DOG ON THE BEACH
借り物の祝祭
- 2008-09-03 Wednesday
- Category - People
- Tag - sociology / religion / gala / entertainment
浅草サンバカーニバルの起源を辿れば、Wikipedia やその他の殆どのページには同じ記述が在る。
さて僕が考えていたのは、何故この借り物の祭りが東京に根付き毎年盛んに行われているのかという事だ。この祭りはコンテスト形式であり、事前の審査を経た20チームがパレードに参加する。各チームが運営するサイトを読んでいると、大体がリオのカーニバルやサンバという音楽の愛好者達で構成されている。中には在日のブラジル人が指導している場合もある。チームを構成するのは学生から一般人果てはプロのミュージシャンまで様々であるが、その思いも様々であるようだ。この祭り全体を構成するのは、飽くまで経済的効果を期待する主催者と、サンバの愛好者と、祭り好きの観客。そう考えると非常に巧く組み合わさった現象であるように思える。しかしどうも腑に落ちないというか、動機が弱いというか、曖昧さが全体を覆ってしまうのである。ブラジルでのサンバ・カーニバルの成り立ちの様相と比べてしまうからだろうか。彼の国では宗教や社会的な貧困状態などからカーニバルの存在する意味やその熱狂の度合いが想像しやすい。でもこの国にはそんなものは存在しないのである。
この国はどうしてこんなにも多くの祭りが存在するのだろうか。全国津々浦々、大なり小なりの祭りがひっきりなしに催されているし、地域の伝統や宗教的な解釈はまるで無視しされている。僕は何となく、近代化に伴ってハレとケの感覚が薄れ混乱してしまったが為に、無理矢理にその感覚を呼び戻そうとしているような気がしている。例えば、僕のような地方出身者が上京し新宿や渋谷・池袋などの繁華街に訪れてまず何を思うかと言えば「お祭りみたいだなあ」という感覚。地方の田舎に育てばこんなにも多くの人々を見るのは祭りの時くらいだからである。そんな風にして「毎日がお祭り」のような状況の中で暮らしていたら、古来の祭りの規模や日常と変わらないテンションで行われる祭事ではハレ(非日常)を感じる事は出来ないだろう。そこで必要となるのは目新しさや異質さで、それを満たす手っ取り早い方法が外来の祭事を輸入する事だったのではないかと僕は思う。
浅草はかつて映画館や演芸など娯楽の一大中心地として名を馳せたが、昭和30~40年代にはすでに街の活気が下火になりつつあった。これを案じた当時の台東区長である内山榮一と浅草喜劇出身俳優の伴淳三郎の発案により1981年に初めて実施されたといわれる。1981年なんてついこの間の事だ。何故浅草にサンバカーニバルなのかという疑問は考えても意味がないだろう。この国はキリスト教の祝祭を平然と自国の祭り・イベントとしてやってのけるし、果てはキリストやモーゼやブッダの墓が在るとかないとかそんな事まで、街や地域の経済を興す為に作ったりするような国なのである。調べてみれば高円寺阿波おどりも同じ様な理由で始められたようだし、とにかく借り物のスタイルであれ何であれ、呼び物となりそうなものであればそれを催して金を落とさせる。全国何処でも大なり小なりやっている経済活動である。それは、全てとは言わないが元々この国の各地方に伝来する宗教的な祭りさえも含まれてしまう。浅草とサンバカーニバルを関連づける事柄があるとすれば、浅草が観光地で日常的に祭りを催しているようなもので観光客の扱いにも慣れているだろうし、昔から三社祭のような大祭を継続させるだけの素地がある土地なのだから、受け容れやすかったのだろうという事は考えられる。いずれにしても節操の無さを感じる事は否めないのであるが。
さて僕が考えていたのは、何故この借り物の祭りが東京に根付き毎年盛んに行われているのかという事だ。この祭りはコンテスト形式であり、事前の審査を経た20チームがパレードに参加する。各チームが運営するサイトを読んでいると、大体がリオのカーニバルやサンバという音楽の愛好者達で構成されている。中には在日のブラジル人が指導している場合もある。チームを構成するのは学生から一般人果てはプロのミュージシャンまで様々であるが、その思いも様々であるようだ。この祭り全体を構成するのは、飽くまで経済的効果を期待する主催者と、サンバの愛好者と、祭り好きの観客。そう考えると非常に巧く組み合わさった現象であるように思える。しかしどうも腑に落ちないというか、動機が弱いというか、曖昧さが全体を覆ってしまうのである。ブラジルでのサンバ・カーニバルの成り立ちの様相と比べてしまうからだろうか。彼の国では宗教や社会的な貧困状態などからカーニバルの存在する意味やその熱狂の度合いが想像しやすい。でもこの国にはそんなものは存在しないのである。
この国はどうしてこんなにも多くの祭りが存在するのだろうか。全国津々浦々、大なり小なりの祭りがひっきりなしに催されているし、地域の伝統や宗教的な解釈はまるで無視しされている。僕は何となく、近代化に伴ってハレとケの感覚が薄れ混乱してしまったが為に、無理矢理にその感覚を呼び戻そうとしているような気がしている。例えば、僕のような地方出身者が上京し新宿や渋谷・池袋などの繁華街に訪れてまず何を思うかと言えば「お祭りみたいだなあ」という感覚。地方の田舎に育てばこんなにも多くの人々を見るのは祭りの時くらいだからである。そんな風にして「毎日がお祭り」のような状況の中で暮らしていたら、古来の祭りの規模や日常と変わらないテンションで行われる祭事ではハレ(非日常)を感じる事は出来ないだろう。そこで必要となるのは目新しさや異質さで、それを満たす手っ取り早い方法が外来の祭事を輸入する事だったのではないかと僕は思う。
浅草サンバカーニバル 2008
- 2008-08-30 土曜日
- Category - People
- Tag - sociology / tokyo / entertainment
浅草サンバカーニバルに行ってきた。東京に住み始めて長い時間が立つが、同じ浅草の三社祭は何度も足を運んでいるのにこの祭りは初めてである。というのも「遠い他国の祭りを輸入して日本で開催する意味が解らない」とか「カーニバルの衣裳やサンバが日本に合う訳がない」とか思っていたからで、それでどうにも引っかかるので行く気になれなかったのである。同じような理由で高円寺阿波おどりや新宿エイサーまつりにも行った事がない。しかし今年は何となく覗いてみようという気に何故かしらなった。午後1時30分から始まるパレードに間に合うように都営浅草線浅草駅で降りたのだが、意外と利用客は少ない。あれ、こんなものなのかなと思いつつ地上への階段を上がると、馬道通りと雷門通りの交差する方向からは既に多数の打楽器の轟くような轟音が聴こえてくる。心躍らせながら僕は雷門前目指して歩いた。途中交差点辺りで目に突き刺さるような色彩を施した衣裳を纏った集団が踊りながら歩いているのが見えた。交差点を曲がり雷門通りのアーケードに入ると其処にはもう人人人の人集りで、その混雑振りは隅田川の花火大会を思い出させる。パレードなんて殆ど見えない。その時点で既に帰りたくなったが我慢して足を進めた。
行けども行けども何も見えない。よほど左の脇道に入って帰ろうかと思った。しかし通りの真ん中に「Finish」と書かれたボードの立つゴール地点の少し前辺りに、それまで何重にも列なっていた人が薄くなる場所があったので、僕は其処を定位置とする事にした。その場所には幸いな事に年寄りしかおらず、つまり何れ足腰がキツくなって脱落するであろうと踏んだのである。しかも一眼レフに長玉を付けているようなカメ爺も居ないので脱落する時期も早いと読んだ。
さて、隣に割り込んでくるおっさんの息が酒臭いとか、そもそも息が臭いとか、こういう人が多く集まる催し物に参加した際にいつも思うのは年寄りとカップルはずうずうしくて甚だ迷惑だと再確認したとか、カップルのずうずうしさには国籍や人種は関係ないとか、突然の夕立にもめげずにパレードを見つめているのはやはり単独者だけなんだなとか、そんな事を思いながら結局18時のラストまで其処に立っていた。上に掲げたのは、最後のチームがゴール地点で最後のステップを踏みながら歌っている場面である。そして本来書こうとしていた事よりも先にこんなどうでも良い事を書き始めてしまったばかりに酔いが回ってしまってそのまま終わろうとしている事に今気付いた。次回へと続く。
母と息子のバラッド
確か7月の半ば頃の話。梅雨が開けるか開けないかの瀬戸際の快晴の日に、僕は打ち合わせに挑むべく地下鉄の駅へと向かっていた。薄暗い地下へと降りる入口の前で、何やら高校生くらいの男の子がもたついている。彼は長身だというだけではなく、太っているという訳でもなく、縦にも横にも大きな巨漢であった。真っ黒な学生ズボンに白い半袖の開襟シャツ、坊主頭の下の表情は大変幼くどちらかと言えば愛らしい。そんな彼が一体そんな場所(通行の邪魔)で何をまごついているのか判らないが、突然横を向いてこう言ったのである。「お母さん、これ持ってて」それを聞いて初めて男の子の隣に佇んでいる女性の存在に気がついた。年の頃は40過ぎ、身長は150cmあるだろうか。僕の母もそうだが、とても小さなお母さんである。「もう・・・」と嘆きながら息子から鞄を受け取る。どうやら息子は定期券を探しているらしい。
巨漢の息子にちっちゃな母親。不思議だ。父親が巨漢なのだろうか。でもそんな事より、この二人を見ていると何故だか頬を緩むのだ。どれだけ身体が大きかろうが息子は息子で、どれだけ身体が小さかろうが母は母である。その事実は僕をとても楽しい気分にさせる。
巨漢の息子にちっちゃな母親。不思議だ。父親が巨漢なのだろうか。でもそんな事より、この二人を見ていると何故だか頬を緩むのだ。どれだけ身体が大きかろうが息子は息子で、どれだけ身体が小さかろうが母は母である。その事実は僕をとても楽しい気分にさせる。
Chineseman in Tokyo
僕が上京したての頃、当時は未だ東京で学生をしていた友人と夜の山手線に乗った時の話。
乗客の少ない車両に乗り込んだ僕等の耳に男の怒号が聞こえてきた。「おまえ中国人だろう!」「よお、おい!お前は中国人だろうってんだよ!」見れば薄汚れた身なりの老人が口角に泡を溜めながら怒鳴っていた。老人の目の前の座席にはステンカラーコートを身に纏った若い男が背筋を伸ばして座っていた。歳は20代の後半くらいか。見た目で彼が中国人であると判断出来る要素は何処にもない。それでも老人はしつこく繰り返す。泥酔しているのか、同じ言葉をただ大声で繰り返している。車内は凍り付いたように静まりかえっていて、罵倒されている男はじっと堪えていた。
やがて扉が閉まり、電車は動き出した。それでも止まない老人の追求に、僅かに男の表情が揺らいだかと思うと俄に立ち上がってこう言った。「そうだよ、俺は中国人だよ!だけどそれの何が悪い?俺は一生懸命働いて日本で暮らしてるんだ!中国人だからって何で馬鹿にされなきゃいけないんだよ!」本当に彼は中国人だった。僕はその事に驚いていた。それにしても老人は何故彼が中国人だと判ったのだろうか。男に怒鳴り返され、老人は言葉を失っていた。まさか言い返してくるとは思わなかったのだろう。態度が急に軟化し始める。そして次の駅に到着した時「電車降りて話そう」そう言って男は老人と共に電車を降りて行った。
車内の残った僕と友人は「あの人カッコええなあ」などと単純な感想を言い合っただけで済ましていたのだけれど、僕はその後度々その時の事を思い出していた。
一方は、年若く男前で、背も高ければその服装からして金も十分に稼いでいそうな中国人の青年は、見ず知らずの薄汚れた老人から、自分が中国人というだけの理由で罵倒されるのを何故我慢しなければならなかったのか。そしてもう一方は、どういう理由なのかは知らないし知りたくもないが、時代錯誤な差別意識に頼らなければ自分自身を保つ事が出来ない程の状況に何故陥ったのか。こんなにも悲しい場面にはそうそうお目にかかれないし、それ故いつまでも忘れる事が出来ない。
乗客の少ない車両に乗り込んだ僕等の耳に男の怒号が聞こえてきた。「おまえ中国人だろう!」「よお、おい!お前は中国人だろうってんだよ!」見れば薄汚れた身なりの老人が口角に泡を溜めながら怒鳴っていた。老人の目の前の座席にはステンカラーコートを身に纏った若い男が背筋を伸ばして座っていた。歳は20代の後半くらいか。見た目で彼が中国人であると判断出来る要素は何処にもない。それでも老人はしつこく繰り返す。泥酔しているのか、同じ言葉をただ大声で繰り返している。車内は凍り付いたように静まりかえっていて、罵倒されている男はじっと堪えていた。
やがて扉が閉まり、電車は動き出した。それでも止まない老人の追求に、僅かに男の表情が揺らいだかと思うと俄に立ち上がってこう言った。「そうだよ、俺は中国人だよ!だけどそれの何が悪い?俺は一生懸命働いて日本で暮らしてるんだ!中国人だからって何で馬鹿にされなきゃいけないんだよ!」本当に彼は中国人だった。僕はその事に驚いていた。それにしても老人は何故彼が中国人だと判ったのだろうか。男に怒鳴り返され、老人は言葉を失っていた。まさか言い返してくるとは思わなかったのだろう。態度が急に軟化し始める。そして次の駅に到着した時「電車降りて話そう」そう言って男は老人と共に電車を降りて行った。
車内の残った僕と友人は「あの人カッコええなあ」などと単純な感想を言い合っただけで済ましていたのだけれど、僕はその後度々その時の事を思い出していた。
一方は、年若く男前で、背も高ければその服装からして金も十分に稼いでいそうな中国人の青年は、見ず知らずの薄汚れた老人から、自分が中国人というだけの理由で罵倒されるのを何故我慢しなければならなかったのか。そしてもう一方は、どういう理由なのかは知らないし知りたくもないが、時代錯誤な差別意識に頼らなければ自分自身を保つ事が出来ない程の状況に何故陥ったのか。こんなにも悲しい場面にはそうそうお目にかかれないし、それ故いつまでも忘れる事が出来ない。
山手線沿線を歩く(恵比寿〜目黒〜五反田)


左上: 山手線の線路とその向こう側に恵比寿ガーデンプレイスを眺めながら、緩やかな坂道を歩く。どうでも良い写真だが説明の為に一応載せておく。何の説明なのかは後述する。
右上: 整備された街を歩いていると時折こういうのを見かける。しかし大概はその土地の区や施設の名称が彫り込んであるものだが、これはそういうのは一切無かった。絵柄は周囲の風景にそぐわないし、一体どういうつもりの物なのかが不明。
左下: 街の片隅に、こういった感じで街灯や電柱や信号機やカーブミラーが佇んでいると、思わず写真を撮ってしまう。物を擬人化するのは余り良くない習慣だとは思うのだが、どうしても止められない。
右下: ガード下の踏切。複雑な障害物が進路を執拗に妨げる。恐らく自転車や何かで、ぎりぎりのタイミングでこの踏切を突っ切ろうとする輩がたくさん居るのだろう。そんな気分になるのは解る気がする。
さて、左上の写真の右側には、余った土地を無理矢理に利用したような、ただただ整備しただけのつまらない公園がある。公園と言えども地べたは土ではなく全てインターロッキングに覆われ、ベンチが二台と意味のよく解らないオブジェのようなものが設置された、とても憩う気分にはなれないような空間。僕は其処で俄には信じ難い光景を目にしたのである。
二台あるベンチの内の一つに一人の女が座っていた。髪型や肌の白さや大きな目が緒川たまきに似たその女性は美しく、この日の天候の穏やかさを慈しむが如く微笑んでいた。そしてその両膝には男が半身を投げ出し顔を埋めていたのである。彼女の左手は男の肩に置かれ、右手は男の髪の毛を優しく撫で続けていた。大きな公園、例えば代々木公園や新宿御苑ではこういう光景をたまに見かけるし、いーなあ羨ましいなあ俺もあんな風に女に優しくされてえなあと涎をダバダバ垂れ流すくらいで済む話なのだけれど、今回は少し事情が違う。何が違うかと言えば、その男はどう見ても一般的には浮浪者と呼ばれてしまうような出で立ちであったからである。
薄汚れたブルゾンにこれまた薄汚れたスウェットパンツにスニーカー。そのどれもが元の色が判別出来ないくらいに退色している。ベンチの傍らには僕が中学生の頃に乗っていたようなかなり古いタイプの自転車が駐めてあり、荷台にはダンボール箱に色々な物が詰め込まれた状態で括り付けてある。女の膝に埋まっているので顔は判らない。しかし彼女が撫で続けている髪の毛が白髪混じりな事から、男は中年以上の年齢であるのだろう。僕は狼狽しながらも目が離せずにいた。何故だ。何故この組み合わせが成立しているのだ。僕はその現実離れした光景に目を奪われ、その場に立ちつくしていた。
そのまま見つけている訳にもいかないので僕は取り敢えず彼らの前を通り過ぎた。しかしどうしても気になる。このツアーでは、行き止まりでもない限り後戻りする事を自らに禁じていた僕であるのだが、今回ばかりは戻った。一度戻り、再びコースに乗る為にもう一度通り過ぎた。その際に女と目があった。その目に拒否の色が見て取れたので僕はそのまま歩き去らざるをえなくなった。後ろ髪引かれる思いとはまさにこの事である。僕はこの二人に物凄く興味を持った。何なら写真を撮ってインタビューでもしたいくらいである。彼らの背景に物凄く濃厚な物語の存在が伺えて、その予感に強く惹かれるのである。しかしながら、その物語の中に僕が足を踏み入れるのは非常に失礼な気がして、僕は歩き去る事にした。

左: 右側の線路と左側の住宅地へと伸びる二股に挟まれる形で設置された公衆電話ボックス。公衆電話自体が急激に減っているこのご時世だが、このボックスは当分残されているような気がする。立地条件がとても良い。手前に立つ樹木が何なのか確認し忘れたが、桜のような気がする。春も盛りの真夜中に、街灯に白く浮かび上がる桜に身を隠しながら、恋い焦がれる誰かに電話したくなる絶妙な舞台装置だ。今時そんな人は居ないかも知れないけど。
右: 五反田駅。何の面白みもないどころか、荒んだ気持ちになる面構えだ。
恵比寿で見かけた二人の事が余程気になって頭から離れなかったのか、目黒駅の写真を完全に撮り逃している。
渚のシンドバッド / 橋口亮輔
- 2008-07-10 木曜日
- Category - Art
- Tag - movie / philosophy / sociology / sexuality
先に書いておくと、登場人物の一人が浜崎あゆみである事に、エンディングロールを見るまで気がつかなかった。まあそれは良いとして、己の内なる欲望や欲求に対して羞恥心や罪悪感のようなものを持っている人間にとっては、思春期はまさに地獄の季節である。募り高まる性的な欲求と傷つきやすい自尊心とが最早膠着状態となり、対象を目の前にしてしまえば、世界と自分との距離感を全く掴めずに混乱したまま全てを告げてしまう。それは勿論自分自身と対象となる人間しか目に映っていないからであるが、そういう無様な若い人間の姿も、少し離れた場所から眺めれば結構美しく思えるものである。
この映画ではそういう事が正確な上に密度をもって描かれている。しかもそれが次々と映し出されるものだから、観ているこちらとしては思わず一時停止ボタンを押してしまうのである。もう見ていられないのだ。かといってそれで観るのを止めてしまう事はなく、腹をくくり息を止めてまた再生ボタンを押す。
誰かに受け容れられ安心出来る事を、不器用極まりないアプローチで追い求める登場人物達は皆必要以上に傷つき、そのまま生き続けていく事を恐れている。その恐れの中、傷つかず傷つけずに安心して生きて行くにはどうすれば良いのか。混沌とした迷いの中、彼らは懸命に日常を過ごして行く。
この流れで言えば、次作が「ハッシュ!」となるのは凄く解る。橋口亮輔は一貫して、人の生き方を追い求めているのだと思う。僕はこういう作家が好きだ。音楽にしろ文学にしろ何にしろ、人の一生を描いたものはとても愛おしい。それがカテゴライズとして何と呼ばれるかなんて事は本当にどうでも良い。
★
印象的だった場面を幾つか。
- 浜崎あゆみ扮する、過去に強姦された経験を持つ女子高生が、精神科医との面談時にこう話す。「私、やられてる時にも人の身体って暖かいんだなあと思った。だから、私は人の温かさというものを信じない。」
- 撮影の舞台となった長崎の美しい風景。蜜柑畑を抜けた先の陽の光に溢れた浜辺。
- 山口耕史扮する男子高校生が、自分が河に沈めた自転車を引き上げ、それに乗って走る場面。自転車を駆る少年は美しい。
ぐるりのこと。/ 橋口亮輔
- 2008-06-22 日曜日
- Category - Art
- Tag - movie / sociology / psychology
私見だけれど、鬱病というのは上手くいかない自分の生活や人生に対して著しい自責の念を持ち、それが行き詰まった時点で静かに発症するのではないだろうか。何かしら不都合が起きれば、何でもかんでも他人のせいにしてしまう人は鬱病にならない気がする。しかしそんな事をし続けていれば何れは周囲の鼻つまみ者になって、あらゆる人達から敬遠されてしまうだろうから、そこで行き詰まれば病気になるのかも知れない。そうなっても尚自分の置かれた状況を認める事が出来ない場合、事ある毎に理屈の通らぬ理由で他人を傷つけようとするのではないか。話が逸れた。自責の念、と書いたが少しニュアンスが違うような気がしてきた。どちらかと言えば「恥」という言葉の持つニュアンスに近い。「誰からも許して貰えない」と思っているが、実は自分を許さないのは他人ではなく自分自身であり、しかもそれは現在の事柄だけではなく過去の出来事からも苛まれる。他人からの評価を自己を越えた最終評価として捉えてはいけない。例え誰からも許して貰えなくとも、自分自身がそれを許す事が出来なければ生きていけない。どんな事が起きようともそれは仕方がないのである。
さて、先にも書いたようにこれは私見であるので、万人に当てはまる事だとは考えていない。そういう領域まで辿り着けない人だっている。しかもこれは最深部での話であるので、次の上層では他者に拠る許容を渇望するようになる。そういった場合、傍に居る信頼する人から許される事は、鬱屈した状態から浮上する助けとなるだろう。少なくともその人の前では自分が存在する事を許されるのだから。他者は自分を救う事は出来ないけれど、自分自身を救うきっかけにはなる。そこに淡い希望を持つ事が出来れば生きていけると思う。
感想と呼ぶには程遠いが、だいたいそういう内容の映画だったと思う。今現在落ちている人にとっては刺激が強いと思うので、余り薦めはしないけどね。
★
この映画を観ている最中、主に終盤辺りには劇場内の方々から鼻を啜る音が聞こえてきた。皆、日々大変な思いをしながら生きているんだなあ。その人達にとってこの映画が何かしらの手助けになれば良いなあ。と勝手な事を思っていたが、実際にその人達がどう思っているかは解らない。ただ、少なくとも僕はこの映画が在って良かったと思う。
余談だが、今夜セックスするしないで揉めるリリー・フランキーと木村多江の長回しの場面がとても楽しい。











