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DOG ON THE BEACH

近況

 先々週末に熱を出して寝込み、翌日には熱は引いたが今度は喉を痛め、かつてないほどの痛みと、地獄からの咆哮が如き声の変調を経験し、そしてそれも治まったかと思いきや、今度は咳嗽が止まらず、いつまでも完治せずに低調な毎日を送っていた。しかしようやく、本日をもって回復の兆しが見え一安心しているところである。

 そんな中思っていたのは、喉を痛めると、噛み砕いたものですら飲み込むのがなかなか困難で、毎日の食事が愉しみでるあるどころか苦行に近いものがあり、そうなると毎日の暮らしに張り合いが無くなる。つまり「あと一時間もすれば旨い昼飯が待っているのでそれまで頑張ろう」だとかそういう自己暗示が出来なくなるので、どうにもやってられないのである。更には刺激の強いアルコールを摂取するのも、出来ない事はないが、いささか憚られるものがあり、夜に向けての張り合いも無くなる。こうなるともう、一日中どんよりとしている。僕はどちらかと言えば小食で、美食家でもない。そこそこの物をそれなりに食べていれば、一応は満足してしまう結構安上がりな人間である。毎日同じ献立であってもさほど問題は無い。そんな僕がこんなにも参ってしまうのだから、これが大食漢であり美食家でもある人物が喉を痛めたりしたら、とんでもない大打撃なのだろうなと考えたりしていた。

 そして更に厄介なのは咳嗽。咳が続くとなーんにも出来ない。観るのも読むのも何かしら手を動かすのも考えるのも、何一つ集中出来ないのですぐに放り出したくなる。夜になると、炎症止めも咳止めも薬の効力が無くなってくるせいか、喉の痛みや咳嗽がこの時間帯に集中する。もはや身体はぐったりしているし、何もする気になれないので、兎に角横になりたい。横になったからといって症状が軽くなる訳でもないのだが、そうしているのが一番楽な気がしてくるのだ。しかし眠くもないのに横になっていて、余計な考え事なんかしたくはないので、ぼんやりテレビを眺めている。大概は語学番組だ。咳が治まっている時は発音練習をしたりもする。意外にこれが心地良く過ごせるので、ここ数日は毎晩やっている。おかげで何時の間にか、英語フランス語韓国語中国語を並行して学ぶ事になってしまった。ロシア語ドイツ語イタリア語アラビア語はさすがに多すぎるので避けた。いや、既に許容範囲は超えてそうだが、始めてしまったものは仕方がない。因みにテレビ番組のプログラムは半年間行われるが、これがいつまで続くのかは判らない。成り行き次第である。

首都脱出

 2月の終わりに見た夢の話。

 ★

 夜半過ぎ、地響きのような轟音に目を覚ました。僕は何故かその時、本郷台地の上に建つ古い旅館に泊まっており、畳敷きの部屋で布団に寝ていた。木枠の窓をビリビリと鳴らす音に驚き、飛び上がるように起き上がった僕は、窓外の燃えさかる火の海に慄然とした。高台の麓に川が流れていて、それに阻まれ火の手がこちらまで伸びる事はなさそうだったが、現実では有り得ない視力で、僕は燃えさかる火の中に何が燃えているのか見つめていた。そこには、燃えるのではなく、溶けていく人間の姿が見えた。ムンクの絵の中の人のように、人間が叫びながら溶けていた。
 一体何が起きたのだろう。僕は暫し考えた。何処ぞの国の飛行機が爆撃したとは思えない。それならばもっと長く爆発音が続いたはずだ。地震も違う。大地の揺れがそれとは違った。大火のようでもない。これほどまでの火が広がるまでには何かしらの騒ぎがあって然るべきだ。地響きと共に大地が燃え始めたとしか思えない。それも地上の全てが溶けるような高温で。

 考えるのに飽きて、僕は部屋から出でて廊下に出た。さすがにこの状況では旅館の中も騒然としており、他の泊まり客達が慌てふためいた様子で走り回っていた。僕はそれらの人々を避けながら廊下を当てもなく歩いた。すると、向こう側から若き日の忌野清志郎が浴衣に丹前を羽織って歩いて来た。懐に手を差し込んでてれてれと歩いている。夢の中でも彼のファンであるらしい僕は、ついつい声をかけてしまった。

「キヨシローさん、どうしたんですか」

「いや、ちょっと部屋に」

「部屋に?」

「そう、ギター持ってこようかと思って」

 既に彼の部屋の前だったようで、引き戸を開けて部屋に入っていった。そして直ぐさま彼はギブソンのハミングバードを抱えて出て来た。そのままふらふらと歩いて行く彼に僕も追従した。
 僕らが泊まっていたのは旅館の二階で、長い廊下の突き当たりに出窓がある。彼は両開きの窓を開け放ち、そこに腰掛けた。窓の外では相変わらず大地が燃えている。彼は暫くの間言葉もなくその光景を見つめていたが、ふいに弦を爪弾き歌い始めた。僕の聴いた事のないバラードだった。それに、この状況にまったくそぐわない。彼は一頻り歌った後、窓を閉め少しばつの悪そうな顔で微笑んだ。

「もう寝ようぜ」

「危なくないですかね」

「うん、こっちまで火は来ないだろうしさ、逃げるにしたって周りは全部火事だよ」

「逃げようないですよね」

「そうそう、だから寝るんだ」

「そうですね」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 僕は部屋に戻り、窓硝子とカーテンの向こうの、赤く揺れる光を感じながら布団に潜り込んだ。

 -

 翌朝目を覚ますと、部屋の中に薄く煙が漂っていた。僕は取りあえず部屋を出て、階段を降り、待合室を覗いて見た。廊下を誰も歩いては居ないし、待合室にも誰も居なかった。ただ、テーブルの上の灰皿が端に寄っていたり、塵くずのようなものが散らばっているところみると、誰かが慌ててこの場所から立ち去った事が伺える。
 僕は待合室を出て廊下を歩いた。帳場、浴場、食堂、それから二階の客間。隈無く歩いてみたが誰も居なかった。僕が寝ている間に皆逃げてしまったようだ。これ以上この旅館に留まっていても仕方がないので、僕は自室へ戻り荷物を纏め持った。

 開け放たれた玄関を出ると、そこにキヨシローさんが佇んでいた。

「眠れた?」

「はい、少し暑かったんですけどね」

「見てみなよ。そこら中が焼け野原だよ」

「ホントですね」

 高台から見下ろせる、かつては町であった大地は見渡す限り真っ黒に燻っていた。しかしずっと先の方、新宿や池袋の高層ビル群は崩れ落ちる事なく、銀色に輝いている。

「これじゃ地下鉄なんか動いてないでしょうね」

「うん」

「どうするんですか」

「家族が心配だから三鷹に帰るよ」

「歩いてですか」

「しょーがないよね」

「そうですよね」

「キミはどーすんの?」

「うーん、都心に残っているのは危なそうだから、取りあえず上野まで行ってみます。もしかしたら列車が動いてるかも知れないし」

「そーか、オレも池袋か新宿の駅に寄ってみようかな」

「その方が良いですよ。キヨシローさんギターあるし」

「そうだね」

「じゃあ、行きましょうか」

「うん、元気でね」

「はい、お元気で」

 春日通りを、キヨシローさんは手を振りながら右へ。僕は左へと曲がった。

 -

 上野駅まではそう遠くはない。真っ黒に焦げた街を横目に春日通りを東へと歩く。崩壊した建物と、道路を塞ぐように放置された自動車、そして炭と化した人間の遺体。この辺りになると生きている人間の姿がちらほら見受けられた。何処かへ向かって歩いている人。瓦礫の中から何かを掘り起こそうとしている人。ただ泣き叫んでいる人。いろいろだ。

 程なくして上野駅に着いた。駅舎は部分的に崩れ落ちてはいたが、機能しているようだ。外壁の時計は動いていた。構内には人がごった返している。皆一様に大きな荷物を背負い、先を急いでいるようだ。しかし怒号が聞こえる事もなかったし、泣き叫んでいる人も居ない。皆押し黙って、整然と改札へと吸い込まれていく。
 僕は取りあえず日本海側へ抜けるまでの切符を買った。当てなど何もなかったが、出来るだけこの場所から離れたいと思ったからだ。改札を抜けて、僕はホームへ降りた。驚いた事にディーゼル機関車が停車している。僕はホームをずんずん進み、牽引車のすぐ後ろの車両へ乗り込んだ。既に満席に近く、僕は空いていた席に身体を押し込んで、バッグを抱えた。暫くして列車は動きだし、僕は他の乗客や車窓からの景色を眺めていたのだが、その内に寝てしまった。

 -

 乗客が席を立つ物音で目を覚ました。皆それぞれに荷物を抱え出口に向かっている。この列車はどうやら此処で終点のようだ。僕は他の乗客に習って列車から降りた。
 ホームなどは無く、そのままコンクリートを打った地面へと降り立った。見渡すと其処は検車区であるかのように、敷地に何本もの列車が停車していて、周囲を山に囲まれた盆地だった。そもそも駅なんかではないようで、駅舎は見当たらず、離れた場所に事務棟のような二階建ての古い建築物が建っていた。此処が一体何処なのか見当もつかなかった。長野か、それともまだ埼玉なのか。列車を下ろされてもどうする事も出来ないじゃないか。

 仕方なく、前を歩く人々の後について歩いていると、突然横から現れた女に呼び止められた。アジア人の顔つきで、肌が白くアタマは金髪。赤と白に縫い分けられたジャンプスーツを着ていた。

「あなたはこちらの列車に乗り換えてください」

「僕・・・ですか?」

「そうです」

「ええと、あなたは僕の事を知ってる?」

「勿論です」

 それ以上尋ねる事も思い浮かばないし、行く当てもないので、僕はその女について行く事にした。最後尾の車両を見せて停まっている列車が数本在り、僕らはその中の一本に近付いて行った。

 -

 そこかしこに大昔の憲兵のような詰め襟の制服を着た男達が立っている。デザインはクラシカルだが、素材が現代の物であるようだ。薄い灰色に白い刺繍が施されている。大体は脛にゲートルを巻いた若い青年達だが、中には長靴を履いた上官らしき男が混じっている。彼らは乗客の持ち物を調べたり、帯剣や肩に担いだライフル銃に軽く手を当てたまま周囲に注意を向けている。

 僕らは比較的新しい車両に乗り込み、予め決まっていたであろう座席に座った。

 -

 僕と女は、ボックス席に向かい合わせに座って支給された弁当を食べている。鮭と煮物と白米だけの簡素な物だった。それを食べ終え、缶入りの緑茶を飲みながら、僕はぼんやりと車窓の外の風景を眺めていた。内陸部の退屈な、田畑や森林の多い風景。散在する人家や電信柱が目の前を飛び去って行く。

 広大な平野を走り抜け、列車はトンネルへ入った。窓硝子に映る自分の姿を見て驚いた。僕は詰め襟の制服を着ていた。さっきの駅に居た憲兵達と同じ軍だ。一体いつ着替えたのだろう。全く記憶にない。

「あなたはこれから、その服で過ごして貰います」

「ずっと?」

「はい、役目を終えるまではずっとです」

「その役目って何でしょうか?」

「・・・それは目的地に着いたら解ります」

「それまでは教えられないって事ですか?」

「まあ、そういう事になりますね。とにかくそれまではゆっくりしていて下さい」

 考えても無駄な気がしたので、僕は少し眠る事にした。

 -

 目を覚ますと車窓には、透明度の高い青々とした雲一つ無い空と、太陽光を反射する緑色の山々が遠くで大地を取り囲んでいた。そして上体をかがめて上空を見上げると、そこには驚くべき事に巨大な建造物が浮かんでいた。空を覆うようなその建造物は、銀色に輝く金属で造られた十二角形の立体に放射状に金色で装飾が施されている。そしてそれが、何本もの丸太のようなケーブルで地上に繋がれており、見廻せば、他にも同じような建造物が何基も空に浮かんでいた。音も無く、光を遮るのではなく反射しながら、今まで見た事もないような威圧感を持って浮かんでいた。

「あ・・・あれは?」

「あなたがこれから生きていく場所です」

「場所?」

「施設・・・のようなものでしょうか」

「よく解らない」

「あなたはあそこに住んで、働くのです」

「何の為に?」

「行けば解ります」

「またそれ」

「ええ、まあ」

 僕は驚きと共に、これから僕の身に起こるであろう事を考えてみようと試みたが、全く想像が出来なかった。何故僕が選ばれたのかもよく解らないし、一体何の為の施設なのかが判らない。この国のものなんだろうけれど、非常に軍事的なものであるように思える。とは言え自衛隊とは全く趣きが異なるので、もしかすると国民の殆どがその存在すら知らない国家機能が、今僕の目の前に在るという事なのかも知れない。

 一体何なのだろうか。昨晩の、一夜にして東京の街が燃えてしまった事と関係があるのだろうか。そして、何故僕なのだろうか。その後暫くの間、呆然としたまま、空に浮かぶ建造物を眺めていた僕は、列車の汽笛に呼び起こされた。

 ★

 という夢を、震災の半月前に見ていたのですよ。何の因果か知らないけれど。

雨と冬の憂鬱

 ずっと以前、僕は雨の日が大嫌いだった。梅雨の時期と、11月を過ぎた辺りの長雨は気分が沈み、晩秋で迎えた下降線はそのまま冬を越え、春になるまでそれは続いた。しかし何故か数年前から、徐々にではあったがその状態を強く感じる事が少なくなった。今では長雨を幾らかは楽しめるようになったような気がする。
 そして、冬鬱というものが存在する事を最近になって知った。かつての僕は冬の間は生ける屍とでも呼べるような生活を送っていたのだけれど、それも最近では軽減してきた。雨期の不調もそれと似たようなものかも知れない。気温の下降変化や気圧が関係するのだろうか。それとも血流の勢いに関係があるとか。冬鬱の場合は日照時間に関係があるようで、その治療法として毎日二時間光(太陽光でなくても可)に身を晒す事であるらしい。そういう施設も存在するとの事。しかし日常生活を営みながら、毎日それだけの時間を割いて治療に当てるというのは無理な話である。でも中には酷い鬱状態に陥る人も居るようなので、その人々には有用だろう。どのみち日常生活を送る事すら困難になっているのだから。

 時折、それらの症状が軽減した理由を考えてみるのだが、何も思い当たらない。歳を取って体質が変化したのだと思う他はない気がする。

 軽い鬱状態にある時はとにかく何もしたくないし、無理矢理に何かしらを為したとしても効率が余りにも悪過ぎて、段々と自分が嫌になってくる。だから「何もしたくない病」に罹っている時は、自堕落に過ごすしかないような気がしている。しかし社会生活を営んでいれば、どうしてもやらなければならない事は多々ある訳で、どうにか最低限の事だけを歯を食いしばってこなし、それでどうにか勘弁して貰うのがやっとの生活を送る事になるのだが、それはやはり憂鬱でしかない。
 しかし考えてみれば、そういう話を余り耳にした事がないので、そんな状態に陥る人はきっと少ないのだろう。そう考えると、長雨や冬において鬱屈しない人間の状態が存在するという事になるが、一体どうすればそこに自分を持って行けるのだろうか。是非とも知りたいところである。これは僕の勝手な想像だけれど、日常生活の中で頻々に運動をしていればそうならずに済むような気がする。つまり血液の循環を良くして、身体を冷やす事を避け、新陳代謝を良くすれば軽減していくのではないだろうか。まあこれは本当に想像しているだけで、何も実践はしてないのだけれど。

 ところで、年寄りが天気の事ばかり話題にするのは、それだけ影響が大きいからなのだろうな、と思う。そう遠くない将来、僕らも洩れなくそうなるのだ。やり過ごす方法を学んでおいた方が良いと思う。
  • Last Modified : 2010-05-31

夢の残骸(後編)

 やはり昨夜の女からだった。僕は携帯の番号を彼女に教えた覚えは無かったのだが、そこはほれ、どれだけ矛盾があろうとも夢の中では当然のように処理される。

「一緒に出るから待ってて」

「え?」

「いいでしょ?」

「まあ・・・いいけど」

「じゃあ、10分後に」

「今どこ?」

 通話は切れた。僕は煙草に火を点けて、門に寄りかかって女を待つ事にした。

  --

 そして映像は飛んで、僕らは何処かの食堂に居た。いや、食堂と呼ぶにはかなり変わった店の作りをしていて、店の片側に厨房があり、それを囲むようにしてカウンター席がある。そしてその背後の壁は全て格子窓が覆っており、陽光が差し込んでいる。内装は殆どくすんだ木材で、背後の窓の向こうは線路であるらしい。光溢れる中を時折列車がガタゴトと通り過ぎる。
 僕らは会話もなく、目の前の定食を平らげる事に専念していた。二人とも生姜焼き定食。肉汁とタレが千切りのキャベツに滴っている。僕は豚肉でキャベツを巻くようにして箸で掴み、勢いをつけて頬張った。隣を窺うと、女も同じようにして食べていた。生姜焼きの量がとても多い。僕らは黙ったまま咀嚼を繰り返した。

 気付くと、女が誰かと喋っていた。僕は噛み砕いた肉を呑み込みながらそちらを見遣った。50過ぎくらいの男がニヤけながら女に話しかけており、女は食べるのを止めすっかり話し込んでいる。すぐ隣で喋っているのに、僕には内容がよく聞こえなかった。何故だろうか。夢だからとしか言いようがない。
 僕はもうそちらを見ない事にした。何だか腹に違和感を感じるのだ。それは勿論嫉妬と呼ばれるものである事は承知していたが、思い入れの無いはずの女の事で嫉妬する自分を受け入れたくなかったのかも知れない。僕は女が食べかけている定食に手を伸ばした。

 --

 僕らは列車のボックス席に向かい合わせで座っていた。明るい空の下、瞬く間に流れていく風景をぼんやりと眺めながら、お互いに全然別の事を考えているようだ。女が何を抱え、何を思いながら生きているのか。僕には見当もつかないが、その横顔が綺麗だと思った。

「ねえ」

「なに」

「これからどうするの?」

「・・・」

「どうすんの?」

「取りあえず行く当てはない」

「じゃあなんでこの列車に乗ったの?」

「わからない」

 列車はひた走り、やがて視界に海が広がった。

夢の残骸(前編)

 何だか夢をよく見るようになってしまった。と言っても印象的なものは1・2週間に一度くらいだけど、以前は殆ど見なかったのでそれと比べれば頻繁に見ているように感じる。原因は最近睡眠時間が安定していないからだろうか。それとも陽気のせいだろうか。
 今回は少し長いので二度に分ける。夢見ていた時間は短いし、相変わらずイメージが散漫なのだけれど、それを無理矢理繋げていたら長くなってしまった。取りあえず記しておく。

 ★

 目を覚ました時、僕は雑魚寝状態の和室の部屋で布団にくるまっていた。和室と言えども入口は一つで、8畳ほどの部屋の突き当たりから右に折れるようにまた8畳が在る、不思議な間取りの部屋であった。僕は丁度曲がり角に当たる部分に寝ており、近くにはブラウン管の小さなテレビが在った。外はまだ暗く真夜中であるようだ。僕は再び目を閉じる。

 半覚醒の僕の耳に、何人もの人が何度も部屋を出たり入ったりしている物音が聞こえた。

 くぐもった人の声が小さく聞こえる。薄目を開けると、人工的な光が目を打つ。誰かがテレビを観ているようだ。しかもその音声から察するにアダルトヴィデオのようである。迷惑に思いながら僕は被っていた布団を引き剥がした。意外な事にアダルトヴォデオを観ているのは女であった。

「あの・・・」

「なに?」

「なんでそんなの観てんの?」

「さあ」

 女は20歳を少し過ぎたくらいだろうか。短い髪の毛、額に垂れた前髪の奥の眼差しは半ば閉じていた。僕は画面に目を遣る。そこには隣にいる女と同じ顔の女が喘ぐ姿が映し出されていた。

「ねえ、これ君なの?」

「そう・・・去年のわたし」

「そう」

 僕はそこまで訊いたところで急に眠けを感じ、布団を被り再び目を閉じた。

 --

 再び目を覚ますと、女が同じ布団で寝ていた。僕は女の身体を引き寄せ、そのまま眠りに落ちた。

 --

 閉じた瞼の向こうに明るさを感じ、目を開ける。朝のようだ。傍らに女の姿はない。起き上がって部屋の中を見廻すと、布団に埋もれた人の身体が点在する。起きて身支度をしなければ。これから何処かへ行く当てがあるようには自分自身思えなかったが、とにかく此処を出なくてはならないようだ。僕は脱ぎ捨ててあったジーンズを穿きネルシャツを羽織って、デイパックに荷物を詰め始めた。
 すると、部屋の反対側で同じように荷造りをしていた男が声をかけてきた。

「なあ」

「なに」

「おまえと一緒に寝てた女、連れか?」

「いや、違う」

「じゃあ何だよ」

「知らないよ」

「何だそれ。ちぇ。まあいいや」

 僕が荷物を持ち立ち上がって部屋を出て行こうとすると、先ほどの男が再び話しかけてきた。

「あのさあ、あの女、俺前にも見た事あるぜ」

「この町で?」

「いや、此処じゃない。もっと西の方」

「何してた?」

「なんかなあ、繁華街だったんだけど、暴れてた」

「暴れてた?」

「そう。最初酔ってるのかと思ったけど、そうでもなさそうだった。とにかく絡んでくるおっさん達相手にまともに立ち回ってたよ。そこら辺にある物片っ端から投げつけたりしてさ、走り回ってた」

「ふうん、何だろな」

「何だろうなー。でも、もう関わらない方が良いかもよ? 何だかジャンキーっぽいし」

「そうかな?」

「ああ、そう思うね」

「詳しいね」

「似たようなの何人も知ってるからな」

「そうか」

「そうだよ」

「ありがと」

 僕は部屋を出て玄関まで歩いた。ひどく安普請な旅館で、何故こんな所に泊まろうと思ったのかまるで思い出せない。そして玄関を出て表の通りに差し掛かったところで携帯電話が鳴った。

夢の残骸

 昨日の朝はごく短い、全く違う夢を二つ見た。短いがとても印象的な映像だったので記しておく。

 ★

 僕は田園の緑がたゆたう風景を眺めながら、機関車に乗り、長い時間をかけてとある町へ向かっていた。夢の中の設定では僕の生まれ育った町であるらしい。その町は広大な平野部を走る国鉄線の行き止まりで、何故そんな開けた場所を終着駅にしたのかよく判らないが、とにかく線路は其処で終わっていた。果たして駅に着いてみると、そこには乗降の為のホームなど無く、ただ芝生の生い茂った地面が拡がっていた。出迎えらしき数十人の老若男女が線路を囲み、走り回る子供達の手には風船が握られていた。何か特別な日だったのだろうか。僕にはそんな覚えは全くないし出迎えに人が来る予定もなかったが、とにかく僕は他の乗客と共に列車を降りた。
 少し離れた場所に立ち、談笑している二人の女性に目を止めた。見覚えがあると思ったら一人はテレビ等でよく見かけていた女優で、一人は中学の同級生であった。二人はそれぞれ子供連れで、走り回る子供達に時折声をかけながらも話し続けていた。何故あの女優がこんな所に居るのだろうか。僕は不思議に思いながら駅舎へ向かう。駅舎は10メートルばかり離れた場所に在り、ペンキで白く塗られた木造の平屋であった。形ばかりの改札を抜け、駅前に拡がる街並みを見て僕は愕然とする。僕の記憶にあるのは古ぼけたそれであったが、今目の前に拡がっているのは店も住宅もどれも皆新品で、どこかオモチャっぽい雰囲気のものばかりであった。

 ★

 僕は夜の街に立っていた。周囲に灯りは無く真っ暗だ。ずっと向こうの地上の灯りが背景となり、目の前に黒々とした高架線路の影を浮かび上がらせていた。僕は不安で堪らなかったが、自分の足元すら見えないので動く事が出来ない。吹き抜ける冷たい風は体温を奪い、僕は堪えられずにうずくまる。すると、風の乗って笛の音が聞こえて来た。するすると流れるように音は僕の周りを駆け抜ける。そして突然鋭い音で笛が鳴ると、彼方此方に1メートルから2メートルくらいまでの、様々な大きさの縦長の赤提灯がぬっと現れた。提灯には、勘亭流の文字と梵字の間くらいの読めない文字が黒く描かれている。それらの灯りは朧気で僅かに揺れている。人間が掲げているのだろうか。そして相変わらず周囲は真っ暗なままだ。
 僕は暫くその光景を眺めていたが、堪えきれずに一番近い提灯へ向かって歩き出す。

 ★

 そこで目が覚めた。
  • Last Modified : 2010-04-20

光の手

 もう20年近く前に当時の知人から聞いた話。彼女の知り合いに、患部に手を触れて病を治す施術者の女性が居たらしい。幾人もの病人が彼女の元を訪れ、その都度、彼女は患部に手を触れて病を治していた。しかし、数年後に今度は彼女自身が病を患ったが、残念な事に自分自身を治す事は出来なかったようで、果たして彼女は死んでしまった。ここら辺の記憶は曖昧だが、施術者の女性は、病人の病を自分自身の身体に移す事で、患者を治癒に導いていたという話だった。似たような話が乙一の " Kids " という小説に出てくる。
 僕の知人は施術者の女性が亡くなった時、この世の何かしらを悟ったような気がしたと言っていた。それから時を経て彼女は美術家となった。何年か前に僕は偶然その事を知った。今現在の彼女が元気でいるのかどうか、僕は知らない。何故だかこの話を今日思い出したのだ。そして時折思い出すこの話を、書き留めて置いた方が良いような気がしたから、今こうして書いている。
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