DOG ON THE BEACH
きれいはきたない、きたないはきれい。闇と汚れの中を飛ぼう。
- 2011-09-05
- Category - Art
- Tag - literacture / hatena
昔からこの言葉を何となく知っていて、良いなぁと思っていた。そして先日、人のとの会話の中で偶然にこの言葉と邂逅する機会があったので、この際だからちゃんと読んでみるかと、岩波文庫の木下順二訳「マクベス」を買って読んでみた。しかし最後まで読み通してもこのフレーズは出てこない。何故だろうとよくよく調べてみれば、該当する部分は冒頭にこう訳されていた。
輝く光は深い闇よ、深い闇は輝く光よ、浮んで行こう、よごれた霧の中をよ。大まかなニュアンスとしては共通しているが、僕にとっては全然違うように読める。どちらも抽象的な対比には違いないのだけれど、そこから喚起されるイメージの領域が違う。タイトルに掲げた言葉は一体どの訳本に出てくるのか。内容はもう知ったので、それだけの為に探し求める気はさらさらないのだが。
サラマンドラ
子供の頃に見聞きしたもので、大人になった今でも記憶に残っていて、度々思い出しては当時と同じような強烈な気分に陥るというものが在る。子供というのは何ら防御する事なく、真っ正面から受け止めてしまうので、良くも悪くもその印象が心のど真ん中に刻印されてしまうものだ。NHK「みんなのうた」で流れていた「サラマンドラ」という歌は、僕にとってはそういうものの一つだ。
歌っているのは尾藤イサオ。尾藤イサオと言えば「あしたのジョー」の主題歌だが、それと同じテンションで歌い上げる。そのはらわたを震わすような声におののいていたというのもあるが、歌詞の現すそれまでに感じた事のない淋しさに、小学校に上がったばかりの僕は打ちのめされてしまったのだった。この世に、そんなにも甚大で強烈な淋しさが存在するという事が信じられなかった。そう言えばその当時、この歌を好きだったのかどうかよく判らない。でも、とにかく、僕に重くのしかかってくるその歌に耳を塞ぐ事は出来なかった。
大人になった現在、そのような淋しさが現実に存在する事は知っている。その存在を消す事の出来ぬ事実として受け容れる心構えも一応はある。それでも尚、この歌の歌詞を聴いていると、やりきれない気持ちで一杯になるのである。アニメーションの可愛らしさが唯のの救いであるが、NHKはどうして、このような歌を子供向けの番組で流そうと考えたのだろうか。それこそが教育だと思ったのだろうか。それはたぶん、正しいような気がする。
余談:この映像、僕の記憶にあるものと少し違う気がする。僕の記憶では「こぼれる炎ぐちひとつ」のところで、サラマンドラが夜空に向けてポッと小さな炎を吐いていたと思う。別バージョンでもあるのかな。
歌っているのは尾藤イサオ。尾藤イサオと言えば「あしたのジョー」の主題歌だが、それと同じテンションで歌い上げる。そのはらわたを震わすような声におののいていたというのもあるが、歌詞の現すそれまでに感じた事のない淋しさに、小学校に上がったばかりの僕は打ちのめされてしまったのだった。この世に、そんなにも甚大で強烈な淋しさが存在するという事が信じられなかった。そう言えばその当時、この歌を好きだったのかどうかよく判らない。でも、とにかく、僕に重くのしかかってくるその歌に耳を塞ぐ事は出来なかった。
大人になった現在、そのような淋しさが現実に存在する事は知っている。その存在を消す事の出来ぬ事実として受け容れる心構えも一応はある。それでも尚、この歌の歌詞を聴いていると、やりきれない気持ちで一杯になるのである。アニメーションの可愛らしさが唯のの救いであるが、NHKはどうして、このような歌を子供向けの番組で流そうと考えたのだろうか。それこそが教育だと思ったのだろうか。それはたぶん、正しいような気がする。
余談:この映像、僕の記憶にあるものと少し違う気がする。僕の記憶では「こぼれる炎ぐちひとつ」のところで、サラマンドラが夜空に向けてポッと小さな炎を吐いていたと思う。別バージョンでもあるのかな。
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