DOG ON THE BEACH
大つごもり夜話
- 2011-12-31
- Category - Art
- Tag - fiction / literature
スーパーの入口の横、壁に貼りだされたチラシを私は眺めている。仕事収めの帰り。ななめがけにした布製のバッグが肩からずり落ちそうになる。それを左手で受け止め、右手にさげたポリ袋を持ちなおす。食品売場は既におせちやその他お正月用のものばかりが並んでいて、否応も無くお祭り感がただよっている。日常で使う食材は野菜やレトルトなどのパッケージ商品があいかわらずの場所に陳列されているだけ。私はそちらの棚で買い物をすませた。
私はどうしても、こういうお祭り的な雰囲気に入りこめない。騒がしくてイヤなのだ。もしかしてそれは私の育ちのせいかもしれない。騒がしい家庭だった。私はそれがとても嫌いで、いつも独りになりたいと思っていた。
-
父はこれまでに三度会社をおこし、三度とも倒産した。そして現在四度目に挑戦中だ。家族はもちろんその渦中で翻弄される。生活の不安もかえりみずに父は私財を投資し続けた。三度目の倒産の後、ちょうど専門学校を卒業出来た私は家を出た。父はものすごく反対したが、私は負けなかった。私が欲しかったのは安定した生活だ。地道に働いていればそれなりに暮らせる毎日だ。父の影響下にいる限りそれはないと思った。私には二人の兄がいる。彼らは父の仕事を手伝う形で家にずっといるが、大人になってからは余り話したこともない。彼らは父に似た性質を持っているのか、それとも父に合わせているだけなのか、何かしら反抗している姿を見たことがない。私にとっては同類の人間だ。母だけは違うだろうと思っているが、彼女は父に従うばかりで、何か相談をしても「それはお父さんに相談しなさい」と言ってしまうような何もない人だ。そんな人達の中で暮らしていると、いつのまにか私は家族の中で孤立し、結果として独りで過ごす時間が多かった。
そんな彼らからは「おまえには表情がない」「何だか怖い」とよく言われた。そりゃそうだろう、と思う。家族の中でたった独りそこに居ることを拒否しているのだから当たり前だ。この人達はそんなこともわからないのかと、私はさらにくすぶった。でも困ったのは、私は家にいる時以外でも同じ表情をしているらしい。学校の友達にも言われたことがある。私が男の子にモテなかったのもそのせいかもしれない。学生の頃に一人だけ付き合ったことのある男の子からは、「何を考えているのか全然わからないから辛い」と言い残されてフラれた。あの時はすごく落ち込んだな。ただその場合は、付き合ってるうちに男の子の横暴な面を見てしまうと、父や兄達の事を思い出し、げんなりしてしまって私は反射的に閉じてしまうのだ。そんな時には私はきっと能面のような顔をしているのだろう。でもそれはしょうがない。しょうがないよ。だってイヤなのだ。その人から離れたくて仕方なくなってしまうのだ。
そんなことがあってから、私はさらに独りで過ごすようになった。そしてそれがとても気に入っていた。文具メーカーにデザイナとして就職した私は、毎日決まった時間に出社し、遅くなることが多いけど、一日しっかり働いて、帰りに駅のそばのスーパーで買い物をして部屋に帰る。安売りしていたお総菜をそのまま食べたり、作り置きのものを温め直して食べたり、録画していたドラマを観たり、本を読んだり、ぼんやりしたり。誰も私の邪魔をしないし、とても幸せだと思った。
固定電話は置いてないし、携帯の番号も家族には教えていない。友人や知人とはメールでのやりとりだけだから、非常識な時間に電話で起こされることもない。経済的に自立したことで、私は穏やかで理想的な生活を手にすることが出来た。私はそのことがとても誇らしい。ただほんのちょっと、これは生活が安定していて余裕があるからだと思うけど、誰かが私の生活圏内に入り込んできても、悪くはないなと思っている。それはまだ、ほんのちょっとという限定的なものだけれど。
-
レジで支払いをすませると、私はスーパーの外に出た。するとそのまわりで正月飾りを売っている人達がいた。吹いてくる風が冷たいので、マフラーをキツく巻き直しながらそれらの商品を眺めてみた。個人でやっている人がこの場所を借りて商売をしているのだろう、商品はどれも、どことなく質素な雰囲気があった。その中に、小ぶりで可愛らしいしめ飾りを見つけた。私は思わずそれを手に取り値段をたずねていた。「800円です」こんなに小さいのにそれはちょっと高いなーとは思ったのだけれど、ご祝儀のつもりで店の主人に1000円札を手渡した。
部屋に戻った私は、机のひきだしの中から両面テープを探し出して、買ったしめ飾りを玄関の扉に貼り付けた。そして、そう言えばしめ飾りの意味について正確なところを知らないな、と思って私はインターネットで調べてみた。
私は玄関の扉に貼り付けてあるしめ飾りを思い浮かべつつ、少しだけお酒をのむことにした。良い気分だった。
- - -
このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
私はどうしても、こういうお祭り的な雰囲気に入りこめない。騒がしくてイヤなのだ。もしかしてそれは私の育ちのせいかもしれない。騒がしい家庭だった。私はそれがとても嫌いで、いつも独りになりたいと思っていた。
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父はこれまでに三度会社をおこし、三度とも倒産した。そして現在四度目に挑戦中だ。家族はもちろんその渦中で翻弄される。生活の不安もかえりみずに父は私財を投資し続けた。三度目の倒産の後、ちょうど専門学校を卒業出来た私は家を出た。父はものすごく反対したが、私は負けなかった。私が欲しかったのは安定した生活だ。地道に働いていればそれなりに暮らせる毎日だ。父の影響下にいる限りそれはないと思った。私には二人の兄がいる。彼らは父の仕事を手伝う形で家にずっといるが、大人になってからは余り話したこともない。彼らは父に似た性質を持っているのか、それとも父に合わせているだけなのか、何かしら反抗している姿を見たことがない。私にとっては同類の人間だ。母だけは違うだろうと思っているが、彼女は父に従うばかりで、何か相談をしても「それはお父さんに相談しなさい」と言ってしまうような何もない人だ。そんな人達の中で暮らしていると、いつのまにか私は家族の中で孤立し、結果として独りで過ごす時間が多かった。
そんな彼らからは「おまえには表情がない」「何だか怖い」とよく言われた。そりゃそうだろう、と思う。家族の中でたった独りそこに居ることを拒否しているのだから当たり前だ。この人達はそんなこともわからないのかと、私はさらにくすぶった。でも困ったのは、私は家にいる時以外でも同じ表情をしているらしい。学校の友達にも言われたことがある。私が男の子にモテなかったのもそのせいかもしれない。学生の頃に一人だけ付き合ったことのある男の子からは、「何を考えているのか全然わからないから辛い」と言い残されてフラれた。あの時はすごく落ち込んだな。ただその場合は、付き合ってるうちに男の子の横暴な面を見てしまうと、父や兄達の事を思い出し、げんなりしてしまって私は反射的に閉じてしまうのだ。そんな時には私はきっと能面のような顔をしているのだろう。でもそれはしょうがない。しょうがないよ。だってイヤなのだ。その人から離れたくて仕方なくなってしまうのだ。
そんなことがあってから、私はさらに独りで過ごすようになった。そしてそれがとても気に入っていた。文具メーカーにデザイナとして就職した私は、毎日決まった時間に出社し、遅くなることが多いけど、一日しっかり働いて、帰りに駅のそばのスーパーで買い物をして部屋に帰る。安売りしていたお総菜をそのまま食べたり、作り置きのものを温め直して食べたり、録画していたドラマを観たり、本を読んだり、ぼんやりしたり。誰も私の邪魔をしないし、とても幸せだと思った。
固定電話は置いてないし、携帯の番号も家族には教えていない。友人や知人とはメールでのやりとりだけだから、非常識な時間に電話で起こされることもない。経済的に自立したことで、私は穏やかで理想的な生活を手にすることが出来た。私はそのことがとても誇らしい。ただほんのちょっと、これは生活が安定していて余裕があるからだと思うけど、誰かが私の生活圏内に入り込んできても、悪くはないなと思っている。それはまだ、ほんのちょっとという限定的なものだけれど。
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レジで支払いをすませると、私はスーパーの外に出た。するとそのまわりで正月飾りを売っている人達がいた。吹いてくる風が冷たいので、マフラーをキツく巻き直しながらそれらの商品を眺めてみた。個人でやっている人がこの場所を借りて商売をしているのだろう、商品はどれも、どことなく質素な雰囲気があった。その中に、小ぶりで可愛らしいしめ飾りを見つけた。私は思わずそれを手に取り値段をたずねていた。「800円です」こんなに小さいのにそれはちょっと高いなーとは思ったのだけれど、ご祝儀のつもりで店の主人に1000円札を手渡した。
部屋に戻った私は、机のひきだしの中から両面テープを探し出して、買ったしめ飾りを玄関の扉に貼り付けた。そして、そう言えばしめ飾りの意味について正確なところを知らないな、と思って私はインターネットで調べてみた。
本来の宗教的意味は、各家庭が、正月に迎える年神を祀る依り代である。ということらしい。年神様か。穏やかで優しそうだ。私の家にやってくるのがそんな人なら良いな。いや、人ではなくて神様か。私にうるさいことを言って煩わせることなく、穏やかな時間だけをもたらしてくれるのなら大歓迎だ。神様バンザイ。
私は玄関の扉に貼り付けてあるしめ飾りを思い浮かべつつ、少しだけお酒をのむことにした。良い気分だった。
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このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
雲は流れて、陽は落ちる
空が黄昏れる少し前、明るさを残したまま、沈みゆく太陽が雲を黄金色に染め始める頃合いを何と呼ぶのか判らないが、だいたいここからが夕方だと思っている。そして空は赤みを帯び、後には灰色が混じり始め、地上は黒い影に覆われていく。こういう光と闇が交代していく光景をまともに眺めていられたのは、中学生の時までだろうか。一周が300メートルのトラックの横、どうにか確保していた直線でダッシュを繰り返しながら、そういう空を見上げていた。ブラスバンド部が鳴らす下手くそな音階がいつも聴こえていた。
そういう光景は大変美しいのだけれど、それとは別に何か焦りのようなものを感じていた事を覚えている。日が暮れて夜になってしまったらどうしたら良いのかわからない、というような途方に暮れた感覚。考えるまでもなく、家に帰って家族と晩ご飯食べて風呂に入ってテレビ眺めて寝てしまえば良いのだし、実際に家に帰ると安心する。そうすると、焦りの原因は光量によるものとしか考えられないが、よく判らない。
大人になって勤めるようになるとその感覚は殆ど無くなった。昼間に働く大人にとって夕方とは、仕事から解放された後の楽しい時間の始まりであるので、焦りなど感じるはずもない。あるとすれば、待ち合わせの時間に遅れそうだとか、終わらない仕事の期限だとかそのくらいである。途方に暮れるのとは全然違う。
ただし、休日に部屋に籠もっていたりした夕方に、同じ様な感覚に陥る時がある。何となく夕暮れが怖いのである。それならば音楽を鳴らすなり本を開くなりテレビを点けるなりすれば良いのだが、意識しなければそうはしないようで、気がつけばボケっと夕暮れの空を眺めていたりする。独り暮らしはこの時間がキツい。
これはそういう時間をやり過ごす為の mix である。余り救済的なものにはならなかったけど。
そういう光景は大変美しいのだけれど、それとは別に何か焦りのようなものを感じていた事を覚えている。日が暮れて夜になってしまったらどうしたら良いのかわからない、というような途方に暮れた感覚。考えるまでもなく、家に帰って家族と晩ご飯食べて風呂に入ってテレビ眺めて寝てしまえば良いのだし、実際に家に帰ると安心する。そうすると、焦りの原因は光量によるものとしか考えられないが、よく判らない。
大人になって勤めるようになるとその感覚は殆ど無くなった。昼間に働く大人にとって夕方とは、仕事から解放された後の楽しい時間の始まりであるので、焦りなど感じるはずもない。あるとすれば、待ち合わせの時間に遅れそうだとか、終わらない仕事の期限だとかそのくらいである。途方に暮れるのとは全然違う。
ただし、休日に部屋に籠もっていたりした夕方に、同じ様な感覚に陥る時がある。何となく夕暮れが怖いのである。それならば音楽を鳴らすなり本を開くなりテレビを点けるなりすれば良いのだが、意識しなければそうはしないようで、気がつけばボケっと夕暮れの空を眺めていたりする。独り暮らしはこの時間がキツい。
これはそういう時間をやり過ごす為の mix である。余り救済的なものにはならなかったけど。
夏の終わり in Brazil
とかいってもう初秋なんですけどね。今年の夏は短かったなあ。例年だと9月一杯は残暑に抗いながら、汗みどろで暮らしていたように思えるのですが、今年は空気が乾燥しているので昼間でなければ涼しく過ごせてしまいます。
この Mix は夏の間に途中まで作っていて、その後かなりの間放ったらかしにしていたのですが、この季節には合わないのではないかという予想に反して悪くはない感じに出来ました。何だか不思議ですね。夏から秋への過渡期だからでしょうかね。
この Mix は夏の間に途中まで作っていて、その後かなりの間放ったらかしにしていたのですが、この季節には合わないのではないかという予想に反して悪くはない感じに出来ました。何だか不思議ですね。夏から秋への過渡期だからでしょうかね。
真夏の夜の夢 in Cuba
梅雨明けと同時に灼熱の夏の到来である。僕は下町に住んでおり、河の近くでもあるのでまだマシな方だと思うが、それでもこの急激な季節の変化について行けないでいる。植物と老人は萎れ、焼けたアスファルトの上では猫が踊っている。現在の室温は摂氏31度。自室ではエアコンを出来るだけ使いたくないので、もっぱら扇風機にしがみついて過ごしている訳だが、これがいつまで保つのか。これより三月はこんな気候が続く。生まれた季節が夏なので割合暑いのは平気なのだけれど、加齢と共に厚さが堪えるようになった気がする。世の老人達はどのようにして夏を生き抜いているのだろう。己の行く末が心配だ。
キューバの音楽には「涼」が在る。打楽器・弦楽器・歌・管楽器。それぞれの楽器が紡ぐグルーヴは奔流のように暴れ回り、その中に何故か「涼」を感じる。これはもうその土地が生み出した快楽とでもいうしかないだろう。
キューバの音楽には「涼」が在る。打楽器・弦楽器・歌・管楽器。それぞれの楽器が紡ぐグルーヴは奔流のように暴れ回り、その中に何故か「涼」を感じる。これはもうその土地が生み出した快楽とでもいうしかないだろう。
- Last Modified : 2009-10-03
愛と誠
早乙女愛である。太賀誠である。石清水宏である。しかしながら読んだ事はない。絵柄は知っているが内容は知らない。週刊少年マガジンにて連載が始まったのは1973年。小学校に上がって間もない僕が、劇画調で内容のキツそうなこの漫画を読んでいるはずもない。後年になって彼方此方でたまに取り上げられているのを見聞きして、何となく雰囲気だけは掴んでいるような感じだ。
んで、つい先日何故かしらこの漫画のタイトルが頭に浮かび、興味がなくもないから興が乗れば読んでみようかな、などと考えながらポチポチと検索していたところ、どうも面白いらしい。しかも左記のサイトを開く際のダイアログにも出てくるが、この漫画のタイトルの由来になっている言葉がなかなか凄いので非常に気になってきた。
んで、つい先日何故かしらこの漫画のタイトルが頭に浮かび、興味がなくもないから興が乗れば読んでみようかな、などと考えながらポチポチと検索していたところ、どうも面白いらしい。しかも左記のサイトを開く際のダイアログにも出てくるが、この漫画のタイトルの由来になっている言葉がなかなか凄いので非常に気になってきた。
愛は平和ではない。愛は戦いである。武器のかわりが誠実(まこと)であるだけで、それは地上における、もっともはげしい、きびしい、みずからをすててかからねばならない戦いである――わが子よ、この事を覚えておきなさい。ネルー元インド首相の娘への手紙そういう事で読む事にしたのだけれど、未だ買ってない。しかも読むより先にタイトルをパクって mix を作ってしまった。
- Last Modified : 2009-07-04
Free ENKA
先週末に放映された「湯けむりスナイパー」の中で、谷桃子扮する芸者小雪がカラオケにて " ここにいるよ " を歌い、それを遠藤憲一扮する主人公が聴いて「これは、21世紀の演歌だ」と嘆き涙を流すという場面があったのだけれど、それを観て僕は何か腑に落ちるものがあった。2年前にラジオから繰り返し流れてくる上記の曲を聴きながら、こんなにも湿っぽい内容の歌詞を僕よりもずっと若い人達が楽曲としてまとめて発表し、そしてそれが世間で売れているという事実が少し不思議に思えたのだ。それは恐らく僕の若い人達に対する偏見からくるもので、若い人達はおしなべて皆ドライな感覚で生きていると思っていたようなのである。しかし実際はそうでもないらしい。
21世紀の演歌。もしかすると演歌的なものは昔からずっと、綿綿と受け継がれているのではないだろうか。音楽のジャンルとしてではなく、演ずる側聴く側双方の感覚的なジャンルとして。そう考えていると色々と思い当たる。この曲は何だか演歌っぽいなあ、という感じで。明確な基準はなく、飽くまで漠然とした感覚で。そういう曲を集めて繋いでみた。新しい曲ばかりだと解りづらいので古い曲も織り交ぜて。
Wikipedia - 演歌を読んでみると冒頭に「演歌(えんか)とは、日本の大衆音楽のジャンルのひとつであり、日本人独特の感覚や情念にもとづく娯楽的な歌曲の分類であるとされている。」と書かれてある。まあそういう分類なんだろうなあ。しかし「情念」とは強い言葉を使ったものだ。その言葉を当てはめると定義が結構明確になる気がする。その他には音階や歌唱法によって特徴付けられているようである。今回色々と聴いていて思ったのだけれど、こんなにも素晴らしい歌唱力・表現力を持つ歌い手達の受け皿が無くなるのは勿体ない。最近は少し盛り返しているようだけれど、演歌というジャンルが衰退して久しい。大瀧詠一・松本隆が楽曲を提供し森進一が歌った「冬のリヴィエラ」とか、福山雅治が楽曲を提供し前川清が歌った「ひまわり」とか、杉真理が曲を書いて石川さゆりが歌った「ウィスキーが、お好きでしょ」とか、そんな感じに混交していけば良いのになあ。先日、くるりが企画して毎年催される京都音楽博覧会に石川さゆりが出演する事が発表されたが、一体どういう事になるのやら判らないけれど、何だか楽しい気分にさせてくれる話である。
で、音楽とは関係ない話なのだけれど、石川さゆりって昔っから結構好きである。実家に帰省した際に両親が「演歌の花道」なんかを観ていると、出演の是非を確認せずにはいられない。
★
そう言えば、上の「湯けむりスナイパー」のカラオケでのエピソードは原作にもあるのかと思って調べたらそうではないようで、原作では椎名林檎の曲みたいだ。どの曲かまで判らないが台詞は「これは、女の殺し屋の歌だ!」で。脚本・演出の大根仁のブログに原作のエピソードが書いてあった。
21世紀の演歌。もしかすると演歌的なものは昔からずっと、綿綿と受け継がれているのではないだろうか。音楽のジャンルとしてではなく、演ずる側聴く側双方の感覚的なジャンルとして。そう考えていると色々と思い当たる。この曲は何だか演歌っぽいなあ、という感じで。明確な基準はなく、飽くまで漠然とした感覚で。そういう曲を集めて繋いでみた。新しい曲ばかりだと解りづらいので古い曲も織り交ぜて。
Wikipedia - 演歌を読んでみると冒頭に「演歌(えんか)とは、日本の大衆音楽のジャンルのひとつであり、日本人独特の感覚や情念にもとづく娯楽的な歌曲の分類であるとされている。」と書かれてある。まあそういう分類なんだろうなあ。しかし「情念」とは強い言葉を使ったものだ。その言葉を当てはめると定義が結構明確になる気がする。その他には音階や歌唱法によって特徴付けられているようである。今回色々と聴いていて思ったのだけれど、こんなにも素晴らしい歌唱力・表現力を持つ歌い手達の受け皿が無くなるのは勿体ない。最近は少し盛り返しているようだけれど、演歌というジャンルが衰退して久しい。大瀧詠一・松本隆が楽曲を提供し森進一が歌った「冬のリヴィエラ」とか、福山雅治が楽曲を提供し前川清が歌った「ひまわり」とか、杉真理が曲を書いて石川さゆりが歌った「ウィスキーが、お好きでしょ」とか、そんな感じに混交していけば良いのになあ。先日、くるりが企画して毎年催される京都音楽博覧会に石川さゆりが出演する事が発表されたが、一体どういう事になるのやら判らないけれど、何だか楽しい気分にさせてくれる話である。
で、音楽とは関係ない話なのだけれど、石川さゆりって昔っから結構好きである。実家に帰省した際に両親が「演歌の花道」なんかを観ていると、出演の是非を確認せずにはいられない。
★
そう言えば、上の「湯けむりスナイパー」のカラオケでのエピソードは原作にもあるのかと思って調べたらそうではないようで、原作では椎名林檎の曲みたいだ。どの曲かまで判らないが台詞は「これは、女の殺し屋の歌だ!」で。脚本・演出の大根仁のブログに原作のエピソードが書いてあった。
- Last Modified : 2009-07-04
丁稚・スターダスト
以前にも少しだけ書いたけど、近所のカクヤスでバイトしている丁稚君の話。長い間見かけていなかったのだが二月ほど前に一時的に復活した。恐らく長期の休みを利用してバイトしているのだろう。丁稚君は坊主頭から少しだけ髪の毛が伸び、部活引退後の野球部員のような中途半端にフサフサな頭をしていた。相変わらず不慣れな感じでぎくしゃくと、しかし元気一杯に動き廻っている姿を見ていると心なしか気分が和む。しかしそんな気分も店内の有線放送からハイロウズの「サンダーロード」が流れ始めた時に消し飛んだ。何故かしら僕の頭の中では、丁稚君とハイロウズという組み合わせが予め設定された役柄のようにバチコーンとマッチしたのである。ヒロトだ、甲本ヒロトがそこに居る。姿形は全く違うが、朴訥とした感じが似ている気がする。僕は心の中で唸った。これまで丁稚君の属性というか背景というものに何の感心もなかったのだけれど、これほどまでにパンクバンドが似合うとは思いもよらなかった。彼はきっとバンドを組んでいる。もしくはこれから組む予定のはずだ。僕の頭の中では目眩く妄想が繰り広げられた。
★
彼はきっと幼い頃から憧れていたプロ野球選手になるべく、中学に上がってすぐに野球部に入部しただろう。しかし身体が小さく運動能力もさして高くないどころか結構低い、つまりドンくさい彼は三年間の地道な努力も報われず、結局最期まで補欠であった。中学三年の夏、夏の大会のレギュラー選出に洩れた彼は、予てから夢見ていた世界が脆くもガラス細工のように崩れていくような感覚を覚えた。思い描いていた自分自身の姿に成れなかった自分。その事実を受け容れ難くもがき苦しんだが、もうどうしようもなかった。人生初めての大きな挫折である。しかし、それでも根が真面目な彼は、夏の大会を裏方としてこれまた地道にサポートし、そして大会終了と共に彼の野球人生は終わった。
--
秋頃の彼は老人のようであった。日々を生きる目的を失い、呆然として毎日を過ごしていた。授業が終わればそのまま帰ってしまえばいいものを、いつまでも放課後の教室に残り、かと言って誰かと馬鹿話をする訳でもなく、ただぼんやりと紅く染まり始めた雲を眺めたりしていた。そして彼の役割として、突然背後からクラスメートの誰かから頭を叩かれたりするのだが、それも彼にはどうでも良い事だった。諦念。何事も諦めが肝心で、自分はそうして生きていくしかないのだ。そう考えては、夕陽に紅く染めた頬に涙を流す事さえあった。
そんな或る日の夜の事。彼は自宅の居間に寝っ転がり鼻をほじりながら何となくテレビを眺めていた。ケーブルテレビのミュージック・チャンネル。音楽にはさして感心が持てず、これまでにCDを買った事など一度もない彼であったが、2歳下の妹が部屋で聴いている音楽くらいは一応耳にしていた。そしてこの番組も妹の希望で契約に組み込まれているもので、今も妹はサラダ一番をポリポリと囓りながらエグザイルのPVを食い入るように観ている。なんかなあ、なんかなんだよなあ。恋とか愛とか愛とか恋とか歌われてもピンと来ないんだよなあ。それに何だ、この人数の多さは。彼は相変わらず鼻をほじりながらぼんやりとそう思っていた。右の鼻の穴をほじり終えると、今度は左の鼻の穴をほじった。
「ちょっとタカシぃ」
彼は妹から呼び捨てにされている。身長の差がないからだろうか。それにしても、と彼は考える。その最期の「シぃ」の部分の「い」の発音に若干の「う」が混ざったような妙な言葉遣いはどうにかならないのか。自分は勿論大っ嫌いだが、冷静に考えても世界中の人間はそれを嫌うんじゃないだろうか。彼はこれまで何度も注意しようかと考えたが、既に妹は彼の言う事に耳を貸す事などなくなっており、それどころかその事が妹の機嫌を損なうと色々面倒なので、結局何も言わないでいた。
「なに」
「そんなとこで鼻ほじんじゃねえよ。気持ち悪いんだよ」
どう、この言い草。一体何様のつもりなんだろうか。彼は鼻をほじる手を休めずそう考える。いちいち突っかかるような言い方しやがって。そんな風に他人を乱暴に扱えば、他人からも同じように乱暴に扱われてしまうというのがどうして解らないんだこのクソ女。そう言いたかったが、実のところ彼の妹は結構モテているらしい。中学一年にして既にギャル化が始まっており、自分の僅かながらの資産と親にねだった資金を使ってキラキラと着飾り始めた妹は、周囲の男どもの感心を惹きつける事にやっきになっていて、事実それが成功している。その事がどうしても納得がいかず彼は苛立った。
「うっせーな、オレの勝手だろ」
「勝手じゃねーよ気持ち悪いってんだよ、死ね!」
ちょうどエグザイルのPVが終わり場面が切り替わるところだった。サラダ一番の大袋を丸ごと投げつけられ、更に太腿に蹴りを入れられた瞬間、テレビの画面には目を剥いて絶叫する男の顔が大写しになった。どこかの会場でのライブ映像のようであった。絶叫していた男は、ステージの上を忙しく動き回り、ぴょんぴょん撥ねて妙にはっきりと聞こえる日本語で歌っていた。彼はその男に釘付けになった。ひどく痩せていて虚弱そうに見えるその男は、全身から汗を吹き出しながら懸命に叫び歌っていた。
「なにこれ。うざ」
そう吐き捨ててチャンネルを変えようとする妹に、彼は飛びかかりリモコンを奪った。
「何すんだよこのキチガイ!」
「うるっせーな!オマエが出てけ!」
顔を真っ赤にして震えている妹を尻目に、というかそちらを見ようともせずに彼はテレビ画面に齧り付いた。テレビの中の男は歌い続けていた。叫び続けていた。前へ前へ。外へ外へ。独りである事を誇らしげに口ずさんでいた。彼はいつの間にかテレビに向かって「これだ。これだ」と嘆きながら、心の中で強く強く「この人みたいになりたい」と思っていた。
--
彼は考えた。朝ご飯を食べている時も、授業中も。弁当を食べている時も。通学路の川縁を歩いている時も。晩ご飯を食べている時も。風呂に浸かっている時も。布団の中でも真っ暗な天井を見つめながら。あんな風になるには一体どうしたらいいのか。とにかくバンドを組めば良いような気がする。でもどうやって。彼はこれまで考えた事もなかった種類の欲求が突然自分の中に生まれた事に心底驚き、そういう自分自身を持て余していた。
一週間の間、彼は散々考え抜いた挙げ句にようやく落ち着いた。どう考えても一足飛びにあのような輝きを持つ人間に自分が成れるはずはない。取り敢えず自分の出来る事からこつこつとやっていくしかない。そう思いついた彼は、居ても立っても居られずにそれまで自分の知らなかった世界を知るべく情報収集に奔走し始めた。TSUTAYAでハイロウズのCDを片っ端からレンタルし、妹が留守している間に彼女が所有しているミニコンポでMDに落とし、ジャージでも買おうと溜めていたお年玉を使って一番安いポータブルのMDプレイヤーでそれを繰り返し聴いた。聴けば聴くほど好きになった。このバンドの一員になりたい、更にいうならこの音そのものになりたい。彼の欲求はエスカレートするばかりであったが、それが衝動だけでどうにか出来る訳ではない事も解っていた。
彼は歌いたかったが、演奏してくれるバンドは居ない。カラオケなんかじゃどうしようもないし、観てくれる人もいない。とにかく音を出したかった。音楽の一部になりたかった。彼は取り合えず、バンドと言えないまでも音を出せる最小単位を目指した。自分でギターを弾いて自分で歌う。今のところはそれしかないように思えた。
そう決めてしまうと、今度はギターの事ばかりが彼の頭の中を占めるようになった。カッコ良さでいうならやはりエレキギターが欲しいのだけれど、独りでやるならフォークギターにした方が良いのだろうか。だいいちエレキギターを弾きながら独りで歌ってる人なんて見た事がないし。とにかく、ギターを手に入れる事だけは決めた。手に入れるには金が要る。勿論彼はそんな持ち合わせはない。
バイトしなきゃなあ。何処で働こうか。自宅から近くて、夕方から夜にかけて出来るようなバイト。やっぱりコンビニか。彼は放課後、自転車に乗って近所を徘徊しはじめた。バイト先を探すためだ。近所には幾つかのコンビニが在って、そのどれもがバイトを募集していた。しかし深夜の枠でなければ大した時給は貰えず、それだとギターを買えるのが随分先の事になってしまう。出来るだけ早くにギターを手にしたい彼は他の業種を探そうと考えた。そうして線路脇の道をふらふらと自転車を漕いでいる時、店先に掲げられたバイト募集の広告を見つけた。酒のディスカウントショップだった。時給もなかなか良い。レジ打ちだけでなく、重い酒瓶の棚卸しや配達があるからそれだけ高いのだろう。彼はバイクの免許を持ってはいなかったが、それでも雇ってくれればと少し迷った後、店の中に足を踏み入れた。
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と、こんな事情で丁稚君はバイトしているんじゃないかな。たぶん。
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彼はきっと幼い頃から憧れていたプロ野球選手になるべく、中学に上がってすぐに野球部に入部しただろう。しかし身体が小さく運動能力もさして高くないどころか結構低い、つまりドンくさい彼は三年間の地道な努力も報われず、結局最期まで補欠であった。中学三年の夏、夏の大会のレギュラー選出に洩れた彼は、予てから夢見ていた世界が脆くもガラス細工のように崩れていくような感覚を覚えた。思い描いていた自分自身の姿に成れなかった自分。その事実を受け容れ難くもがき苦しんだが、もうどうしようもなかった。人生初めての大きな挫折である。しかし、それでも根が真面目な彼は、夏の大会を裏方としてこれまた地道にサポートし、そして大会終了と共に彼の野球人生は終わった。
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秋頃の彼は老人のようであった。日々を生きる目的を失い、呆然として毎日を過ごしていた。授業が終わればそのまま帰ってしまえばいいものを、いつまでも放課後の教室に残り、かと言って誰かと馬鹿話をする訳でもなく、ただぼんやりと紅く染まり始めた雲を眺めたりしていた。そして彼の役割として、突然背後からクラスメートの誰かから頭を叩かれたりするのだが、それも彼にはどうでも良い事だった。諦念。何事も諦めが肝心で、自分はそうして生きていくしかないのだ。そう考えては、夕陽に紅く染めた頬に涙を流す事さえあった。
そんな或る日の夜の事。彼は自宅の居間に寝っ転がり鼻をほじりながら何となくテレビを眺めていた。ケーブルテレビのミュージック・チャンネル。音楽にはさして感心が持てず、これまでにCDを買った事など一度もない彼であったが、2歳下の妹が部屋で聴いている音楽くらいは一応耳にしていた。そしてこの番組も妹の希望で契約に組み込まれているもので、今も妹はサラダ一番をポリポリと囓りながらエグザイルのPVを食い入るように観ている。なんかなあ、なんかなんだよなあ。恋とか愛とか愛とか恋とか歌われてもピンと来ないんだよなあ。それに何だ、この人数の多さは。彼は相変わらず鼻をほじりながらぼんやりとそう思っていた。右の鼻の穴をほじり終えると、今度は左の鼻の穴をほじった。
「ちょっとタカシぃ」
彼は妹から呼び捨てにされている。身長の差がないからだろうか。それにしても、と彼は考える。その最期の「シぃ」の部分の「い」の発音に若干の「う」が混ざったような妙な言葉遣いはどうにかならないのか。自分は勿論大っ嫌いだが、冷静に考えても世界中の人間はそれを嫌うんじゃないだろうか。彼はこれまで何度も注意しようかと考えたが、既に妹は彼の言う事に耳を貸す事などなくなっており、それどころかその事が妹の機嫌を損なうと色々面倒なので、結局何も言わないでいた。
「なに」
「そんなとこで鼻ほじんじゃねえよ。気持ち悪いんだよ」
どう、この言い草。一体何様のつもりなんだろうか。彼は鼻をほじる手を休めずそう考える。いちいち突っかかるような言い方しやがって。そんな風に他人を乱暴に扱えば、他人からも同じように乱暴に扱われてしまうというのがどうして解らないんだこのクソ女。そう言いたかったが、実のところ彼の妹は結構モテているらしい。中学一年にして既にギャル化が始まっており、自分の僅かながらの資産と親にねだった資金を使ってキラキラと着飾り始めた妹は、周囲の男どもの感心を惹きつける事にやっきになっていて、事実それが成功している。その事がどうしても納得がいかず彼は苛立った。
「うっせーな、オレの勝手だろ」
「勝手じゃねーよ気持ち悪いってんだよ、死ね!」
ちょうどエグザイルのPVが終わり場面が切り替わるところだった。サラダ一番の大袋を丸ごと投げつけられ、更に太腿に蹴りを入れられた瞬間、テレビの画面には目を剥いて絶叫する男の顔が大写しになった。どこかの会場でのライブ映像のようであった。絶叫していた男は、ステージの上を忙しく動き回り、ぴょんぴょん撥ねて妙にはっきりと聞こえる日本語で歌っていた。彼はその男に釘付けになった。ひどく痩せていて虚弱そうに見えるその男は、全身から汗を吹き出しながら懸命に叫び歌っていた。
「なにこれ。うざ」
そう吐き捨ててチャンネルを変えようとする妹に、彼は飛びかかりリモコンを奪った。
「何すんだよこのキチガイ!」
「うるっせーな!オマエが出てけ!」
顔を真っ赤にして震えている妹を尻目に、というかそちらを見ようともせずに彼はテレビ画面に齧り付いた。テレビの中の男は歌い続けていた。叫び続けていた。前へ前へ。外へ外へ。独りである事を誇らしげに口ずさんでいた。彼はいつの間にかテレビに向かって「これだ。これだ」と嘆きながら、心の中で強く強く「この人みたいになりたい」と思っていた。
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彼は考えた。朝ご飯を食べている時も、授業中も。弁当を食べている時も。通学路の川縁を歩いている時も。晩ご飯を食べている時も。風呂に浸かっている時も。布団の中でも真っ暗な天井を見つめながら。あんな風になるには一体どうしたらいいのか。とにかくバンドを組めば良いような気がする。でもどうやって。彼はこれまで考えた事もなかった種類の欲求が突然自分の中に生まれた事に心底驚き、そういう自分自身を持て余していた。
一週間の間、彼は散々考え抜いた挙げ句にようやく落ち着いた。どう考えても一足飛びにあのような輝きを持つ人間に自分が成れるはずはない。取り敢えず自分の出来る事からこつこつとやっていくしかない。そう思いついた彼は、居ても立っても居られずにそれまで自分の知らなかった世界を知るべく情報収集に奔走し始めた。TSUTAYAでハイロウズのCDを片っ端からレンタルし、妹が留守している間に彼女が所有しているミニコンポでMDに落とし、ジャージでも買おうと溜めていたお年玉を使って一番安いポータブルのMDプレイヤーでそれを繰り返し聴いた。聴けば聴くほど好きになった。このバンドの一員になりたい、更にいうならこの音そのものになりたい。彼の欲求はエスカレートするばかりであったが、それが衝動だけでどうにか出来る訳ではない事も解っていた。
彼は歌いたかったが、演奏してくれるバンドは居ない。カラオケなんかじゃどうしようもないし、観てくれる人もいない。とにかく音を出したかった。音楽の一部になりたかった。彼は取り合えず、バンドと言えないまでも音を出せる最小単位を目指した。自分でギターを弾いて自分で歌う。今のところはそれしかないように思えた。
そう決めてしまうと、今度はギターの事ばかりが彼の頭の中を占めるようになった。カッコ良さでいうならやはりエレキギターが欲しいのだけれど、独りでやるならフォークギターにした方が良いのだろうか。だいいちエレキギターを弾きながら独りで歌ってる人なんて見た事がないし。とにかく、ギターを手に入れる事だけは決めた。手に入れるには金が要る。勿論彼はそんな持ち合わせはない。
バイトしなきゃなあ。何処で働こうか。自宅から近くて、夕方から夜にかけて出来るようなバイト。やっぱりコンビニか。彼は放課後、自転車に乗って近所を徘徊しはじめた。バイト先を探すためだ。近所には幾つかのコンビニが在って、そのどれもがバイトを募集していた。しかし深夜の枠でなければ大した時給は貰えず、それだとギターを買えるのが随分先の事になってしまう。出来るだけ早くにギターを手にしたい彼は他の業種を探そうと考えた。そうして線路脇の道をふらふらと自転車を漕いでいる時、店先に掲げられたバイト募集の広告を見つけた。酒のディスカウントショップだった。時給もなかなか良い。レジ打ちだけでなく、重い酒瓶の棚卸しや配達があるからそれだけ高いのだろう。彼はバイクの免許を持ってはいなかったが、それでも雇ってくれればと少し迷った後、店の中に足を踏み入れた。
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と、こんな事情で丁稚君はバイトしているんじゃないかな。たぶん。
- Last Modified : 2009-06-04






