Home

DOG ON THE BEACH

十字路で待ち合わせ

 数ヶ月に一度くらいの頻度でしか見かけないが、朝の通勤時の、駅までの道の途中、裏通りの狭い十字路に中学生の女の子が人待ち顔で時折立っている。スカートの丈は膝下まで伸び、学校指定の大きなサブバッグをたすき掛けに担いだ、どちらかと言えば朴訥な印象を受ける女の子だ。その子は僕が歩いて来る方向を向いて立ち、時々姿勢を変えながら、誰かが自分の元へやって来るのを待っているようなのである。その視線は歩いて来る僕のずっと後ろの別な十字路に注がれていて、誰かがそこを曲がって来る瞬間を見逃すまいと瞬きもせずにいる。そして彼女のその期待に満ちた表情の気恥ずかしく眩しい事といったらない。
 僕もかつては、朝登校する際に友人の家まで行き、呼び鈴を鳴らしていたりしたのだけれど、勿論自分自身がどんな顔していたかなんて判らない。毎日の習慣であったし、まあ男同士だし、取りあえずインターフォンに出る友人の母親に愛想を振りまくくらいのものであったろう。
 それに比べ彼女の表情は、ちょっと心配になるくらいに無防備だ。たかだか一緒に登校出来るくらいの事でどうしてそんなにも心躍らせる事が出来るのだろう。

 と、ここまで僕は彼女は友達を待っているものとして書いてきたが、もしかしたらボーイフレンドなのかも知れない。それだったら解るし、決して珍しい事でもない。僕が不思議に思っているのは、今まで一度も彼女の待ち合わせの相手を見た事がないからである。
 僕は毎日の同じ電車に乗って通勤しているので、その十字路を3分と違わない時間帯に通る。なのにその女の子を見かけるのは希だし、考えてみれば不思議なのだ。友達だろうがボーイフレンドだろうが、通学は毎日であるだろうに。
 と書きながら何だか嫌な事を想像してしまった。これを書き始めるまで考えた事もなかったのに。でもその内容は書かない。自分の書いた文章で気分が悪くなったりしたくない。彼女達は、時々時間を変えながら待ち合わせしているのだと思う事にしよう。

 ★

 十字路の角に立つ女の子の真横を僕が通り過ぎる時でさえ、彼女は注意を乱す事なくずっと向こうの角を見つめている。確信に満ちているからなのか、それとも期待が大きいからなのか、どことなく嬉しそうにも見える。僕は彼女のその佇まいがどうも気になるので、通り過ぎた後に振り返ってみた事がある。彼女の待ち合わせの相手とやらは早く来てあげれば良いのに、と思いながら。しかし彼女の見つめる先に人影はない。
 一体いつから待っているのか。待ち合わせの場所に早く来すぎているのではないか。もっと自分の都合で行動しても良いのではないか。などと彼女の行く末が心配になったりするが、自分の好きなものを待つのも楽しい事であるのだ、と考え直したりもする。実際のところ、僕には何も解っていない。

幾筋かの轍

 東京は新宿西口、淀橋村の後ろ側、とあるビルの二階に在るカフェで遅い昼食を摂ろうと、スパゲティ・アラビアータを注文した。料理が運ばれてくるまでの暇潰しに、デイパックから本を取り出して読み始めた。暫くして一組の男女が僕の目の前のテーブルに案内されてきた。男は40代後半から50代辺り。女の顔を見る事は出来なかったが、服装や声からすると20代半ば辺りだろうか。彼らはどさりと椅子に腰を下ろすなり、さっきまでの口論の再開とばかりにやおら話し始めた。聞こえてきた言葉の中心は「幸福」について。それを喧嘩腰で喋っている。嫌な予感がするので聞きたくなかったのだが、何しろ声が大きいのでどうしても耳に入る。本に集中しようと試みたが果たせなかった。そしてその後、男の方は聞き役に回ったらしく、時折相づちを打つ程度に大人しくなった。

 この二人は一体どういう間柄なのだろうか。女はため口で喋っているので上下があるようには見えないし、かと言って恋人同士のような甘さも見当たらない。よく判らない。女の話は家族との関係性についての事柄に移っていく。そしてそこから女は更に興奮し始め、「そんなに育てるのが嫌なら、捨てて欲しかった」という言葉から連想または派生するあらゆる呪詛を吐き始めたのである。吐き出される全ての言葉は攻撃性を帯び、時折高笑いが混じる。今現在一体誰と話しているのか。呪わしき記憶に向けてだろうか。彼女が言葉を発する度、僕が頬張るスパゲティ・アラビアータから味が失われていく。改めてそちらのテーブルを見遣る。男の顔は精気を失い、明日にでも死んでしまうのではないかと思ってしまう程に疲労の影が差していた。しかしそんな男の状態に気付かないのか、女の呪詛は続き、まるで暴風雨が吹き荒れているかのようだ。誰が悪いなんて思わないけど、嫌なものを見た。そう思った。

 床が大きく揺れた。思わず店内を見廻す。周囲の客達や店員達も動きを止め、僕と同じように見廻している。「え? 地震?」女が声を上げる。男が耳打ちしたようだ。「私気付かないんだよねー!いつも『あんたが揺れてるからでしょー』て言われる!」僕もそう思う。あなたはいつも揺れているのだろう。料理を食べ終えた僕は、早々に店を出た。

 --

 それから遡る事二時間。僕は上野公園に居た。長谷川等伯の展覧会を観に行ったのだ。混雑した館内から抜け出し、園内を歩いたところ、20代半ばくらいの息子らしき青年と、50代くらいの母親らしき女性が、妙に身体の大きいブルドッグを三匹連れているのに遭遇した。ペットとして飼っているのかそれともブリーダーをやっているのか判らないが、均質な体つきで毛並みも綺麗だった。ま、それはいいとして、面白かったのが、そのうちの一匹を台車に乗せて運んでいたのだ。別に怪我をしている訳でもなさそうだったのだけれど、何故かそうしていた。そもそも台車は一体何の為なのだろうか。
 僕が気に入ったのは、その台車に乗せられたブルドッグが妙に誇らしげだった事だ。四肢を伸ばしすっくとした出で立ちは、何処かしら滑稽で、何となく勇ましかった。その眼差しは真っ直ぐに前方を見つめ、そのままの姿勢で陽が傾き始めた公園をゴロゴロと運ばれていくのだ。良いものを見たな。そう思った。

 --

 どうせ同じ出来事に遭遇しなければならないのなら、この順番であって欲しかったなあ。と思う小春日和の日曜日。
  • Last Modified : 2010-03-28

幾筋の轍

 東京は新宿西口、淀橋村の後ろ側、とあるビルの二階に在るカフェで遅い昼食を摂ろうと、スパゲティ・アラビアータを注文した。料理が運ばれてくるまでの暇潰しに、デイパックから本を取り出して読み始めた。暫くして一組の男女が僕の目の前のテーブルに案内されてきた。男は40代後半から50代辺り。女の顔を見る事は出来なかったが、服装や声からすると20代半ば辺りだろうか。彼らはどさりと椅子に腰を下ろすなり、さっきまでの口論の再開とばかりにやおら話し始めた。聞こえてきた言葉の中心は「幸福」について。それを喧嘩腰で喋っている。嫌な予感がするので聞きたくなかったのだが、何しろ声が大きいのでどうしても耳に入る。本に集中しようと試みたが果たせなかった。そしてその後、男の方は聞き役に回ったらしく、時折相づちを打つ程度に大人しくなった。

 この二人は一体どういう間柄なのだろうか。女はため口で喋っているので上下があるようには見えないし、かと言って恋人同士のような甘さも見当たらない。よく判らない。女の話は家族との関係性についての事柄に移っていく。そしてそこから女は更に興奮し始め、「そんなに育てるのが嫌なら、捨てて欲しかった」という言葉から連想または派生するあらゆる呪詛を吐き始めたのである。吐き出される全ての言葉は攻撃性を帯び、時折高笑いが混じる。今現在一体誰を話しているのか。呪わしき記憶に向けてだろうか。彼女が言葉を発する度、僕が頬張るスパゲティ・アラビアータから味が失われていく。改めてそちらのテーブルを見遣る。男の顔は精気を失い、明日にでも死んでしまうのではないかと思ってしまう程に疲労の影が差していた。しかしそんな男の状態に気付かないのか、女の呪詛は続き、あるで暴風雨が吹き荒れているかのようだ。誰が悪いなんて思わないけど、嫌なものを見た。そう思った。

 床が大きく揺れた。思わず店内を見廻す。周囲の客達や店員達も動きを止め、僕と同じように見廻している。「え? 地震?」女が声を上げる。男が耳打ちしたようだ。「私気付かないんだよねー!いつも『あんたが揺れてるからでしょー』て言われる!」僕もそう思う。あなたはいつも揺れているのだろう。料理を食べ終えた僕は、早々に店を出た。

 --

 それから遡る事二時間。僕は上野公園に居た。長谷川等伯の展覧会を観に行ったのだ。混雑した館内から抜け出し、園内を歩いたところ、20代半ばくらいの息子らしき青年と、50代くらいの母親らしき女性が、妙に身体の大きいブルドッグを三匹連れているのに遭遇した。ペットとして飼っているのかそれともブリーダーをやっているのか判らないが、均質な体つきで毛並みも綺麗だった。ま、それはいいとして、面白かったのが、そのうちの一匹を台車に乗せて運んでいたのだ。別に怪我をしている訳でもなさそうだったのだけれど、何故かそうしていた。そもそも台車は一体何の為なのだろうか。
 僕が気に入ったのは、その台車に乗せられたブルドッグが妙に誇らしげだった事だ。四肢を伸ばしすっくとした出で立ちは、何処かしら滑稽で、何となく勇ましかった。その眼差しは真っ直ぐに前方を見つめ、そのままの姿勢で陽が傾き始めた公園をゴロゴロと運ばれていくのだ。良いものを見たな。そう思った。

 --

 どうせ同じ出来事に遭遇しなければならないのなら、この順番であって欲しかったなあ。と思う小春日和の日曜日。
  • Last Modified : 2011-12-05

五月の運転士

 毎年五月の或る日、利用する路線の運転士が物凄く下手くそな事に気付く。適切な減速地点を把握出来ていないのか急制動を頻繁に繰り返す。それを三度もやられたら吊革を握る手を放し、乗客を掻き分けて運転席に怒鳴り込みたい気分になる。そしてふと思い出すのである。そう言えば去年も一昨年もそのずっと前からこうであった事を。
 想像するに、五月というのは新米の運転士が初めて電車の操作を任される時期なのではないだろうか。そう考えると、あのような粗暴な運転が行われる事に合点がいく。恐らくベテランの運転士が補助で横に座って目を配っているだろうから事故が起きる事はまずないのであろう。しかしながら、僕は車両事故の事を考えるとリスクが大きいような気がして先頭車両に乗る事が滅多にないからよく知らないのだけれど、急ブレーキなんかかけちゃったら先頭車両のそれも運転席の背後辺りに乗っている乗客から物凄い形相で睨まれたりするんだろうな。中には怒鳴ったり窓を殴ったりする人も居るかも知れない。その重圧たるや、想像しただけで胃の辺りが気持ち悪くなる。

 さてそんな不安定な中、乗客同士の肩がぶつかったとか足を踏みつけられたとか無言の内にも賑やかな状況に陥るのであるが、どうせなら好ましい対象に肩をぶつけられたり足を踏まれたりした方が気分良く過ごせるというものである。僕の場合なら、乗った車両をさっと見渡して一番可愛いと思う女性の傍に出来るだけ近付こうと目論みる。ついつい足を踏んでしまった事をきっかけに五月の風のような恋など芽生えないかしら、とか夢想するからである。しかしこの場合、飽くまで自然さが重要である。あからさまにその対象に近付こうとすれば、傍から見ても当人にしてもそれはただの気色の悪いおっさんである。
 この時期、僕は毎日そんな事ばかり考えながら電車に揺られている訳だが、えてして僕の足を踏むのはおっさんばかりである。そんな時は恋の甘みとは真逆の苦々しい気分で「おい痛えじゃねーかよ!俺の足踏んでんじゃねえよ!てめえ何様のつもりなんだよ!人の足踏んでむくれてんじゃねえよ!つうか今すぐてめえの足切り落とせよ!」くらいの心持ちで、自分の年齢などまるで棚に上げて憤っているのである。

 この季節、全国の電車内では様々なドラマが生まれているに違いない。

プールで騎馬戦、ビート板で殴り合い。

 仕事中、事務所にはいつも J-WAVE が流れており、その中の昼時の番組 Music Plus で、コーナーの一つとしてハワイからの放送がある。ま、そんな事はどうでも良いのだけれど、サーフィンの話題の中で「ビート板」という懐かしい響きを持つ言葉が出てきた。それを聴いてふいに思い出される記憶があった。そう言えば高校の時、夏の体育の授業で水中騎馬戦をやった気がする。しかもその際にビート板で殴り合った気がする。どう考えても正規の授業プログラムだとは思えないが確かにやった。
 試しに同じフロアの後輩に尋ねてみたところ、彼もやった気がするとの事。同じ県の出身なのでもしかして同県では、ちゃんとプログラムに予定されていたのだろうか。教育委員会がそんなの推奨するかなあ・・・。僕の想像では、体力を有り余らせて日頃の鬱憤が溜まっている学生に、体育の教師が気紛れにやらせていただけのような気がするのだが。

 で、少し気になって女性の後輩にも尋ねてみたら、体育祭では女子の騎馬戦が存在したらしい。僕の通っていた学校では存在しなかった。女同士の騎馬戦なんて「ポロリ!芸能人の水泳大会」でしか観た事ない。観たいような観たくないような・・・いや、やっぱり観たくないな。めちゃくちゃ怖そうである。一人はそれは小学生の時だけであったと言うが、もう一人は高校の時にもあったとの事。更に怖そうである。
 僕が通っていた高校の体育祭でも男子の騎馬戦はあった。自由参加のプログラムだったのだが、普段はそういう事に興味を全く持てなかった僕でさえ参加した。通常の騎馬戦では殴る蹴るは当然御法度のはずなんだけど、それはそれ、高校生の体力を持ってしての騎馬戦であるから勿論殴るし蹴る。僕は前方の馬役だったが、相手騎馬とぶつかった時に何故か相手の前方に殴られた。殴り返したくても乗ってる奴の体重が僕の手の平にかかっているので、そこから手を離せない。一体どうやって相手の前方は手を離す事が出来たのだろうか。でも今思えば、奴は最初から殴りたくてそもそも手を離していたのだろう。

 女子の騎馬戦の話に戻る。高校の体育祭での騎馬戦を経験したという後輩。こやつが豪語するのである。「私、馬役だったんですけど、相手の、上に乗ってる奴を叩きのめしましたよ!」そこで高笑いである。その偉業は一体どうやって成し遂げたのかと尋ねてみたところ「もうね、身体ごと突っ込んで行くんですよ!どかーん!て!」いや、それは判るがそれぞれの位置している高さが違うだろう、と思ったが怖いのでそれ以上訊かない事にした。きっとどうにかやって叩きのめしたのだろう。その時の事を思い出して興奮気味の彼女が更に言うには「騎馬戦はねえ、公然と人を殴れる絶好のチャンスなんですよ!」解る。その気持ち。たかだかクラスが違うだけの理由で騎馬で戦う事になった僕等だが、出陣前に気合いを入れる為に円陣を組んだ時の台詞が怖い。「○組の奴らば殺せえ!!」状況が整えば、僕等はそんな事をつい口にしてしまうような生き物なのである。だからと言って女の口から同じ台詞は余り聞きたくはない。何故かって、そもそもが怖い人達なのだから。
<< Prev || 1 || Next >>

Home

%09%09%09%3c%64%74%3e%53%65%61%72%63%68%20%74%68%69%73%20%73%69%74%65%3c%2f%64%74%3e %09%09%09%3c%64%64%3e %09%09%09%09%3c%66%6f%72%6d%20%6d%65%74%68%6f%64%3d%22%67%65%74%22%20%61%63%74%69%6f%6e%3d%22%68%74%74%70%3a%2f%2f%77%77%77%2e%64%6f%67%67%79%6c%69%66%65%2e%6f%72%67%22%3e %09%3c%64%69%76%20%63%6c%61%73%73%3d%22%73%65%61%72%63%68%66%6f%72%6d%22%3e %3c%69%6e%70%75%74%20%74%79%70%65%3d%22%68%69%64%64%65%6e%22%20%6e%61%6d%65%3d%22%61%6d%6f%75%6e%74%22%20%76%61%6c%75%65%3d%22%30%22%20%2f%3e %3c%69%6e%70%75%74%20%74%79%70%65%3d%22%68%69%64%64%65%6e%22%20%6e%61%6d%65%3d%22%62%6c%6f%67%69%64%22%20%76%61%6c%75%65%3d%22%31%22%20%2f%3e %09%09%3c%69%6e%70%75%74%20%6e%61%6d%65%3d%22%71%75%65%72%79%22%20%61%6c%74%3d%22%4b%65%79%77%6f%72%64%73%20%74%6f%20%73%65%61%72%63%68%22%20%63%6c%61%73%73%3d%22%66%6f%72%6d%66%69%65%6c%64%22%20%73%69%7a%65%3d%22%33%30%22%20%6d%61%78%6c%65%6e%67%74%68%3d%22%36%30%22%20%61%63%63%65%73%73%6b%65%79%3d%22%34%22%20%76%61%6c%75%65%3d%22%22%20%2f%3e %09%09%3c%69%6e%70%75%74%20%74%79%70%65%3d%22%73%75%62%6d%69%74%22%20%61%6c%74%3d%22%53%65%61%72%63%68%22%20%76%61%6c%75%65%3d%22%53%65%61%72%63%68%22%20%63%6c%61%73%73%3d%22%66%6f%72%6d%62%75%74%74%6f%6e%22%20%2f%3e %09%3c%2f%64%69%76%3e %3c%2f%66%6f%72%6d%3e %09%09%09%3c%2f%64%64%3e %09%09%09
Feeds
Used Regularly
  •     
Attribute
  •  
Individual Taste
  •    
Staff Only

Page Top