かれたグラフィティの出来損ない。というか、元はシンプルで可愛いニコニコマークだったのが、数々の悪意に晒されたが為にこのような姿に変わり果ててしまった模様。グラフィティはグラフィティ。悪戯描きは悪戯描き。全く別な種類の意志に拠って描かれる。



高田馬場駅: 主な改札口は別に在る。しかしやはり僕はこういうガード下に潜っている改札口の方が好きだ。線路脇に駅舎を建造する費用を省いたのか、それとも機能的に簡略化したかったのか実情は知らないのだけれど、成り行きと、その機能一点張りの思想で造られた構造体を目の前にすると、何だかワクワクするのである。そしてこういう改札口はどことなくひっそり感が漂う位置に設けられている事が多いので、そこがまた良いのだ。




高田馬場駅から新大久保駅: 左の写真は駅近くの手摺りの主柱に貼ってあったシール。一体何の意味を持つシールなのかさっぱり判らないのだが、陽射しや雨に晒され続けて絵柄の明るさまでをも退色していて何だか切ない。
 右の写真は線路沿いに在る公園のベンチから撮ったもの。5・6人の少年達がサッカーの練習をしているだけで、その他に人影はなかった。東京中に散らばる小さな公園はおしなべて寂しい。陽も傾き始め、少し寒くなってきた事も相まってその侘びしさは一入である。



新大久保駅: この改札口前はいつ来てもごった返している。この駅に用事がある事はまず無いのでこれまで三回くらいしかこの駅で降りた事がない。その内二回は、知人から古いサックスを借りたが壊れていたのでその修理に。練習する場所ばなくて結局返してしまったけど。後の一回は別な知人とただぶらぶらしに。デニーズで珈琲を飲もうと店に入ったら、日本語を喋っているのは自分たちだけだった。そう言えばその時に280円のラーメンを食べた記憶がある。

 この区域は結構込み入っているので期待していたのだけれど、これは、と思う風景は少なかったなあ。
  • Last modified : 2009-03-15 23:00

日本に於ける太陰太陽暦の消失

 本題に入る前に少し説明をしておく。先頃の穏やかな休日の朝に、眠気が抜けぬままの目を擦りながらパワーブックを立ち上げてメールのチェックをしていると、何やら赤い色をした一通のメールが届いており、差出人を見遣ればそれは十庵氏であった。どうやら僕は秘密結社「我等はブギー」の構成員になってしまっているらしい。しかしながら現在は自分のブログでさえまともに更新出来ていないので、どうしようかと暫し迷ったのだが結局は「ま、いーか。」で参加する事にした。各人の投稿を集約する事に拠って何かしらの広がりを持つような気もする。そう考えると少し楽しい。
 十庵氏のブログを読んでいる人と僕のそれは、若干名被ってはいるがそうではない人が多勢であるだろう。今現在二つのブログに記事を書き分ける余裕はないので、結社ブログの主旨にも該当するであろう記事を書いた場合には、ミラーサイトと同じ考えで双方のブログに投稿する事にした。とまあ、そんな感じで前説は終わり。

 ★

 この記事で十庵氏が書いている事柄に関して少し調べてみた。「旧正月」というキーワードを検索しているとこのサイトの2006年1月29日の日付の記事と、この記事を見つけた。というかこのくらいしか見つからなかった。何れの記事も「旧正月は明治維新の際に廃止された」と書いてある。
 そこで「明治維新」「大政奉還」「旧暦」「天保暦」というキーワードで探ってみた。僕が受けてきた教育では「明治維新」「大政奉還」と言われれば「政権が徳川家から天皇家に返上された」くらいの認識しかなく、その事に関する興味を一切持っていなかったが為にそれ以上の事を想像する事もなかった。しかしよくよく考えてみれば、それまでの生活に対する枠組みが一変したのであるから、人々の受けた衝撃は相当ななものであったと想像される。その改革を喜んだ人も居ただろうし、途方に暮れた人もたくさん居ただろう。国の成り立ちが変わるという事実は、人々を「もう訳が解らない状態」に追い込んで行くものなのではないだろうか。

 そんな中に旧暦は廃止され、新暦へ移行したとされる。上に記した Wikipedia の記事の中から幾つか気になる箇所を引用してみる。
 宗教的には、祭政一致の古代に復す改革であったから、1867年(慶応3年)旧暦正月17日に制定された職制には神祇を七科の筆頭に置き、3月 (旧暦)には神仏分離令が布かれた。神仏分離令により、当時の復古的機運は仏教でさえも外来の宗教という点で廃仏毀釈として弾圧される時代であった。ただし、神仏分離令の主旨は仏教の排斥ではなく、江戸時代までの神仏習合による仏教と神道の混交から両者を分離することであった。Wikipedia
 東アジアの多くの国では、グレゴリオ暦に改暦する前は中国暦またはそれをもとにした暦が使われていた。Wikipedia
 これは僕の想像でしかないが、中国から伝来した文化も宗教も等しく日本国の純化を目的に排斥されたのではないだろうか。そう考えると、なんとなーくだが、第二次世界大戦へと至る道がうっすらと見えてくるような気がする。

山手線沿線を歩く(池袋〜目白)





幼稚園の壁画: 公共の施設等に子供の描いた絵が陳列されているのをよく見かけるが、僕はあれがどうも好きではない。何だか妙な作為を感じるのだ。あれは子供が大人に描かされた絵であるのだと思うと気分が悪くなる。勿論全てがそういう絵だと言っている訳ではなく、主題が決められているような場合にそう感じる。描いた本人が自分が好きな対象を好きなように描いている場合にはそうは感じない。そもそも子供が描いた絵をそんなに有り難がってどうするのだろうか。突出した技能を持つ絵だとするなら良いのだけれど。
 で、この幼稚園の壁に描かれた絵なのだけれど、これは何となく気に入ってしまった。子供達が勝手に描いたものだとは思えないし、子供が描いたにしては全体に纏まりがある。なんだろうかこれは。子供が描いた絵を大人が壁んい描き写したんだろうか。



高台から線路を見下ろす:山手線の線路脇はこんな風に土手に樹木が植えられている場所が結構在って、車窓から見れば箱庭を思わせるような眺めである。ちゃんと剪定しているようだが、これって敷地内だからやはりJRが雇った庭師がやっているんだろうな。でも剪定しているところを見た事がないんだけれど、一体何時やっているのだろうか。



高台の上の道: 人も車も余り通らないただの道。ここまで駅から離れると本当に静かだ。この街に限らず、山手線沿線は実は結構住みやすい街であるような気がする。駅周辺は栄えていて、生活していくのに必要な物は其処で殆どのものが手にはいるし、歩いて10分も行かないうちに閑静な住宅地となる。勿論ターミナル駅周辺は除くが。以前、山手線沿線に知人が二人ほど住んでいた事があるが、なかなか住み心地が良さそうであった。



目白駅: 目白と言えば女子大である。いや、そんな事もないんだけど馴染みのない地区なので他に持てる印象がないのだ。ただ、小綺麗な街であるような印象はずっとある。駅舎の外装も近代的で小綺麗だ。駅前でぼんやりしていると(休日であるにも関わらず)やはり学生が多い。
 ところで「女子大生」という肩書きがテレビで持て囃された頃があったと思うのだけれど、そもそもあれは一体何だったのだろうか。などという事をつらつらと考えていたら「オールナイトフジ」に辿り着いた。そうだそうだ、その後に「夕焼けニャンニャン」が企画されたんだった。「なんとなく、クリスタル」とか「 POPEYE 」とか、田舎に住む僕にとっては遠い世界の話だったなあ。
  • Last modified : 2009-03-15 22:34
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