DOG ON THE BEACH
車中にて
先の土曜日、上野アメ屋横町で買い物をしたその帰り、京成本線電車内での事。
早い内から車両に乗り込み座っていた僕の目の前に、発車時刻ギリギリになだれ込んできた一団があった。中年層から初老の域までの男女合わせて10人ほどの団体。折りたたみのイーゼルを入れる布袋や、絵の具・筆を収納する手提げ箱や、ホルベインのショルダーバッグを持っている人がいるところを見ると、どうやら上野公園で写生をしていた人達であろう事が伺える。
それぞれが和気あいあいと座席に座ったり立ったりしながら、今日の陽射しの具合や、絵の具の仕入れ先の事について話したり、技術面でのアドヴァイスをしたりして過ごしている。僕の隣には派手な身なりの老年に差し掛かった女性が座り、その前には擦り切れたジーンズにフィールド・ジャケットを羽織ったの初老の男性が立った。話を聞いていると、その男性はどうやらその会の指導者か若しくは主催者であるようだった。何故ならばちょっと偉そうだったからである。
まあそこまでは良い。普通の光景だ。しかし、どうやら連中は写生の後、知り合いのイタリア料理屋で一杯やってきたらしく、僕の目の前の男性も結構饒舌であった。そして彼は、途中から会の他のメンバーの絵にケチをつけ始めた。当日の写生会の事ではないようだが、何やら発表会をやったらしくて、その時に提出された絵をいちいち否定するのである。「あいつ、あんなへったクソな絵出しやがってさー・・・」「まあまあ見れるのは、そうだねえ、一枚くらいかな・・・」
事実そうなのかも知れないが、指導者(若しくは主催者)が同じ会のメンバーの一人に向かって、そんな事を口にするのは凄くマズイんじゃないのかなあ。そんなに気に入らないんだったら独りで描いてりゃいいのに。そんな事を思いながら、僕は寝たふりをしていたのだけれど、再び目を開けた瞬間、その初老の男のジーンズのジッパーが全開になっている事に気付いた。
カッコ悪い・・・。そう思うと同時に、僕はその男が不憫に思えてきた。社会の窓が全開になっている事に気付かぬまま他人の悪口を言うのは、本当に間が抜けている。僕はその事を彼に告げるべきか迷ったが、何だかツマラナイ反応が返ってきそうなので、何も言わずに寝たふりを続けた。
早い内から車両に乗り込み座っていた僕の目の前に、発車時刻ギリギリになだれ込んできた一団があった。中年層から初老の域までの男女合わせて10人ほどの団体。折りたたみのイーゼルを入れる布袋や、絵の具・筆を収納する手提げ箱や、ホルベインのショルダーバッグを持っている人がいるところを見ると、どうやら上野公園で写生をしていた人達であろう事が伺える。
それぞれが和気あいあいと座席に座ったり立ったりしながら、今日の陽射しの具合や、絵の具の仕入れ先の事について話したり、技術面でのアドヴァイスをしたりして過ごしている。僕の隣には派手な身なりの老年に差し掛かった女性が座り、その前には擦り切れたジーンズにフィールド・ジャケットを羽織ったの初老の男性が立った。話を聞いていると、その男性はどうやらその会の指導者か若しくは主催者であるようだった。何故ならばちょっと偉そうだったからである。
まあそこまでは良い。普通の光景だ。しかし、どうやら連中は写生の後、知り合いのイタリア料理屋で一杯やってきたらしく、僕の目の前の男性も結構饒舌であった。そして彼は、途中から会の他のメンバーの絵にケチをつけ始めた。当日の写生会の事ではないようだが、何やら発表会をやったらしくて、その時に提出された絵をいちいち否定するのである。「あいつ、あんなへったクソな絵出しやがってさー・・・」「まあまあ見れるのは、そうだねえ、一枚くらいかな・・・」
事実そうなのかも知れないが、指導者(若しくは主催者)が同じ会のメンバーの一人に向かって、そんな事を口にするのは凄くマズイんじゃないのかなあ。そんなに気に入らないんだったら独りで描いてりゃいいのに。そんな事を思いながら、僕は寝たふりをしていたのだけれど、再び目を開けた瞬間、その初老の男のジーンズのジッパーが全開になっている事に気付いた。
カッコ悪い・・・。そう思うと同時に、僕はその男が不憫に思えてきた。社会の窓が全開になっている事に気付かぬまま他人の悪口を言うのは、本当に間が抜けている。僕はその事を彼に告げるべきか迷ったが、何だかツマラナイ反応が返ってきそうなので、何も言わずに寝たふりを続けた。
夜の砂浜、横たわる夕顔。
母から着電。自分の事は殆ど話さずに、母の周辺の話をあれこれと聞く。先日伴侶を亡くした祖母は、変わらずに同じ家に住み続けているという。子供らが「独りで大丈夫ね?」と尋ねても「大丈夫。」と答え、施設に入る事や、子供らの内の何処かに同居する事を静かに拒んでいるらしい。「自分の家ば離れたくないっちゃろね。」と僕。母もそれに同意する。
それでも母は、齢90を越えた祖母の皺だらけの身体を見て、その老いの姿に少なくない衝撃を受け、祖母の行く末をひどく心配している。頃合いを見計らって話してみるという。
先月、末の弟が祖父の墓参りの為に一時帰国した。祖母はとても喜んでいたようだ。僕は未だ祖父の墓に参っていない。それもそうだが、祖母の方が気に掛かる。長い年月連れ添った祖父を亡くした祖母は、今どんな気持ちでその家で過ごしているのだろうか。子供らは皆家を出、その内の何人かは病を患っている。日没を眺めるように、静かに自分の生を見つめているのだろうか。暫くの間、祖母の気持ちになって過ごしてみよう、などという馬鹿げた事を思いつく。そんな事が僕に解る訳がないのだ。
緩やかな雨垂れの音の向こうから、微かに虫の音が聴こえる。
それでも母は、齢90を越えた祖母の皺だらけの身体を見て、その老いの姿に少なくない衝撃を受け、祖母の行く末をひどく心配している。頃合いを見計らって話してみるという。
先月、末の弟が祖父の墓参りの為に一時帰国した。祖母はとても喜んでいたようだ。僕は未だ祖父の墓に参っていない。それもそうだが、祖母の方が気に掛かる。長い年月連れ添った祖父を亡くした祖母は、今どんな気持ちでその家で過ごしているのだろうか。子供らは皆家を出、その内の何人かは病を患っている。日没を眺めるように、静かに自分の生を見つめているのだろうか。暫くの間、祖母の気持ちになって過ごしてみよう、などという馬鹿げた事を思いつく。そんな事が僕に解る訳がないのだ。
緩やかな雨垂れの音の向こうから、微かに虫の音が聴こえる。
痩身の老猿
今朝、弟から携帯へ電話があり、母方の祖父が亡くなった事を知る。今現在、仕事に忙殺されいて、とても故郷へ帰る余裕がない。じいちゃん、ごめん。
思えば、もう数年来祖父の姿を見てない。最後に会った時には、まだまだ元気であった。彼の事を思い出す時は、いつも子供の頃の記憶が蘇る。大の酒好きである祖父は、一風呂浴びた後には必ず晩酌をする。電気式のポットのような器具で、いつも燗をつけていた。勿論、隣に座ってる僕にもお猪口が回ってきて、一口は付き合わされた。祖父は、酒を呑んでいる時はいつも赤い顔をしていて、楽しそうだった。
今、彼の事を必死に思い出そうとしているのだが、何かを話したという記憶がない。祖母や母、その兄弟達と話してるのを隣で聞いていたという事しか覚えていない。内容は全然覚えていなくて、祖父のしゃがれた声しか思い出せない。たぶん、孫の遊び相手になるような人ではなかったのだろう。寡黙という感じではなかったし。本当に、酒を呑んでいる姿しか思い浮かばない。
年々、遠くに在る人を想うという事が出来なくなっている。長く生きていると、誰でもそうなっていくものなのだろうか。寂しいような気もするし、それはそれで良いような気もする。でも今夜は、色々な人達の事を思い出しながら眠る事にしようと思う。
思えば、もう数年来祖父の姿を見てない。最後に会った時には、まだまだ元気であった。彼の事を思い出す時は、いつも子供の頃の記憶が蘇る。大の酒好きである祖父は、一風呂浴びた後には必ず晩酌をする。電気式のポットのような器具で、いつも燗をつけていた。勿論、隣に座ってる僕にもお猪口が回ってきて、一口は付き合わされた。祖父は、酒を呑んでいる時はいつも赤い顔をしていて、楽しそうだった。
今、彼の事を必死に思い出そうとしているのだが、何かを話したという記憶がない。祖母や母、その兄弟達と話してるのを隣で聞いていたという事しか覚えていない。内容は全然覚えていなくて、祖父のしゃがれた声しか思い出せない。たぶん、孫の遊び相手になるような人ではなかったのだろう。寡黙という感じではなかったし。本当に、酒を呑んでいる姿しか思い浮かばない。
年々、遠くに在る人を想うという事が出来なくなっている。長く生きていると、誰でもそうなっていくものなのだろうか。寂しいような気もするし、それはそれで良いような気もする。でも今夜は、色々な人達の事を思い出しながら眠る事にしようと思う。
イサム・ノグチ展 / 東京都現代美術館
観に行った時の事を書くのを忘れていた。
入口から入ってすぐ、2m級の提灯が展示してあるスペースで、音声サービスのイヤフォンに耳を傾けつつ、一心に見つめている女の子が居た。他にも閲覧者は何人も居たというのに、何故かその子だけが目に入った。たぶん20歳くらい。美大だとか美術系の学生なのだろう、今の僕が属する環境では考えられない服装をしていた。ま、そんな事はどうでも良い。
それから後も、彼方此方の展示スペースで彼女を見かける。というか目に入ってくる。そうすると、イサム・ノグチの彫刻よりも彼女ばかりを目で追ってしまうのだ。何もその女の子が凄く好みであったとかそういう事ではない。それぞれの彫刻を取り憑かれたように見つめ、彫刻から彫刻へと小動物のように渡り歩くその姿から目を離せないのである。そんなにも熱狂的に彫刻を観る人は他には誰一人居なかった。自分の気に入った物だけを集中的に観る習慣の私とは違い、彼女は何一つ見逃そうとしない。何かしら切実さを感じしてしまう。僕はこういう人を見ているのが好きである。
展示場から出て、関係する書籍やグッズの販売スペースを彷徨いていたのだが、其処でもその女の子を見る事になる。彼女の情熱は留まる事を覚えないようで、此処でも全ての商品を吟味していた。既に手に幾つもの商品の入った袋を下げ、それでも未だ何か探そうとしている。Tシャツを選ぶのには、30分ほどかけていた。最後に彼女が買った物は、イサム・ノグチとは全く関係のない「太陽の塔」のオブジェ。包装して貰っているところを見ると、友人へのお土産か何かにするのだろう。取り敢えずそれで満足したのか、彼女は意気揚々と美術館を後にした。
イサム・ノグチの彫刻を観に行ったというより、その女の子を観に行ったようなものであった。
入口から入ってすぐ、2m級の提灯が展示してあるスペースで、音声サービスのイヤフォンに耳を傾けつつ、一心に見つめている女の子が居た。他にも閲覧者は何人も居たというのに、何故かその子だけが目に入った。たぶん20歳くらい。美大だとか美術系の学生なのだろう、今の僕が属する環境では考えられない服装をしていた。ま、そんな事はどうでも良い。
それから後も、彼方此方の展示スペースで彼女を見かける。というか目に入ってくる。そうすると、イサム・ノグチの彫刻よりも彼女ばかりを目で追ってしまうのだ。何もその女の子が凄く好みであったとかそういう事ではない。それぞれの彫刻を取り憑かれたように見つめ、彫刻から彫刻へと小動物のように渡り歩くその姿から目を離せないのである。そんなにも熱狂的に彫刻を観る人は他には誰一人居なかった。自分の気に入った物だけを集中的に観る習慣の私とは違い、彼女は何一つ見逃そうとしない。何かしら切実さを感じしてしまう。僕はこういう人を見ているのが好きである。
展示場から出て、関係する書籍やグッズの販売スペースを彷徨いていたのだが、其処でもその女の子を見る事になる。彼女の情熱は留まる事を覚えないようで、此処でも全ての商品を吟味していた。既に手に幾つもの商品の入った袋を下げ、それでも未だ何か探そうとしている。Tシャツを選ぶのには、30分ほどかけていた。最後に彼女が買った物は、イサム・ノグチとは全く関係のない「太陽の塔」のオブジェ。包装して貰っているところを見ると、友人へのお土産か何かにするのだろう。取り敢えずそれで満足したのか、彼女は意気揚々と美術館を後にした。
イサム・ノグチの彫刻を観に行ったというより、その女の子を観に行ったようなものであった。
長いお別れ
享年95歳。死因は腸梗塞。
父の兄弟が11人居るのは知っていたが、孫(つまり僕の従兄弟)が28人も居る事を初めて知る。下は22歳から上は46歳。その内で僕が存在を知っていたのは半分くらい。何故そんな寂しい事になっているのかというと、1971年に既に他界した祖父の遺産相続の件で父の兄弟が揉めていたからである。その話は今回もあった。勿論、孫の立場で僕がその話し合いに参加する訳はないので、詳しくは知らないが、最後には談笑していたところをみると、ある程度の妥協は成立したのだろうか。そうであって欲しい。
親族の人数が多すぎて、別れの膳は3交代で食べた。その周りを曾孫が嬌声をあげながら走り回る。
祖母の安眠する棺桶に、親族が皆で花を添える。曾孫は孫に抱き上げられて花を添える。叔母や従姉妹達の泣き腫らした顔をずっと見ていた。百合の花を祖母の髪の毛へ差した。美しい顔をしていた。祖母の冷たい頬に触れた時初めて、もうこの人は目を覚ます事はないのだな、と思えた。
葬儀は浄土真宗にて行われた。本家は宗教を持っていない。元々本家の家屋が在った場所の目の前に、浄土真宗の寺が在ったからに過ぎない。祖父の時からの流れだ。
火葬場で、祖母の棺桶が窯に送られ、分厚い鉄の扉が閉まる時が一番辛かった。
採骨室で、皆が交代で祖母の遺骨を、箸で渡して骨壺へ入れて行く。長い間不義理をしていた罪悪感があって、率先してその中へ入って行く気になれずに、入口の扉で自分が最後になるまで待っていた。しかしそれを従姉妹に見つけられ、先に入るように即される。
採骨を終え、骨壺が運び出されても、父と数人の従兄弟は祖母の遺骨をじっと見つめていた。そして彼等が立ち去っても尚、僕は扉の前を離れる事が出来なかった。祖母が完全に視界から消えてしまうまで見ていたかったからである。後悔を伴わなければ、祖母を思う事が出来ないとは、その文字通りに、情けない。
通夜の後、孫数人で寝ずの番をしている時、誰が言い出したのか、暇潰しに家系図を手書きで作り始めた。孫が不確かな記憶で作っていたので曖昧な部分が多かったが、葬儀の前後で親族みんなに確認し、加筆して貰ってかなり正確な家系図が描き上がった。叔父や叔母達は非常に喜んでいた。皆は口々に「これが最後の集まり」と言っていたが、たぶん、本当はバラバラにはなりたくないのかも知れない。若い従兄弟達がどう思っているのかは判らないが、僕はこれをデータ化し、清書して配ろうと思っている。何れの日にか、何かの気休めくらいにはなるだろう。
父の兄弟が11人居るのは知っていたが、孫(つまり僕の従兄弟)が28人も居る事を初めて知る。下は22歳から上は46歳。その内で僕が存在を知っていたのは半分くらい。何故そんな寂しい事になっているのかというと、1971年に既に他界した祖父の遺産相続の件で父の兄弟が揉めていたからである。その話は今回もあった。勿論、孫の立場で僕がその話し合いに参加する訳はないので、詳しくは知らないが、最後には談笑していたところをみると、ある程度の妥協は成立したのだろうか。そうであって欲しい。
親族の人数が多すぎて、別れの膳は3交代で食べた。その周りを曾孫が嬌声をあげながら走り回る。
祖母の安眠する棺桶に、親族が皆で花を添える。曾孫は孫に抱き上げられて花を添える。叔母や従姉妹達の泣き腫らした顔をずっと見ていた。百合の花を祖母の髪の毛へ差した。美しい顔をしていた。祖母の冷たい頬に触れた時初めて、もうこの人は目を覚ます事はないのだな、と思えた。
葬儀は浄土真宗にて行われた。本家は宗教を持っていない。元々本家の家屋が在った場所の目の前に、浄土真宗の寺が在ったからに過ぎない。祖父の時からの流れだ。
火葬場で、祖母の棺桶が窯に送られ、分厚い鉄の扉が閉まる時が一番辛かった。
採骨室で、皆が交代で祖母の遺骨を、箸で渡して骨壺へ入れて行く。長い間不義理をしていた罪悪感があって、率先してその中へ入って行く気になれずに、入口の扉で自分が最後になるまで待っていた。しかしそれを従姉妹に見つけられ、先に入るように即される。
採骨を終え、骨壺が運び出されても、父と数人の従兄弟は祖母の遺骨をじっと見つめていた。そして彼等が立ち去っても尚、僕は扉の前を離れる事が出来なかった。祖母が完全に視界から消えてしまうまで見ていたかったからである。後悔を伴わなければ、祖母を思う事が出来ないとは、その文字通りに、情けない。
通夜の後、孫数人で寝ずの番をしている時、誰が言い出したのか、暇潰しに家系図を手書きで作り始めた。孫が不確かな記憶で作っていたので曖昧な部分が多かったが、葬儀の前後で親族みんなに確認し、加筆して貰ってかなり正確な家系図が描き上がった。叔父や叔母達は非常に喜んでいた。皆は口々に「これが最後の集まり」と言っていたが、たぶん、本当はバラバラにはなりたくないのかも知れない。若い従兄弟達がどう思っているのかは判らないが、僕はこれをデータ化し、清書して配ろうと思っている。何れの日にか、何かの気休めくらいにはなるだろう。
妻をめとらば韓国人!? / 篠原 令
韓国繋がりでひとつ。著者は韓国人の女性と結婚し、現在もアジアを拠点とし日本企業のコンサルティングを生業としている男性である。タイトルからすると、韓国女性とのあれやこれやを書いてあるように思える(そういう部分も勿論あるが)が、中心は韓国と日本との文化(価値観)の違いについて書かれている。韓国の人々が、子供の頃からどういう風に教えられて生きているのか、どういう価値観の社会に属して生活しているのか。そういう事を具体的な例を挙げ、日本人との比較を交えながら書いてあります。凄く判りやすい。どう判り易いかというと、物事に対する考え方がそもそも違うので、それは歳を重ねる毎に確固たるものとしてその人の中で確立されてしまう。大人になった韓国人と日本人が全く違う思考をしてしまうのは仕方がない。と、そう思えるのである。僕は海外で生活した経験が無いので、このような文書から得た情報に拠る想像でしかないのだが、各国・各地域でのそれぞれの価値観の違いというのは、余りにも(そして途方もなく)歴然としているのだろう。自分の生まれ育った環境の外で生活し続ける人は凄い。微妙にコンプレックスを持ってしまう。
<< Prev || 1 || Next >>






