DOG ON THE BEACH
大つごもり夜話
- 2011-12-31
- Category - Art
- Tag - fiction / literature
スーパーの入口の横、壁に貼りだされたチラシを私は眺めている。仕事収めの帰り。ななめがけにした布製のバッグが肩からずり落ちそうになる。それを左手で受け止め、右手にさげたポリ袋を持ちなおす。食品売場は既におせちやその他お正月用のものばかりが並んでいて、否応も無くお祭り感がただよっている。日常で使う食材は野菜やレトルトなどのパッケージ商品があいかわらずの場所に陳列されているだけ。私はそちらの棚で買い物をすませた。
私はどうしても、こういうお祭り的な雰囲気に入りこめない。騒がしくてイヤなのだ。もしかしてそれは私の育ちのせいかもしれない。騒がしい家庭だった。私はそれがとても嫌いで、いつも独りになりたいと思っていた。
-
父はこれまでに三度会社をおこし、三度とも倒産した。そして現在四度目に挑戦中だ。家族はもちろんその渦中で翻弄される。生活の不安もかえりみずに父は私財を投資し続けた。三度目の倒産の後、ちょうど専門学校を卒業出来た私は家を出た。父はものすごく反対したが、私は負けなかった。私が欲しかったのは安定した生活だ。地道に働いていればそれなりに暮らせる毎日だ。父の影響下にいる限りそれはないと思った。私には二人の兄がいる。彼らは父の仕事を手伝う形で家にずっといるが、大人になってからは余り話したこともない。彼らは父に似た性質を持っているのか、それとも父に合わせているだけなのか、何かしら反抗している姿を見たことがない。私にとっては同類の人間だ。母だけは違うだろうと思っているが、彼女は父に従うばかりで、何か相談をしても「それはお父さんに相談しなさい」と言ってしまうような何もない人だ。そんな人達の中で暮らしていると、いつのまにか私は家族の中で孤立し、結果として独りで過ごす時間が多かった。
そんな彼らからは「おまえには表情がない」「何だか怖い」とよく言われた。そりゃそうだろう、と思う。家族の中でたった独りそこに居ることを拒否しているのだから当たり前だ。この人達はそんなこともわからないのかと、私はさらにくすぶった。でも困ったのは、私は家にいる時以外でも同じ表情をしているらしい。学校の友達にも言われたことがある。私が男の子にモテなかったのもそのせいかもしれない。学生の頃に一人だけ付き合ったことのある男の子からは、「何を考えているのか全然わからないから辛い」と言い残されてフラれた。あの時はすごく落ち込んだな。ただその場合は、付き合ってるうちに男の子の横暴な面を見てしまうと、父や兄達の事を思い出し、げんなりしてしまって私は反射的に閉じてしまうのだ。そんな時には私はきっと能面のような顔をしているのだろう。でもそれはしょうがない。しょうがないよ。だってイヤなのだ。その人から離れたくて仕方なくなってしまうのだ。
そんなことがあってから、私はさらに独りで過ごすようになった。そしてそれがとても気に入っていた。文具メーカーにデザイナとして就職した私は、毎日決まった時間に出社し、遅くなることが多いけど、一日しっかり働いて、帰りに駅のそばのスーパーで買い物をして部屋に帰る。安売りしていたお総菜をそのまま食べたり、作り置きのものを温め直して食べたり、録画していたドラマを観たり、本を読んだり、ぼんやりしたり。誰も私の邪魔をしないし、とても幸せだと思った。
固定電話は置いてないし、携帯の番号も家族には教えていない。友人や知人とはメールでのやりとりだけだから、非常識な時間に電話で起こされることもない。経済的に自立したことで、私は穏やかで理想的な生活を手にすることが出来た。私はそのことがとても誇らしい。ただほんのちょっと、これは生活が安定していて余裕があるからだと思うけど、誰かが私の生活圏内に入り込んできても、悪くはないなと思っている。それはまだ、ほんのちょっとという限定的なものだけれど。
-
レジで支払いをすませると、私はスーパーの外に出た。するとそのまわりで正月飾りを売っている人達がいた。吹いてくる風が冷たいので、マフラーをキツく巻き直しながらそれらの商品を眺めてみた。個人でやっている人がこの場所を借りて商売をしているのだろう、商品はどれも、どことなく質素な雰囲気があった。その中に、小ぶりで可愛らしいしめ飾りを見つけた。私は思わずそれを手に取り値段をたずねていた。「800円です」こんなに小さいのにそれはちょっと高いなーとは思ったのだけれど、ご祝儀のつもりで店の主人に1000円札を手渡した。
部屋に戻った私は、机のひきだしの中から両面テープを探し出して、買ったしめ飾りを玄関の扉に貼り付けた。そして、そう言えばしめ飾りの意味について正確なところを知らないな、と思って私はインターネットで調べてみた。
私は玄関の扉に貼り付けてあるしめ飾りを思い浮かべつつ、少しだけお酒をのむことにした。良い気分だった。
- - -
このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
私はどうしても、こういうお祭り的な雰囲気に入りこめない。騒がしくてイヤなのだ。もしかしてそれは私の育ちのせいかもしれない。騒がしい家庭だった。私はそれがとても嫌いで、いつも独りになりたいと思っていた。
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父はこれまでに三度会社をおこし、三度とも倒産した。そして現在四度目に挑戦中だ。家族はもちろんその渦中で翻弄される。生活の不安もかえりみずに父は私財を投資し続けた。三度目の倒産の後、ちょうど専門学校を卒業出来た私は家を出た。父はものすごく反対したが、私は負けなかった。私が欲しかったのは安定した生活だ。地道に働いていればそれなりに暮らせる毎日だ。父の影響下にいる限りそれはないと思った。私には二人の兄がいる。彼らは父の仕事を手伝う形で家にずっといるが、大人になってからは余り話したこともない。彼らは父に似た性質を持っているのか、それとも父に合わせているだけなのか、何かしら反抗している姿を見たことがない。私にとっては同類の人間だ。母だけは違うだろうと思っているが、彼女は父に従うばかりで、何か相談をしても「それはお父さんに相談しなさい」と言ってしまうような何もない人だ。そんな人達の中で暮らしていると、いつのまにか私は家族の中で孤立し、結果として独りで過ごす時間が多かった。
そんな彼らからは「おまえには表情がない」「何だか怖い」とよく言われた。そりゃそうだろう、と思う。家族の中でたった独りそこに居ることを拒否しているのだから当たり前だ。この人達はそんなこともわからないのかと、私はさらにくすぶった。でも困ったのは、私は家にいる時以外でも同じ表情をしているらしい。学校の友達にも言われたことがある。私が男の子にモテなかったのもそのせいかもしれない。学生の頃に一人だけ付き合ったことのある男の子からは、「何を考えているのか全然わからないから辛い」と言い残されてフラれた。あの時はすごく落ち込んだな。ただその場合は、付き合ってるうちに男の子の横暴な面を見てしまうと、父や兄達の事を思い出し、げんなりしてしまって私は反射的に閉じてしまうのだ。そんな時には私はきっと能面のような顔をしているのだろう。でもそれはしょうがない。しょうがないよ。だってイヤなのだ。その人から離れたくて仕方なくなってしまうのだ。
そんなことがあってから、私はさらに独りで過ごすようになった。そしてそれがとても気に入っていた。文具メーカーにデザイナとして就職した私は、毎日決まった時間に出社し、遅くなることが多いけど、一日しっかり働いて、帰りに駅のそばのスーパーで買い物をして部屋に帰る。安売りしていたお総菜をそのまま食べたり、作り置きのものを温め直して食べたり、録画していたドラマを観たり、本を読んだり、ぼんやりしたり。誰も私の邪魔をしないし、とても幸せだと思った。
固定電話は置いてないし、携帯の番号も家族には教えていない。友人や知人とはメールでのやりとりだけだから、非常識な時間に電話で起こされることもない。経済的に自立したことで、私は穏やかで理想的な生活を手にすることが出来た。私はそのことがとても誇らしい。ただほんのちょっと、これは生活が安定していて余裕があるからだと思うけど、誰かが私の生活圏内に入り込んできても、悪くはないなと思っている。それはまだ、ほんのちょっとという限定的なものだけれど。
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レジで支払いをすませると、私はスーパーの外に出た。するとそのまわりで正月飾りを売っている人達がいた。吹いてくる風が冷たいので、マフラーをキツく巻き直しながらそれらの商品を眺めてみた。個人でやっている人がこの場所を借りて商売をしているのだろう、商品はどれも、どことなく質素な雰囲気があった。その中に、小ぶりで可愛らしいしめ飾りを見つけた。私は思わずそれを手に取り値段をたずねていた。「800円です」こんなに小さいのにそれはちょっと高いなーとは思ったのだけれど、ご祝儀のつもりで店の主人に1000円札を手渡した。
部屋に戻った私は、机のひきだしの中から両面テープを探し出して、買ったしめ飾りを玄関の扉に貼り付けた。そして、そう言えばしめ飾りの意味について正確なところを知らないな、と思って私はインターネットで調べてみた。
本来の宗教的意味は、各家庭が、正月に迎える年神を祀る依り代である。ということらしい。年神様か。穏やかで優しそうだ。私の家にやってくるのがそんな人なら良いな。いや、人ではなくて神様か。私にうるさいことを言って煩わせることなく、穏やかな時間だけをもたらしてくれるのなら大歓迎だ。神様バンザイ。
私は玄関の扉に貼り付けてあるしめ飾りを思い浮かべつつ、少しだけお酒をのむことにした。良い気分だった。
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このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
丁稚・スターダスト
以前にも少しだけ書いたけど、近所のカクヤスでバイトしている丁稚君の話。長い間見かけていなかったのだが二月ほど前に一時的に復活した。恐らく長期の休みを利用してバイトしているのだろう。丁稚君は坊主頭から少しだけ髪の毛が伸び、部活引退後の野球部員のような中途半端にフサフサな頭をしていた。相変わらず不慣れな感じでぎくしゃくと、しかし元気一杯に動き廻っている姿を見ていると心なしか気分が和む。しかしそんな気分も店内の有線放送からハイロウズの「サンダーロード」が流れ始めた時に消し飛んだ。何故かしら僕の頭の中では、丁稚君とハイロウズという組み合わせが予め設定された役柄のようにバチコーンとマッチしたのである。ヒロトだ、甲本ヒロトがそこに居る。姿形は全く違うが、朴訥とした感じが似ている気がする。僕は心の中で唸った。これまで丁稚君の属性というか背景というものに何の感心もなかったのだけれど、これほどまでにパンクバンドが似合うとは思いもよらなかった。彼はきっとバンドを組んでいる。もしくはこれから組む予定のはずだ。僕の頭の中では目眩く妄想が繰り広げられた。
★
彼はきっと幼い頃から憧れていたプロ野球選手になるべく、中学に上がってすぐに野球部に入部しただろう。しかし身体が小さく運動能力もさして高くないどころか結構低い、つまりドンくさい彼は三年間の地道な努力も報われず、結局最期まで補欠であった。中学三年の夏、夏の大会のレギュラー選出に洩れた彼は、予てから夢見ていた世界が脆くもガラス細工のように崩れていくような感覚を覚えた。思い描いていた自分自身の姿に成れなかった自分。その事実を受け容れ難くもがき苦しんだが、もうどうしようもなかった。人生初めての大きな挫折である。しかし、それでも根が真面目な彼は、夏の大会を裏方としてこれまた地道にサポートし、そして大会終了と共に彼の野球人生は終わった。
--
秋頃の彼は老人のようであった。日々を生きる目的を失い、呆然として毎日を過ごしていた。授業が終わればそのまま帰ってしまえばいいものを、いつまでも放課後の教室に残り、かと言って誰かと馬鹿話をする訳でもなく、ただぼんやりと紅く染まり始めた雲を眺めたりしていた。そして彼の役割として、突然背後からクラスメートの誰かから頭を叩かれたりするのだが、それも彼にはどうでも良い事だった。諦念。何事も諦めが肝心で、自分はそうして生きていくしかないのだ。そう考えては、夕陽に紅く染めた頬に涙を流す事さえあった。
そんな或る日の夜の事。彼は自宅の居間に寝っ転がり鼻をほじりながら何となくテレビを眺めていた。ケーブルテレビのミュージック・チャンネル。音楽にはさして感心が持てず、これまでにCDを買った事など一度もない彼であったが、2歳下の妹が部屋で聴いている音楽くらいは一応耳にしていた。そしてこの番組も妹の希望で契約に組み込まれているもので、今も妹はサラダ一番をポリポリと囓りながらエグザイルのPVを食い入るように観ている。なんかなあ、なんかなんだよなあ。恋とか愛とか愛とか恋とか歌われてもピンと来ないんだよなあ。それに何だ、この人数の多さは。彼は相変わらず鼻をほじりながらぼんやりとそう思っていた。右の鼻の穴をほじり終えると、今度は左の鼻の穴をほじった。
「ちょっとタカシぃ」
彼は妹から呼び捨てにされている。身長の差がないからだろうか。それにしても、と彼は考える。その最期の「シぃ」の部分の「い」の発音に若干の「う」が混ざったような妙な言葉遣いはどうにかならないのか。自分は勿論大っ嫌いだが、冷静に考えても世界中の人間はそれを嫌うんじゃないだろうか。彼はこれまで何度も注意しようかと考えたが、既に妹は彼の言う事に耳を貸す事などなくなっており、それどころかその事が妹の機嫌を損なうと色々面倒なので、結局何も言わないでいた。
「なに」
「そんなとこで鼻ほじんじゃねえよ。気持ち悪いんだよ」
どう、この言い草。一体何様のつもりなんだろうか。彼は鼻をほじる手を休めずそう考える。いちいち突っかかるような言い方しやがって。そんな風に他人を乱暴に扱えば、他人からも同じように乱暴に扱われてしまうというのがどうして解らないんだこのクソ女。そう言いたかったが、実のところ彼の妹は結構モテているらしい。中学一年にして既にギャル化が始まっており、自分の僅かながらの資産と親にねだった資金を使ってキラキラと着飾り始めた妹は、周囲の男どもの感心を惹きつける事にやっきになっていて、事実それが成功している。その事がどうしても納得がいかず彼は苛立った。
「うっせーな、オレの勝手だろ」
「勝手じゃねーよ気持ち悪いってんだよ、死ね!」
ちょうどエグザイルのPVが終わり場面が切り替わるところだった。サラダ一番の大袋を丸ごと投げつけられ、更に太腿に蹴りを入れられた瞬間、テレビの画面には目を剥いて絶叫する男の顔が大写しになった。どこかの会場でのライブ映像のようであった。絶叫していた男は、ステージの上を忙しく動き回り、ぴょんぴょん撥ねて妙にはっきりと聞こえる日本語で歌っていた。彼はその男に釘付けになった。ひどく痩せていて虚弱そうに見えるその男は、全身から汗を吹き出しながら懸命に叫び歌っていた。
「なにこれ。うざ」
そう吐き捨ててチャンネルを変えようとする妹に、彼は飛びかかりリモコンを奪った。
「何すんだよこのキチガイ!」
「うるっせーな!オマエが出てけ!」
顔を真っ赤にして震えている妹を尻目に、というかそちらを見ようともせずに彼はテレビ画面に齧り付いた。テレビの中の男は歌い続けていた。叫び続けていた。前へ前へ。外へ外へ。独りである事を誇らしげに口ずさんでいた。彼はいつの間にかテレビに向かって「これだ。これだ」と嘆きながら、心の中で強く強く「この人みたいになりたい」と思っていた。
--
彼は考えた。朝ご飯を食べている時も、授業中も。弁当を食べている時も。通学路の川縁を歩いている時も。晩ご飯を食べている時も。風呂に浸かっている時も。布団の中でも真っ暗な天井を見つめながら。あんな風になるには一体どうしたらいいのか。とにかくバンドを組めば良いような気がする。でもどうやって。彼はこれまで考えた事もなかった種類の欲求が突然自分の中に生まれた事に心底驚き、そういう自分自身を持て余していた。
一週間の間、彼は散々考え抜いた挙げ句にようやく落ち着いた。どう考えても一足飛びにあのような輝きを持つ人間に自分が成れるはずはない。取り敢えず自分の出来る事からこつこつとやっていくしかない。そう思いついた彼は、居ても立っても居られずにそれまで自分の知らなかった世界を知るべく情報収集に奔走し始めた。TSUTAYAでハイロウズのCDを片っ端からレンタルし、妹が留守している間に彼女が所有しているミニコンポでMDに落とし、ジャージでも買おうと溜めていたお年玉を使って一番安いポータブルのMDプレイヤーでそれを繰り返し聴いた。聴けば聴くほど好きになった。このバンドの一員になりたい、更にいうならこの音そのものになりたい。彼の欲求はエスカレートするばかりであったが、それが衝動だけでどうにか出来る訳ではない事も解っていた。
彼は歌いたかったが、演奏してくれるバンドは居ない。カラオケなんかじゃどうしようもないし、観てくれる人もいない。とにかく音を出したかった。音楽の一部になりたかった。彼は取り合えず、バンドと言えないまでも音を出せる最小単位を目指した。自分でギターを弾いて自分で歌う。今のところはそれしかないように思えた。
そう決めてしまうと、今度はギターの事ばかりが彼の頭の中を占めるようになった。カッコ良さでいうならやはりエレキギターが欲しいのだけれど、独りでやるならフォークギターにした方が良いのだろうか。だいいちエレキギターを弾きながら独りで歌ってる人なんて見た事がないし。とにかく、ギターを手に入れる事だけは決めた。手に入れるには金が要る。勿論彼はそんな持ち合わせはない。
バイトしなきゃなあ。何処で働こうか。自宅から近くて、夕方から夜にかけて出来るようなバイト。やっぱりコンビニか。彼は放課後、自転車に乗って近所を徘徊しはじめた。バイト先を探すためだ。近所には幾つかのコンビニが在って、そのどれもがバイトを募集していた。しかし深夜の枠でなければ大した時給は貰えず、それだとギターを買えるのが随分先の事になってしまう。出来るだけ早くにギターを手にしたい彼は他の業種を探そうと考えた。そうして線路脇の道をふらふらと自転車を漕いでいる時、店先に掲げられたバイト募集の広告を見つけた。酒のディスカウントショップだった。時給もなかなか良い。レジ打ちだけでなく、重い酒瓶の棚卸しや配達があるからそれだけ高いのだろう。彼はバイクの免許を持ってはいなかったが、それでも雇ってくれればと少し迷った後、店の中に足を踏み入れた。
★
と、こんな事情で丁稚君はバイトしているんじゃないかな。たぶん。
★
彼はきっと幼い頃から憧れていたプロ野球選手になるべく、中学に上がってすぐに野球部に入部しただろう。しかし身体が小さく運動能力もさして高くないどころか結構低い、つまりドンくさい彼は三年間の地道な努力も報われず、結局最期まで補欠であった。中学三年の夏、夏の大会のレギュラー選出に洩れた彼は、予てから夢見ていた世界が脆くもガラス細工のように崩れていくような感覚を覚えた。思い描いていた自分自身の姿に成れなかった自分。その事実を受け容れ難くもがき苦しんだが、もうどうしようもなかった。人生初めての大きな挫折である。しかし、それでも根が真面目な彼は、夏の大会を裏方としてこれまた地道にサポートし、そして大会終了と共に彼の野球人生は終わった。
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秋頃の彼は老人のようであった。日々を生きる目的を失い、呆然として毎日を過ごしていた。授業が終わればそのまま帰ってしまえばいいものを、いつまでも放課後の教室に残り、かと言って誰かと馬鹿話をする訳でもなく、ただぼんやりと紅く染まり始めた雲を眺めたりしていた。そして彼の役割として、突然背後からクラスメートの誰かから頭を叩かれたりするのだが、それも彼にはどうでも良い事だった。諦念。何事も諦めが肝心で、自分はそうして生きていくしかないのだ。そう考えては、夕陽に紅く染めた頬に涙を流す事さえあった。
そんな或る日の夜の事。彼は自宅の居間に寝っ転がり鼻をほじりながら何となくテレビを眺めていた。ケーブルテレビのミュージック・チャンネル。音楽にはさして感心が持てず、これまでにCDを買った事など一度もない彼であったが、2歳下の妹が部屋で聴いている音楽くらいは一応耳にしていた。そしてこの番組も妹の希望で契約に組み込まれているもので、今も妹はサラダ一番をポリポリと囓りながらエグザイルのPVを食い入るように観ている。なんかなあ、なんかなんだよなあ。恋とか愛とか愛とか恋とか歌われてもピンと来ないんだよなあ。それに何だ、この人数の多さは。彼は相変わらず鼻をほじりながらぼんやりとそう思っていた。右の鼻の穴をほじり終えると、今度は左の鼻の穴をほじった。
「ちょっとタカシぃ」
彼は妹から呼び捨てにされている。身長の差がないからだろうか。それにしても、と彼は考える。その最期の「シぃ」の部分の「い」の発音に若干の「う」が混ざったような妙な言葉遣いはどうにかならないのか。自分は勿論大っ嫌いだが、冷静に考えても世界中の人間はそれを嫌うんじゃないだろうか。彼はこれまで何度も注意しようかと考えたが、既に妹は彼の言う事に耳を貸す事などなくなっており、それどころかその事が妹の機嫌を損なうと色々面倒なので、結局何も言わないでいた。
「なに」
「そんなとこで鼻ほじんじゃねえよ。気持ち悪いんだよ」
どう、この言い草。一体何様のつもりなんだろうか。彼は鼻をほじる手を休めずそう考える。いちいち突っかかるような言い方しやがって。そんな風に他人を乱暴に扱えば、他人からも同じように乱暴に扱われてしまうというのがどうして解らないんだこのクソ女。そう言いたかったが、実のところ彼の妹は結構モテているらしい。中学一年にして既にギャル化が始まっており、自分の僅かながらの資産と親にねだった資金を使ってキラキラと着飾り始めた妹は、周囲の男どもの感心を惹きつける事にやっきになっていて、事実それが成功している。その事がどうしても納得がいかず彼は苛立った。
「うっせーな、オレの勝手だろ」
「勝手じゃねーよ気持ち悪いってんだよ、死ね!」
ちょうどエグザイルのPVが終わり場面が切り替わるところだった。サラダ一番の大袋を丸ごと投げつけられ、更に太腿に蹴りを入れられた瞬間、テレビの画面には目を剥いて絶叫する男の顔が大写しになった。どこかの会場でのライブ映像のようであった。絶叫していた男は、ステージの上を忙しく動き回り、ぴょんぴょん撥ねて妙にはっきりと聞こえる日本語で歌っていた。彼はその男に釘付けになった。ひどく痩せていて虚弱そうに見えるその男は、全身から汗を吹き出しながら懸命に叫び歌っていた。
「なにこれ。うざ」
そう吐き捨ててチャンネルを変えようとする妹に、彼は飛びかかりリモコンを奪った。
「何すんだよこのキチガイ!」
「うるっせーな!オマエが出てけ!」
顔を真っ赤にして震えている妹を尻目に、というかそちらを見ようともせずに彼はテレビ画面に齧り付いた。テレビの中の男は歌い続けていた。叫び続けていた。前へ前へ。外へ外へ。独りである事を誇らしげに口ずさんでいた。彼はいつの間にかテレビに向かって「これだ。これだ」と嘆きながら、心の中で強く強く「この人みたいになりたい」と思っていた。
--
彼は考えた。朝ご飯を食べている時も、授業中も。弁当を食べている時も。通学路の川縁を歩いている時も。晩ご飯を食べている時も。風呂に浸かっている時も。布団の中でも真っ暗な天井を見つめながら。あんな風になるには一体どうしたらいいのか。とにかくバンドを組めば良いような気がする。でもどうやって。彼はこれまで考えた事もなかった種類の欲求が突然自分の中に生まれた事に心底驚き、そういう自分自身を持て余していた。
一週間の間、彼は散々考え抜いた挙げ句にようやく落ち着いた。どう考えても一足飛びにあのような輝きを持つ人間に自分が成れるはずはない。取り敢えず自分の出来る事からこつこつとやっていくしかない。そう思いついた彼は、居ても立っても居られずにそれまで自分の知らなかった世界を知るべく情報収集に奔走し始めた。TSUTAYAでハイロウズのCDを片っ端からレンタルし、妹が留守している間に彼女が所有しているミニコンポでMDに落とし、ジャージでも買おうと溜めていたお年玉を使って一番安いポータブルのMDプレイヤーでそれを繰り返し聴いた。聴けば聴くほど好きになった。このバンドの一員になりたい、更にいうならこの音そのものになりたい。彼の欲求はエスカレートするばかりであったが、それが衝動だけでどうにか出来る訳ではない事も解っていた。
彼は歌いたかったが、演奏してくれるバンドは居ない。カラオケなんかじゃどうしようもないし、観てくれる人もいない。とにかく音を出したかった。音楽の一部になりたかった。彼は取り合えず、バンドと言えないまでも音を出せる最小単位を目指した。自分でギターを弾いて自分で歌う。今のところはそれしかないように思えた。
そう決めてしまうと、今度はギターの事ばかりが彼の頭の中を占めるようになった。カッコ良さでいうならやはりエレキギターが欲しいのだけれど、独りでやるならフォークギターにした方が良いのだろうか。だいいちエレキギターを弾きながら独りで歌ってる人なんて見た事がないし。とにかく、ギターを手に入れる事だけは決めた。手に入れるには金が要る。勿論彼はそんな持ち合わせはない。
バイトしなきゃなあ。何処で働こうか。自宅から近くて、夕方から夜にかけて出来るようなバイト。やっぱりコンビニか。彼は放課後、自転車に乗って近所を徘徊しはじめた。バイト先を探すためだ。近所には幾つかのコンビニが在って、そのどれもがバイトを募集していた。しかし深夜の枠でなければ大した時給は貰えず、それだとギターを買えるのが随分先の事になってしまう。出来るだけ早くにギターを手にしたい彼は他の業種を探そうと考えた。そうして線路脇の道をふらふらと自転車を漕いでいる時、店先に掲げられたバイト募集の広告を見つけた。酒のディスカウントショップだった。時給もなかなか良い。レジ打ちだけでなく、重い酒瓶の棚卸しや配達があるからそれだけ高いのだろう。彼はバイクの免許を持ってはいなかったが、それでも雇ってくれればと少し迷った後、店の中に足を踏み入れた。
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と、こんな事情で丁稚君はバイトしているんじゃないかな。たぶん。
- Last Modified : 2009-06-04
小五郎 05
去年の冬辺りから小五郎の姿を見かける事がなく気になっていたのだけれど、時期を同じくして夫人の姿も見る事がなかったので、行方を尋ねる相手もおらず、結局、寒い季節なのだから外には出たくないのだろうと考える事にしていた。ところが、年を越し春が訪れて暖かくなってきた頃に、物凄く久しぶりに小五郎と夫人が通路で戯れているところに出会す。この日の夫人は寝間着にガウンを羽織っただけの姿で、そして完全にノーメイクであった。学生の頃ならいざ知らず、家族でもないし恋人でもない女性の化粧を落とした素顔を見知っているというのは、実に微妙な気持ちになるものだ。その顔に深く刻まれた皺の示す時間の経緯を何一つ知らないのだから、何となく怖い気もしてくる。しかし夫人そんな状況にまったく頓着しない様子で、こちらからは何も尋ねていないのに勝手に喋り始めた。
どうやら小五郎はリンパ系の癌を患っていたらしい。リンパ系、と言われてもよく解らないが、夫人にしてもよく解っていないようなので病状に関する詳しい事は言わなかった。そう言えば去年の冬に姿を見かけなくなる少し前辺りから、僕が声をかけても小五郎は大儀そうに尻尾を動かすだけだったり、果てには何一つ反応しない事が続いていた。小五郎が僕に対して腹の立つ態度を示すのは茶飯事であったので、僕はさして気に止めていなかったのだが、実はあの時既に病に因り反応すら返す事が出来なくなっていたのかも知れない。小五郎は季節毎に体重の変動が激しく、その時はかなり痩せていたように思う。
夫人は小五郎が日増しに元気を無くしていく事を不審に思い獣医に診せたところ、癌との診断が下され、取り敢えず投薬に因る治療を続けながらも、これはもう駄目だろうと自分の部屋に小五郎を連れ帰って、最期を看取ろうという腹づもりであったらしい。小五郎もかなり弱っていたので大人しく夫人の部屋で寝て過ごしいたのだが、思いの外それ以上悪くなる事はなく、徐々に体力を回復させ続け、遂に数日前に部屋から外へ出る事が出来たのだという。
★
これが昨冬来の顛末である。小五郎は幾分ふくよかになった腹を敷石に擦りつけたり、ごろごろと転がり腹を見せて夫人に甘えてみせたり、隣家の植栽に顔を突っ込んで僕には見えない何かを探していたりする。春は再生の季節というが、小五郎もまた再生したのだった。
- - -
このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
どうやら小五郎はリンパ系の癌を患っていたらしい。リンパ系、と言われてもよく解らないが、夫人にしてもよく解っていないようなので病状に関する詳しい事は言わなかった。そう言えば去年の冬に姿を見かけなくなる少し前辺りから、僕が声をかけても小五郎は大儀そうに尻尾を動かすだけだったり、果てには何一つ反応しない事が続いていた。小五郎が僕に対して腹の立つ態度を示すのは茶飯事であったので、僕はさして気に止めていなかったのだが、実はあの時既に病に因り反応すら返す事が出来なくなっていたのかも知れない。小五郎は季節毎に体重の変動が激しく、その時はかなり痩せていたように思う。
夫人は小五郎が日増しに元気を無くしていく事を不審に思い獣医に診せたところ、癌との診断が下され、取り敢えず投薬に因る治療を続けながらも、これはもう駄目だろうと自分の部屋に小五郎を連れ帰って、最期を看取ろうという腹づもりであったらしい。小五郎もかなり弱っていたので大人しく夫人の部屋で寝て過ごしいたのだが、思いの外それ以上悪くなる事はなく、徐々に体力を回復させ続け、遂に数日前に部屋から外へ出る事が出来たのだという。
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これが昨冬来の顛末である。小五郎は幾分ふくよかになった腹を敷石に擦りつけたり、ごろごろと転がり腹を見せて夫人に甘えてみせたり、隣家の植栽に顔を突っ込んで僕には見えない何かを探していたりする。春は再生の季節というが、小五郎もまた再生したのだった。
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このエントリ内に書かれている事は大体に於いて事実と異なります。
そもそもハイレグとは何だったのか。
1980年代中頃、ハイレグという形状の水着が流行った。現在から見ればとても変だと僕なんかは思うのだが、その当時はハイレグこそがセクシーの代名詞であった。上のリンク先にもあるように「セクシーで人目をひく・脚が長く見える・動きやすい・涼しい」とまあ、そんな理由なのだろう。しかし僕にはセクシーというのが今一つ分からなかった。そう、僕は流行っている当時から「何処となく変だな」と思っていたのだ。ハイレグは未だ良い。鋭角に切り込んだデルタラインがスリルを感じさせるのは勿論解る。しかしその傾向が過剰となりスーパーハイレグになるともう違和感が先だってセクシーでも何でもないのだ。太腿の付け根の上まで露わになった女性の大腿部は、僕にバッタの脚を思い起こさせる。
取り敢えずこれだけ書けば僕がハイレグを好きではない事を伝える事が出来たと思う。但し競泳水着の場合はこの限りではない。あれは動きやすさ(機能性)が優先されるだろうからハイレグ以外は有り得ないと思う。実際にそれを着用して運動するにしても、鑑賞されるにしても。
★
さて、2000年を迎えると今度はローライズが流行りだした。最初こそ僕も若干の違和感を感じていたのだが、今となってはすっかり慣れてしまい、それどころかローであればローである程良い気がしている。ファスナーの長さが5cmしかないようなジーンズを穿いた女性を見かけると心の中で小躍りするくらい好きである。ハイレグの場合は無闇やたらと公明正大というか「こんなに切れ込んだわよ。どう? 好きでしょ? 申し分ないでしょ? 素晴らしいでしょ?」という感じのスポーツ感覚がどうにも白けてしまうのだが、ローライズの場合は若干の迂闊さが存在する。しかしそれとて計算し尽くした上での迂闊さなのであって、それ無しで露出されたものは「だらしなさ」でしかない。どちらかと言えば、この方が日本人のエロティシズムの感覚に近いと思う。
★
で、こういう見方ってのは理性と本能(性欲)のどちらが欲する事なのだろうか。水着や下着などの色や素材・カットなどのデザインを注視して考えるならばそれは理性だろうし、肌の露出加減や隠蔽の際どさを考えるならばそれは本能であるように思う。しかしこんな風に単純には考えられない事も一応は知っている。何も観るのは男だけとは限らないのだ。
以前に会社を辞めた元同僚(女)二人と久しぶりに会おうとホテルのカフェで待ち合わせした時の事。彼女らがやってくるのを待つ間、本を読んでやり過ごそうとしている僕の隣の席に、背が高くとてもスタイルの良い二人の女の子が座った。二人はローライズのジーンズを穿いており、席に座る際に露出した下着が見えた。オレンジと紫のどちらもレースの下着であった。どうやらそのカフェの支配人の知り合いらしく、せっかくだから来てやったわよ的な態度の二人に、支配人自ら給仕をして何やかやと世話を焼いていた。やがて元同僚の二人が登場し、珈琲を飲みながら近況などをてんでバラバラに語りつつ午後を過ごした。隣の席の二人の女の子は気付けばいつの間にか居なくなっていた。
そして散々喋って話題も無くなった頃、僕は場繋ぎに「さっき隣の席に女の子が二人座ってさ、その子達が物凄いローライズ穿いてんのよ。そんでついつい見たら紫とか黒のパンツが見えたんだよねー」と女性相手に喋るには少々難のある話題をうっかり喋ってしまったのだけれど、元同僚の二人は「え?どこどこ?」「隣?隣ってどっち?」と予想外の反応が返ってくる。「いや、もう居ないよ」と僕は答えたのだけれど「えええっ!何で直ぐに教えてくれないんですか!」とか言う。「え、どして? 見たかった?」と訊けば「当たり前じゃないですか!」とユニゾンで怒鳴られる。「えー・・・何で見たいの?」「女の子大好きなんですよ。可愛いじゃないですか! で、何処なんですか?」「だからもう居ないって」「えええええっ!!」因みにこの二人は結婚してるし、僕が知る限りではレズビアンでもない。そういう感覚は本当に解らない。男が思うエロティシズムとは別な感覚で、女は女を観ているのだろう。
★
僕に解ったのは「よくわからない」という事だけだった。
取り敢えずこれだけ書けば僕がハイレグを好きではない事を伝える事が出来たと思う。但し競泳水着の場合はこの限りではない。あれは動きやすさ(機能性)が優先されるだろうからハイレグ以外は有り得ないと思う。実際にそれを着用して運動するにしても、鑑賞されるにしても。
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さて、2000年を迎えると今度はローライズが流行りだした。最初こそ僕も若干の違和感を感じていたのだが、今となってはすっかり慣れてしまい、それどころかローであればローである程良い気がしている。ファスナーの長さが5cmしかないようなジーンズを穿いた女性を見かけると心の中で小躍りするくらい好きである。ハイレグの場合は無闇やたらと公明正大というか「こんなに切れ込んだわよ。どう? 好きでしょ? 申し分ないでしょ? 素晴らしいでしょ?」という感じのスポーツ感覚がどうにも白けてしまうのだが、ローライズの場合は若干の迂闊さが存在する。しかしそれとて計算し尽くした上での迂闊さなのであって、それ無しで露出されたものは「だらしなさ」でしかない。どちらかと言えば、この方が日本人のエロティシズムの感覚に近いと思う。
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で、こういう見方ってのは理性と本能(性欲)のどちらが欲する事なのだろうか。水着や下着などの色や素材・カットなどのデザインを注視して考えるならばそれは理性だろうし、肌の露出加減や隠蔽の際どさを考えるならばそれは本能であるように思う。しかしこんな風に単純には考えられない事も一応は知っている。何も観るのは男だけとは限らないのだ。
以前に会社を辞めた元同僚(女)二人と久しぶりに会おうとホテルのカフェで待ち合わせした時の事。彼女らがやってくるのを待つ間、本を読んでやり過ごそうとしている僕の隣の席に、背が高くとてもスタイルの良い二人の女の子が座った。二人はローライズのジーンズを穿いており、席に座る際に露出した下着が見えた。オレンジと紫のどちらもレースの下着であった。どうやらそのカフェの支配人の知り合いらしく、せっかくだから来てやったわよ的な態度の二人に、支配人自ら給仕をして何やかやと世話を焼いていた。やがて元同僚の二人が登場し、珈琲を飲みながら近況などをてんでバラバラに語りつつ午後を過ごした。隣の席の二人の女の子は気付けばいつの間にか居なくなっていた。
そして散々喋って話題も無くなった頃、僕は場繋ぎに「さっき隣の席に女の子が二人座ってさ、その子達が物凄いローライズ穿いてんのよ。そんでついつい見たら紫とか黒のパンツが見えたんだよねー」と女性相手に喋るには少々難のある話題をうっかり喋ってしまったのだけれど、元同僚の二人は「え?どこどこ?」「隣?隣ってどっち?」と予想外の反応が返ってくる。「いや、もう居ないよ」と僕は答えたのだけれど「えええっ!何で直ぐに教えてくれないんですか!」とか言う。「え、どして? 見たかった?」と訊けば「当たり前じゃないですか!」とユニゾンで怒鳴られる。「えー・・・何で見たいの?」「女の子大好きなんですよ。可愛いじゃないですか! で、何処なんですか?」「だからもう居ないって」「えええええっ!!」因みにこの二人は結婚してるし、僕が知る限りではレズビアンでもない。そういう感覚は本当に解らない。男が思うエロティシズムとは別な感覚で、女は女を観ているのだろう。
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僕に解ったのは「よくわからない」という事だけだった。
- Last Modified : 2009-03-24
伏し目のボッティチェルリ

因みにボッティチェルリがいつも伏し目がちだとかそういう話ではない。先週放映された新日曜美術館の「パリは何故芸術都市と成り得たか?」という特集を観ていると、その中で上に(全体の一部分だが)掲げたボッティチェルリの「ヴィーナスと美神」というフレスコ画が紹介された。あーこの画家の描く女の顔は好きだなあとか呑気に眺めていたら、ふいに自分がボッティチェルリの安い画集を持っている事を思いだし、書架から引っ張り出した。
何故僕はボッティチェルリの画集を持っているのだろうか。恐らく何処かで手にしたボッティチェルリの絵を観て、今回と同じ様な感想を持ち、目当ての絵が収録されている安い画集を取り敢えず買ったのだろう。きっとそうだ。しかしその画集には「ヴィーナスと美神」は載っていない。じゃあどの絵を目当てにして買ったのかと頁を捲って探してみたところ、案外に早く、しかも確信を持って見つけ出す事が出来た。どう考えてもこれだ。

「マニフィカトの聖母」この聖母の顔というか伏し目がちな表情にもの凄く惹かれる。そしてこの流れで更に思い出したのは、僕はそもそもこういう表情をする女が好きだったという事である。その事を久しぶりに思い出した。思い当たるフシは幾つかある。そう言えば緒川たまきも時々こういう表情を見せている気がする。いや気のせいかな。しかし一体何時からこういう好みの種が僕の中に植え付けられたのだろうか。学生の頃にはボッティチェルリには何の興味も持っていなかったはずなので、この絵が原型ではないと思う。その事についてはどうにも思い出せない。というのは嘘でしっかりと思い出した。思い出したのは良いが後悔で押し潰されそうである。気付かなければ良かったよ。まいったねどうも。
しとやかな獣 / オリガト・プラスティコ
一昨日、新宿は紀伊国屋ホールにて " しとやかな獣 " を観てきた。未だ観てはいないが新藤兼人脚本・川島雄三監督の原作映画には興味があったし、ケラリーノ・サンドロヴィッチの黒光りのするユーモアは好きだし、テレビドラマや映画でちょくちょく見かける近藤公園という役者も気になっていた。しかし実際のところ、書くまでもない事だが、僕は緒川たまきをどうしても観たかったのである。実際に観る緒川たまきはやはり緒川たまきであるのだが、映像や紙面で観るよりもずっとほっそりとしていて、それ故に儚げな雰囲気も持ち合わせており、いやはや可憐である。可憐なんて言葉は生まれて初めて使ったな。しかし他に上手い言葉が思い浮かばないので取り敢えずそう書いておく。
僕は上手側の前方の席に座っていたのだけれど、劇中何度となく僕の目の前で芝居が行われるので僕は気が気ではなかった。僕の眼球から計って4メートル弱の舞台上に緒川たまきが立っており、これは観る為の催しであるのだから凝視し放題である。はずなのだが直視するには余りにも目映く、僕は手をかざしたい気持ちを必至に堪えつつ瞬きをくり返しながら見つめていた。そんな事をしていては芝居を追う事なんて出来はしまいと思うだろうが、緒川たまきばかりを観ていると目眩がして仕方がないので、他の役者に注意を向けて気を紛らせていたので物語の進行を見逃す事はなかった。しかしその間も緒川たまきの白く細長い指が僕の脳裏から離れてくれない。そして、劇中で緒川たまきがソファに押し倒される場面が在るのだけれど、仰向けになった緒川たまきの額から鼻梁、顎先に至るまでの造形は信じ難いほどに美しかった。
この芝居はDVD化されたりするのだろうか。しかしそうなったとしても後方から引きで撮った映像なのだろうな。それだと見えないものが色々と在る。出来得れば、僕の眼球に写った映像をそのまま記録したい。観ている間中僕は「どうしたら良いのか判らない」状態で、メディアを通さずに見せつけられる肉体の放つ光に平伏していたのである。以前にも何かの折に書いた気がするがもう一度書く。美しさとは観る物を圧倒する強大な力である。
- Last Modified : 2009-02-09
更にしつこく、緒川たまき。
ニコニコ動画で見つけたPV物。やはり今回も埋め込まずにリンクだけ。アカウント取得の上ご鑑賞下さい。
以前にも YouTube で観ていたのだが見失って忘れていたのだ。それぞれに趣きは違うのだけれど、どちらの作品も緒川たまきは「夢の女」的な扱いで、それがまた良いんだよなあ。下衆な現実だけを見せつけられたって、それの一体何処が嬉しいのだ。そりゃあ勿論現実は現実として受け容れますが、それを夢のように愛せとは全く不条理不届き千万。死ね。馬鹿。死ね。現実を承知した上だからこそ夢は楽しいのだ。とかなんとか考えているうちに LaB LIFe の方が YouTube にも在るのを見つけた。以下に掲載。
追記:つい先日アップロードされた土曜ソリトンSIDE-B。薄々は感じていたけど、緒川たまきという人は結構いらん事を言ってしまう人なのだなあ。
以前にも YouTube で観ていたのだが見失って忘れていたのだ。それぞれに趣きは違うのだけれど、どちらの作品も緒川たまきは「夢の女」的な扱いで、それがまた良いんだよなあ。下衆な現実だけを見せつけられたって、それの一体何処が嬉しいのだ。そりゃあ勿論現実は現実として受け容れますが、それを夢のように愛せとは全く不条理不届き千万。死ね。馬鹿。死ね。現実を承知した上だからこそ夢は楽しいのだ。とかなんとか考えているうちに LaB LIFe の方が YouTube にも在るのを見つけた。以下に掲載。
追記:つい先日アップロードされた土曜ソリトンSIDE-B。薄々は感じていたけど、緒川たまきという人は結構いらん事を言ってしまう人なのだなあ。
- Last Modified : 2009-02-14






