DOG ON THE BEACH
100万人のキャンドルナイト 2008 冬至
- 2008-12-19
- Category - Miscellaneous
- Tag - environment / sociology / ecology
100万人のキャンドルナイト 2008 夏至
- 2008-06-17
- Category - Miscellaneous
- Tag - environment / sociology / ecology
西暦2008年、昭和で言えば83年。
- 2008-06-09
- Category - People
- Tag - environment / ecology / sociology
Yahoo ! ニュースにも出ていた記事で、シチズンホールディングスが調査した「地球環境を守るため、生活レベルをいつ頃まで戻せますか?」というのがあって、その記事に拠れば人々は全体の平均として1987年(昭和62年)までは戻せると感じているようだ。僕個人としては、懐古趣味も手伝ってか、昭和40年代まではいけるような気がする。それより以前を想定出来ないのは、要するに僕は実体験として知らないからである。
合理性や利便性は全ての人間の幸福の為に開発されたものではない。それにそれらの効率は物だけではなく人間に対しても求められる。効率の良さを念頭に置いた生活など、最早人間の生活だとは思えないのである。この頃よく考える。生活は手間をかけた方が面白いし楽しい。自分に必要な事はちゃんと自分の手を使って行う。それ以外の事が一体何の為に存在するのだろうか。
合理性や利便性は全ての人間の幸福の為に開発されたものではない。それにそれらの効率は物だけではなく人間に対しても求められる。効率の良さを念頭に置いた生活など、最早人間の生活だとは思えないのである。この頃よく考える。生活は手間をかけた方が面白いし楽しい。自分に必要な事はちゃんと自分の手を使って行う。それ以外の事が一体何の為に存在するのだろうか。
津軽三味線とフラメンコギター
- 2008-05-31
- Category - Art
- Tag - music / japanese / sociology / environment
昔何かの折に「津軽三味線とフラメンコギターって似てるなー」と思った事を今日久しぶりに思い出した。度々そうは思っていたのだが、ただそう思うだけでその理由を探ったりせずにこれまで来た。しかし今日はちょいと探りを入れてみた。
ネットで検索してみると、同じ様に感じる人は割と居るようで幾つかヒットした。例えば、津軽三味線を聴いたとあるフラメンコ好きの女性はこう書いている。
★
さて、これらは何故似ているのだろうか。偶発的に似たようなものが離れた地域で発生する可能性を否定出来るものではないが、それでは話が面白くないので、飽くまで繋がっていると考えたい。歌い方に関しては、どう考えても一番歴史が古そうなコーランから伝播したと考えるのが妥当だと思う。弦楽器の伝播については諸説あるようでよく判らないのだけれど、Wikipedia での津軽三味線の記述の中にはこうある。
色々と記事を漁っていると別な考え方も出てくる。この記事では津軽三味線とフラメンコギターが似ているとしつつも、その理由に似通った社会的な状況の下に育ったものであるともしている。
Mirror to We Are Boogie
ネットで検索してみると、同じ様に感じる人は割と居るようで幾つかヒットした。例えば、津軽三味線を聴いたとあるフラメンコ好きの女性はこう書いている。
西洋音楽の平均率ではとれない 音の波 鼓舞し 節回し フラメンコと似ている。津軽三味線に魅せられて ジャパメンコ!/ Happybirthday!より愛を込めてそして別なギター弾きであろう男性はこう書いている。
「津軽じょんがら節」「津軽よされ節」「津軽あいや節」と伝統的な3つを見たんですが、中央に三味線、向かって右にお囃子(歌か)、向かって左に打楽器がありました。これ、メンコとほとんど一緒ですね。カンテや、カホンがギターのサイドにいる感じと。上に書いてあるように音数の多さや叩き付けるような弦の弾き方だけでなく、歌い手の節回しも似ているのだ。蛇足を加えると、津軽に限らず日本民謡はカンテ(フラメンコに於ける歌の部分)は似ているし、コーランの詠唱にも似ていると僕は思う。これも同じように感じる人はいるようだ。
視覚的にも似てるけど、三味線もギターも「歌」の伴奏から(メンコはバイレの伴奏も)始まったという歴史的発生という点においても似ているのです。
共通点を挙げればキリがないくらい出てきます。弦楽器であることは言わずもがな、メンコの「形式」に津軽三味線の「節」が対応すると考えられるし、独特のリズムを持つという点も。
音という意味で聴覚的にも、ファルーカなんかは演歌に近い雰囲気もあるし・・・Panorama / Wash Away
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さて、これらは何故似ているのだろうか。偶発的に似たようなものが離れた地域で発生する可能性を否定出来るものではないが、それでは話が面白くないので、飽くまで繋がっていると考えたい。歌い方に関しては、どう考えても一番歴史が古そうなコーランから伝播したと考えるのが妥当だと思う。弦楽器の伝播については諸説あるようでよく判らないのだけれど、Wikipedia での津軽三味線の記述の中にはこうある。
弦楽器そのものの発祥は中東とされる。その後構造的に変化しながら、インドを経て中国に入り、中国南部において「三絃」が成立。この「三絃」が沖縄を経て畿内に持ち込まれ(異説あり)、江戸時代中期に日本独特の三味線となった。以降、三味線は日本各地の土着芸能と融合して様々に発達し、当時日本最北端であった津軽地方において津軽三味線となる。Wikipediaこれもやはり出所は中東なのか。という事は弦楽器と共に歌い方も、中東から西の欧州へそして東のアジアへと伝播されたと考えるべきか。しかしそれにしては、コーラン・フラメンコ・日本民謡以外の、伝播する際の途中の地域にそういう歌い方が存在するという事実を僕は知らない。まあ僕が知らないだけという事かも知れないが、少なくとも僕は聴いた事がない。
色々と記事を漁っていると別な考え方も出てくる。この記事では津軽三味線とフラメンコギターが似ているとしつつも、その理由に似通った社会的な状況の下に育ったものであるともしている。
フラメンコを生んだのは、ヒターノ(ジプシー)だ。差別され、虐げられてきた歴史がフラメンコには秘められている。われわれ東北人も長いあいだ差別され、虐げられてきた。なにしろ、ほんの20年くらい前までは、「日本のチベット」などと呼ばれていたのだ。虐げられた人間の作る音楽が、場所を変えても同じ様式を持つようになるとは思えないが、音の強さや激しさは共通するかも知れない。僕がネットで調べたくらいで証明されるような簡単な話ではないとは思うが、何だか非常に興味を持ってしまう。スペイン研究者の古屋雄一郎はこう書いている。
そんな東北で、さらに差別を受けていた人々が津軽三味線を生んだ。そういう共通点がある。
(中略)
津軽三味線の歴史は、大條和雄氏の長年の研究によって、ほぼ明らかになっている。それによると、津軽三味線は明治期に誕生している。津軽三味線が登場する以前、日本には雅楽を除いて「器楽曲」はほとんどなかった。津軽三味線は日本音楽史において革命的なものと言っていい。同様にフラメンコ・ギターの歴史も、われわれが思っているほど古くはなく、おそらく津軽三味線と同じくらいの歴史らしい。ただし、津軽三味線にもフラメンコ・ギターにも、それぞれその源となる音楽がもちろんあった。フランメンコ・ギターと津軽三味線〜アントニオ・ガデス舞踏団への旅2
フラメンコを習う人が日本には本当に多い。(中略)ユーラシア大陸の中央を発したジプシーが、西はアンダルシーアへ、東はツガルへ向かった、荒唐無稽な伝説ではあるけれど、信じたい気持ちがするし、なにより歓びを感じる。津軽とフラメンコ / フルヤな部屋本当に無茶な話だけれど、そうであってくれたらどれだけ楽しい気分になれる事か。遠い過去の事だとはいえ、自分が属するものと全く別な何かが繋がるというのは嬉しいものである。
Mirror to We Are Boogie
岩松 了
- 2007-06-05
- Category - People
- Tag - environment / sociology / movie
「帰ってきた時効警察〜第八話」は、三日月120%という感じで大変気に入っているのだけれど、早いもので残すは今週末の最終回を残すのみ。一抹の寂しさを感じる。
そんな時に、兼ねてより予定されていた岩松了が監督を務める、仮題「たみおのしあわせ」が「そして夏がきた」というタイトルに変更され、6月1日からクランクインしたという知らせを見つけた。主演はオダギリジョーと麻生久美子。二人の結婚へと至る騒動を描いたものであるらしい。最終回がどうなるのかは判らないのだけれど、時効警察での二人を見ていて、結婚というイベントに巻き込んでみたくなったのだろうか。
Wikipedia の頁にも在るように、岩松了は俳優より以前に劇作家・演出家であるのだが、いかんせん僕は戯曲は読まないし演劇には疎い。彼がどのような舞台を作り上げている人なのか全然知らない。知っているのは、色々な映画やテレビドラマに端役として出ているのを見かけるのと、幾つかの作品に脚本家として参加している事くらいだ。
岩松了脚本で観た事があるのは、荒木経惟とその妻陽子を描いた「東京日和」と、「私立探偵濱マイク〜第七話」と、「時効警察〜第三話」くらいだが、どの話も夫婦の話だ。しかもどの夫婦も漠然とした疑念を抱えながら暮らしている。そんな話ばかりを書いていた岩松了が結婚へと至る話を撮ると聞いて僕は「へえ。」と思った。その「へえ。」とは下世話な興味でしかないのだが、何だか楽しみである。何より「そして夏がきた」というタイトルが気に入った。静岡県島田市の風景と共に、僕は勝手にラストシーンを思い浮かべてしまう。そこにはとても幸せな光景が広がっているのだ。撮り終えるのが今年一杯だという事だから、公開されるのは来年になるのだろうが、そういう物語を観たいと思っている自分を、実のところ持て余している。僕が未だに未婚だからかも知れないのだけれど。
6月も既に5日は過ぎ、その内に雨が多くなってくるのだろう。昔ほどは梅雨が嫌いではなくなってきた。雨が降っている方が気持ちが落ち着く。しかしながらそうした季節もやがては過ぎ去り、気がつけば、強烈な光に溢れた夏が手を広げて待っている。
そんな時に、兼ねてより予定されていた岩松了が監督を務める、仮題「たみおのしあわせ」が「そして夏がきた」というタイトルに変更され、6月1日からクランクインしたという知らせを見つけた。主演はオダギリジョーと麻生久美子。二人の結婚へと至る騒動を描いたものであるらしい。最終回がどうなるのかは判らないのだけれど、時効警察での二人を見ていて、結婚というイベントに巻き込んでみたくなったのだろうか。
Wikipedia の頁にも在るように、岩松了は俳優より以前に劇作家・演出家であるのだが、いかんせん僕は戯曲は読まないし演劇には疎い。彼がどのような舞台を作り上げている人なのか全然知らない。知っているのは、色々な映画やテレビドラマに端役として出ているのを見かけるのと、幾つかの作品に脚本家として参加している事くらいだ。
岩松了脚本で観た事があるのは、荒木経惟とその妻陽子を描いた「東京日和」と、「私立探偵濱マイク〜第七話」と、「時効警察〜第三話」くらいだが、どの話も夫婦の話だ。しかもどの夫婦も漠然とした疑念を抱えながら暮らしている。そんな話ばかりを書いていた岩松了が結婚へと至る話を撮ると聞いて僕は「へえ。」と思った。その「へえ。」とは下世話な興味でしかないのだが、何だか楽しみである。何より「そして夏がきた」というタイトルが気に入った。静岡県島田市の風景と共に、僕は勝手にラストシーンを思い浮かべてしまう。そこにはとても幸せな光景が広がっているのだ。撮り終えるのが今年一杯だという事だから、公開されるのは来年になるのだろうが、そういう物語を観たいと思っている自分を、実のところ持て余している。僕が未だに未婚だからかも知れないのだけれど。
6月も既に5日は過ぎ、その内に雨が多くなってくるのだろう。昔ほどは梅雨が嫌いではなくなってきた。雨が降っている方が気持ちが落ち着く。しかしながらそうした季節もやがては過ぎ去り、気がつけば、強烈な光に溢れた夏が手を広げて待っている。
エコバッグ
- 2006-06-09
- Category - Days
- Tag - sociology / environment / ecology
二ヶ月くらい前から画像にあるようなエコバッグを使っている。理由は割と明確で、スーパーなどで買い物をした際に自動的についてくるポリエチレン製の袋が、毎度毎度あっという間に溜まってしまうので、それがほとほと嫌になったからである。我が家から出るゴミの3分の1はこれであるので、何となく罪悪感さえ芽生えてくる始末。さて、この二ヶ月の間、スーパーで買い物をする際に、他の買い物客の手元を観察しているのだが、ポリエチレンの袋ではなくエコバッグに品物を詰めて帰る人の割合は、僕が買い物に3・4回行くと一人くらいは見かける。全員女性。30代の女性を一人みかけたが、後は年配の女性が多い。そう言えば僕の母は、昔から買い物に行く際には布製の袋を持って行っていた。しかしながら彼女がエコ(そんな言葉が存在しない頃からだし)に興味を抱いているとも思えないから、恐らく僕と同じような理由なのだろう。
そんな状況なので、僕が上のような袋に品物を詰めていると、物珍しそうな顔して見られる事がしばしばある。でも恐らく、殆どの買い物客は他人の手元になんか興味を持っていないだろうな。
そして一つ思い出した。以前に一緒に居た人はエコバッグを使っていた。その人の地元で買い物をする時だけだったが、僕が何も聞かないのに、色々と説明してくれた覚えがある。ただその時僕はそういう事に何の興味も持っていなかったので、適当に聞き流していた気がする。時は流れるものである。
今後、我が家のゴミから減らすべき物。総菜等をパッケージしているプラスティックのケース。そして空き缶や酒瓶。後者は消費する量を抑えるしか手はないが。
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