DOG ON THE BEACH
ひとり股旅スペシャル@広島市民球場 / 奥田 民生
- 2005-04-12 Tuesday
- Category - Art
- Tag - music / installation
去年の10月30日に、広島市民球場にて行われた一人ライヴの映像。奥田がグランドに足を踏み入れて登場するところから、最後にグランドを後にするまでのノーカット編集である。セカンドベース上に設けられた小さなステージ上には奥田一人だけ。アコースティック・ギターが数本とアンプ、マイク、譜面台が四方を巡るようにセットされている。広島市民球場の収容人員は3万2000人。奥田はたった一人でその視線を受け止める。一人で演る事になったのは、バンドで演ると球場の騒音問題をクリア出来ないとの理由であるらしいが、結果はそれで良かったのかも知れない。観客が待ち望んでいるのは奥田の声である。アンコールで巻き起こったウェーヴは、たった一人の声を聴きたいが為に存在した。これまで数々のスポーツ競技試合での観客席で起こったウェーヴは目にしていたが、これほどまでに美しいものだとは思っていなかった。勿論それはカメラワークの違いでもあるのだけれど。
環状に組まれた巨大なプールを波は周回し、回を重ねる毎に観客の感情を吸い上げ、高めて行く。照れながら登場した奥田の顔には、照明塔からの容赦ない量の光が降りかかる。向こう側に見える盛秋の夜空は、何もかも吸い込んで行く。
ラジオの声
休日の午前中は部屋でFMを流している事が多い。しかも目が覚めたらすぐにチューナーの電源を入れる。かと言って直ぐにベッドから起きあがる訳ではない。微睡みの中で、スピーカーから聴こえて来る、低く絞られた音を聴いているのが好きなのである。内容なんか全然聞いていないし、曲もうろ覚え。耳障りの良いラジオの声を聴いているだけで良いのだ。
しかしこれはAMではダメである。AMの音は不快に感じる。詳しく調べた事はないが、FMの方が断然気持ち良い。例えばこのサイトなんかを読むと、AMはノイズに弱い性質を持ち、FMはノイズに強いという事らしい。しかし、それだけでは説明し切れない部分があるように思える。
この習慣は高校の時から有る。ラジオが自分の部屋に無い時期もあったから、その間はこの習慣を、自分自身忘れてしまっている。今この部屋に在るチューナーは今年になって買ったものだが、それまで僕の部屋にラジオは数年間無かった。それがある時、何となく自分の部屋でラジオが聴きたくなって、秋葉原に出向いてチューナーを買って来た。それからは時々電源を入れては何となく聴いていて、でも起き抜けに聴く事は無かった。
ある朝、何となしにラジオをつけて、スピーカーから聴こえてくる音に耳を澄ますと、何とも言えない安心感に包まれるのを感じた。その時聴いていたのは J-WAVE の番組でクリス智子が喋っていた。彼女の柔らかな声が非常にツボであった。それが余りにも気持ち良くて、それからは休日の午前中はラジオの声を聴きながら微睡む、という習慣がついてしまった。そう言えば高校の頃聴いていたのも、FM福岡の朝の番組(確か土曜日)で女性のパーソナリティだった。
しかしこれはAMではダメである。AMの音は不快に感じる。詳しく調べた事はないが、FMの方が断然気持ち良い。例えばこのサイトなんかを読むと、AMはノイズに弱い性質を持ち、FMはノイズに強いという事らしい。しかし、それだけでは説明し切れない部分があるように思える。
この習慣は高校の時から有る。ラジオが自分の部屋に無い時期もあったから、その間はこの習慣を、自分自身忘れてしまっている。今この部屋に在るチューナーは今年になって買ったものだが、それまで僕の部屋にラジオは数年間無かった。それがある時、何となく自分の部屋でラジオが聴きたくなって、秋葉原に出向いてチューナーを買って来た。それからは時々電源を入れては何となく聴いていて、でも起き抜けに聴く事は無かった。
ある朝、何となしにラジオをつけて、スピーカーから聴こえてくる音に耳を澄ますと、何とも言えない安心感に包まれるのを感じた。その時聴いていたのは J-WAVE の番組でクリス智子が喋っていた。彼女の柔らかな声が非常にツボであった。それが余りにも気持ち良くて、それからは休日の午前中はラジオの声を聴きながら微睡む、という習慣がついてしまった。そう言えば高校の頃聴いていたのも、FM福岡の朝の番組(確か土曜日)で女性のパーソナリティだった。
Lali Puna



一番新しいアルバムの「 Scary World Theory 」を今年の初めくらいに、新宿のタワーレコーズの店内で流れているのを耳にした。それまで耳にした事のない種類の音で、何となく気持ちが良い。店内のモニタに Now on air なアルバムのジャケットが映し出されていたので、それで確かめ店内をぐるぐる探し回った。店員に訊けば早いのだが、何故か僕は自分で探そうとしてしまう。ようやく見つけ、買って帰った。
言ってみれば、脱力し切った女性ヴォーカルの周りでピコピコ、チリチリ、ガッシュガッシュ鳴っているような音楽である。時々ドラムが入る。肉体的な要素はヴォーカルしかない。しかし、これが気持ち良いのだ。精神的に疲れ気味で「何もしたくねーなー。」などと呟きたくなる時には最適な音である。全体的に抑えられた音色で、訴えかける要素の少ない音楽であるハズなのに、音の微粒子が脳を刺激して快感を産む。ぼけーっと横になってヘッドフォンで聴いたりするのに適している。
このバンドが僕の最近の流行りである。なのにこのバンドに関しては殆ど何も知らない。ドイツのミュンヘンのバンドだという事くらい。元々僕が、必要のない知識を掘り下げるような性格ではないのも、理由としてはあるのだが。
High Fidelity / John Cusack
この映画、観ると共感出来る事など山ほどあるし、それが余りにも多すぎるので、その全てに対して何か書こうという気にはなれない。なので僕はたった一つの事柄に対してだけ書こうと思う。その他の事に関してはいずれの機会にでも書くとしよう。さて、そのたった一つの事とは、自分が持っている音源のストックから或る目的を持って厳選された「マイ・フェイヴァリット・テープ」の事である。この映画の主人公を含め、舞台となる中古レコード店のスタッフは、任意のテーマに沿った自分の TOP5 を提示し合う。そして時には、気になる女性へ自ら編集したカセットテープをそっと手渡す。これは、実際にやった事のある人でないと解らないと思うが(勿論僕もその一人)、本気でそれを作ろうとすれば本当に一日仕事である。朝、選曲する事から始めて、カセットテープのAB両面を埋める頃には既に陽が暮れているという感じだ。下手すりゃ夜中になってもまだやっている。端から見れば狂気の沙汰に思えるだろうが、本人に至っては疲れさえ感じる事もなく没頭している。ダヴィングの間中、彼等は常に興奮状態にあるので、気にならないのである。何も好きな曲を並べれば良いものではない。在る一曲を限りなくドラマテイックに演出する為の捨て曲も在る。一本のカセットテープの中で一つの物語を作ったりする。それはそれは途方もない努力が必要なのである。
この映画の原作となる Nick Hornby の本は、Amazon で見る限りではペーパーバックが2000年に発売されている。原作を読んでいないので詳しくは判らないが、21世紀になってもまだカセットテープを使っている事が少し不思議に思えて、何故だろうと少し考えていた。思いついた。いや、実際にこの映画や原作がその事を考慮して描かれているのかどうかは判らないけど。MD や CD-R では出来ない事は一つある。(デジタルでも本格的な機器を揃えれば出来るとは思うけど)それは曲間の間合いを作れない事だ。僕が作っていた時には(もう何年も作ってないけど)前曲の最後の一音と後曲の最初の一音をどう繋ぐかに最大限の注意を払った。勿論、曲間の無音の部分の長さも重要だ。盛り上げたい場合には、きちんとテンポを計って繋ぐ。センチメンタルな曲の後に、それを振り払うようなアップテンポの曲を持ってくる場合には、十分に余韻が消えるまで引っ張って、それから一気に突き上げる。そんな小細工が出来るのは、一般の機器ではカセットテープだけではないかなあ、と思ったのである。素晴らしい。カセットデッキを捨てなくて本当に良かった。
またしても、紹介しているモノにはあまり関係のない話で埋めてしまう私のレビュー。それでも、最後に一つだけ付け加えるなら、自分が編集したカセットテープを渡した女の子と、その後上手いこと行った事は一度もない。取り敢えず喜んではくれる(気に入るように作っているのだから当然と言えば当然)が、いつの場合も、それだけである。
Swing / Tony Gatlif
毎度の事ですが、ストーリーは追いません。この映画は、もうとにかくマヌーシュ・スウィングです。詳しくは後で書きますが、フランス北部に居住する英語圏でいうジプシーの呼称がマヌーシュです。そこで生まれたスウィング、それがマヌーシュ・スウィングです。その演奏が本当に素晴らしい。観ていて気が付いたのですが、スウィングってお互いの技量やセンスに対する信頼から生まれるんじゃないかと思うのです。ほら!どうだ!良い感じだろ? 次はお前の番だ。気持ちの良い音を頼むぜ。よし!そう!最高だ!よしきた、今度は俺の番だ!というこういう感覚がスウィングじゃないかなあ、と思ったりする訳です。そう考えるとジャンルや奏法なんて関係ない気がして来ます。指揮者に統制されたクラシックなどは無理な気がしますが、在る程度、個人のインプロビゼイションが許された状況であれば、何でも良いのです。それは別に音楽に限った事ではありません。枠組みが大きくなりますが、ルーティンワークでない仕事でもあり得るかも知れません。スポーツでも、セックスでもそうかも知れません。目的はただ一つ。お互いの創意工夫の先にどれだけの心地良さを獲得出来るか。それに尽きるように思えます。それがとても難しい事は周知の通りです。話が飛び過ぎたようですが、まあ、そんな事を考えていた訳です。何となくスウィングってグルーヴと似てるな。そう思います。違うような気も気もしますが、やはり似てる。
んで、欧州各地でのジプシーの呼称は以下のようです。
余談ですが、Gitan と言う煙草がありますね。昔僕は好きで吸ってました。友人にも一人、あと大学の先輩に一人吸っている人が居ましたが、それ以外(禁煙者はおろか喫煙者にまで)の人達には嫌がられてましたね。牧草みたいな匂いがして良いのに。それから、この映画の中にも度々登場しますが、マヌーシュ・スウィングの生みの親、Django Reinhardt 。彼のスウィング奏法の出で立ちに朧気な記憶があったので、改めて調べてみました。英語圏ではジプシー、ドイツではシンティやツィゴイネル、フランスではマヌーシュやジタン、スペインではヒターノ、イタリアではツィガーノ、そして東欧からバルカンではロムと呼ばれている。
この奏法の創始者は故ジャンゴ・ラインハルト氏。もちろん、生粋のマヌーシュ。18才のころ、幌馬車の火事で左手の薬指、小指を失い、その後数年かけ、左三本指で押さえる独特の奏法を編み出した。マヌーシュ・スウィングとは、指を失ってもなお音楽を諦めなかった人が作り上げた、超絶の技術なのでした。
あ、もう一つ。ギターを抱えて走る少年の姿は、とても美しかった。

Transformations / Kaori Muraji
名門デッカ・レーベル移籍の第一弾。しかしそれがどうしてこういう選曲になったのか・・・。とか言いながら、実はボーナス・トラックの「 Fragile 」目当てで買いました。FM で聴いてとても気に入ったのである。彼女のこれまでのアルバムは一応全部聴いていて、何れにしろ買うのだけれど。「 Fragile 」は言わずと知れた Sting の曲。それを聴いていて、この曲を誰かギターだけで演らないかなあ、とか以前から思っていたので思わず飛びついたという感じ。余韻たっぷりの原曲と比べれば随分とあっさりした感じ。彼女の奏でる音はとても優しく、その音を枕にいつまでもうたた寝したくなる。でも、そういう意味ではロドリーゴを演った「パストラル」とか、究極の午睡音楽の「オンブラ・マイ・フ」が収録された「シンフォニア」の方が個人的には好きである。
しかし彼女も含め、最近のクラシック界はアイドル並みのルックスの人が多く出て来てますね。そうでないとやはり売れないからなのだろうか。
'Round About Midnight / Miles Davis
このアルバムが僕が初めて手に入れた Miles Davis のアルバムである。実はつい最近になって Jazz を色々と聴くようになった。昔、それは10年くらい前だろうか、試しに Bud Powell あたりのピアノ曲を買って聴いてはみたが、全然自分の中に入って来なかった。ピアノを選んだのは、クラシックだとピアノ曲を聴く事が多かったので入り安いかと思ったのだ。しかし音楽として全く別物であったし、自分が聴く音楽ではないのだろうと、直ぐに離れてしまった。それから数年の後。何かのきっかけで Cuban Music を聴くようになり、それまで気にして聴いた事のなかったブラスの音に魅力を感じるようになった。それからまた数年が経ち、また試してみようかと思っているところへ、FM で 'Round midnight という曲を耳にした。それまで感じた事のないカタルシスを自分の中に見つけ、僕は次の週末には CD 屋でこのアルバムを探し当て、その日からは暫くは毎晩聴いていたように思う。今思えば、僕の Jazz への入口はこの曲であった。かと言ってそれから Jazz にハマったかというとそういう事はなく、それから暫くはこのアルバムと Kind of blue ばかり聴いていた。Miles Davis の他のアルバムを聴いたり、他のミュージシャンのアルバムを聴いたりするようになったのは、ほんのつい最近の事である。
'Round midnight を真夜中に聴くのが好きだ。闇に溶け込るようなトランペットの音色を聴いていると、夜と一つになるような気分になれる。











