DOG ON THE BEACH
山手線沿線を歩く(渋谷〜恵比寿)




渋谷駅の南側、国道246号線・高架上に首都高速3号線を渡り恵比寿駅方面へ歩く。渋谷駅周辺はグラフィティやそれに及ばない落書きが本当に多い。他の街に比べて若い連中が集う比率が大きいからだろうか。出来の如何を問わず、許可を受けていない場合には当の建物の持ち主にとっては質の悪い悪戯に過ぎないであろう。全くの部外者が眺めれば結構面白いんだが、個人宅に落書きするのは止めた方が良いと思う。かく言う僕は、小学校低学年の頃に余所様の家のブロック塀を、煉瓦の破片をクレヨンのように使って赤く塗り上げた事がある。勿論酷く怒られた。共犯者の中にその家の子供が混じっていたので怒られるだけで済んだけど、消すのが大変だったな。
右上の写真の直前くらいに、店舗は割と大きいが立地と店の向きがひっそりとした美容室があり、ちょうど僕が通りかかった時に、店内からスタッフ2人に見送られて物凄い美人が出てきた。その姿を惚けて見ていたら目が合ってしまい、その美人は急ぐように歩き去ってしまった。別にどうでも良い話ではあるが、思い出したので書いておく。

恵比寿に近づくにつれて往来を歩く人と落書きの数は減っていく。恵比寿だってそんなに小さな街ではないが、誰でも彼でも「取り敢えず恵比寿に行こう」という発想にはならないと思う。だから人が少ないのだろう。その分歩きやすくて良い街だと思う。個人的には東京都写真美術館くらいしか当てにする場所がないので滅多に行かないが。しかし滅多にしか行かない為、以前来た時に入った店にもう一度入りたいと思っても潰れている事が多い。僕にとってはなかなか付き合い辛い街である。
- 最終更新日時 : 2009-03-22 16:12:19
山手線沿線を歩く(原宿〜渋谷)


左上: 明治神宮南参道入口。高い木々に囲まれたこの木製の鳥居が素晴らしく好きである。余り彼方此方の神社を訪ねた事はないのだが、僕の実家の近所にある結構大きな神社の鳥居は石で造られている。社務所や社殿は古いのに鳥居だけ新しく妙に近代的なので何だか変な気がする。
右上: 渋谷駅方面への線路脇の道。右手には国立代々木競技場。なだらかに下るこの坂道をもう何度歩いただろうか。今では渋谷に行く事は殆どないのでこの道も通らなくなってしまったが、20代の頃には毎週末とは言わないまでも頻々に歩いていた。人通りが少なく歩きやすかったというのもあったのだろう。
左下:そのまま下っていき渋谷の繁華街に近くなってくると、このようにバイクやスクーター、自転車がたくさん駐めてある。
右下: 宮下公園。街の真ん中に在る公園には児童の姿はない。大人の身体を持った子供達ばかりが目に映る。とは言え冬の最中(この写真を撮ったのは2月初旬)にはそういう連中すら居ない。うら寂しい限りだが、家族連れが集まってくるような大きな公園でもなければ、東京の公園は、街に人間が多いだけに何処も寂しい。

左上: 高い位置を走る山手線と同じレベルに在る宮下公園を降りた道路から撮った写真。
右上: 明治通り沿いの建物と山手線の間に挟まる駐輪スペース。渋谷は本当にバイクが多い。恐らく路肩やその他、彼方此方に駐め易いからなのだろう。
左下: それを更に進むと、小さな飲み屋が軒を連ねている場所に続く。こういう空間はずっと無くならないでいて欲しいのだが、呑む人間も商う人間も段々と歳を取って、やがては其処に宿った全ての記憶と共に消え去ってしまうのだろうな。やたらと明るく清潔なカフェやレストランばかりが増えても、人は居場所を無くして困るだけだと思うのだけれど。
右下: 渋谷駅。たまに来る度に何処かしらが変化している。思い出はいろいろあっても、映画を観に来る以外では本当に用がないので、新しい記憶が上書きされる事もない。中途半端な過去に流された街である。
山の手線沿線を歩く(代々木〜原宿)


東京都心部は地形が起伏に富んでいる為か、高架線路のガード下や脇道には面白い造形が多い。狭い空間を使って無理矢理建設したように見えるその傍には、人々の生活の営みが垣間見えたりするが、そこが良いのである。
左下:絶妙なレタリングで書かれた「山の手ハウス」の文字が良い。この写真では判らないが、コーポと呼ぶにふさわしい外観を持つこのアパートの玄関口なのだろう。でもそうは見えない。このプレートと入口左側の水道がなければ誰も此処が玄関だとは気付くまい。
右下:一戸建ての住宅が並ぶとある門の前。この写真では判り難いが「糞の始末をして下さい」と割と流麗な字体で書いてある。惜しい。こんなものを門前にぶら下げるという思い切った事をしておきながら、そんな大人の対応はないだろう。せめて「CCDカメラ内蔵型監視犬が見ています」とか「見たぞ!オマエが犯人だ!」とか書けばいいのに。まあ、ご近所さんに嫌われるかも知れないけど。


左:僕は昔からこの秀和レジデンスのマンションが好きである。勿論住んだ事はないし、中に入ったことすらないので外観が、という意味で。東京を歩いていればいろんな地域で見かける。鱗のようにモルタルを塗り固めた壁。スチールワイヤーの欄干。部分的に用いられる青いスレート屋根。どことなく時代錯誤な感じが良い。
右:原宿駅側部乗降場、お召し列車の発着ホームへの入口である。

原宿駅。休日のこの小さな駅の混雑ぶりには辟易するので、出来るだけ利用したくない。乗降客の7割くらいを子供が占めている(私感)事が更にその気分を助長する。外国人も多いが、それは余り気にならない。
- 最終更新日時 : 2009-03-16 22:25:00
山手線沿線を歩く(新宿〜代々木)


docomo タワー・雑居ビル・代々木駅: 新宿から代々木に至る距離は、其処へ駅を造る必要があるのかどうか疑わしいくらいに短い。
左上の写真。正式にはNTTドコモ代々木ビル。どうしてこんなビルを建てたのか。全く違う地域や時代の要素を、アレンジを加えつつ模倣するというのは良いと思うのだが、そのまま過ぎるし何にも考えて無さそうだもの。似たようなものだと、田舎町に突如として建てられた城風の家屋。笑いの観点から観るのであれば良いのかも知れないが。
右上及び左下の写真。テナントが殆ど退去してしまい、後は立て替えを待つばかりの雑居ビル。写真では判りづらいけれど、その荒廃ぶりが良かったので何枚も撮った。右上の写真、一階部分にはスナックや飲み屋が入っていたのであろう、朽ちつつある看板が所在なく突き出ている。こういう光景はいろいろな街に存在しているが、そういうのを見つける度にずかずかと入り込んで写真を撮りたくなってしまう。
右下の写真。代々木駅。駅前は縦横に走る路地と、雑然と並ぶ路面店がひしめき合う感じであるが威圧感が余り感じられない。整備されていないがために居心地が良い、という気がする。
山手線沿線を歩く(新大久保〜新宿)


職安通り近くの廃墟: 新大久保駅から線路沿いに歩いて、職安通りに出る直前にこんな廃墟が在った。一階の屋根から二階部分に至まで枯れた植物で覆われている。蔦ではないし、一体何の植物なのか判らないが春から夏に植物が再生した際には(この写真は真冬に撮ったもの)緑に覆われているのだろう。その植物の重みでいずれ屋根が押し潰されてしまうんじゃないかな。
近所に住んでいるのだろう子供達が塀の中を覗き込んでいた。ついでに僕も覗き込んでみた。よく見えない。誰も住んではいないだろうけれど、誰も中に居ないとは限らない。そう考えると結構怖い。

大ガード越しに望む西新宿のビル群: 写真の出来はかなり悪いのだが、僕はこの風景が好きである。たぶん新宿の中では一番好きだ。しかし太陽を背にしている事が多いのでまともな写真が撮れた試しがない。なのでいつもぼうっと眺めている。この風景の何が好きかって、節操の無さ加減が。この風景に限らず新宿は何処も節操の無い印象を受ける。そしてそれがとてもアジア的である。

歌舞伎町・ガード下・やきとり横町・新宿駅: 新宿という街は、人々が何らかの欲求を満たす為に訪れる場所であり、其処で働く人々はそれらの欲求の受け皿を用意し、対象物を提供する。この場所は街という概念から離れ、もはや巨大な装置である。そしてその装置内の各部位は、人々の欲求の変移に目敏く反応し、自らを流動的に造り替える。だからこの街に対する興味は果てしがない。
山手線沿線を歩く(目白〜高田馬場〜新大久保)



目白駅から高田馬場駅: 左の写真は普通のマンションの駐車場横に設置された設備器機。笠木や窓枠をきれいにマスキングして描いてあるので、恐らく許可の上でのグラフィティであるのだろう。しかし何故許可されたのだろうか。マンション自体は何の変哲もないデザインだし、脈絡もなくこういうのが出現するので少々戸惑う。
そして右の写真は、線路下の壁に描かれたグラフィティの出来損ない。というか、元はシンプルで可愛いニコニコマークだったのが、数々の悪意に晒されたが為にこのような姿に変わり果ててしまった模様。グラフィティはグラフィティ。悪戯描きは悪戯描き。全く別な種類の意志に拠って描かれる。

高田馬場駅: 主な改札口は別に在る。しかしやはり僕はこういうガード下に潜っている改札口の方が好きだ。線路脇に駅舎を建造する費用を省いたのか、それとも機能的に簡略化したかったのか実情は知らないのだけれど、成り行きと、その機能一点張りの思想で造られた構造体を目の前にすると、何だかワクワクするのである。そしてこういう改札口はどことなくひっそり感が漂う位置に設けられている事が多いので、そこがまた良いのだ。


高田馬場駅から新大久保駅: 左の写真は駅近くの手摺りの主柱に貼ってあったシール。一体何の意味を持つシールなのかさっぱり判らないのだが、陽射しや雨に晒され続けて絵柄の明るさまでをも退色していて何だか切ない。
右の写真は線路沿いに在る公園のベンチから撮ったもの。5・6人の少年達がサッカーの練習をしているだけで、その他に人影はなかった。東京中に散らばる小さな公園はおしなべて寂しい。陽も傾き始め、少し寒くなってきた事も相まってその侘びしさは一入である。

新大久保駅: この改札口前はいつ来てもごった返している。この駅に用事がある事はまず無いのでこれまで三回くらいしかこの駅で降りた事がない。その内二回は、知人から古いサックスを借りたが壊れていたのでその修理に。練習する場所ばなくて結局返してしまったけど。後の一回は別な知人とただぶらぶらしに。デニーズで珈琲を飲もうと店に入ったら、日本語を喋っているのは自分たちだけだった。そう言えばその時に280円のラーメンを食べた記憶がある。
この区域は結構込み入っているので期待していたのだけれど、これは、と思う風景は少なかったなあ。
- 最終更新日時 : 2009-03-15 23:00:15
山手線沿線を歩く(池袋〜目白)


幼稚園の壁画: 公共の施設等に子供の描いた絵が陳列されているのをよく見かけるが、僕はあれがどうも好きではない。何だか妙な作為を感じるのだ。あれは子供が大人に描かされた絵であるのだと思うと気分が悪くなる。勿論全てがそういう絵だと言っている訳ではなく、主題が決められているような場合にそう感じる。描いた本人が自分が好きな対象を好きなように描いている場合にはそうは感じない。そもそも子供が描いた絵をそんなに有り難がってどうするのだろうか。突出した技能を持つ絵だとするなら良いのだけれど。
で、この幼稚園の壁に描かれた絵なのだけれど、これは何となく気に入ってしまった。子供達が勝手に描いたものだとは思えないし、子供が描いたにしては全体に纏まりがある。なんだろうかこれは。子供が描いた絵を大人が壁んい描き写したんだろうか。

高台から線路を見下ろす:山手線の線路脇はこんな風に土手に樹木が植えられている場所が結構在って、車窓から見れば箱庭を思わせるような眺めである。ちゃんと剪定しているようだが、これって敷地内だからやはりJRが雇った庭師がやっているんだろうな。でも剪定しているところを見た事がないんだけれど、一体何時やっているのだろうか。

高台の上の道: 人も車も余り通らないただの道。ここまで駅から離れると本当に静かだ。この街に限らず、山手線沿線は実は結構住みやすい街であるような気がする。駅周辺は栄えていて、生活していくのに必要な物は其処で殆どのものが手にはいるし、歩いて10分も行かないうちに閑静な住宅地となる。勿論ターミナル駅周辺は除くが。以前、山手線沿線に知人が二人ほど住んでいた事があるが、なかなか住み心地が良さそうであった。

目白駅: 目白と言えば女子大である。いや、そんな事もないんだけど馴染みのない地区なので他に持てる印象がないのだ。ただ、小綺麗な街であるような印象はずっとある。駅舎の外装も近代的で小綺麗だ。駅前でぼんやりしていると(休日であるにも関わらず)やはり学生が多い。
ところで「女子大生」という肩書きがテレビで持て囃された頃があったと思うのだけれど、そもそもあれは一体何だったのだろうか。などという事をつらつらと考えていたら「オールナイトフジ」に辿り着いた。そうだそうだ、その後に「夕焼けニャンニャン」が企画されたんだった。「なんとなく、クリスタル」とか「 POPEYE 」とか、田舎に住む僕にとっては遠い世界の話だったなあ。
- 最終更新日時 : 2009-03-15 22:34:29






