DOG ON THE BEACH
京都市バス 京都駅~大原
1月6日、前日に歩き過ぎて飽きていたのもあってか、バスにでも乗って少し遠出をしたくなった。目指すは三千院と宝泉院。庭園を眺める事を目的とした1時間ほどの旅である。勿論イヤフォンから流れるBGMはくるり。そして、この道程が思いの外楽しくて今となってはその映像ばかりが目に浮かぶ。座席は狭く、僕如きの脚の長さでも前の座席の背中部分に膝がつっかえてしまう。それでも車窓の外を眺めていれば心躍るのである。路線は京都駅から烏丸、四条を抜け鴨川そして白川沿いの道を上流へと上っていく。鴨川では水面を鴨がよちよちと泳ぎ、白川では浅瀬にすっくと白鷺が立っている。河の下流から上流へと巡るのは楽しそうだなと夢想した事はあったが、実際に行ってみるとこれほど楽しいものだとは思わなかった。
街を離れ、民家や人の姿が減っていく代わりに木々が増え、山が迫り川幅が細くなっていく。バス停でぽつねんと待っている人々を見ると早くバスに乗せてあげなくてはいけないような気分になる。もしかしたら今回の京都の旅で一番楽しかったのはこれかも知れない。偶然に乗り合わせた路線だが、今住んでいる関東でも、同じように河を遡る路線がないか探してみようかと思っている。
京都 / Motoko
- 2005-12-15
- Category - Art
- Tag - photograph / kyoto
京都の町や物・人を写した写真集。これまで観た京都を写した写真集の中では一番好きかも知れない。飽くまでも、現在も生き続けている町の側面を写し取る。優美で可愛らしく、朱の色がとても似合う。と、これだけ書くのも何なので、写真家について少し調べてみた。公式ページは、CDジャケットのコーディネイトと、アーティストのマネジメントをしている mili という会社のサイト内に在る。そこで、これまでの履歴を読む事が出来る。
それから、この写真集に関してのインタビューがフジ・フィルムのサイト内に在る。その町を通り過ぎる者の視線ではなく、その町に住み生活する者の視線で撮ったという話。町は、旅行者の目に届かない場所に、たくさんの「特別な風景」保有しており、それらに視線を向け切り取るというのは、とても愉しい作業だと思うのである。

1週間コンピュータなしで暮らそう
8月1日から7日まで実施される「 PC-Turnoff Week 」。「TV-Turnoff Week」に倣ったものらしいが、そもそもそんな運動が起こっている事すら知らなかった。発信地は予想に違わず米国。かく言う僕も、平日の仕事中は、打ち合わせその他で外出する時以外はずっとPCの前に座っており。夜、自宅へ戻ってからもパワーブックの前に居たりする。それだけ長時間電磁波を浴び続けていれば身体に良くない事くらいは判っているが、今の仕事を辞めない限りどうしようもない。せいぜい座りっぱなしで腰に負担が掛かるのを、思い出したように立ち上がったりして減らすくらいだ。微々たる努力である。しないより良いと思ってやってるけど。
さて、上記のサイトでの紹介記事にあるように、この運動の主な対象は子供達である。彼等は自分の欲求に正直に過ぎる為、その行動も際限無い。日本では余り聞かないが、米国の話では親が子供のPCに制限を加えるという事をよく耳にする。そういう機能もブラウザその他に搭載されていて、かなり深刻な事情である事も察せられる。ただ思うのだけれど、親が自分のPCに制限を加えていると知った子供達は、親の事をどう思うのだろう。幼い頃から制限を加えていれば気付かずに育つものなのかな。僕は子供どころか結婚すらしていないので、自分で実践する事が出来ないが、結構微妙な問題であるような気もする。
性教育と同期するのかな。
さて、上記のサイトでの紹介記事にあるように、この運動の主な対象は子供達である。彼等は自分の欲求に正直に過ぎる為、その行動も際限無い。日本では余り聞かないが、米国の話では親が子供のPCに制限を加えるという事をよく耳にする。そういう機能もブラウザその他に搭載されていて、かなり深刻な事情である事も察せられる。ただ思うのだけれど、親が自分のPCに制限を加えていると知った子供達は、親の事をどう思うのだろう。幼い頃から制限を加えていれば気付かずに育つものなのかな。僕は子供どころか結婚すらしていないので、自分で実践する事が出来ないが、結構微妙な問題であるような気もする。
性教育と同期するのかな。
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