DOG ON THE BEACH
Arakimentari / Travis Klose
- 2005-03-07 Monday
- Category - Art
- Tag - movie / photograph
一つの文章に纏めるというのが出来そうにないので、箇条書きで。
最後まで纏まりはないが、荒木氏の撮影している光景を見るのは楽しい。出来たらもっと観ていたい。
- 森山大道のドキュメンタリ映画「≒」よりはかなり出来が良い。
- 写真家としてこれまでに出版した写真集は350冊にも上るというのは凄い。
- 親しい人達へのインタビューというのは、正当な要素だとは思うが、彼方此方で目にしているので、個人的には要らない。
- しかし、撮られる側の人達へのインタビューは興味深かった。
- それでも、一様に皆誉めっ放しなのはどうだろう。荒木経惟が好きで作った映画なので仕方ないか。
- どうせなら、中平卓馬を出せば面白かったのに・・・。それか篠山紀信。そう言えば先日、新宿の沖縄食堂「やんばる」で中平卓馬とホンマタカシを見かけたが、何故あの二人がつるんでいるのだろう。と思ったら、そう言えばこんな事やってたんだった。完全に観逃している。最近忘却の仕方が酷いので自分が心配だ。
- よく話題に上るのは、やはり亡き妻陽子さんの事。陽子さんとの事については、これも彼方此方で読んでいるが、僕は二人の間の事を読むのが好きである。羨ましいとさえ思う。そしてこの映画の中で、臨終の床についた陽子さんの、透明なチューブを巻き付けた腕の先、力無いその手の平をしっかりと荒木氏が握った写真を見た時、僕は泣いてしまった。その写真は何度も観ているハズなのに、感情が抑えられなくなった。差し伸べられた手をしっかりと受け止め握り返す、という行為に打ち震えたのである。
- DJ Krush の音楽は今一つ。
- 局部にボカシの入る映画など久しぶりに観た。
- どうせなら、モデルとなった人々をもっとたくさん出して、コラージュの様に散りばめれば良かったのに。数年前に東京都現代美術館で催された展示会の物量は、それはもの凄いものであった。それを映画でやれば良かったのになあ。
- 気になったのは、長い間荒木氏のアシスタントをしていた野村佐紀子さんの姿が見えない。離れてしまったのだろうか。しかし青山ブックセンターで著書は見かけたので、写真を止めた訳ではなさそう。
- エンディングで、監督であるクローゼ氏のカラオケしている姿が映される。荒木氏の写真にも、カラオケで歌っている人々の姿をよく写っているが、なかなか良い感じである。個人的にカラオケは好きではないが、その写真は好きだ。
最後まで纏まりはないが、荒木氏の撮影している光景を見るのは楽しい。出来たらもっと観ていたい。
The Triplets of Belleville / Sylvain Chomet
この映画(Amazon のジャンプ先はサントラ)の予告編を、何かの映画を観に行った時に観たのだが、その時は正直観ようという気にはなれなかった。デッサンのような画風は好きだし、風景美術も好きな領域だ。ただし、全体のトーンが暗いのと、キャラクターが余りにもデフォルメされているのが気になったのである。しかし観てみる事にした。それというのも予告編で耳にしたギター・スウィングが余りにも良かったからだ。結果から書くと「凄く良かった。」やはり最初はデフォルメされたキャラクターが気になったが、この映画の、毒とユーモアをこれでもかという程に詰め込んだ演出には、このキャラクターは欠かせないだろう。主人公の老婆が、孫を救う為に大都市ベルヴィルへ行き、港沿いの橋の下に野宿しようとしている時、ベルヴィルの三つ子の老婆と出会う場面。自転車のスポークをガムランのような楽器に見立て、音を奏でているところに三つ子が歌で参加してくる。もう鳥肌モノである。陰鬱で干からびた場面が一気に華やかな色を帯びる。音楽の凄さを改めて認識する。
メインテーマ曲の「Belleville Rendez-vous」は本当に素晴らしい。幾つかバージョンを買えてサントラに収録されているが、特にエンディングで流れるバージョンは秀逸だ。ザックザクと脳味噌を切り刻んでくれる。映画音楽というより、今年聴いた音楽の中では一番だ。是非ともデカい音で聴きたい。歌詞も良い。「コンスタンチノープルには住みたくないね。だって韻を踏まないんだもの。」みたいな感じで、これほど高飛車で退廃的な歌詞はフランス人でもなけりゃ書けないだろ、みたいなグダグダな歌詞である。これほどまでに馬鹿馬鹿しく、粋で、笑える映画はそうそうないだろうな。
冬の運動会 / Nippon Television Network
新聞での紹介を読んで興味が沸いたので観てみた。途中までは良かったのだが、最後の収束の仕方がツマラナイ。家族の確執がそんなにも急激に穏やかになる訳がないだろう。その余りに急速な健全化に呆気に取られるほどだ。まあ、それは置いといて、僕が興味を持っていた部分について少し。
というのも、僕は常々こう考えている訳です。既存の人間関係の中で、自分を支え切れないのであれば、他に誰かを求めても仕方ないだろうと。勿論、社会的なな道徳規範に晒されたり、個人間の所有欲や嫉妬に焼かれる事は否めないのですが、フィクションの中でまで否定して欲しくないのです。明治以前の日本の共同体は乱婚が行われており、それに拠って共同体が保たれていた、と書いていたのは宮台真司だったか。その本には家族はどう保たれていたのかについては書かれていなかったと思うが、それについては結構興味がある。
そうそう、ハイライトにはこんな事も書いてあった。
登場するのは、祖父・父・息子の3世代の男たち、祖父の北沢健吉、父・遼介、主人公で息子の菊男。3人は、どのように家族と関わったらいいのかと思い悩み、互いに確執を抱えながら、それぞれが自宅とは違う場所に擬似家族を持つようになる。30歳以上も年が離れた女との半同棲の生活を楽しむ健吉、親友の未亡人とその息子の面倒をみる遼介、子供のいない中年夫婦の家に入り浸る菊男。そして、この秘密が明らかになった時、女たちを含めた家族の形は大きく揺らぐ。果たして、男たちは、それぞれの葛藤の中で、お互いを理解し、許容し合えるようになれるのか—。日テレの番組のハイライトにはこうある。家族がそれぞれ他に疑似家族を持つという行に非常に興味を持った訳だが、何度も言うが最後の「お互いを理解し、許容し合えるようになれるのか」が要らないと思う。いや、それは言い過ぎか。少なくとも安易な理解の仕方は止めて欲しかった。あ、これはテレビドラマに限っての話。向田邦子の原作もこうなんだろうか。読んでみようと思ったけど、これと同じなら読みたくないなあ。
というのも、僕は常々こう考えている訳です。既存の人間関係の中で、自分を支え切れないのであれば、他に誰かを求めても仕方ないだろうと。勿論、社会的なな道徳規範に晒されたり、個人間の所有欲や嫉妬に焼かれる事は否めないのですが、フィクションの中でまで否定して欲しくないのです。明治以前の日本の共同体は乱婚が行われており、それに拠って共同体が保たれていた、と書いていたのは宮台真司だったか。その本には家族はどう保たれていたのかについては書かれていなかったと思うが、それについては結構興味がある。
そうそう、ハイライトにはこんな事も書いてあった。
血の繋がっている相手と諍いが絶えないのなら、せめて少しの間だけでも別の家族を持って穏やかな時を過ごしたい—ストレスと緊張に囲まれた現代人のそんな夢を、向田は25年以上も前のドラマの中で描いているのである。この記述は温いと思う。「夢」ではなく「渇望」だと思う。
About a boy / Chris Weitz & Paul Weitz
High Fidelity に続いて Nick Hornby 原作の映画。父親の残した遺産(印税)の上に乗っかって、仕事や家族にまつわる全ての責任に背を向けて生きている Hugh Grant 演じる主人公が、シングル・ペアレントやその子供と接していくうちに、自分の空虚さに気づき、それを埋めようとやっきになる、という物語。実は僕、シングル・ペアレントという言葉を初めて知りました。日本ではシングル・マザーとかはよく聞くんですが、シングル・ファザーも余り聞かないし、男女を分けずに言い表す事がないような気がします。前半部分で、Hugh Grant が演じる主人公の軽薄さが、身につまされるようで、それでいてとても笑わせてくれます。こういう役はこの人しか思い浮かびません。
この映画を観終わって思ったのは、家族でも夫婦でも恋人でも支えきれない何かというのは確実に存在し、それを抱えて生きている人達は、その時こそ別な「誰か」を必要としているのだろうな。それも本当に切実に。

私にも妻がいたらいいのに / パク・フンシク
High Fidelity / John Cusack
この映画、観ると共感出来る事など山ほどあるし、それが余りにも多すぎるので、その全てに対して何か書こうという気にはなれない。なので僕はたった一つの事柄に対してだけ書こうと思う。その他の事に関してはいずれの機会にでも書くとしよう。さて、そのたった一つの事とは、自分が持っている音源のストックから或る目的を持って厳選された「マイ・フェイヴァリット・テープ」の事である。この映画の主人公を含め、舞台となる中古レコード店のスタッフは、任意のテーマに沿った自分の TOP5 を提示し合う。そして時には、気になる女性へ自ら編集したカセットテープをそっと手渡す。これは、実際にやった事のある人でないと解らないと思うが(勿論僕もその一人)、本気でそれを作ろうとすれば本当に一日仕事である。朝、選曲する事から始めて、カセットテープのAB両面を埋める頃には既に陽が暮れているという感じだ。下手すりゃ夜中になってもまだやっている。端から見れば狂気の沙汰に思えるだろうが、本人に至っては疲れさえ感じる事もなく没頭している。ダヴィングの間中、彼等は常に興奮状態にあるので、気にならないのである。何も好きな曲を並べれば良いものではない。在る一曲を限りなくドラマテイックに演出する為の捨て曲も在る。一本のカセットテープの中で一つの物語を作ったりする。それはそれは途方もない努力が必要なのである。
この映画の原作となる Nick Hornby の本は、Amazon で見る限りではペーパーバックが2000年に発売されている。原作を読んでいないので詳しくは判らないが、21世紀になってもまだカセットテープを使っている事が少し不思議に思えて、何故だろうと少し考えていた。思いついた。いや、実際にこの映画や原作がその事を考慮して描かれているのかどうかは判らないけど。MD や CD-R では出来ない事は一つある。(デジタルでも本格的な機器を揃えれば出来るとは思うけど)それは曲間の間合いを作れない事だ。僕が作っていた時には(もう何年も作ってないけど)前曲の最後の一音と後曲の最初の一音をどう繋ぐかに最大限の注意を払った。勿論、曲間の無音の部分の長さも重要だ。盛り上げたい場合には、きちんとテンポを計って繋ぐ。センチメンタルな曲の後に、それを振り払うようなアップテンポの曲を持ってくる場合には、十分に余韻が消えるまで引っ張って、それから一気に突き上げる。そんな小細工が出来るのは、一般の機器ではカセットテープだけではないかなあ、と思ったのである。素晴らしい。カセットデッキを捨てなくて本当に良かった。
またしても、紹介しているモノにはあまり関係のない話で埋めてしまう私のレビュー。それでも、最後に一つだけ付け加えるなら、自分が編集したカセットテープを渡した女の子と、その後上手いこと行った事は一度もない。取り敢えず喜んではくれる(気に入るように作っているのだから当然と言えば当然)が、いつの場合も、それだけである。
死刑台のエレベーター / Louis Malle
ne_san さんが野沢直子野沢直子言うもんだから観てみたんですが、というのは冗談で普通に観てみたかったので土曜日に観ました。観ている最中に三度も揺れるので怖いの怖くないのって怖かったんです。んで、肝心の冒頭のジュテーム映像・・・えーと、そんなに似てないと思いますよ。確かにいきなりのドアップで引きましたが。個人的にジュテームジュテーム繰り返されるのは辛いし、何でもかんでも「二人の愛」に結び付けられても違和感を感じるばかりです。もっともっとエロかったら余り気にしないと思いますが、この映画はそういう話でもないので。さて、野沢似と言われるジャンヌ・モローですが、この人ってカットに依って全然印象が変わりますね。ひどく幼く見えるカットもあれば、老けて見えるカットもある。有名だから名前は知ってたんですが、そう言えばこれまでに彼女が出演した映画は観た事ないかも知れません。街を歩く姿がとても美しいです。
この映画を観ていて一番怖かったのは、花屋で働く女の子とその恋人の愚かさというか、幼稚さ。こういう人達って意外に身の回りに居そうな気がして、それがとても怖い。







