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DOG ON THE BEACH

音源棚の省スペース化

 以前から懸念されていた我が家の収納棚。先日雑誌を処分したので若干のスペースは空いたが、それでも足らずに新たに購入された本やCDやDVDは全て床に直に置かれる事になる。部屋掃除の際はおろか普通に部屋の中を歩行するのにも邪魔になる。或る程度は我慢するつもりでいたがさすがにもう無理だ。購入を控えれば解決すると言われるかも知れないが、そうはいかない。これらを購入するのは日々の食事とさして変わらぬ行為なのである。まあそれは言い過ぎだとしても買わない事は有り得ない。だがしかし、足元が邪魔だからと言って棚に無理矢理詰め込んでしまえば、ちょいと服を引っかけたとか軽い地震が起きた折に、不安定な状態で積まれたCDはバラバラと床に落下し、プラケースがバリバリに割れてしまうという事態が起きてしまう。こういうのは結構凹む。床に這いつくばり夜の夜中の薄暗い電灯の下、潤む目尻を袖で拭いながらも散らばったプラスティックの破片を拾い集めていると、何かしら得体の知れない悪意に晒されているような気持ちにもなるものである。
 さて、そういう思いはもう懲り懲りだと長い間この状況の打開策を思案していた僕であるが、ついにこういう便利なものを見つけた。下北沢に在るフラッシュ・ディスク・ランチという中古レコード屋つうかCD屋で考案されたソフトケースである。実はほぼ日のこのページで知ったのだ。他にもこの人なんかも詳しく説明していて、とても良さそうなので実践する事にしたのだ。このソフトケースは当のフラッシュ・ディスク・ランチで店頭販売・通信販売している他、タワーレコーズでも店頭販売・通信阪場している。



 左上の写真は、このソフトケースの売られている状態のパッケージ。CD一枚当たりに必要なのは右上の写真にあるように、不織布の内袋と塩化ビニール製の外袋が一枚ずつである。まずはCDをバラバラに分解して表ジャケット・裏ジャケットを取りだそう。



 不織布の内袋にディスクを入れ、透明の外袋に裏ジャケを入れる。背表紙の部分が正面に折り返されるがこれは重要。後々にCDを探す時にこれが見えないと大変困る。次に表ジャケを入れて外袋のベロの部分を差し込めば完了。全ての面のジャケが見える状態になる。プラケースというのは普段は余り気にしないけれど、実際には無数の疵が入っていたり黄ばんでいたりして結構老朽化している。今回新品のケースに入れ替えたら、それはもう手持ちのCDが蘇るように綺麗に見える。しかもソフトケースに入れ替える事に因って、何というか買わされてしまった工業製品というのではなく、自分の為の音源ストックという感じがしてとても気分が良い。



 左上の写真のように、僕はそれらのソフトケースを無印良品のポリプロビレンの程よい大きさのケースに入れる事にした。何が面倒臭いって、この大きさのケースを探し出し買ってくるのが一番面倒臭い。大きさも確認出来たので今度からは通販にしよう。最初は同じ無印で売っているラタンのケースで小洒落てみようかと考えていたのだが、収納量が少ない割には高いので止めた。
 右上の写真では少し見えづらいが背表紙もちゃんと見えるし、このポリプロビレンのケース一箱で約90枚のCDが収まる。その結果不要になったプラケースが左下の写真。これだけの物がゴミとなる。これでも棚からはみ出た分のCDだけを収めたのである。一つの塔の高さを測ったら約34cmであった。CDが33枚で34cmとして考えると、僕の部屋の棚に収められている残りのCDが横幅120cm×4列。120×4÷34×33+90=555。この部屋にはだいたいそれだけの量のCDが在るようだ。

 さて、このソフトケースの売り文句は「収納スペースを1/3に!」というものである。そう考えるとつまり、僕の部屋には1500枚相当の収納スペースが存在するという事であり、何となれば「あと1000枚はCDを買っても良い」という事である。これは嬉しい。これは僕以外の「CDを買わずにはいられない」諸兄、特にご家族を持たれた貴兄にも大変な朗報であろう。「もうCD買うのは止めなきゃな」と思っていたのに「三倍の量までは増やせますよ」と甘く囁かれているのである。これでもう「もう収納出来ないんだからCD買うの止めてよ!」と無粋極まりない苦言に甘んじる事もあるまい。
 と思ったのだが、もう一つ辛辣な小言があるのを思い出した。「もう必要ないでしょ!?」・・・これはキツい。生活のレベルをどの辺りに設定するのかにも拠るがだいたいこの台詞は言われそうである。音楽なんて個人的なものでしかないと思うので「家族の為に必要なのか?」と訊かれれば必要は無いのかも知れない。しかし僕はこう反論したい。「あのな、人がフツーに生きていて触れられる事柄なんて限りがあるでしょ?それは単に生活する場所の物理的な違いだけの話じゃなくて、生まれも違えば育ちも違う色んな立場で生きている人達のそれぞれの感じ方というかさ、世界観を垣間見る事が出来る訳じゃない?それは最低限度必要な事かって言われれば必要ないかも知れないんだけど、人間の幅を広げるって事を考えれば重要な事だと思う訳よ。それは何も音楽に限った事じゃなくて文学でも美術でも学術的な本にしてもそうだよ。限られた情報だけで生きていくのって余裕が持てないし大変だよ。強さってのは知る事に因って得られると思うんだよね。だから俺はさ、本でもCDでも出来るだけ色んなものを見聞きしたいと思ってるんだ。勿論好き嫌いは在るよ。でもそれは自分にとって好ましい世界が一体どんな風に成り立っているのかという鍵を知る事に繋がると思ってるんだ。」とこのくらいの事は言い返したいのだが、実はこれ、今テキトーに考えて書いただけである。

サンダル履きのサザンオールスターズ

 僕が小学生の頃、夜のテレビの歌番組にメンバー全員がランニングシャツにジョギングパンツという出で立ちで登場したサザンオールスターズ。「勝手にシンドバッド」が僕は大好きだった。それから数年後の1980年代初頭の紅白歌合戦で、髪の毛を七色に染め分けた桑田佳祐が「匂艶 THE NIGHT CLUB」を歌っていたのを覚えている。
 そんな風に、普通にテレビやラジオから流れてくるサザンオールスターズを聴き続けていたのだけれど、中学も終わり頃になると(サザンオールスターズに限らず)歌謡曲というものを聴かなくなった。勿論ラジオ等で流れてくるものは耳にはしていたのだけれど、レコードを買ったり好き好んでは聴かなかった。それから更に数年が経ち大学に通う頃には邦楽すら聴かなくなった。恐らく自分の身にまとわりつく過去からの全てのものを否定したかったのだろう。

 それから随分と時間が経ち、上京して働き始めた或る夏の日の事。その日は休日で、遅い時間に起き出した僕は、底をついていた洗剤を買おうと近所のディスカウントの薬局へとサンダルを引き摺った。草木も屋根もうなだれるような強い陽射しの中、店先に並べられたティッシュペーパーの箱やシャンプーやリンスのボトルが晒されていた。濃い影が潜む店内からはFM放送が聞こえてくる。流れているのはサザンオールスターズの「恋はお熱く」。その時の気温と陽射し、店構えの緩さにとても合っていた。その頃の僕が一体どういう心持ちで生きていたのかまるで覚えていないが、たっぷりと一曲聴き終えるまで僕は動かなかった。
 それとは別に、嗚呼こういう時にサザンを聴くと良いんだなと思った事を覚えている。それから暫くした後に、僕は中古屋で「バラッド」「バラッド2」を買った。自分が聴いて心地良く感じた音楽を、如何なる理由であろうと否定しない事にしようと思ったのだ。

 因みに僕は個人的な記憶と音楽が結びつくという事が殆どないのだけれど、長い年月を経て聴くともなく聴いていた夏の歌は、漠然とした感傷と繋がっている気がしている。

津軽三味線とフラメンコギター

 昔何かの折に「津軽三味線とフラメンコギターって似てるなー」と思った事を今日久しぶりに思い出した。度々そうは思っていたのだが、ただそう思うだけでその理由を探ったりせずにこれまで来た。しかし今日はちょいと探りを入れてみた。
 ネットで検索してみると、同じ様に感じる人は割と居るようで幾つかヒットした。例えば、津軽三味線を聴いたとあるフラメンコ好きの女性はこう書いている。
西洋音楽の平均率ではとれない 音の波 鼓舞し 節回し  フラメンコと似ている。津軽三味線に魅せられて ジャパメンコ!/ Happybirthday!より愛を込めて
 そして別なギター弾きであろう男性はこう書いている。
 「津軽じょんがら節」「津軽よされ節」「津軽あいや節」と伝統的な3つを見たんですが、中央に三味線、向かって右にお囃子(歌か)、向かって左に打楽器がありました。これ、メンコとほとんど一緒ですね。カンテや、カホンがギターのサイドにいる感じと。
視覚的にも似てるけど、三味線もギターも「歌」の伴奏から(メンコはバイレの伴奏も)始まったという歴史的発生という点においても似ているのです。
 共通点を挙げればキリがないくらい出てきます。弦楽器であることは言わずもがな、メンコの「形式」に津軽三味線の「節」が対応すると考えられるし、独特のリズムを持つという点も。
 音という意味で聴覚的にも、ファルーカなんかは演歌に近い雰囲気もあるし・・・Panorama / Wash Away
 上に書いてあるように音数の多さや叩き付けるような弦の弾き方だけでなく、歌い手の節回しも似ているのだ。蛇足を加えると、津軽に限らず日本民謡はカンテ(フラメンコに於ける歌の部分)は似ているし、コーランの詠唱にも似ていると僕は思う。これも同じように感じる人はいるようだ。

 ★

 さて、これらは何故似ているのだろうか。偶発的に似たようなものが離れた地域で発生する可能性を否定出来るものではないが、それでは話が面白くないので、飽くまで繋がっていると考えたい。歌い方に関しては、どう考えても一番歴史が古そうなコーランから伝播したと考えるのが妥当だと思う。弦楽器の伝播については諸説あるようでよく判らないのだけれど、Wikipedia での津軽三味線の記述の中にはこうある。
 弦楽器そのものの発祥は中東とされる。その後構造的に変化しながら、インドを経て中国に入り、中国南部において「三絃」が成立。この「三絃」が沖縄を経て畿内に持ち込まれ(異説あり)、江戸時代中期に日本独特の三味線となった。以降、三味線は日本各地の土着芸能と融合して様々に発達し、当時日本最北端であった津軽地方において津軽三味線となる。Wikipedia
 これもやはり出所は中東なのか。という事は弦楽器と共に歌い方も、中東から西の欧州へそして東のアジアへと伝播されたと考えるべきか。しかしそれにしては、コーラン・フラメンコ・日本民謡以外の、伝播する際の途中の地域にそういう歌い方が存在するという事実を僕は知らない。まあ僕が知らないだけという事かも知れないが、少なくとも僕は聴いた事がない。

 色々と記事を漁っていると別な考え方も出てくる。この記事では津軽三味線とフラメンコギターが似ているとしつつも、その理由に似通った社会的な状況の下に育ったものであるともしている。
 フラメンコを生んだのは、ヒターノ(ジプシー)だ。差別され、虐げられてきた歴史がフラメンコには秘められている。われわれ東北人も長いあいだ差別され、虐げられてきた。なにしろ、ほんの20年くらい前までは、「日本のチベット」などと呼ばれていたのだ。
 そんな東北で、さらに差別を受けていた人々が津軽三味線を生んだ。そういう共通点がある。
(中略)
 津軽三味線の歴史は、大條和雄氏の長年の研究によって、ほぼ明らかになっている。それによると、津軽三味線は明治期に誕生している。津軽三味線が登場する以前、日本には雅楽を除いて「器楽曲」はほとんどなかった。津軽三味線は日本音楽史において革命的なものと言っていい。同様にフラメンコ・ギターの歴史も、われわれが思っているほど古くはなく、おそらく津軽三味線と同じくらいの歴史らしい。ただし、津軽三味線にもフラメンコ・ギターにも、それぞれその源となる音楽がもちろんあった。フランメンコ・ギターと津軽三味線〜アントニオ・ガデス舞踏団への旅2
 虐げられた人間の作る音楽が、場所を変えても同じ様式を持つようになるとは思えないが、音の強さや激しさは共通するかも知れない。僕がネットで調べたくらいで証明されるような簡単な話ではないとは思うが、何だか非常に興味を持ってしまう。スペイン研究者の古屋雄一郎はこう書いている。
 フラメンコを習う人が日本には本当に多い。(中略)ユーラシア大陸の中央を発したジプシーが、西はアンダルシーアへ、東はツガルへ向かった、荒唐無稽な伝説ではあるけれど、信じたい気持ちがするし、なにより歓びを感じる。津軽とフラメンコ / フルヤな部屋
 本当に無茶な話だけれど、そうであってくれたらどれだけ楽しい気分になれる事か。遠い過去の事だとはいえ、自分が属するものと全く別な何かが繋がるというのは嬉しいものである。
Mirror to We Are Boogie

苔と睡眠薬〜ハルシオン組曲

 その昔、頻繁に人に自分が好きな曲を薦めていた頃「日本語じゃないの?」とか「私こういうウィスパーボイス駄目なのよ。」とか、果ては「よくわからん。」とか「暗い。」とか、もう色んな言葉でダメ出しをくらう訳なのだが、その中で「眠くなる。」というのがよくあった。そりゃあまあ、皆10代半ばから20代初めくらいの年齢であったので、つまりその年齢の連中というのは男も女も、自分を興奮させてくれるものにしか興味を示さない傾向があるので仕方のない事なのだけれど。そう言えば若干一名、そういうのを好む奴が居たんだけど、そいつとは高校から別になってしまっていた。
 僕が未だ福岡の大学に通っている頃、福岡天神にある天神コアという商業ビルの7階に当時在ったライヴハウスに SION が巡業に来た。アコースティックギター一本で弾き語るツアーで、開催時が丁度12月だった為かアンコールで客達は「12月」を所望した。リクエストに応え彼は「では、12月、聴いてください。眠りたい人は、寝てください。」と言って歌い始めたのであるが、僕はその時初めて、音楽を聴きながら眠くなるというのは決しておかしな事ではなく、場合によっては人が眠る為の音楽が存在しても良いのだという事を確信した。後年、 J. S. Bach が不眠症のパトロンの為に作曲したゴールドベルグ変奏曲の存在を知って更に安堵した。ま、個人的にはこの曲では眠れないんんだけどね。

 僕はいつも眠い、昔からずっと。20歳くらいの頃に不眠症になりとても辛い時期を過ごした経験から、僕は余程の事でもない限り眠る事を何よりも優先させる。治らない飲酒癖もその頃からの習慣だ。
 そして35歳を越えた頃から、夜眠る前に派手な音楽(やたらと高音が効いているやつとか、ビートが早いヤツとか)を聴きたいとは余り思えなくなった。洋楽でも邦楽でも、歌物でも器楽曲でも、どんなジャンルの音楽でもそれは関係ない。夜にそぐわない音は違和感しか感じない。細かい事を言えば、極度に疲れている場合は事情が少し違ってくる。一度興奮状態に持っていかないと眠れない。

 さて、またしても前置きが無駄に長くなったが、僕の最初の「マイ・フェイバリット・テープ@WEB」は心地良く眠る為の楽曲集である。これだけ書いておいて何だが、僕の思い入れなどとは関係なく、それぞれにお楽しみ下さい。下記リンク先の曲名リストをクリックすれば音楽が聴け、そのまま続けて再生されます。

 doggylife's Muxtape " 苔と睡眠薬〜ハルシオン組曲 "

 そして以下ににそれぞれの曲のライナーノーツみたいなものを記します。
  • 01. ランチ / くるり
     アルバム「さよならストレンジャー」から。四畳半フォークどころか縁側フォークとでも呼べそうな近接感。とは言え曲調はフォークでもないんだけどね。自分の生活がちゃんと自分のものであると感じられる気がしてくる。
  • 02. 向日葵はゆれるまま / 小沢健二
     アルバム「犬は吠えるがキャラバンは進む」から。ピアノと手拍子だけの伴奏で歌う泥酔音楽。最後のバーカウンターから崩れ落ちるようなところがとても良い。
  • 03. imagine / Gonzalo Rubalcaba
     キューバ人のジャズ・ピアニスト。アルバム「 imagine 」から。この曲聴いている限りではジャズを演っているようには思えないが、何となくアメリカ南部の匂いがする。それかホテルのバーで宿泊客の為に弾いているピアノ弾き。
  • 04. Turn me on / Nolah Jones
     アルバム「 Come away with me 」から。こういうアメリカ南部っぽい曲は眠りに有効なのか。それにしても Turn me on とはどういう意味なのだろうか。Light my fire とかと近いニュアンスなのかな。
  • 05. On & ON / Erykah Badu
     随分前に知人から「こういうの好きでしょ?」と薦められた曲。確かにストイラク。こういう夜の夜中に街のどこかで歌われているような曲は堪らなく好きである。
  • 06. Amai kage / Ego-Wrappin'
     ミニアルバム「 His choice of shoes is ill ! 」から。このアルバムに続く「 Swing for joy 」「 色彩のブルース」を含めてのこの場末な感じ、夜に紛れて棲息する人間の呟きは疲労と眠りを心地良く混ぜ合わせる。
  • 07. タイムマシーン / Chara
     アルバム「 Junior Sweet 」から。この曲を聴いていると僕は何故か武蔵野の夜を思い起こす。とは言っても僕は夜の立川や福生の辺りを友人の車で走った事がたった一度あるだけなのだが、どうしても思い浮かぶのだから仕方がない。
  • 08. Lei Pikake / Hapa
     アルバム「 Hapa 」から。スラックギターを習得したくてハワイに移り住んだアメリカ本土人と現地ハワイアンのデュオ。現在ではメンバーの入れ替え(ギターそのままヴォーカル変更)があったのだが、この頃はまさしく南国の天上の歌声である。
  • 09. 中央線 / 矢野顕子
     アルバム「 Super Folk Song 」から。もともとは The Boom の曲で、それもなかなか良いのだけれどこっちの方が夜が深い。僕は東京の東側に住んでいるのでJR中央線に関しては馴染みがないのだけれど、その光景は十分に想像出来る。
  • 10. 家族の風景 / ハナレグミ
     アルバム「音タイム」から。永積タカシの声は本当に耳心地が良い。それでいて家族の事など謳われたらしんみりとしてしまって思わず枕と毛布を探してしまう。弟達にも聴かせてやりたい。
  • 11. Tom Traubert's Blues / Tom Waits
     アルバム「 Small Change 」から。高校生の頃、同じデッサン教室に通って来ていた女の子から貰った My Favorite of Tom Waits の中に入っていて、それを聴いて以来ずっと好きな曲。ダミ声で歌う子守歌。
  • 12. オンブラ・マイ・フ / 村治佳織
     アルバム「シンフォニア」から。原曲はヘンデルのオペラ。木陰への愛を謳ったものであるらしい。という事からも伺えると思うが、僕にとっては最高の午睡曲。そう、午睡の為の楽曲なのである。その部分がどうも引っかかるのだけれど、今回はそこまで分けて纏める事が出来なかった。

 ★

 面倒臭いので Muxtape のアカウントを一つにして入れ替える事にした。Muxtape が法に触れるという事になれば全撤去だけどね。まあ、取り敢えず。みんなもこれ聴いて仕事や SEX の最中に居眠りとかしたらいいじゃない!

上記の Muxtape に拠るリストは入れ替えの際に削除します。

Polyrhythm / Perfume

 暫く前からラジオから流れてくる音を気にしていたし、LSTY 氏がちょこっと書いていたりしたのを腕組みしながら読んでいたりしたのだが、この二週間ずっと体調がおかしいし、他にもしたい事や知りたい事や考えなくてはならない事がたくさん在ってどうしようもないのでずっと目を逸らしていたのだけれど、一昨日うっかりと PV を観てしまってからもう大変。一昨日昨日今日と僕の頭の中は Perfume で一杯になってしまった。自分の中に取り入れたものを何かしら吐き出していかないと前へ進めないので、取り敢えずエントリを書く事にした。

 ★

 表題の曲、こういうの聴いてると僕は泣きそうになるのである。何故か。
 そう言えば以前にこの「泣きそうになる」という表現を或る女性の前で使ったら「泣きそうになるだなんて・・・泣くなら泣く、泣かないなら泣かないのどっちかじゃないんですか!」と怒られた。顔立ちが美しいだけに正直怖かった。僕は一体何故怒られたのだろうか。まあ、その話は今関係ないので横に置いておくとして、非常に気になる楽曲であるので、この曲を中心に色々を漁っていると Youtube で色々な人がアレンジ・リミックスしたものが上がっていた。面白かったので嫌がらせのように載せておく。

Polyrhythm ( Original ver. )


Polyrhythm ( Electric Model Hard Floor Mix )


Polyrhythm ( DJ Amaya vs. Groovebot Remix )


Polyrhythm ( Taisouegaomix )


Polyrhythm ( Taisouegao Vocalmix )


Polyrhythm ( Ksd6700 Mix )


Polyrhythm ( Time Killing Mix )


Polyrhythm ( Hard Floor Remix ) Remixed by K.466


Perfume + Cherryboy function - the endless polyrhythm lovers


 ★

 さて、音楽理論については全く何も知らない僕はこの楽曲で Polyrhythm なるものを初めて知る。紹介されているドビュッシーのアラベスクを聴いてみたのだけれどよく判らないので、少し探してみるとこんなページを見つけた。ドラムのみで演奏しているので判りやすいと思ったのだけれど、確かにきりがない。何となくは判ったのだけれど、たぶん数値に置き換えるのが一番解りやすい気がする。勿論やり方は判らないが。
 要はそれぞれの周期のリズムを持つ複数種の要素が、偶発的に見える或る周期で同期するというイメージが気に入ったという事だ。要素が二つであるならまだ判りやすいのだが、要素の数が増えていくにつれて訳がわからなくなっていく。一本の時間軸の沿ってそれぞれ異なるリズムで撥ねるボールが、PV の中にも出てくるように DNA 組織のようなうねりをもって突き進んでいく。そんな立体的なイメージが頭の中を走り回って出て行ってくれない。
 それ故、上で紹介したものの一番最後のマッシュアップ。「 The Endless Polyrhythm Lovers 」というタイトルに非常に惹かれ、期待して聴いてみたのだけれど、どうにも浮いた音が多いし奥行きが無くて残念な感じだ。奥行きが感じられないのはパソコンで聴いているからかも知れないが。誰か Polyrhythm で一時間くらいの曲作ってくれないかなあ。

 Perfume に関しては、まだ続く。

Rip It Up / Dead or Alive

 今現在35歳以上で、中途半端に不真面目な青春を送っていたであろう人が思わず反応してしまう Dead or Alive のアルバム(これはリミックス盤だけど)。まあ、飽くまで僕のイメージだが。その昔、若者が毎夜大音量の音楽に合わせて身体をくねらす場所をディスコと呼んでいた頃に、場所を限らず彼方此方で流れていた。余りに流行っていたのでついには歌番組にまで登場するのだが、そういうのを二度観た事がある。はっきりとは覚えていないがザ・ベストテンとかそこら辺の番組。曲はたぶん「 Something in My House 」か「 You Spin Me 'Round 」で、どっちがどっちだったのか覚えていない。

 最初に観たのはロンドンに在る教会からの中継で、牧師が説教を垂れる教壇のような位置に Pete Burns が立って歌っていた。その姿がもの凄く格好良くて、僕は踊り出しそうになるくらい興奮したものである。
 そして次に観たのもテレビ番組で、今度は実際にスタジオに来ていた。演奏が始まり中央で謳う Pete Burns の両脇には皮のライダーズジャケット(若しくはベスト)を着て、皮のショートパンツを穿いたハードゲイ風なダンサーが踊る。イギリスは凄いなあ、と感心しながら僕はその光景を眺めていたのだけれど、途中でその二人のダンサーが踊りながら腰のベルトを外し始めたかと思うと、サビのパートで外したベルトを股に通して、そしてなんとビートに合わせて股間を擦り始めたのである。
 当時の僕はまだ成人する少し前のカピカピの童貞であったが為(いやそうでなくても)びっくりした。ゴールデンタイム放送に堪えない衝撃的な映像であった。歌番組でそんなにも衝撃的な映像を観るのは「い・け・な・いルージュマジック」のPVの中で忌野清志郎と坂本龍一がディープキスしている映像を観て以来であった。(リンク先の映像ではしてませんけどね)

B000051SVZ

マイ・フェイバリット・ミュージック・テープ

 十庵氏LSTY氏がコンピレーション選曲とか始めたのを読んでいろいろと思い出した。御多分に漏れず僕も昔はこの手のテープをよく作っていたし、友人から貰う事もあった。最初は似通った嗜好の友人とのやりとりが主であったのが、次第に色気づいてくると、童貞のまま何も知らないままに、ただただ自分を受け容れて欲しいが為に女の子にテープを贈ったりするようになる。僕の場合、テープのみならず絵を描いてそれを渡していた。しかしその結果から言えば、どれもこれも功を奏していたようには思えない。そりゃあそうだ。自分の嗜好を、若しくは自分自身を押しつけていただけなんだもの。
 さて、そんな風に懲りもせずにテープを作っては渡し、何の反応も貰えずに過ごしている時期も終わる。僕が最後に作ったテープのタイトルは「四月」だった。ただしこのテープは誰か気に入った女の子に贈る為に作ったテープではなかった気がする。数年前に、持っていたミュージック・テープを全て処分した時には残っていなかったので、結局は誰かにあげてしまったのだろう。それでも、そのテープは何度も繰り返して聴いた覚えがあるので、恐らく動機としては自分の為に作ったテープである。

 そのテープの中に一体何の曲を収録させていたのか、よく覚えていない。Mr.Tambling man / Bob Dylan、There's nothing like this / Omar、Friends of mine / Incognito、Creepin' / Tamiko Jones を入れていた事くらいは覚えている。それと後は、Free Soul シリーズのどのアルバムにか収められていたジャズ・スタンダードの曲をジャマイカン・ジャズ(曲調はスカ。レゲエの前身と言われていたような・・・)で演っていた曲。春に聴く音楽として、華やかで、それでいて憂いの籠もる音を集めていたと思う。
 僕が拘ったのは、選曲及び曲順は当然過ぎるので話題にしないとして、一曲終わって次ぎの曲が始まるまでのタイミングである。前曲のリズムを引き摺りつつも、次曲のイントロの印象を考慮にいれてカウントする。勿論自前のリズムで。完全手動で。そのタイミングが自分の気に入るまで何度も録音をやり直す。こういうのは MP3 ファイルをリストアップするだけでは再現出来ない。真夜中までかかってようやく出来上がったミュージック・テープを、翌日から僕は繰り返し聴いていた。自分にとっての春に聴く音楽はこれ以上の組み合わせはない、くらいの心持ちで。

 それにしても、そんな大事なテープを一体誰にあげてしまったのだろうか。その当時にはそんなに好きな女は居なかったはずなのに。
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