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DOG ON THE BEACH

大つごもり夜話

 スーパーの入口の横、壁に貼りだされたチラシを私は眺めている。仕事収めの帰り。ななめがけにした布製のバッグが肩からずり落ちそうになる。それを左手で受け止め、右手にさげたポリ袋を持ちなおす。食品売場は既におせちやその他お正月用のものばかりが並んでいて、否応も無くお祭り感がただよっている。日常で使う食材は野菜やレトルトなどのパッケージ商品があいかわらずの場所に陳列されているだけ。私はそちらの棚で買い物をすませた。

 私はどうしても、こういうお祭り的な雰囲気に入りこめない。騒がしくてイヤなのだ。もしかしてそれは私の育ちのせいかもしれない。騒がしい家庭だった。私はそれがとても嫌いで、いつも独りになりたいと思っていた。

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 父はこれまでに三度会社をおこし、三度とも倒産した。そして現在四度目に挑戦中だ。家族はもちろんその渦中で翻弄される。生活の不安もかえりみずに父は私財を投資し続けた。三度目の倒産の後、ちょうど専門学校を卒業出来た私は家を出た。父はものすごく反対したが、私は負けなかった。私が欲しかったのは安定した生活だ。地道に働いていればそれなりに暮らせる毎日だ。父の影響下にいる限りそれはないと思った。私には二人の兄がいる。彼らは父の仕事を手伝う形で家にずっといるが、大人になってからは余り話したこともない。彼らは父に似た性質を持っているのか、それとも父に合わせているだけなのか、何かしら反抗している姿を見たことがない。私にとっては同類の人間だ。母だけは違うだろうと思っているが、彼女は父に従うばかりで、何か相談をしても「それはお父さんに相談しなさい」と言ってしまうような何もない人だ。そんな人達の中で暮らしていると、いつのまにか私は家族の中で孤立し、結果として独りで過ごす時間が多かった。

 そんな彼らからは「おまえには表情がない」「何だか怖い」とよく言われた。そりゃそうだろう、と思う。家族の中でたった独りそこに居ることを拒否しているのだから当たり前だ。この人達はそんなこともわからないのかと、私はさらにくすぶった。でも困ったのは、私は家にいる時以外でも同じ表情をしているらしい。学校の友達にも言われたことがある。私が男の子にモテなかったのもそのせいかもしれない。学生の頃に一人だけ付き合ったことのある男の子からは、「何を考えているのか全然わからないから辛い」と言い残されてフラれた。あの時はすごく落ち込んだな。ただその場合は、付き合ってるうちに男の子の横暴な面を見てしまうと、父や兄達の事を思い出し、げんなりしてしまって私は反射的に閉じてしまうのだ。そんな時には私はきっと能面のような顔をしているのだろう。でもそれはしょうがない。しょうがないよ。だってイヤなのだ。その人から離れたくて仕方なくなってしまうのだ。

 そんなことがあってから、私はさらに独りで過ごすようになった。そしてそれがとても気に入っていた。文具メーカーにデザイナとして就職した私は、毎日決まった時間に出社し、遅くなることが多いけど、一日しっかり働いて、帰りに駅のそばのスーパーで買い物をして部屋に帰る。安売りしていたお総菜をそのまま食べたり、作り置きのものを温め直して食べたり、録画していたドラマを観たり、本を読んだり、ぼんやりしたり。誰も私の邪魔をしないし、とても幸せだと思った。
 固定電話は置いてないし、携帯の番号も家族には教えていない。友人や知人とはメールでのやりとりだけだから、非常識な時間に電話で起こされることもない。経済的に自立したことで、私は穏やかで理想的な生活を手にすることが出来た。私はそのことがとても誇らしい。ただほんのちょっと、これは生活が安定していて余裕があるからだと思うけど、誰かが私の生活圏内に入り込んできても、悪くはないなと思っている。それはまだ、ほんのちょっとという限定的なものだけれど。

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 レジで支払いをすませると、私はスーパーの外に出た。するとそのまわりで正月飾りを売っている人達がいた。吹いてくる風が冷たいので、マフラーをキツく巻き直しながらそれらの商品を眺めてみた。個人でやっている人がこの場所を借りて商売をしているのだろう、商品はどれも、どことなく質素な雰囲気があった。その中に、小ぶりで可愛らしいしめ飾りを見つけた。私は思わずそれを手に取り値段をたずねていた。「800円です」こんなに小さいのにそれはちょっと高いなーとは思ったのだけれど、ご祝儀のつもりで店の主人に1000円札を手渡した。

 部屋に戻った私は、机のひきだしの中から両面テープを探し出して、買ったしめ飾りを玄関の扉に貼り付けた。そして、そう言えばしめ飾りの意味について正確なところを知らないな、と思って私はインターネットで調べてみた。
本来の宗教的意味は、各家庭が、正月に迎える年神を祀る依り代である。
 ということらしい。年神様か。穏やかで優しそうだ。私の家にやってくるのがそんな人なら良いな。いや、人ではなくて神様か。私にうるさいことを言って煩わせることなく、穏やかな時間だけをもたらしてくれるのなら大歓迎だ。神様バンザイ。

 私は玄関の扉に貼り付けてあるしめ飾りを思い浮かべつつ、少しだけお酒をのむことにした。良い気分だった。

 - - -

このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。

首都脱出

 2月の終わりに見た夢の話。

 ★

 夜半過ぎ、地響きのような轟音に目を覚ました。僕は何故かその時、本郷台地の上に建つ古い旅館に泊まっており、畳敷きの部屋で布団に寝ていた。木枠の窓をビリビリと鳴らす音に驚き、飛び上がるように起き上がった僕は、窓外の燃えさかる火の海に慄然とした。高台の麓に川が流れていて、それに阻まれ火の手がこちらまで伸びる事はなさそうだったが、現実では有り得ない視力で、僕は燃えさかる火の中に何が燃えているのか見つめていた。そこには、燃えるのではなく、溶けていく人間の姿が見えた。ムンクの絵の中の人のように、人間が叫びながら溶けていた。
 一体何が起きたのだろう。僕は暫し考えた。何処ぞの国の飛行機が爆撃したとは思えない。それならばもっと長く爆発音が続いたはずだ。地震も違う。大地の揺れがそれとは違った。大火のようでもない。これほどまでの火が広がるまでには何かしらの騒ぎがあって然るべきだ。地響きと共に大地が燃え始めたとしか思えない。それも地上の全てが溶けるような高温で。

 考えるのに飽きて、僕は部屋から出でて廊下に出た。さすがにこの状況では旅館の中も騒然としており、他の泊まり客達が慌てふためいた様子で走り回っていた。僕はそれらの人々を避けながら廊下を当てもなく歩いた。すると、向こう側から若き日の忌野清志郎が浴衣に丹前を羽織って歩いて来た。懐に手を差し込んでてれてれと歩いている。夢の中でも彼のファンであるらしい僕は、ついつい声をかけてしまった。

「キヨシローさん、どうしたんですか」

「いや、ちょっと部屋に」

「部屋に?」

「そう、ギター持ってこようかと思って」

 既に彼の部屋の前だったようで、引き戸を開けて部屋に入っていった。そして直ぐさま彼はギブソンのハミングバードを抱えて出て来た。そのままふらふらと歩いて行く彼に僕も追従した。
 僕らが泊まっていたのは旅館の二階で、長い廊下の突き当たりに出窓がある。彼は両開きの窓を開け放ち、そこに腰掛けた。窓の外では相変わらず大地が燃えている。彼は暫くの間言葉もなくその光景を見つめていたが、ふいに弦を爪弾き歌い始めた。僕の聴いた事のないバラードだった。それに、この状況にまったくそぐわない。彼は一頻り歌った後、窓を閉め少しばつの悪そうな顔で微笑んだ。

「もう寝ようぜ」

「危なくないですかね」

「うん、こっちまで火は来ないだろうしさ、逃げるにしたって周りは全部火事だよ」

「逃げようないですよね」

「そうそう、だから寝るんだ」

「そうですね」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 僕は部屋に戻り、窓硝子とカーテンの向こうの、赤く揺れる光を感じながら布団に潜り込んだ。

 -

 翌朝目を覚ますと、部屋の中に薄く煙が漂っていた。僕は取りあえず部屋を出て、階段を降り、待合室を覗いて見た。廊下を誰も歩いては居ないし、待合室にも誰も居なかった。ただ、テーブルの上の灰皿が端に寄っていたり、塵くずのようなものが散らばっているところみると、誰かが慌ててこの場所から立ち去った事が伺える。
 僕は待合室を出て廊下を歩いた。帳場、浴場、食堂、それから二階の客間。隈無く歩いてみたが誰も居なかった。僕が寝ている間に皆逃げてしまったようだ。これ以上この旅館に留まっていても仕方がないので、僕は自室へ戻り荷物を纏め持った。

 開け放たれた玄関を出ると、そこにキヨシローさんが佇んでいた。

「眠れた?」

「はい、少し暑かったんですけどね」

「見てみなよ。そこら中が焼け野原だよ」

「ホントですね」

 高台から見下ろせる、かつては町であった大地は見渡す限り真っ黒に燻っていた。しかしずっと先の方、新宿や池袋の高層ビル群は崩れ落ちる事なく、銀色に輝いている。

「これじゃ地下鉄なんか動いてないでしょうね」

「うん」

「どうするんですか」

「家族が心配だから三鷹に帰るよ」

「歩いてですか」

「しょーがないよね」

「そうですよね」

「キミはどーすんの?」

「うーん、都心に残っているのは危なそうだから、取りあえず上野まで行ってみます。もしかしたら列車が動いてるかも知れないし」

「そーか、オレも池袋か新宿の駅に寄ってみようかな」

「その方が良いですよ。キヨシローさんギターあるし」

「そうだね」

「じゃあ、行きましょうか」

「うん、元気でね」

「はい、お元気で」

 春日通りを、キヨシローさんは手を振りながら右へ。僕は左へと曲がった。

 -

 上野駅まではそう遠くはない。真っ黒に焦げた街を横目に春日通りを東へと歩く。崩壊した建物と、道路を塞ぐように放置された自動車、そして炭と化した人間の遺体。この辺りになると生きている人間の姿がちらほら見受けられた。何処かへ向かって歩いている人。瓦礫の中から何かを掘り起こそうとしている人。ただ泣き叫んでいる人。いろいろだ。

 程なくして上野駅に着いた。駅舎は部分的に崩れ落ちてはいたが、機能しているようだ。外壁の時計は動いていた。構内には人がごった返している。皆一様に大きな荷物を背負い、先を急いでいるようだ。しかし怒号が聞こえる事もなかったし、泣き叫んでいる人も居ない。皆押し黙って、整然と改札へと吸い込まれていく。
 僕は取りあえず日本海側へ抜けるまでの切符を買った。当てなど何もなかったが、出来るだけこの場所から離れたいと思ったからだ。改札を抜けて、僕はホームへ降りた。驚いた事にディーゼル機関車が停車している。僕はホームをずんずん進み、牽引車のすぐ後ろの車両へ乗り込んだ。既に満席に近く、僕は空いていた席に身体を押し込んで、バッグを抱えた。暫くして列車は動きだし、僕は他の乗客や車窓からの景色を眺めていたのだが、その内に寝てしまった。

 -

 乗客が席を立つ物音で目を覚ました。皆それぞれに荷物を抱え出口に向かっている。この列車はどうやら此処で終点のようだ。僕は他の乗客に習って列車から降りた。
 ホームなどは無く、そのままコンクリートを打った地面へと降り立った。見渡すと其処は検車区であるかのように、敷地に何本もの列車が停車していて、周囲を山に囲まれた盆地だった。そもそも駅なんかではないようで、駅舎は見当たらず、離れた場所に事務棟のような二階建ての古い建築物が建っていた。此処が一体何処なのか見当もつかなかった。長野か、それともまだ埼玉なのか。列車を下ろされてもどうする事も出来ないじゃないか。

 仕方なく、前を歩く人々の後について歩いていると、突然横から現れた女に呼び止められた。アジア人の顔つきで、肌が白くアタマは金髪。赤と白に縫い分けられたジャンプスーツを着ていた。

「あなたはこちらの列車に乗り換えてください」

「僕・・・ですか?」

「そうです」

「ええと、あなたは僕の事を知ってる?」

「勿論です」

 それ以上尋ねる事も思い浮かばないし、行く当てもないので、僕はその女について行く事にした。最後尾の車両を見せて停まっている列車が数本在り、僕らはその中の一本に近付いて行った。

 -

 そこかしこに大昔の憲兵のような詰め襟の制服を着た男達が立っている。デザインはクラシカルだが、素材が現代の物であるようだ。薄い灰色に白い刺繍が施されている。大体は脛にゲートルを巻いた若い青年達だが、中には長靴を履いた上官らしき男が混じっている。彼らは乗客の持ち物を調べたり、帯剣や肩に担いだライフル銃に軽く手を当てたまま周囲に注意を向けている。

 僕らは比較的新しい車両に乗り込み、予め決まっていたであろう座席に座った。

 -

 僕と女は、ボックス席に向かい合わせに座って支給された弁当を食べている。鮭と煮物と白米だけの簡素な物だった。それを食べ終え、缶入りの緑茶を飲みながら、僕はぼんやりと車窓の外の風景を眺めていた。内陸部の退屈な、田畑や森林の多い風景。散在する人家や電信柱が目の前を飛び去って行く。

 広大な平野を走り抜け、列車はトンネルへ入った。窓硝子に映る自分の姿を見て驚いた。僕は詰め襟の制服を着ていた。さっきの駅に居た憲兵達と同じ軍だ。一体いつ着替えたのだろう。全く記憶にない。

「あなたはこれから、その服で過ごして貰います」

「ずっと?」

「はい、役目を終えるまではずっとです」

「その役目って何でしょうか?」

「・・・それは目的地に着いたら解ります」

「それまでは教えられないって事ですか?」

「まあ、そういう事になりますね。とにかくそれまではゆっくりしていて下さい」

 考えても無駄な気がしたので、僕は少し眠る事にした。

 -

 目を覚ますと車窓には、透明度の高い青々とした雲一つ無い空と、太陽光を反射する緑色の山々が遠くで大地を取り囲んでいた。そして上体をかがめて上空を見上げると、そこには驚くべき事に巨大な建造物が浮かんでいた。空を覆うようなその建造物は、銀色に輝く金属で造られた十二角形の立体に放射状に金色で装飾が施されている。そしてそれが、何本もの丸太のようなケーブルで地上に繋がれており、見廻せば、他にも同じような建造物が何基も空に浮かんでいた。音も無く、光を遮るのではなく反射しながら、今まで見た事もないような威圧感を持って浮かんでいた。

「あ・・・あれは?」

「あなたがこれから生きていく場所です」

「場所?」

「施設・・・のようなものでしょうか」

「よく解らない」

「あなたはあそこに住んで、働くのです」

「何の為に?」

「行けば解ります」

「またそれ」

「ええ、まあ」

 僕は驚きと共に、これから僕の身に起こるであろう事を考えてみようと試みたが、全く想像が出来なかった。何故僕が選ばれたのかもよく解らないし、一体何の為の施設なのかが判らない。この国のものなんだろうけれど、非常に軍事的なものであるように思える。とは言え自衛隊とは全く趣きが異なるので、もしかすると国民の殆どがその存在すら知らない国家機能が、今僕の目の前に在るという事なのかも知れない。

 一体何なのだろうか。昨晩の、一夜にして東京の街が燃えてしまった事と関係があるのだろうか。そして、何故僕なのだろうか。その後暫くの間、呆然としたまま、空に浮かぶ建造物を眺めていた僕は、列車の汽笛に呼び起こされた。

 ★

 という夢を、震災の半月前に見ていたのですよ。何の因果か知らないけれど。

夢の残骸(後編)

 やはり昨夜の女からだった。僕は携帯の番号を彼女に教えた覚えは無かったのだが、そこはほれ、どれだけ矛盾があろうとも夢の中では当然のように処理される。

「一緒に出るから待ってて」

「え?」

「いいでしょ?」

「まあ・・・いいけど」

「じゃあ、10分後に」

「今どこ?」

 通話は切れた。僕は煙草に火を点けて、門に寄りかかって女を待つ事にした。

  --

 そして映像は飛んで、僕らは何処かの食堂に居た。いや、食堂と呼ぶにはかなり変わった店の作りをしていて、店の片側に厨房があり、それを囲むようにしてカウンター席がある。そしてその背後の壁は全て格子窓が覆っており、陽光が差し込んでいる。内装は殆どくすんだ木材で、背後の窓の向こうは線路であるらしい。光溢れる中を時折列車がガタゴトと通り過ぎる。
 僕らは会話もなく、目の前の定食を平らげる事に専念していた。二人とも生姜焼き定食。肉汁とタレが千切りのキャベツに滴っている。僕は豚肉でキャベツを巻くようにして箸で掴み、勢いをつけて頬張った。隣を窺うと、女も同じようにして食べていた。生姜焼きの量がとても多い。僕らは黙ったまま咀嚼を繰り返した。

 気付くと、女が誰かと喋っていた。僕は噛み砕いた肉を呑み込みながらそちらを見遣った。50過ぎくらいの男がニヤけながら女に話しかけており、女は食べるのを止めすっかり話し込んでいる。すぐ隣で喋っているのに、僕には内容がよく聞こえなかった。何故だろうか。夢だからとしか言いようがない。
 僕はもうそちらを見ない事にした。何だか腹に違和感を感じるのだ。それは勿論嫉妬と呼ばれるものである事は承知していたが、思い入れの無いはずの女の事で嫉妬する自分を受け入れたくなかったのかも知れない。僕は女が食べかけている定食に手を伸ばした。

 --

 僕らは列車のボックス席に向かい合わせで座っていた。明るい空の下、瞬く間に流れていく風景をぼんやりと眺めながら、お互いに全然別の事を考えているようだ。女が何を抱え、何を思いながら生きているのか。僕には見当もつかないが、その横顔が綺麗だと思った。

「ねえ」

「なに」

「これからどうするの?」

「・・・」

「どうすんの?」

「取りあえず行く当てはない」

「じゃあなんでこの列車に乗ったの?」

「わからない」

 列車はひた走り、やがて視界に海が広がった。

夢の残骸(前編)

 何だか夢をよく見るようになってしまった。と言っても印象的なものは1・2週間に一度くらいだけど、以前は殆ど見なかったのでそれと比べれば頻繁に見ているように感じる。原因は最近睡眠時間が安定していないからだろうか。それとも陽気のせいだろうか。
 今回は少し長いので二度に分ける。夢見ていた時間は短いし、相変わらずイメージが散漫なのだけれど、それを無理矢理繋げていたら長くなってしまった。取りあえず記しておく。

 ★

 目を覚ました時、僕は雑魚寝状態の和室の部屋で布団にくるまっていた。和室と言えども入口は一つで、8畳ほどの部屋の突き当たりから右に折れるようにまた8畳が在る、不思議な間取りの部屋であった。僕は丁度曲がり角に当たる部分に寝ており、近くにはブラウン管の小さなテレビが在った。外はまだ暗く真夜中であるようだ。僕は再び目を閉じる。

 半覚醒の僕の耳に、何人もの人が何度も部屋を出たり入ったりしている物音が聞こえた。

 くぐもった人の声が小さく聞こえる。薄目を開けると、人工的な光が目を打つ。誰かがテレビを観ているようだ。しかもその音声から察するにアダルトヴィデオのようである。迷惑に思いながら僕は被っていた布団を引き剥がした。意外な事にアダルトヴォデオを観ているのは女であった。

「あの・・・」

「なに?」

「なんでそんなの観てんの?」

「さあ」

 女は20歳を少し過ぎたくらいだろうか。短い髪の毛、額に垂れた前髪の奥の眼差しは半ば閉じていた。僕は画面に目を遣る。そこには隣にいる女と同じ顔の女が喘ぐ姿が映し出されていた。

「ねえ、これ君なの?」

「そう・・・去年のわたし」

「そう」

 僕はそこまで訊いたところで急に眠けを感じ、布団を被り再び目を閉じた。

 --

 再び目を覚ますと、女が同じ布団で寝ていた。僕は女の身体を引き寄せ、そのまま眠りに落ちた。

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 閉じた瞼の向こうに明るさを感じ、目を開ける。朝のようだ。傍らに女の姿はない。起き上がって部屋の中を見廻すと、布団に埋もれた人の身体が点在する。起きて身支度をしなければ。これから何処かへ行く当てがあるようには自分自身思えなかったが、とにかく此処を出なくてはならないようだ。僕は脱ぎ捨ててあったジーンズを穿きネルシャツを羽織って、デイパックに荷物を詰め始めた。
 すると、部屋の反対側で同じように荷造りをしていた男が声をかけてきた。

「なあ」

「なに」

「おまえと一緒に寝てた女、連れか?」

「いや、違う」

「じゃあ何だよ」

「知らないよ」

「何だそれ。ちぇ。まあいいや」

 僕が荷物を持ち立ち上がって部屋を出て行こうとすると、先ほどの男が再び話しかけてきた。

「あのさあ、あの女、俺前にも見た事あるぜ」

「この町で?」

「いや、此処じゃない。もっと西の方」

「何してた?」

「なんかなあ、繁華街だったんだけど、暴れてた」

「暴れてた?」

「そう。最初酔ってるのかと思ったけど、そうでもなさそうだった。とにかく絡んでくるおっさん達相手にまともに立ち回ってたよ。そこら辺にある物片っ端から投げつけたりしてさ、走り回ってた」

「ふうん、何だろな」

「何だろうなー。でも、もう関わらない方が良いかもよ? 何だかジャンキーっぽいし」

「そうかな?」

「ああ、そう思うね」

「詳しいね」

「似たようなの何人も知ってるからな」

「そうか」

「そうだよ」

「ありがと」

 僕は部屋を出て玄関まで歩いた。ひどく安普請な旅館で、何故こんな所に泊まろうと思ったのかまるで思い出せない。そして玄関を出て表の通りに差し掛かったところで携帯電話が鳴った。

夢の残骸

 昨日の朝はごく短い、全く違う夢を二つ見た。短いがとても印象的な映像だったので記しておく。

 ★

 僕は田園の緑がたゆたう風景を眺めながら、機関車に乗り、長い時間をかけてとある町へ向かっていた。夢の中の設定では僕の生まれ育った町であるらしい。その町は広大な平野部を走る国鉄線の行き止まりで、何故そんな開けた場所を終着駅にしたのかよく判らないが、とにかく線路は其処で終わっていた。果たして駅に着いてみると、そこには乗降の為のホームなど無く、ただ芝生の生い茂った地面が拡がっていた。出迎えらしき数十人の老若男女が線路を囲み、走り回る子供達の手には風船が握られていた。何か特別な日だったのだろうか。僕にはそんな覚えは全くないし出迎えに人が来る予定もなかったが、とにかく僕は他の乗客と共に列車を降りた。
 少し離れた場所に立ち、談笑している二人の女性に目を止めた。見覚えがあると思ったら一人はテレビ等でよく見かけていた女優で、一人は中学の同級生であった。二人はそれぞれ子供連れで、走り回る子供達に時折声をかけながらも話し続けていた。何故あの女優がこんな所に居るのだろうか。僕は不思議に思いながら駅舎へ向かう。駅舎は10メートルばかり離れた場所に在り、ペンキで白く塗られた木造の平屋であった。形ばかりの改札を抜け、駅前に拡がる街並みを見て僕は愕然とする。僕の記憶にあるのは古ぼけたそれであったが、今目の前に拡がっているのは店も住宅もどれも皆新品で、どこかオモチャっぽい雰囲気のものばかりであった。

 ★

 僕は夜の街に立っていた。周囲に灯りは無く真っ暗だ。ずっと向こうの地上の灯りが背景となり、目の前に黒々とした高架線路の影を浮かび上がらせていた。僕は不安で堪らなかったが、自分の足元すら見えないので動く事が出来ない。吹き抜ける冷たい風は体温を奪い、僕は堪えられずにうずくまる。すると、風の乗って笛の音が聞こえて来た。するすると流れるように音は僕の周りを駆け抜ける。そして突然鋭い音で笛が鳴ると、彼方此方に1メートルから2メートルくらいまでの、様々な大きさの縦長の赤提灯がぬっと現れた。提灯には、勘亭流の文字と梵字の間くらいの読めない文字が黒く描かれている。それらの灯りは朧気で僅かに揺れている。人間が掲げているのだろうか。そして相変わらず周囲は真っ暗なままだ。
 僕は暫くその光景を眺めていたが、堪えきれずに一番近い提灯へ向かって歩き出す。

 ★

 そこで目が覚めた。
  • Last Modified : 2010-04-20

夢の残骸(三番目の夢)

 最後の夢は、これもまた同じ様な平屋作りの一軒家での話で、しかし今度はちゃんとその家に住んでいるようだった。但し僕一人ではなく、同居人が居た。

 -

 玄関は青く塗られた木扉。その上には傘を被った電球が灯っている。勿論それは誰かが家に居なければ灯されない訳だが、その時は僕だけが居た。真夜中の3 時、どっぷりと夜に浸かったこの家の玄関の扉が乱暴に叩かれる。外から同居人の声がした。開けろと言っているようだ。僕はベッドの中で読んでいた本を傍らに置き玄関へ向かった。沓脱ぎの灯りを点け扉を開けると、案の定酔っ払った同居人がふらふらと身体を揺らしながら立っていた。

「・・・なんで早く開けてくれないの」そう言いながら同居人は怒ったように扉を強く閉める。

「鍵はどうしたんですか」

「・・・無くしたわよ、そんなの」そこまで言うと、同居人は力尽きたように沓脱ぎにへたり込んだ。

「また酔っ払ってるんですか」

「・・・いいじゃない別に」

 同居人は女である。しかし恋人ではないようだ。一体どういう訳で一緒に住むようになったのかは判らないが、世の中にはそういう事もあるのかも知れない。この家の玄関を入ると廊下が真っ直ぐに伸び、突き当たりに台所と浴室とトイレが在る。そして廊下の左側に僕が住み、右側に同居人が住んだ。これ以上はないほどの同居向けの住居だ。

「今日は誰と呑んでたの」僕は同居人から鞄を受け取りながらそう訊いた。

「・・・うーん、あっちゃんとキヨ坊と・・・えーと、シマズさんとヨージ君かな」

 尋ねるまでもなくいつものメンバーだ。学生の頃の友人であったり、仕事を始めてから知り合った人であるらしい。同居人は街中の本屋に勤めていて、仕事がはねた後には必ずそのメンバーの内の誰かと食事を共にし、酒を呑んで帰って来る。そして週に二回、特に休み前の晩などは、都合のつくメンバーを全員集めて明け方まで呑んでいる。場所は居酒屋であったりクラブであったりするが、店は大体決まっているようだ。
 そういう習慣を咎め立てする気はないのだけれど、酔い方が酷いのが気になっている。今夜のように正体を無くすまで酔っている事が度々あるのだ。どうしてそんなになるまで呑むのかと、以前に一度尋ねた事がある。でも何も答えてくれなかった。傍から見れば、同居人は淡々と酔っ払いその果てに正体を無くす。まるでそれが決められた事であるかのように。そして、玄関での僕とのやりとりも、いつも同じ事の繰り返しだ。同居人が扉を叩いて僕を起こし、玄関を開け、僕がそれを咎めると鍵を無くしたと嘘を吐く。

 うなだれて、すっかり動かなくなってしまった同居人の足元に蹲り、僕は彼女のブーツを脱がせた。

「・・・此処に帰ってくるとさ」

「うん」

「・・・いつもあんたは先に寝ちゃっててさ」

「うん」

「・・・凄く淋しいじゃない」

「だったらもっと早く帰ってくればいいんだと思います」

「・・・・・・」

 僕は同居人の鞄を肩に掛け、彼女の脇の下に腕を通し、半ば持ち上げるようにして部屋まで引き摺った。

「・・・でもあんたはその時居ないかも知れないじゃない」

「そりゃあたまには」

「・・・それが嫌なのよ」

「そう」

「・・・誰も居ない家に帰るのが嫌なの」

「そっか」

 僕は彼女のコートを脱がせ、ベッドに横たえた。そして毛布をかける。戸口のスイッチに手をかけたところで振り返る。

「安心しましたか?」

「・・・うん」

「じゃあ、おやすみなさい」

 彼女からの返事はなかった。灯りを消して自室に戻り、せめてもと思い一緒に眠った。

 ★

 僕が見た夢の話はこれで終わりである。夢の話であるから、そこには何の意味もない。
  • Last Modified : 2010-04-20

夢の残骸(二番目の夢)

 今度は下町の一角。幹線道路から一本中に入った道路沿いに建つ平屋造りの一軒家だが、あまり住宅のようには見えない。鼠色の瓦屋根に板壁は黒く塗られており、窓枠は鉄製でこれも黒く塗られている。一体何のために建てられた家なのか判然としない佇まいだ。玄関は鉄枠の大きな引き戸で、中に入ると大変広い沓脱ぎとなっている。右の方へと目を遣ると、板張りの床が一面に広がっていて、柱は何本か立っているが間仕切りは一枚も無く、30畳ほどの何もない寒々とした空間が在るだけである。そして左側には、奥から手洗い・浴室・台所の水回りの部屋が仕切られつつ並んでおり、最前部の空間には黒革のソファセットが置かれていた。住宅としての最低限の機能は装備されているが、住宅と呼ぶには余りにも殺風景だ。

 -

 辺りの静まりかえったある日の真夜中。敷地の左端に建つ丸太造りの街灯が、真っ黒なアスファルトを照らす中を三毛猫が走り抜ける。玄関左の窓からはブラインド越しに灯りが洩れている。ソファセットの置かれた辺りだ。そして、そのソファに僕は座っていた。他にも、小学校・中学校を共に通った幼馴染みの5人が、ソファにそれぞれ座り、珈琲を飲んだりウィスキーを舐めたり煙草を吸ったりしながら喋っている。中には会話に加わらずに漫画を読んでいる者も居る。

 この夢の中での僕らは30歳くらいで、それはいっぱしの大人であるはずなのに、喋っている事は中学の頃とたいして違わなかった。近所に住んでいる可愛い女の子やアイドルの噂話、嫌いな奴の悪口や、ギターの話や、バイクの話。何一つ変わっていない。彼らは一様に自営業の家に息子として生まれ、今は家業を継ぐべく昼の間は働いている。そして仕事を終え、晩飯も済ませて夜になると、申し合わせたように此処へバイクを走らせやってくる。この家の左側に細い脇道が走っており、それを半分ほど塞ぐようにして、皆はバイクを駐めている。

 -

 もう明け方が近い。一人また一人と連中が帰って行った後には、空き缶や呑み差したグラスと吸い殻で一杯になった灰皿が残された。

「あいつらときたら、散らかすだけ散らかして帰りやがるなー」

 僕はそれらをゴミ袋に放り込みながら愚痴をこぼす。その家にはベッドや布団の類は無く、そこを片付けないと僕は寝る事が出来ないようだ。
 ようやく片付けが終わり、僕は毛布を被ってソファに身体を横たえる。

「あいつら明日も来るかなー」

 どうやら僕は無職で毎日暇を持て余していて、幼馴染み達が遊びに来るのが待ち遠しいらしい。ブラインドの隙間から僅かな月明かりが差し込んでいる。僕はふいに思いついて半身を起こし、月明かりにうっすらと照らされる何もない家の中を見渡す。この家の半分の床を打ち抜いて、そこをガレージにしたら楽しいんじゃないだろうか。コンクリートを敷いて、壁際に工具棚を並べてもバイク5台は余裕で並べられそうだし、入口が狭ければ壁をぶち抜けば良いだろう。そうすれば連中は入れ替わり立ち替わり、空いた時間に此処へバイクを弄りに来るだろう。そんな事を想像すると僕は嬉しくて堪らない気持ちになり、その気持ちのまま毛布を引き上げ目を閉じた。
  • Last Modified : 2010-04-20
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